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CSR白書2021――CSRとダイバーシティ――従業員の多様性に関する企業の戦略
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CSR白書2021――CSRとダイバーシティ――従業員の多様性に関する企業の戦略

January 31, 2022

C-2021-001-6-W

お茶の水女子大学基幹研究院
教授 斎藤 悦子

1.従業員に関わるCSRの課題
(1)ステークホルダーとして重視される従業員

(2)ISO26000における人権、労働慣行の内容
2.ダイバーシティ

(1)ダイバーシティとは何か
(2)労働CSRとダイバーシティの共通性
3.CSRとダイバーシティ経営の統合
(1)マルチレベルモデル
(2)まとめ

1.従業員に関わるCSRの課題

(1)ステークホルダーとして重視される従業員

CSRは論者によってさまざまに定義されているが、ここでは谷本の「責任あるマネジメント・システムを構築すること。経営プロセスに社会的公正性・倫理性、環境や人権などへの配慮を組み込むこと、そしてステイクホルダーに対しアカウンタビリティを果たすことである」[1]を採用する。ステークホルダーとは企業経営に関わる利害関係者のことである。東京財団政策研究所が201912月から20202月に実施したCSR企業調査ではステークホルダーとの対話の実施について尋ねているが、対話を行っている企業は対象企業全体の8割であり、その中で最も多く対話を行っている対象が従業員(85%)であった[2]。つまり、本稿のテーマとして取り上げる従業員は、企業のステークホルダーとして最も重視される対話対象となっている。
 

(2)ISO26000における人権、労働慣行の内容

CSRは日本では2003年を契機とし、急速に拡大し今日に至る。企業のグローバル展開が進行する中で、CSR に関する国際的フレームワークを認識することは必須となった。図表1CSRの国際的フレームワークとして頻繁に用いられる6つのガイドラインである。従業員に関しては、人権や労働慣行といった分野が相当し、どのガイドラインにも含まれている。

では、人権や労働慣行とは具体的にどのようなことを問題とするのか。図表1のガイドラインの中からISO26000を例にしてその内容を見てみよう。

ISO26000
ISO(国際標準化機構)が国連、ILO(国際労働機関)、各国政府、NGO/NPOなどを巻き込み、2010 11 月に発行した「社会的責任に関する国際規格」である。当初は「企業の」社会的責任を検討していたが、多様なステークホルダー(政府、消費者、産業界、労働組合、NGOなど)による長期間の議論を経て、企業だけでなく、消費者、労働者、政府などがそれぞれの立場で、社会に対する責任を持っているという共通認識に至る。そのため「企業や組織の」社会的責任(SR : Social Responsibility)となった。社会的責任のゴールは持続可能な発展であり、7つの中核主題(①組織統治,②人権,③労働慣行,④環境,⑤公正な事業慣行,⑥消費者課題,⑦コミュニティへの参画及びコミュニティの発展)が設定されている。従業員に直接に関係するのは、②人権と③労働慣行である。これら の中身を詳しく検討してみよう。

まず、人権については8つの課題が設定されている(図表2)。


課題1のデューデリジェンスとは、国連事務総長特別代表ジョン・ラギーが提唱した人権デューデリジェンス(人権に関して組織が引き起こすマイナスの影響を特定、防止、緩和するための仕組みを構築すること)を意味する。課題2は人権に関する危機的状況に特別な注意を払うことであり、課題3は加担の回避である。加担は、これまであまり触れられていなかった概念であるが、ISO26000では、①積極的に助ける(直接的な加担)、②知りながら沈黙する(暗黙の加担)、③こうした行為から利益を得る(受益的加担)に分類して説明している。組織は人権侵害に対して自らが何も行わなくとも、知りながら沈黙していたら加担とみなされる可能性があり、そうした加担に対しても責任を負うことが含まれている[3]。課題4は人権侵害の苦情解決の仕組みの整備、課題5の差別及び社会的弱者は組織に関係するすべての人々への直接的、間接的差別の禁止と社会的弱者の機会均等と権利の尊重への配慮についてである。課題6の市民的及び政治的権利と課題7の経済的,社会的及び文化的権利は国連人権規約に従うものである。課題8の労働における基本的原則及び権利はILOの労働における基本的権利を尊重することである。

労働慣行は、5つの課題で構成されている。課題1の雇用及び雇用関係では、雇用主の組織は、完全かつ安定した雇用及びディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を通じた生活水準の改善に貢献し、組織及び社会の利益のために雇用主及び従業員の両方に対し、権利を与え、義務を果たすことが述べられている。課題2の労働条件及び社会的保護では、労働条件に賃金、労働時間、休憩時間、休日、母性保護、衛生設備、医療サービスの利用などが含まれることを示し、その多くは国内の法規制などによって決定し、労働条件の質について公正かつ適切な検討をすべきとした。社会的保護は業務上の負傷、病気、妊娠、老齢、失業、障害または財政的困難な場合の収入減少や喪失などに陥った際に、社会からの保護が受けられ、その主たる責任は国家にあるとする。課題3の社会対話は政府、雇用主及び労働者の代表者間であらゆる種類の交渉、協議、情報交換が行われることである。課題4の労働における安全衛生とは、労働者の高次な身体的、精神的及び社会的福祉を促進し維持すること、ならびに労働条件によって生じる健康被害を防止することである。課題5の職場における人材育成及び訓練は、人間の能力及び職務能力を拡大することによって人々の選択の範囲を広め、健康的な人生と生活水準を維持することを可能にするプロセスを含む。さらに、組織は、差別との戦いや家庭責任のバランス、従業員の多様化の推進などの社会問題に取り組むことで、人材育成を促進することができるという。

こうした従業員をめぐる人権や労働慣行に関わるCSRは労働CSRと呼ばれ、CSRが日本に拡大し始めた当初から注目されていた。たとえば、厚生労働省は2004年に「労働に関するCSRのあり方に関する研究会」を設置し、2008年に報告書がまとめられ、「労働に関するCSR自主点検チェック項目」が提示された。同時に企業の情報開示と労働CSR推進のために従業員との対話による適切な管理が必要であることが述べられている。次節で労働CSRとダイバーシティの関連を説明する。 

2.ダイバーシティ

(1)ダイバーシティとは何か

既存研究は、ダイバーシティ(多様性)を表層的・外見的差異と深層的・内面的差異に大別する。表層的・外見的差異とは人種、性別、年齢、障害の有無などであり、深層的・内面的差異とは価値観、宗教、教育、生き方、考え方、性的指向、趣味、働き方などである。その捉え方は、時代や社会の変遷とともに変化し、限定的な属性から個人の持つあらゆる属性の次元へと拡大している。木谷(2016)は「外見上の違いや内面的な違いにかかわりなく、すべての人が各自の持てる力をフルに発揮して、組織に貢献できる環境をつくること」、「外見的な違いだけでなく価値観、宗教、生き方、考え方、生活、性的指向、趣味、好み、働き方、さらには時間制約といった内面の違いや個人の事情をも受容すること」がダイバーシティを管理すること、すなわち、ダイバーシティ経営であるとする[4]

ダイバーシティ経営(ダイバーシティマネジメントと同義)には欧州型と米国型があり、2000年以降、日本へは米国型が紹介され[5]、旧経団連がダイバーシティ・ワーク・ルール研究会を発足させ注目されるようになった[6]。最近の研究結果によれば、日本企業のダイバーシティの属性への関心は、女性,高齢者,障害者,外国人,LGBTQにある[7]。また、パフォーマンスをあげるダイバーシティを考慮するとき、表層的・外見的差異よりも深層的・内面的差異の方が重要なダイバーシティであることが見いだされている[8]

 

(2)労働CSRとダイバーシティの共通性

労働CSRの人権や労働慣行を理解すると、それらが企業のダイバーシティのあり方と共通する部分が多いことに気づく。図表3は労働CSRとダイバーシティの内容を合体させたものである[9]



先述のとおり、ダイバーシティには表層的・外見的差異と深層的・内面的差異があるが、それらの差異に関しては、まず人権の尊重がなされなければならない。人権の尊重はダイバーシティを貫く軸となる。さらに、労働慣行としての雇用及び雇用関係、労働条件、社会対話、安全衛生、人材育成の5つの課題は、表層的・外見的差異に対して公平であると共に、深層的・内面的差異に関しても、それらの属性を持つ個人がディーセントワークを実現できるような配慮が必要となろう。

3.CSRとダイバーシティ経営の統合

以上のように、CSRとダイバーシティ経営は従業員に対する企業の取組として共通する点が多い。しかし、長らくの間、この2つの分野は異なるものとして扱われてきた。その主たる理由は、ダイバーシティ経営は競争力の源泉として機能するもので、法令遵守やCSRの実現がその本質ではないというものであった。この議論には、CSRの持つ戦略的要素が見逃されていると思われる。最近では、CSRとダイバーシティ経営の交わりを認めることで、相互作用としてメリットがあることが主張され始めている[10]。ここでは、CSRとダイバーシティ経営を統合させるためのモデルを紹介する。
 

(1)マルチレベルモデル

HansenSeierstad2017)はCSRとダイバーシティ経営を統合させるマルチレベルモデルを紹介している[11]。このモデルは、ダイバーシティ研究において、近年、重要な概念として登場したインターセクショナリティを用いている。インターセクショナリティとは、個人のダイバーシティを複数の属性(階級、性別、人種、宗教、民族等)の交差により理解することである。図表3に基づいて説明すれば、たとえば、女性であることは表層的・外見的差異であるが、その女性が育児中であることは深層的・内面的差異に関わっている。個人はいくつもの属性を持つが、その組み合わせによって、自身の力を十分に発揮できない境遇に置かれるかもしれない。インターセクショナリティの視点を用いることで、表層的・外見的差異のみならず、個人の深層的・内面的差異への着目も可能となり、個人の事情を受容したダイバーシティ経営が実現する。

マルチレベルモデルに話を戻すと、マルチレベルとはマクロ(多国籍、国家)レベル、メゾ(組織/戦略チーム)レベル、ミクロ(個人間、個人内)レベルの3つのレベルであり、これらの各レベルにおいて、CSRとダイバーシティ経営のそれぞれの取組を実施するものである。


図表4の左側は各レベルにおいてCSRとして取り組むことを示した。マクロレベルとメゾレベルでは「CSRミッションと戦略」を行う。メゾレベルとミクロレベルにおいては、「責任あるリーダーシップとCSR活動の意味づけ」が行われる。このモデルの中で「責任あるリーダーシップ」は重要視されている。なぜなら、CSR活動の実際は、責任あるリーダーがさまざまなステークホルダーの利益を調整し、倫理的配慮を企業の意思決定に統合しているからである。

右側のダイバーシティの側面を見ると、マクロレベルとメゾレベルでは、「ダイバーシティミッションと戦略」が実施される。この戦略は「アウトサイド・イン」(市場の要求、規制からの圧力など)と「インサイド・アウト」(企業の強みと弱み)の組み合わせとして存在する。メゾレベルとミクロレベルでは「インクルージョンの意味づけ」が必要となる。

メゾレベルとミクロレベルの両側面で実施される「CSR活動の意味づけ」と「インクルージョンの意味づけ」は、意味づけ(sense making)プロセスによる3つのステップがあり、Hansenらによれば、それは、認知的「企業が何を考えているか」、 言語的「企業が何を言うか」、意欲的「企業がどのように行動する傾向があるか」の3つである。ミクロレベルとメゾレベルで行われる意味づけによって、CSR活動とインクルージョンについての態度や姿勢、その一貫性、組織のコミットメント(どのように行動するか)が明らかとなることで、ステークホルダーの理解と納得が得られるようになり、CSRとダイバーシティ経営の相乗効果が生まれる。 

(2)まとめ

CSRとダイバーシティ経営の相互作用が検討されるようになった背景には、企業戦略としてCSRの有効性が証明され始めたことが挙げられる。倉持(2016)はCSR論の歴史を詳細に紹介し、2010年代以降はCSVCreating Shared Value:共有価値創造)により従来のCSRと戦略の統合が図られ、戦略的CSRが展開されているという[12]。この戦略的CSRによって財務パフォーマンスが上昇し、従業員の労働意欲や忠誠心向上が確認されると共に、SRISocially Responsible Investment)やESG投資の広がりもCSRと経営戦略の一体化を確固たるものとした。ダイバーシティ経営の成果はCSRとして報告されるべき重要な情報となっており、両者は相互に戦略を支えあう関係となっている。

最後に日本企業のダイバーシティ経営に関する実情を把握した上で、昨今ではダイバーシティ経営への懸念も存在することを記して締めくくりたい。三菱 UFJ リサーチ&コンサルティングが実施した調査によれば、ダイバーシティの推進を経営方針や経営課題に位置付けている企業は回答企業の75%であり、ダイバーシティへの取組は着実に進んでいる[13]。こうしたダイバーシティ経営推進について岩渕(2021)は以下のように警鐘を鳴らす。「多様性をめぐる問題は『すべての差異を大切にする』といった心地いい『ハッピートーク』として語られがちになり、既存の差別構造に異議を申し立てたり、差別による格差と分断を問題視したりするのではなく、あたかもそうした問題はすでに解決されて、もはや存在していないような平等幻想を作り出すことに寄与する。」[14]

このような指摘を踏まえ、ダイバーシティ経営にとって肝要なのは、多様性を深く理解すること、不平等や差別構造に敏感であること、さらに誰もがディーセントワークを得られる環境を整えること、すなわち、CSRの主題として挙げた人権と労働慣行を遵守し、一貫した活動を行っていくことであると考える。



[1] 谷本寛治(2020)『企業と社会』中央経済社、81

[2] 東京財団政策研究所(2020)CSR白書2020』東京財団、7172

[3] 関正雄(2011)『ISO26000を読む』日科技連、80

[4] 木谷宏(2016)『「人事管理論」再考』生産性出版、105

[5] 谷口真美(2005)『ダイバシティ・マネジメント 多様性をいかす組織』白桃書房

[6] 堀田彩(2015)「日本におけるダイバーシティ・マネジメント研究の今後に関する一考察」『広島大学マネジメント研究』 1619

[7] チョチョウィン, 加藤里美(2020)「ダイバーシティ経営の事例研究―CSVに焦点を当てたダイバーシティ経営―」『日本経営診断学会論』 2065

[8] 高松侑矢(2015)「集団対立とグループパフォーマンスに関する研究―集団断層とダイバシティの観点から―」『西南学院大学大学院経営学研究論集』61、16

[9] 図表3は中村豊「日本企業のダイバーシティ&インクルージョンの現状と課題」『高千穂論叢』532199頁の図1-2-2を改変し、筆者が労働CSRを加筆した。

[10] 野畑眞理子(2010)「CSRとしてのマネジング・ダイバーシティ」『都留文科大学大学院紀要』14121

勝田和行(2014)「CSR の視点から「女性の活躍」を考える一日本企業における真のダイバーシティを目指して一」『日本経営倫理学会誌』21273285

山田雅穂(2020)「日本企業の障害者雇用施策とダイバーシティ&インクルージョン施

策の共通性に関する考察―女性,LGBT およびがん患者の就労支援施策との比較から―」『中央大学経済研究所年報』526381

[11] Hansen, K. and C. Seierstad (Eds.)2017Corporate Social Responsibility and Diversity Management : CSR, Sustainability, Ethics & Governance, Springer.

[12] 倉持一(2016)「CSR 50 年――アウトサイドイン(社会ありき)の発想へ」『CSR白書2016』東京財団、6884

[13] 三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング(2017) 「企業におけるダイバーシティ推進に関するアンケート調査」https://www.murc.jp/report/rc/policy_research/politics/seiken_170629/2021117日)

[14] 岩渕功一(2021)『多様性との対話』青弓社ライブラリー、140


『CSR白書2021 ――CSRとダイバーシティ――従業員の多様性に関する企業の戦略』
(東京財団政策研究所、2021)pp. 144-151より転載

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