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第18回 現代アメリカ研究会報告

July 3, 2009

2009年6月18日に第18回研究会が開催されました。2009年1月以降、オバマ大統領のもとで上下両院とも民主党が多数を占めており、民主党に注目が集まっていますが、共和党にどのような変化が起きていたのかを理解することが、現在のアメリカ政治の状況を把握するには不可欠であると考えられます。そこで本研究会では、プロジェクトリーダーの久保文明 東京大学財団上席研究員(東京大学教授)が、アメリカの共和党の保守化メカニズムついて報告を行いました。

「共和党保守化のメカニズム:経済成長クラブ(Club for Growth)の活動を手がかりにして」

アメリカ政治の変化は、急激に生じるのか、漸進的に生じるのか?

19世紀から1930年代までのアメリカの政治は、定期的に、急激な変化を経験してきた。1800年、1828年、1860年、1896年、1932年の大統領選挙は、決定的選挙と呼ばれている。これらの決定的選挙は、二大政党の支持基盤の変容と政党の力関係の大きな変化をもたらしたと一般的に論じられている。

決定的選挙の前後では、政党の抱える支持基盤が刷新されているために、二大政党間の力関係や、それぞれの党の掲げる政策やイデオロギーに大きな変化が見られるのが通例である。例えば、1896年から1931年の期間は共和党の優勢が続き、自由放任主義的な政策が基調となったが、1932年の選挙を境にして、民主党優位の時代へと移り変わり、政策の面では大きな政府が基本的な路線となった。

ところが、1932年の大統領選挙を最後に、アメリカではそのような決定的選挙と評されるような選挙が起きていない。現在のアメリカ政党政治研究では、なぜ決定的選挙が観察されなくなったのか、決定的選挙が生じないならばどのような変化が政党に生じているのかといった問題が重点的に議論されている。

本報告では、経済成長クラブ(Club for Growth)という利益団体を手がかりにして、共和党内に漸次的な変化が生じていることを示し、政党が変容するメカニズムの一端を明らかにする。

日米の差異:候補者選定プロセス

経済成長クラブが果たした役割を論じる前に、まず、日本とは大幅に異なる連邦議員選挙のプロセスについて触れておきたい。日本の国政選挙では、各政党の指導部が、それぞれの選挙区の公認候補を擁立する。党指導部は、その気になれば好みの候補を公認することができる。

ところがアメリカでは、各政党の候補者になるために、まず、党内の予備選挙に勝利しなくてはならない。政党は予備選挙に対して中立を保ち、候補者は選挙資金を自力で調達する。結果として、それぞれの選挙区において、どのような人物が党の候補者となるかについて、政党指導部はコントロールすることができない。このようなアメリカの選挙の形式を、候補者中心選挙と呼ぶ。

1980年代「経済成長クラブ」の成長

候補者が自力で資金調達をしなければならない予備選挙において、利益団体や政治活動委員会(PAC)からの支援は候補者たちの命綱である。一般的に予備選挙の投票率は低く、10%~20%程度であると言われている。そのために、利益団体の中には、限られたリソースから最大の効果を引き出すために、予備選挙を重視するという戦略を採用する団体も見られる。

本報告で注目する経済成長クラブも、そのように予備選挙を重視する戦略を採用しているのであるが、他の団体とは際だって異なる戦略を採用している。その戦略とは、共和党予備選挙において、「名前だけの共和党員(Republican in Name Only)」と揶揄される、穏健な現職候補者を追い落とすために、予備選挙の段階で保守的な候補者を集中的に支援するというものである。

経済成長クラブは、なぜそのような戦略を採っているのだろうか。経済成長クラブは、1980年代にPolitical Club for Growthとして組織された。そもそもこの団体は、レーガン政権を支持するウォール・ストリートの資産家たちの組織であった。月に一度程度の割合で会合を開き、連邦議会議員や州知事を目指す経済保守の候補者の話を聞き、気に入った候補に政治献金をしていた。ただし、参加者たちは、献金を受けた政治家たちが公職につくたびに言をひるがえすことに愛想を尽かすようになり、団体は自然消滅した。

Political Club for Growthに出入りしていたスティーブ・ムーアが、共和党の財政保守派の候補を支援することを目的として、1999年に経済成長クラブを結成した。このクラブは税制上527条政治団体として登録され、候補者に直接影響を及ぼすような選挙活動は禁止されるものの、選挙資金規制法の対象外である政治活動に関しては、上限なく献金を受け、また資金を使用することが可能であった(2007年以降は、501(c)(4)へと組織改編)。

経済成長クラブは、いくつかの連邦議員選挙において、盤石の基盤を誇る穏健な共和党議員を追いつめることに成功した。例えば2000選挙では、ニュージャージー州の下院議員マージ・ルーキーマ(Marge Roukema NJ)に対して、経済保守派のスコット・ギャレット(Scott Garrett)を推し、僅差まで追いつめた。ルーキーマは二年後の下院議員選挙には立候補せずに引退している。また、2004年選挙では、現職で穏健派のシャーウッド・ボラート(Sherwood Boehlert, NY)や、ウエイン・ギルクレスト(Wayne Gilchrest, MD)にも挑戦し、現職の優位を脅かした。

2004年 トゥーミー vs スぺクター

経済成長クラブによる穏健派の追い落としで最も注目を集めた事例が、ペンシルバニア州の2004年上院議員選挙における、現職で穏健派のアーレン・スペクターへの経済保守派のパット・トゥーミーの挑戦であった。

スペクターは1981年から上院議員を務める共和党の重鎮であり、知名度も資金も豊富であった。スペクターは穏健派であり、例えば、レーガン政権期のロバート・ボークの最高裁判事任命について、反対票を投じた経歴を持っている。スペクターがイデオロギー的に穏健派であるにも関わらず、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、スペクターを支持しており、2004年の予備選挙でもスペクターを支持していた。

他方で、トゥーミーは下院議員を3期務めただけの駆け出しであった。トゥーミーによるスペクターへの挑戦は無謀であると考えられたが、予備選挙の結果はスペクター51%、トゥーミー49%という驚くべき僅差であった。

トゥーミーの健闘を支えていたのが、経済成長クラブを始めとする保守派のネットワークであった。このネットワークは、財政保守団体のAmerican Conservatism Unionや、宗教保守団体のFocus on the Family、Family Research Councilなどから構成されていた。経済成長クラブのような財政保守団体が資金を出し、宗教保守団体がグラス・ルーツの力を提供するという形で、強力にトゥーミーを支えていたのである。

経済成長クラブは、2008年の選挙では15の予備選挙に介入し8件で勝利している。経済成長クラブの戦略は、実際に予備選挙で勝利するという直接的な影響と共に、追いつめられた穏健派議員に引退を選ばせるという間接的な影響力、さらには議会での投票行動についても、穏健な議員に穏健な票を投じることをためらわせるといった間接的な影響力も持っていることを忘れてはならない。

イデオロギー的純粋化か、穏健派の取り込みか

経済成長クラブの活動に対しては、共和党指導部からの強い批判がある。指導部にとっては、共和党としてより多くの議席を確保することが最優先事項である。しかし、経済成長クラブの戦略は、本選挙での安定した勝利を見込める現職議員を、本選挙での勝利が不確かな候補者によって追い落とすという戦略であり、当然、指導部にとっては受け入れられない。

共和党の今後の道筋としては、党内を保守的に純化することによって、巻き返しを計るという道と、穏健派を取りこむことによって多数派を形成する道という、二つの道筋があるように思われるが、現在のところ、共和党内には保守的に純化させようとする力のほうが強く現れている。

<質疑応答>

Q 経済成長クラブは財政保守の団体だが、クラブが支援した候補者の多くは、同時に社会的保守でもあった。経済成長クラブはそのような候補者の支援にとまどいを感じないのか?
A 経済成長クラブの財政保守という路線は、突き詰めれば、あらゆる政府からの介入を嫌うリバタリアンになるはずであるが、そのような候補者を立てても保守派のネットワークによる支援は期待できない。また同クラブのメンバーが一致できるのは経済政策に関してのみである。したがって、経済成長クラブは、経済に限ったリバタリアンという立場で活動をしている。

Q 経済成長クラブには、「政権をとる」という視座はあるのか? 政党の裾野を広げるというアイディアは、経済成長クラブのような団体には弱いのか?
A どこに問題があるか分かっていても、アメリカの政党には選挙における司令塔が存在しないことが問題だ。2008年の大統領選挙で、穏健派のマケインが共和党予備選挙を勝ち抜いたのは偶然であり、共和党の穏健化には数少ないチャンスだったかもしれない。

Q 共和党内のイデオロギー的純化が進んでいる現状は、オバマにとって、穏健派を陣営に取りこむチャンスとして考えていいのか?
A 例えばジム・リーチは2008年の党大会においてオバマの支持を表明した。リーチのように共和党の保守化に愛想を尽かしている人々はおり、彼らはRepublicans for Obamaと呼ばれている。連邦議会内の共和党議員はイデオロギー的純化を目指し、議会外の共和党支持者は穏健派との協力を必要だと考える傾向があると言えるだろう。

Q 2009年4月に、スペクターは民主党への鞍替えを宣言した。その一方で、オリンピア・スノウのようなイデオロギー的には民主党にいてもおかしくないような共和党議員が、保守に純化しつつある共和党に残っているのはなぜか?
A まず、スペクターとスノウの状況の違いが指摘できる。スペクターはトゥーミーに追いつめられ、次の選挙での勝利が見えないのに対して、スノウの選挙区の地盤はそこまで揺らいでいない。また、経済争点については、スペクターもスノウも民主党の議員と考え方が近いが、社会的争点についてはかなりの違いがある。そのため現時点では、スノウにとっては政党を移るコストの方が高くつくだろう。

Q 民主党内でも、共和党内でおきているようなイデオロギー的純化は生じているのか?
A 2008年の選挙を見ていると、民主党の下院選挙委員会は、むしろ多様な候補を立てており、民主党内ではイデオロギー的純化というよりも、多様性が確保されている。

(報告:梅川 健)

    • 東京都立大学法学部教授
    • 梅川 健
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