C-2022-004
2015年末にCOP21で採択されたパリ協定や2020年10月に菅首相(当時)が所信表明演説に組み込んだカーボンニュートラル宣言など、近年、カーボンニュートラルの達成を目指す動きが国内外で見られる。温室効果ガスの排出量削減という将来への責任を果たすにあたり、非常に重要なステークホルダーとして企業が挙げられよう。東京財団政策研究所CSR研究プロジェクトは、「カーボンニュートラル」をメインテーマに定めて2,544社を対象にアンケート調査を実施し(うち回答数242社)、企業活動のトレンドやその目的を紐解いた[1]。本稿では、近年急激な変化の中にあると推測されるカーボンニュートラルをめぐる企業の動向について、12のトレンドを整理した。
1.企業の87%がカーボンニュートラルの重要性を認識
カーボンニュートラルに取り組む必要性について尋ねたところ、「大変意識している」とした企業は58%、「意識している」とした企業は29%であり、合計で87%の企業がカーボンニュートラルの重要性を認識していた。昨今の国内外のトレンドが企業活動に大きな影響を及ぼしていると考えられる。
すでにカーボンニュートラルに向けた計画・目標を策定し、実施フェーズに入っている企業は全体の51%に及ぶ。さらに、「計画・目標を策定中である」とした企業が23%、「カーボンニュートラルを目指すかどうかを社内で検討中である」とした企業も17%存在し[2]、まだカーボンニュートラルに向けた行動を開始していない企業は全体の1割に満たない。
2.カーボンニュートラルを意識し始めたきっかけは「パリ協定」と「カーボンニュートラル宣言」
カーボンニュートラルに対する何らかの取組を実施している企業を対象に、そのきっかけを伺った。企業が取組を検討し始めた時期には2つの山が確認でき、1つ目は2015年末から2016年にかけたパリ協定の合意と発効[3]、2つ目は2020年に菅首相(当時)が発表したカーボンニュートラル宣言、及びその後の目標具体化の過程[4]である。多くの企業は多国間の枠組みでの決定、あるいは日本政府の方針に敏感に反応してカーボンニュートラルに向けて動き出したと考えられる。
きっかけごとにカーボンニュートラルへの取組状況を整理すると、取組時期が早いほど、すでに施策の実施を開始している企業の割合が高いとわかった。パリ協定をきっかけとした企業の約8割が計画・目標を策定して施策を開始しているのに対し、カーボンニュートラル宣言をきっかけとした企業はまだ55%ほどしか施策を始めていない。ボリュームゾーンであるカーボンニュートラル宣言をきっかけとした企業が、今後取組を加速させていくと予測できる。
3.カーボンニュートラルは新たな市場と認識されていない傾向にある
企業の多くが、国内外の動向をきっかけとしてカーボンニュートラルの重要性を認識していると明らかになった。では、そもそも企業がカーボンニュートラルに取り組む理由はどこにあるのか。
カーボンニュートラルに対する何らかの取組を実施している企業の動機として多く挙げられる項目は、「社会課題の解決に繋がるため」(86%)、「会社の社会的評価が高まるため」(78%)、「将来世代への責任を果たすため」(58%)、「グローバルスタンダードに対応するため」(49%)である。対して、選択率の高くない項目のうち、注目すべきは「カーボンニュートラルに関連する新市場が誕生したため」(12%)と「カーボンニュートラルに関連する新市場が誕生すると予測しているため」(27%)であろう。多くの企業にとってカーボンニュートラルは市場でなく、将来市場になるとも考えられていない。しかし、現在政府は2050年までの長期的な目標を掲げており、活動の持続可能性を担保するためにはカーボンニュートラルがビジネスとして成立する必要がある。
4.カーボンニュートラルを目的としたガバナンス体制の変更が進んでいる
カーボンニュートラルに対する何らかの取組をしている企業のうち、温室効果ガス排出量削減に向けてガバナンス体制を変更した企業は42%であった。
さらに、ガバナンス体制の変更有無を、カーボンニュートラルに向けた取組の主導部署ごとに整理した。「経営層・経営会議体」(51%)、「環境に関する専門部署」(51%)、「カーボンニュートラルに特化した部署・チーム」(47%)が取組を主導する企業は、ガバナンス体制の変更を経験した割合が高い。反対に、「CSR担当部署」がカーボンニュートラルへの取組を主導する企業は、ガバナンス体制の変更率が30%ほどであった。情報開示の必要性やサプライチェーン全体への影響を鑑みると、カーボンニュートラルのためには社内の広範な部署を跨いだ横断的な取組が求められると考えられる。そのため、経営層の権限の強化や、専門部署の設立が進んでいると推測できる。
5.スコープ3の管理に注目が集まる
日本政府による目標値が示されている2030・2050年に向けて、各企業がカーボンニュートラルに関する何らかの目標を設定しているかを調査した。2030年段階の温室効果ガス排出量削減の目標値を示している企業は65%であり、さらにスコープごと[5]に分けるとスコープ1が56%、スコープ2が53%、スコープ3が18%であった。スコープ1・2とスコープ3の間で、目標を策定している企業の割合に大きな差があるとわかった。
対して、2030年の目標策定を今後実施予定、あるいは実施を検討している企業の割合は、スコープ3の目標策定が最も高く、58%に及ぶ。スコープ3の目標策定は、多くの企業が課題を認識しつつも実施に踏み出せていない領域である。近日刊行予定の『CSR白書2022 カーボンニュートラルへの挑戦』第2部に掲載されている高瀬香絵氏の論考によると、スコープ3の管理は原則ごとのトレードオフ関係や一次データの取得面で課題があるが、それに囚われて最初から完璧を目指すよりも、二次データを用いて不完全であっても目標管理を開始し、実践の中で改善する必要がある[6]。いかに実践の中で企業が学習するかが今後肝要となろう。
6.カーボンニュートラルの市場形成に課題感
各企業にカーボンニュートラルに取り組みやすくなる条件を伺ったところ、①工場や事業所での温室効果ガス排出量削減、②カーボンニュートラルに資する製品・サービス、③再生可能エネルギーの導入、に対する補助金や税制上の優遇が上位3項目であった。
すでに説明した通り、企業の大部分はカーボンニュートラルを市場として認識しておらず、補助金や税制上の優遇など、市場形成に資する政策の推進が求められる。そのために企業は、次項にまとめた公共政策活動を推進するほか、取り組みやすくなる条件として多くの企業が挙げたガイドライン策定、プラットフォーム設立などに積極的に貢献する必要があろう。
7.政府・行政への働きかけは集団的に実施される傾向にある
カーボンニュートラルに対する何らかの取組をしている企業に、公共政策活動を実施しているかを尋ねた。すでに示したように、企業は政府や国際機関の方針に反応してカーボンニュートラルを推進し、また補助金や税制上の優遇など政策による支援を期待している。それにもかかわらず、企業単独で政府・行政・自治体へ政策提言を実施している割合は非常に低い。対して、所属する業界団体等を通した政策提言を実施している割合は36%に及ぶ。企業はさまざまなプラットフォームを介して情報共有や学習を行い、提言を取りまとめていると考えられる。
8.カーボンニュートラルに関する国際枠組みへの参加が進んでいる
パリ協定などを通してカーボンニュートラルに向けた国際的なコンセンサスが醸成されつつあり、またEUタクソノミーに代表されるように、誰がルールメイキングをリードするかがビジネス環境に大きな影響を及ぼす可能性がある[7]。こうした潮流を踏まえ、2021年度・2022年度にわたり、温室効果ガス排出量削減に関する代表的な国際枠組みであるTCFD[8]、SBT[9]、RE100[10]への参加状況を調査した。
2021年度と比較して、2022年度は3つ全ての枠組みについて、「参加する予定はない」、「枠組みについて知らない」と回答した企業の割合が減った。カーボンニュートラルへの注目度が高まるにつれて、各国際枠組みの認知度が上昇したほか、参加という選択肢を排除しない企業が増えていると考えられる。また、特にTCFDへの参加率が大きく増加した。プライム市場でのTCFDに基づく情報開示の義務化が背景の1つにあり、多くの企業が情報開示のスキームを固めている最中にあると考えられる。
9.野心的な再生可能エネルギーの導入目標を掲げる企業はまだ少ない
温室効果ガス排出量削減を目指す施策の一つに、再生可能エネルギー(再エネ)の調達がある。その実態を把握するため、現在の再エネ活用率、及び2030年・2050年の目標値を尋ねた。
現在、再エネ100%を達成している企業は全体のわずか2%であり、さらに52%の企業で再エネ活用率は20%未満であった[11]。また、将来の目標として再エネ100%を掲げる企業の割合は、2050年目標でも24%にとどまる。対して、2030年目標で46%、2050年目標で51%の企業が「不明・未定」と答えており、大半の企業がカーボンニュートラルを意識しているにもかかわらず、その重要な要素である再エネの調達について野心的な目標を掲げる割合は低い。
しかし、これは企業による再エネの軽視を意味しない。上述のように、約70%の企業が、カーボンニュートラルに取り組みやすくなる条件として「再生可能エネルギーの導入に対する補助金や税制上の優遇」を挙げた。多くの企業は再エネの調達においてコスト面の課題を抱えており、再エネを市場として捉える持続可能な取組がまだ十分に展開されていないと推測できる。
10.自社敷地外での追加性のある再エネ調達が進んでいない
再エネ調達にはさまざまな方法がある。各企業がどのように再エネを調達しているか、また調達を予定・検討しているかを調査した。
調達方法のうち、「自社敷地内での再エネ自家発電」(41%)が最も実施率が高く、「小売電気事業者の再エネ電力メニューの利用」(28%)が続く。また、重複が予想されるものの、各種証書・クレジットの利用も合計で30%を超えた。
対して、再エネの新設に繋がる「追加性」のある取組は、「自社敷地内での再エネ自家発電」を除くと、「自社敷地外での再エネ自家発電」(2%)、「オンサイトPPA」(12%)、「オフサイトPPA[12]」(2%)と実施率が低い。国単位での再エネ比率の向上のためには追加性のある施策が求められるが、現状では自社の事務所や工場への太陽光パネルなどの設置にとどまる企業が多いと考えられる。しかし、将来実施を予定・検討している企業の割合については、オンサイト・オフサイトのPPAが高い値を示している点は注目に値する。今後は、需要家と電力会社の協力による追加性のある発電が増加すると予測できる。
11.具体的な動機を持つ企業の方が追加性のある再エネへの意識が高い
再エネの調達が、どのような社会貢献に繋がると各企業が考えているかを調査した。選択率が50%を超えた項目は、「温室効果ガス排出量削減(気候変動対策)」と「日本の電力構成における再エネ比率の向上」であった。
再エネ調達をどのような社会貢献として捉えているかが、いかにして企業の活動を左右するかを検証するため、各企業の再エネ設備の新設意識とのクロス集計を実施した。再エネ調達の社会貢献を「雇用創出」(82%)、「エネルギー安全保障」(79%)、「地域活性化」(72%)と答えた企業は新設意識が目立って高い。温室効果ガスの排出量削減や日本の再エネ比率の向上などは再エネ調達の社会貢献としては自明であり、より具体的な動機を持って再エネ導入に取り組む企業の方が、追加性のある取組により積極的になると考えられる。
12.地域に根差した取組に注目が集まる
前述のように、多くの企業が自社敷地外での再エネ自家発電やオフサイトPPAの実施を検討している。これらの敷地外での取組の一つのオプションとして、地域に根差した再エネ事業が考えられる。
しかし、「地域の再エネ事業例を知っているか」という設問に対して、「知っている」と回答した企業はわずか21%であった。また、「知っている」と回答した企業も、知っている取組の多くは本社所在地の自治体によるイニシアティブや自社の事業である。多くの企業が自社敷地外での追加性のある取組に注目しているにもかかわらず、参照できる先行事例があまり知られていない実態が明らかになった。
対して、地域の再エネ事業に関心があるかを尋ねたところ、62%の企業が「関心がある」と回答した。地域に根差した先進事例を参考にして自社の施策を検討する意思を多くの企業が有していると考えられる。2023年1月刊行予定の「CSR白書2022別冊 カーボンニュートラルに必須な再エネ普及における企業の社会貢献」では、市民エネルギーちば株式会社が音頭をとった千葉県匝瑳市での営農型太陽光発電、戸田建設株式会社が長年取り組んでいる長崎県五島列島の浮体式洋上風力発電、北海道での北海道電力株式会社による各種取組の、3つの地域密着型の事例を紹介している。カーボンニュートラルに向けた取組の一環として地域に根差した再エネ事業への参加に関心がある方は、是非白書別冊を参照されたい。
[1] 東京財団政策研究所CSR研究プロジェクトでは、2013年度より毎年CSR企業調査を実施し、『CSR白書』を出版してきた。2022年度は、当財団の平沼光主席研究員を監修者に据え、「カーボンニュートラル」をメインテーマとして調査を実施した。本稿は、2022年4月から7月に実施した第9回「CSR企業調査」のうち、企業による戦略・施策の策定のヒントとなりうる項目を抜粋したものである。より詳細な調査結果は、近日刊行予定である『CSR白書2022 カーボンニュートラルへの挑戦』を参照されたい。
[2] 以下、「計画・目標を策定し、実施中である」、「計画・目標を策定中である」、「カーボンニュートラルを目指すかどうかを社内で検討中である」と回答した219社を、便宜上「カーボンニュートラルに対する何らかの取組を実施している企業」とする。
[3] 2015年の11月30日から12月13日までパリで開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)でパリ協定が合意された。本会議では、加盟国に温室効果ガス排出量削減目標の提出が義務づけられ、日本も2030年までの目標を発表した。
[4] 2020年10月の所信表明演説で、菅首相(当時)は2050年までにカーボンニュートラルを目指すと発表した。その後2021年4月の気候サミットで、2030年の温室効果ガス排出量を2013年度比で46%削減する目標が掲げられ、2021年10月に経産省が採択した「第6次エネルギー基本計画」でもこの目標が確認された。
[5] 企業が直接排出した温室効果ガスをスコープ1、電力・ガス会社などから提供された電気・熱の利用に伴う間接排出をスコープ2、それ以外の排出をスコープ3という。
[6] 高瀬香絵(in press),「スコープ3の排出量削減・情報開示」『CSR白書2022 カーボンニュートラルへの挑戦』
[7] カーボンニュートラルをめぐる国際動向については、2023年1月刊行予定の『CSR白書2022別冊 カーボンニュートラルに必須な再エネ普及における企業の社会貢献』を参照されたい。
[8] TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)は、財務情報と一体となった気候関連情報の開示を求める民間タスクフォースである。
[9] SBT(Science Based Targets)は、地球温暖化の抑制を目的とする企業の中長期目標を承認する国際枠組みを指す。
[10] RE100(Renewable Energy 100%)は、再エネ使用率100%を目指す企業が参加する国際枠組みである。
[11] 再エネ100%を達成した事例として、近日刊行予定の『CSR白書2022 カーボンニュートラルへの挑戦』第3部に掲載される石井造園株式会社と株式会社富士通ゼネラルの取組を参照されたい。
[12] 電力事業者が太陽光発電を行い、需要家に提供する仕組みをPPAといい、発電を需要家の敷地内で行うものをオンサイトPPA、敷地外で行うものをオフサイトPPAと呼称する。