C-2022-001-1W
・プロジェクトの趣旨 |
プロジェクトの趣旨
東京財団政策研究所では、2013年度より毎年、多くの企業にご協力いただき、CSR活動についてアンケートを実施し、有識者論考や企業事例と合わせて『CSR白書』を刊行してきた。
企業がCSRの枠組みで取り組む多様な社会課題のうち、今最も注目を集めているものの1つが気候変動への対応であろう。『CSR白書2021』の企業調査アンケートによると、全回答企業の76%が「気候変動・災害」を重視する社会課題として挙げており、いかに各企業が環境問題を喫緊の課題として捉えているかが窺える[1]。2020年10月には、菅首相(当時)が所信表明演説でいわゆる「カーボンニュートラル宣言」を発表し、2050年までに脱炭素社会を目指すと明示された。その後も、2021年4月に米国主催で開かれた気候変動サミットや、同年10月に発表された「第6次エネルギー基本計画」において、カーボンニュートラルに向けた目標が徐々に具体化されている。産業セクターに目を向けると、2021年6月からプライム市場でTCFDに基づく気候変動に関する情報開示が求められるようになっており、いかに環境関連の情報を集め、施策を進めるかが多くの企業にとっての目下の課題となっていると考えられる。国際的には、炭素国境調整メカニズム(CBAM)やEUタクソノミーなどに基づく、環境を含めた欧州の基準が世界の標準となる可能性があり、またウクライナ危機で顕在化したエネルギー安全保障の観点からも、いかに他国に依存しないクリーンなエネルギーに転換するかが焦点となる。
以上の背景から、本年度のCSR白書はカーボンニュートラル、及びその実現の要となる再生可能エネルギーへの転換を重点テーマとして設定した。アンケートで企業の取組について調査し、さらに企業の関心が高いと想定される個別テーマについて研究者・実務家に論考を執筆いただいた。また、より具体的な企業の施策として、本白書第3部の企業事例、及び白書2022別冊でモデルとなる企業事例を取り上げた。
企業への提言
1 .カーボンニュートラルに向けた戦略策定
アンケート分析結果
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対象企業の51%が、すでにカーボンニュートラルに関する何らかの計画・目標を策定し、施策を開始している。また、23%が計画・目標を策定している最中である。
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カーボンニュートラルに向けた取組を検討し始めたきっかけは、2020年10月に菅首相(当時)が発表した「2050年カーボンニュートラル宣言」が全体の61%であり、最も多い。次に、2015年から2016年にかけてのパリ協定の合意・発効をきっかけとした企業が全体の2〜3割にのぼった。パリ協定をきっかけに取組を開始した企業の方が、すでに計画・目標を策定して行動を開始している割合が高く、最近カーボンニュートラルを意識し始めた企業の多くはまだ施策・戦略の検討段階にいると考えられる。
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複数のアンケート項目から、カーボンニュートラルを市場、ビジネスチャンスと捉えている企業の割合は全体の3割強にとどまっており、多くの企業は社会的責任としてカーボンニュートラルを捉えている傾向があるとわかった。
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環境に関する専門部署や経営層がカーボンニュートラルを主導する企業の方が、すでに戦略を策定し施策を実施している割合が高い。また、カーボンニュートラルに対する何らかの取組を実施している企業の42%が、カーボンニュートラルを検討し始めてからガバナンス体制を変更している。多くは全社横断的な取組のために、専門部署の設置や経営層がリーダーシップをとれる体制の構築を実施したと考えられる。
有識者論考から
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科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は約5年ごとに大規模な科学技術予測調査を実施しており、最近の調査では技術の動向だけでなく、基礎科学や社会・経済ニーズも包含する分析を実施している。本調査では、AIを活用した国内の研究機関の研究関連ニュースの情報取得、広範な専門家が参加するビジョンワークショップ、科学技術分野ごとの専門家5,352人へのアンケート調査、これらの分析から特定したトピックに基づくシナリオプランニングを実施している。
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調査は水素関連技術や再生可能エネルギー・蓄エネルギー技術などカーボンニュートラルの手段として注目される領域もカバーしており、重要度・国際競争力・技術的実現年・社会的実現年に向けた政策手段などを示している。また、シナリオプランニングで将来クローズアップされる科学技術領域やその概要なども示しており、カーボンニュートラルの未来に関する定量的・定性的データとして活用できる。
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CO2排出量削減に向けて企業もこれまで多くの取組を実施しているが、今後はその延長線上の施策だけでなく、異なる角度からの手法の検討が求められる。社会の変化や技術の発展は思いがけない問題や影響をもたらす可能性があり、また企業単位だけでなく、個人の関心を高める取組が必要である。
まとめ ・多くの企業は、環境専門の部署や経営層がカーボンニュートラルへの取組を一元的に管理する体制へ移行し始めている。会社が一丸となってカーボンニュートラルに向けた施策に取り組むガバナンス体制を検討することが望ましい。 ・カーボンニュートラルへの取組において競争力が担保できる技術領域はどこか、将来どのようなシナリオが存在するかなどについては不確実性が存在する。NISTEPなどが提供するデータを参照しつつ、より創造力を働かせて新たな角度からのイノベーションを進める必要がある。 |
2 .サプライチェーンの管理に向けて
アンケート分析結果
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カーボンニュートラルに向けた取組を実施するにあたっての課題を伺ったところ、「サプライチェーンの上流・下流との協働が難しい」が最も多く、カーボンニュートラルに対する何らかの取組を実施している企業の67%にのぼった。
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2030年・2050年に向けた目標の設定状況についてのアンケートでは、2030年の「スコープ3の温室効果ガス排出削減率の設定」を「実施している」と答えた企業はわずか18%であり、スコープ1(56%)、スコープ2(53%)との差が大きい。対して、「実施を予定・検討している」と回答した企業は58%にのぼり、多くの企業がサプライチェーン全体にまたがるスコープ3の管理を検討しているものの、実施できていない現状が明らかになった。
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カーボンニュートラルの主導部署ごとにスコープ3に関する目標設定率を整理すると、環境に関する専門部署、あるいは経営層が主導する企業で設定率・設定予定率が高い。サプライチェーンをまたがるスコープ3の管理はCSRやサステナビリティ関連の部署を超えて各事業部の参加が求められるため、全体を一元的に管理できる体制が必要であると考えられる。
有識者論考から
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GHGプロトコル企業基準では、算定企業の排出量とサプライヤーの排出量がダブルカウントされる可能性があり、スコープ3はスコープ1、スコープ2とは性質が異なる。
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GHGプロトコルスコープ3基準では、妥当性・完全性・整合性・透明性・正確性の5原則が掲げられており、それぞれのトレードオフ関係のバランスをとる必要がある。よって、改善を前提とし、目的に応じて算定をデザインする必要がある。
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まずはLCA(ライフサイクルアセスメント)に基づいて一次データを収集し、その積み上げによってスコープ3を算定しなくてはならないという誤解がある。実際には、LCAは必ずしも求められない。施設ごとの排出量の一次データがない場合は、二次データも活用しながら推計によって全体の排出量を把握し、そこから必要性と実現可能性に応じて一次データを取得するという順番で算定する。一次データが入手できないことを理由に算定を行わないのではなく、まずは不完全な状態でも実施してから徐々に粒度を上げれば良い。
まとめ ・第3部企業事例に掲載した住友金属鉱山株式会社の取組のように、必要に応じた業界ごとのプラットフォームの活用も有用である。 ・元来、スコープ3の排出量算定は重複が想定され、また一次データの入手の困難性も織り込まれたものである。脱炭素という本来の目標を鑑みると、最初から完全を目指して頓挫するのではなく、まずは不完全であっても実施することが肝要である。 |
3 .カーボンプライシングの導入に向けて
アンケート分析結果
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カーボンニュートラルに取り組みやすくなる条件をアンケート項目として設定したところ、全体の42%が「カーボンプライシングに関する制度の導入・拡充」と回答した。
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しかしながら、カーボンプライシングの代表的な枠組みである炭素税、排出権取引制度、クレジット制度の導入・拡充が望ましいかに関しては、いずれの枠組みでも3割から4割ほどの企業が「分からない」と答えた。総論としては賛成の企業が多いものの、各制度について企業は具体的なビジョンを描けていない傾向にあると考えられる。
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再生可能エネルギーの調達については、「グリーン電力証書」(13%)、「トラッキング付FIT非化石証書」(14%)、「Jクレジットの購入」(6%)と、一定程度の企業がクレジット制度に頼っていると明らかになった。
有識者論考から
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カーボンプライシングの導入により、企業は環境保全に対して従来の守りの姿勢から、炭素をアセットとして管理し、価値を創出する攻めの姿勢に転換している。
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カーボンプライシング制度の一種である排出権取引制度のもとで炭素市場取引を経験した韓国企業には、カーボンプライシング政策を受けて3つの特徴が見られた。
①カーボンプライシング対応費用に対する認識の変化。企業は規制対応のためのコストを必要経費、コスト削減や収益を会社の利益として認識するようになった。
②トップダウンのサポートとボトムアップの提案。温室効果ガスの削減が、企業経営の大きなアジェンダとなった。結果として、経営層の理解醸成によるトップダウンのサポートと、専任部署・専門家チームからのプロジェクトの提案というボトムアップの流れが組み合わさるダイナミズムが生まれた。
③多くの企業がインターナルカーボンプライシングを導入した。これによってビジネス上のリスクと機会が明確化され、それがイノベーションや経営に与える影響をポジティブに捉える企業が増えている。
まとめ ・カーボンプライシングの導入によって、従来追加的なコストと捉えられてきた環境事業への投資がビジネスチャンスに変わる可能性がある。炭素をアセットとして捉え、脱炭素はビジネスチャンスであると認識することで、より有効な施策を生み出すガバナンス体制や新たなイノベーションが生まれる。 |
今後の検討課題
本調査は、菅首相(当時)のカーボンニュートラル宣言が発表されて1年強しか経ていない、いわば日本のカーボンニュートラルの黎明期に実施した。そのため、多くの企業はまだ手探りの段階にあり、ビジョンや具体的な施策が固まっていない状態でアンケートにお答えいただいた。カーボンニュートラルに向けた国際的潮流の中で、日本や日本企業のあり方がより定まった段階での追跡調査が求められる。特にカーボンニュートラルに向けた取組をビジネスと接続するのか、社会貢献として実施するかはCSRの観点から非常に重要であり、今後市場が形成される中での企業の動向に注目する必要がある。
[1] 東京財団政策研究所(2021)『CSR白書2021:大規模な社会変動と企業の対応~アフターコロナを見据えて~』39頁
『CSR白書2022 ――エグゼクティブ・サマリー』
(東京財団政策研究所、2022)pp. 8-13より転載
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