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CSR白書2022――カーボンニュートラルに貢献する科学技術の未来予測 ――第11回科学技術予測調査より
写真提供 Getty Images

CSR白書2022――カーボンニュートラルに貢献する科学技術の未来予測 ――第11回科学技術予測調査より

February 3, 2023

C-2022-001-4W

文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術予測・政策基盤調査研究センターフェロー
浦島 邦子

1.カーボンニュートラルに関する背景
2.カーボンニュートラルの動向と施策
3.カーボンニュートラルに関する技術の将来について
4.おわりに

1.カーボンニュートラルに関する背景

世界的な動向も踏まえて我が国では長期的目標として2050年までにカーボンニュートラルの実現に向けて、温室効果ガスの排出をゼロとすることが表明されている。社会全体としてカーボンニュートラルを実現するには、電力部門では非化石電源の拡大、電力以外の産業・民生・運輸部門(主に燃料利用・熱利用)においては、脱炭素化された電力による電化、水素化、メタネーション、合成燃料等を通じた脱炭素化を進めることが必要である。取組は大企業のみならず、個人レベルからできることを実施していく必要があり、CO 2の排出量が多い地域や、削減ポテンシャルが高い地域を先行モデルとして、広く周知するような活動も必要となる。特に、人口減少や高齢化が顕著な地域において、カーボンニュートラルをイノベーションのきっかけとして、脱炭素化社会の構築を進めることで、地域の成長戦略や地方創生にも寄与することが期待されている [1]

本論考では、筆者の所属する研究所で長年実施している科学技術予測調査の結果からCO 2の大量削減に貢献する技術を中心に、脱炭素化社会の実現に向けた技術や動向について紹介する。

2.カーボンニュートラルの動向と施策

(1)CSR白書2022のアンケート結果より

本白書の第1部にあるカーボンニュートラルに関するアンケート結果によると、カーボンニュートラルに対する取組は70%以上の企業ですでに検討・実施されている。そのきっかけは、我が国が2050年にカーボンニュートラルを目指すことを菅首相(当時)が宣言したことが61%となっている。企業が取り組む理由としては、社会課題の解決(86%)とともに、企業の評価が上がる(78%)という意見が多い。一方で取り組めない理由として人材不足が挙がっている。カーボンニュートラルを主導しているのは経営陣が35%であり、戦略策定などは民間のコンサルタントを頼る結果となっている。事務所での省エネや環境負荷の低い製品の導入はすでに実施しているが、再生可能エネルギーに興味があり導入したいものの、コストがかかることから、補助金などを必要としている。地域の活性化・温暖化対策・自社のカーボンニュートラルの達成を目指す活動事例が国内にあることを知らない企業が69%もある。こうした結果から、既存技術の普及とともに補助金の活用、そして地域における成功例を多くの場所で広く適用するような取組が必要になる。

(2)世界の取組

2020年11月に資源エネルギー庁から報告された「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた検討」によると、EUでは、2018年11月、2050年のカーボンニュートラル経済の実現を目指すビジョン“A clean planet for all”にて、EUの気候・エネルギー政策の方向性が示された。削減の道筋にはさまざまなオプションが考えられ、技術の成功に関する長期の不確実性が大きいことや、技術の進展、消費者の選択、規制により異なった結果がもたらされること、モデルは注意深く解釈せねばならないといったことが明記されている。そして図表1に示すような8シナリオを提案している。多くの国にとってカーボンニュートラルへの取組は優先課題であることから、日本の既存技術を海外に展開するきっかけとなることが期待される。

図表1:EUにおけるカーボンニュートラル実現のための8シナリオの概要 

 出所:A Clean Planet for all(2018) “In-depth analysis in support of the commission communication COM,” Table 1をもとに作成された図

経済産業省ウェブサイト、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた検討

https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/033/033_004.pdf(2022年10月12日)

 

3.カーボンニュートラルに関する技術の将来について

(1)科学技術予測調査の概要

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、科学技術とその成果がもたらす将来を見通すため、1971年から約5年ごとに大規模な科学技術予測調査(以降、予測調査)を実施している。図表2に示すように、予測調査はこれまで11回実施してきたが、毎回社会背景やクライアントの要望に対応してさまざまな手法を取り入れて設計をしている。第1~7回は技術中心の調査であったが、第8回からは、科学技術・イノベーション基本計画 [2]策定時期に合わせて調査をしている。特に、近年は科学技術の応用面も対象とし、定量的調査であるデルファイ調査 [3]では十分に把握できなかった、基礎科学における発展可能性のサインや、科学技術が踏まえるべき社会・経済ニーズについてカバーし、さらに優れた個人の見識に基づく発展シナリオや、論文分析も加えることで、定量に定性的調査を加えた科学技術を俯瞰的に捉える調査設計となっている。今後30年間という中長期の未来展望は、産学交えた理・工学系の専門家だけでなく、ニーズ側の視点や人文・社会科学の専門家の視点も取り入れた広範な議論を行い、さまざまな角度から分析している。これまで実施したすべての調査結果は、NISTEPウェブサイトに公開[4] されている。

図表3は、第11回予測調査の概要 [5]を示したものである。調査は4つのパートを合わせ、それぞれ目的とターゲットとしている年が異なる。 

図表2:社会背景と科学技術政策と予測調査の関係

出所:NISTEPウェブサイト

 

図表3:第11回科学技術予測調査の全体像

出所:NISTEPウェブサイト

 

パート1のホライズン・スキャニング[6] では、KIDSASHI(Knowledge Integration through Detecting Signals by Assessing/Scanning the Horizon for Innovation)というソフトウェアを独自に構築した。これは、国内の約300機関(主要国公立/私立大学や企業等を網羅)の研究関連ニュース記事を中心とした全サイトを毎日1回自動巡回(クローリング)して話題を取得し、AIによる定量的アプローチ(クローリング情報)と定性的アプローチ(シグナル情報)を併用したシステムである。これにより科学技術を取り巻く全体傾向を可視化でき、ウィークシグナルの発見にも繋がる。

パート2のビジョニングは、人文・社会科学や自然科学の専門家、若手研究者やシニア研究者、産学官の研究者・関係者など、多様な専門家・有識者約100名の参加によるビジョンワークショップによって、望ましい日本社会の未来像について議論を行ったものである。結果詳細はここでは割愛する。

(2)技術の未来予測―デルファイ調査結果から

パート3の科学技術動向は、技術の未来を見通す調査で、その手法から「デルファイ調査」と呼ばれ、毎回20~30年後を見越した技術の実現年や、早期に実現するための施策を把握することを目的として実施している。これまで半世紀以上の歴史を持つことから、実現度などを評価できる。本調査は日本が世界で最も古い歴史を持ち、技術に注目した調査であることから海外からの評価も高い。第1回からの結果はデータベースとしてNISTEPのウェブサイトで公表されている [7]

2019年に実施した第11回目となる調査では、2040年をターゲットイヤーとしつつ、2050年までの30年間を展望する設計とした。すべての科学技術を俯瞰すべく、7分野(①健康・医療・生命科学、②農林水産・食品・バイオテクノロジー、③環境・資源・エネルギー、④ICT・アナリティクス・サービス、⑤マテリアル・デバイス・プロセス、⑥都市・建築・土木・交通、⑦宇宙・海洋・地球・科学基盤)において702の科学技術トピック(2050年までの実現が期待される研究開発課題)を設定し、各トピックに関して重要度、国際競争力、実現見通し、実現に向けた政策手段についてアンケートを実施し、国内の各分野の専門家5,352名から回答を得た [8]。 

図表4:「環境・エネルギー・資源」分野の細目およびキーワードと今後の展望 

出所:NISTEPウェブサイト

 

1)カーボンニュートラルに深く関わる技術と今後の展望

図表4に、カーボンニュートラルに深く関わる環境・エネルギー・資源分野の調査細目と、得られた回答の中から今後の展望について示す。この分野は、地球規模のものから資源の開発、エネルギー種々の利用、リサイクルなども重要な技術として取り上げた。これからは利用システム全体を変革させることが、技術開発推進には必要である。また、技術の社会受容性がますます重要になってきており、リスクマネジメントも重要な項目として取り上げた。

2)重要度、国際競争力、実現年

重要度と国際競争力については5段階評価で、技術の実現と社会実装の見通しについて返答を求めた。全702トピックのうち、図表5にはカーボンニュートラルに関わる水素関連の結果を、図表6には再エネ・蓄エネ技術関連トピックの調査結果(重要度順)を示す。

3)実現に向けた政策手段

実現に向けた政策手段は、「人材の育成・確保、研究開発費の拡充、研究基盤整備、国内連携・協力、国際連携・標準化、法規制の整備、倫理的課題への対応、その他」を選択肢とし、その中から複数選択可として実施し、回答者の選択割合を集計した。技術的実現では、全般的に研究開発費の拡充が最も多い。一方、社会的実現では事業環境整備が最も多く、回答者の55~65%が必要と答えた。また、技術的実現に比べて法規制の整備が必要と答える割合が多くなっている。全トピックの平均値と比較すると、技術的実現、社会的実現ともに人材育成とELSI [9]対応への回答が少ない傾向があった。

 

図表5:水素関連技術の重要度、国際競争力、技術的・社会的実現年 

出所:NISTEPウェブサイト

 

図表6:再エネ・蓄エネ技術関連トピックの調査結果(重要度順) 

*1:非常に高い(+2)、高い(+1)、どちらでもない(0)、低い(-1)、非常に低い(-2)としてスコアを算出。

出所:NISTEPウェブサイト

(3)シナリオプランニングによるクローズアップ領域の抽出

パート4のシナリオプランニングでは、科学技術の視点から新興・融合領域の発展の方向性を探るため、デルファイ調査で取り上げた702の科学技術トピックを基として、分野の枠にとらわれずに今後推進すべき研究開発領域を抽出することを試みた。機械学習と自然言語処理技術を用いて702のトピックを類似度により32のクラスターに機械的に分類した。分類された結果は、専門家によって近似するクラスターの統合や、各クラスターの表す内容の精査等を行った。今回初めてAIを用いた機械的処理と人によるジャッジを組み合わせて検討し、結果は図表7に示す8つの領域となった。

 

図表7:クローズアップ科学技術領域 

出所:NISTEPウェブサイト

 

各パートの結果は、目的に応じて個々にも利用できるが、未来に関する数少ない定量・定性的データとして多くの方に利用していただきたいところである。

4.おわりに

今回は、カーボンニュートラルに関する予測調査結果のごく一部を紹介したが、CO 2の削減にはすでに長年多くの企業が取り組んでおり、乾いたぞうきんを絞るような施策だけではなく、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な思考でこれまでとは違う角度からの検討も必要であろう。コロナ禍により、人々の行動や生活スタイルが大きく変化した。省エネのためにできるだけ1か所に集まって仕事をすることが奨励されていたが、それが新型コロナウイルスの感染拡大により真逆となった。職場の消費電力が減った分、自宅でのエネルギー消費は増え、高齢者が自家用車を購入する機会となった。カーボンニュートラルの実現には、個人の関心を誘発するような取組が今まで以上に必要で、それには例えばこれまであまり取組のなかった芸術との融合などがあり得る。実際、プロジェクションマッピング技術を利用した外科手術が行われているように、新たなイノベーションが創出される可能性は高い。

カーボンニュートラル社会が実現しているであろう2050年の我が国は人口の1/3以上が高齢者となり、今とは違う社会が構築されていることが予測される。お年寄りたちの片手にはスマートフォンが常にあり、IoTも至るものに普及し、例えば冷蔵庫の中に不足している、健康維持に必要な栄養素を含んだ食料が自動的にオーダーされ、ドローンによってベランダにいつでも配達されるようになっているかもしれない。しかし一方では、その便利さゆえの孤独から精神を病む人が増えているかもしれない。いずれにせよ、便利な機器は意識することなく社会に普及し、身の回りはネットワークで固められ、ひとたび停電や故障などが発生すると、思いがけないところで問題が発生し、社会全体に影響を及ぼし、個人では対応不可能な世の中になっているかもしれない。そんな未来を考えると、単純に明るい気持ちになれないのは私だけであろうか。

 

[1] 環境省ウェブサイト、脱炭素先行地域選定結果(第1回)についてhttps://www.env.go.jp/press/110988.html20221012日)

[2] 内閣府ウェブサイト、第6期科学技術・イノベーション基本計画https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index6.html20221012日)

[3] 集団の意見や知見を集約し、統一的な見解を得る手法の一つ。得られた結果を全員に見せ、再び個別に回答を求める、という過程を何回か繰り返すことで意見の集約が図れる手法。

[4] 科学技術・学術政策研究所ウェブサイト、科学技術予測・科学技術動向https://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-foresight-and-science-and-technology-trends#target0120221012日)

[5]11回科学技術予測調査S & T Foresight 2019総合報告書、報道発表_説明資料_参考(201910月)https://doi.org/10.15108/stfc.foresight11.20120221012日)

[6] 将来大きなインパクトをもたらす可能性のある変化の兆候をいち早く捉えることを目的とした将来展望活動のこと。

[7] 科学技術・学術政策研究所ウェブサイト、デルファイ調査検索https://www.nistep.go.jp/research/scisip/delphisearch/start/20221012日)

[8]11回科学技術予測調査S & T Foresight 2019総合報告書、報道発表_説明資料_参考(201910月)https://doi.org/10.15108/stfc.foresight11.20120221012日)

[9] 倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)。


『CSR白書2022――カーボンニュートラルに貢献する科学技術の未来予測――第11回科学技術予測調査より』

(東京財団政策研究所、2022)pp. 131-140より転載

*書籍の詳細は こちら

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