C-2023-004
- CSR委員会委員/名誉研究員
川口順子
はじめに 1.日本企業のCSR−2014年白書から見えたこと 2.2022年のCSR白書に見る進化 3.「ジェンダー平等」―CSR活動のさらなる進化を求めて |
はじめに
東京財団政策研究所のCSR研究プロジェクトが発足して10年経過した。アンケート調査に企業の協力を得て、翌2014年からはCSR白書という形で、研究成果を世に発表してきている。私は発足当初からこのプロジェクトに関わってきた。
この期間、日本の企業のCSRへの取り組みは、企業の社会的責任への認識増大、国連の持続可能な開発目標の採択(2015年)、経団連の企業行動憲章改訂(2017年)等の要因の寄与があって大きく進化をした。
この小稿においては、まず2014年当時の日本企業のCSRの状況を私たちがどう認識したかをCSR白書2014[i]から振り返り、その後の進化を本調査の切り口である社会的課題解決への取り組みと事業活動の統合[ii]を視点として、CSR白書2022[iii]から観察する。そこから、今後の日本企業のCSRに求められるさらなる進化とは何かを考えたい。
1.日本企業のCSR−2014年白書から見えたこと
この時代、解決を要する社会的課題は数多の分野に存在し、その多くが分野をまたがり、国境を越える課題である。他方で各課題は細分化され深い。解決には多大の資金、技術、人材を必要とし、各国政府のみならず企業への期待は大きい。
企業の側からも、これらの社会的課題が改善・解決されることが企業発展の環境整備のために望ましく、また社会的課題の改善・解決は企業の事業にとっての需要であり、それを取り込むことが事業発展への道(比較優位の追求とリスク対応)である。さらに、社会的課題解決に取り組む企業の姿勢は顧客に評価され、企業のイメージアップにつながる。つまり、企業にとって事業活動とCSR活動は右のポケット、左のポケットに分かれた別々の問題ではなく、統合的に追求すべき事柄なのである。
CSR白書2014はアンケート調査の結果によっている。[iv] 社会的課題別には、アンケート回答企業のほとんどが環境に取り組んでいる。ついで、風土・文化保全、妊産婦の健康改善、人権、女性地位向上であり、疾病の蔓延防止、児童貧困改善、貧困飢餓は少ない。社会的課題として環境に多くの企業が関心を持つのは、自然のことと思われる。日本では1970年代から、大気汚染や水の汚染などの公害が大きな問題となっており、企業は生産プロセスの中で公害に取り組んできた。また、世界レベルで気候変動や生物多様性の保全が大きく取り上げられており、企業・業界レベルの協力の枠組みが国境を越えて動き始めていた。競争力の確保やリスク管理の観点からは他人事ではない課題である。
興味深い結果の一つは、企業はCSRの取り組みをするにあたって、社会的課題の検討を経て実際の取り組みを考えるのではなく、具体的な活動から考える傾向が強いということである。「多くの日本企業が、自社のCSR活動を公開しているが、、、、個々の活動説明の列挙にとどまり、『企業全体として解決すべき社会課題をどのように選定し、かつ事業との関連性を踏まえて、何を実践しているか』という観点からの説明は希薄だ」[v]との指摘が的確にこの時点における企業のCSR活動の性格を物語っている。この点は後述するように、10年後の今日でも引き続き残る性格である。
上記との関連で、もう一つの興味深い分析は、回答企業の「わが社一押し」のCSR活動と自社事業との関連性に関する分析である。[vi]これからは、企業は生産過程での廃棄物削減や女子社員の活用等の「事業プロセスにおける実践」(80%)[vii]、及び希少疾病の治療薬開発等の「自社の製品・サービスの利用」(78%)の割合が高く、事業の利益を活かした活動(例えば寄付)は低いとの結果が得られる(33%)。一押しは、企業にとっての理想のCSR活動の姿を具現している活動と考えてよく、それは、事業との統合である。つまり、事業プロセスにおける実践や製品・サービス提供などの事業活動を通じて企業の価値を上げることと、社会的課題の解決に直接的に寄与することが一体化していることである。
他方で、一押し以外の他のCSR活動では、「事業プロセスにおける実践」はある程度進んでいるものの、「自社の製品・サービスの利用」についてはそれほど進んでいないとの結果が描き出されている。例えば、環境関連のCSRプロジェクトでは、「事業プロセスにおける実践」(79%)に対し、「自社の製品及びサービスの活用」(48%)となる。さらに、日本企業の海外におけるCSR活動は利益の利用にとどまっていて、事業との統合は進んでいない。[viii] この姿は社会的課題を需要として取り込むことが企業価値の向上に資するとの認識がまだ十分に行き渡っていないことを意味していると思われる。
2.2022年のCSR白書に見る進化
2022年までの間にCSR活動と事業活動の統合はどれくらい進んだのであろうか。
アンケートの結果は、トータルで見れば社会的課題解決の手段としては「製品・サービスの提供」、及び「事業プロセスや、雇用・人事管理」がそれぞれ約70%となっている。[ix]この数値は、2014年時の「わが社一押し」のレベルであり、事業との統合が進んできていることが伺える。
しかし、より細かく社会課題別に見ていくと、課題により手段に差があることがわかる。「製品・サービスの提供」を手段としている率が高い社会的課題は、「都市・居住」(94%)、「インフラ・産業」(88%)、「生産消費」(83%)、「エネルギー」(83%)、「気候変動・災害」(82%)であるのに対し、事業プロセスにおいての課題対応が中心になっているのは「ジェンダー」(99%)、「経済成長・雇用」(83%)、「教育」(78%)、「健康・福祉・高齢化対策」(74%)であり、これらの課題は「自社内での人事・働き方の問題として捉えられて」[x]おり、製品化・サービス化による対応の意味合いがまだ十分に意識されていない。2014年当時のCSR活動と似通った性格が残っている。
3.「ジェンダー平等」―CSR活動のさらなる進化を求めて
CSRと事業の統合は緒につき進化の途上にある。次なる進化はCSRのどの側面に求めるべきなのだろうか。その点を「女性の地位向上・ジェンダー平等(以下ジェンダー平等と表現)」という社会的課題を例として考えてみたい。
ジェンダー平等はSDGs目標5に掲げられている大きな社会的課題である。CSR白書2022においても、回答企業の80%以上がSDGsをCSR活動の検討・実施に「大いに活用している」ないし「活用している」と答えており、実際、ジェンダー平等は回答企業のあげた「重点的に取り組んでいる社会課題」20のうち7位を占め、そのほとんどが前述したように「事業プロセス、雇用・人事管理を通じて」取り組んでいると答えている。
それではその成果はどうか。世界的に見た日本のジェンダー平等への取り組みは惨憺たる状況にあると言わざるを得ない。スイスに本部を置く世界経済フォーラムはジェンダーギャップ指数(The Global Gender Gap Report)を毎年発表している。この指数は、経済、教育、健康、政治、の4つの分野のデータから作成されている。最新の日本の順位は146カ国中過去最低の125位(2023)だった[xi]。先進国の中で最も遅れている事は無論、東アジア太平洋諸国の19カ国の中でも最も遅れている。政治分野が最も大きな問題だが(138位)、経済の分野でも男女のギャップが大きい(123位)。経済分野の中でも収入の男女格差(100位)と管理職についている男女の格差(133位)の二つの項目が足を引っ張っている。日本人が高い自己評価を与えていると思われる教育(47位)と健康(59位)ですら上から1/3くらいの順位である。
さらに、より問題なのは、日本は時系列で見ると順位を落としていると言うことである。2006年の日本の順位は115国中79位だった[xii]。うち経済分野の順位は83位だった。世界の多くの国で、男女格差は日本よりも早く縮小しているのだ。
この評価は、世界標準で見た時に日本企業は女性を活用できていない、つまり、日本の女性の能力が世界的に大変低いとの前提に立たない限り、日本の企業は効率的な人的資源の活用をしていないことを意味する。それは企業の国際競争力の低下につながる、少なくともそう理解されてもやむを得ない。この認識が企業に共有されているだろうか。
さらに、日本はジェンダー平等については遅れをとっている国だとの評価が国際的に広まることが、経済界も含めて国全体に不利益をもたらしていることも否めない。日本企業は主観的には課題認識をしっかり行い、適切な事業プロセスでの対応を行なっているのだが、客観的には、課題認識が十分ではなく、取り組みも課題解決に見合うものではなく、かつスピードが遅いため数周遅れになっていて、さらに遅れつつあるということである。
勿論、社会的課題の解決の担い手の中心は国・地方公共団体であり、企業やNGOの貢献、つまり責任は一部にしか過ぎない。企業の資金配分は企業が決定することである。しかし、女性の管理職への登用と賃金の男女格差については、是正できるのは主として経済界であり、是正しないことの不利益も主として経済界が受けることになる。スピード感を持って是正することが経済界の利益なのである。まさに、企業がCSRと事業の統合をもっと進めることによって企業価値の向上と社会的課題の解決を一石二鳥で前進させることができる問題だと言えるだろう。
そのためにはどうすれば良いのか。ここで想起されるのが、アンケートから浮かび上がった前述の「企業全体として解決すべき社会課題をどのように選定し、かつ事業との関連性を踏まえて、何を実践するかという観点からの説明の希薄さ」である。ジェンダー平等という社会課題の大きさを客観的に世界標準で認識し、一人称で企業自身として何をどの程度まですべきかを考えること、二つを結びつけて考えることこそ日本のCSR活動が今後追求していく必要のある進化ではないだろうか。
さらに、ジェンダー平等を事業プロセスの中で解決を図る問題と考えてきた発想からの脱却が必要と思われる。これまで家庭で行われるとされてきた労働を社会化する製品・サービスの提供はまさに企業の役割である。多くの企業がジェンダー平等を製品・サービス提供によって取り組むべき課題と認識した時に競争が生まれ、取り組みスピードも早くなるはずである。自社の事業プロセス改革を通じて対応する問題と考えている限り、大きなスケールの取り組みもスピードアップも行われない。
社会的課題を正しく認識し事業と統合する道をさらに進めること、及び社会的課題の解決の手段として製品・サービスの提供を自社事業に適切に位置付けること、この二つにCSR活動のさらなる進化があると考える。
執筆者:川口 順子(かわぐち・よりこ)
CSR委員会委員/名誉研究員/武蔵野大学国際総合研究所名誉顧問/
元環境大臣/元外務大臣/元内閣総理大臣補佐官/元参議院議員
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[i] 東京財団CSR研究プロジェクト『CSR白書2014 統合を目指すCSR その現状と課題』公益財団法人東京財団 2014
[ii] 同上p235
[iii] 東京財団政策研究所CSR研究プロジェクト『CSR白書2022 カーボンニュートラルへの挑戦』公益財団法人 東京財団政策研究所 2022
[iv] 2082社に送付、うち回答企業 218
[v] 亀井善太郎、平野琢(2014)「日本の CSR が直面する課題と展望 」、東京財団CSR研究プロジェクト『CSR白書2014 統合を目指すCSR その現状と課題』、公益財団法人東京財団、pp.247
[vi] 同上 pp.249-251
[vii] %は特定社会的課題をCSR活動の対象としている企業の中でその手段を選んだ比率を表す
[viii] 註v、viと同じ、pp.249-251
[ix] 「第9回『CSR企業調査』分析」、東京財団政策研究所CSR研究プロジェクト『CSR白書2022 カーボンニュートラルへの挑戦』、公益財団法人東京財団政策研究所、pp.39
[x] 註ⅸと同じ、pp.39-40
[xi] World Economic Forum June 2023, The Global Gender Gap Report 2023 https://www.weforum.org/reports/global-gender-gap-report-2023
[xii] World Economic Forum November 2006, The Global Gender Gap Report 2006
https://www.weforum.org/reports/global-gender-gap-report-2006