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CSRとサステナビリティ情報の開示

C-2023-010

  •  CSRワーキンググループメンバー
    長谷部賢
1.ESG投資の拡大
2.統合レポート発行企業の拡大
3.サステナビリティ報告基準の整備と厳格化
4.今後の方向性


東京財団政策研究所CSR研究プロジェクトは、2013年度よりCSR研究を開始し、その研究成果として「CSR白書2014」を発行して以降、「CSR白書2022」に至る今日まで、およそ10年に亘ってその成果を上梓し続けてきた。同白書は、発行当初から国内外の多数の有識者による論考にとどまらず、中堅・中小企業まで含めた幅広い企業へのアンケート調査を毎年実施している点が最大の特徴であり、これまで蓄積された研究成果は、日本のCSR活動[1]に対する企業意識の変遷を俯瞰する上で極めて重要な財産と言える。改めて、これまで同プロジェクトに携われた関係者の方々に心より敬意を表したい。
さて、ここで発刊当初の「CSR白書2014」を一読すると、様々な側面から企業アンケートを実施した結果として、以下の通り結論づけている。「今回の調査で明らかになったのは、企業自身が、社会課題の解決と事業活動の「統合」を目指し、それに積極的に取り組もうという意志を持っていることだ。(中略)ところが、現実はそこには至っておらず、従来型の取組みを繰り返している、それが今の日本のCSRの等身大の姿だ。(中略)やるべきことははっきり見えているのに、踊り場から脱することができない、その脱出のための方策探しに喘いでいるということなのかもしれない」(亀井・平野,2014)。

それからおよそ10年の時を経た今、日本におけるCSRを取り巻く環境は大きく変化した。特に、その要因としてあげられるのは、①ESG投資の拡大、②(それに伴う)サステナビリティ報告基準の整備、にあると考える。本稿では、こうした環境変化を概観した上で、今後のCSR活動における課題について考えていきたい。

1.ESG投資の拡大

ESG投資が投資家の関心を集め始めたのは、2015年頃[2]と考えられるが、当時はニッチな投資家だけが興味を持つ金融商品であり、一時の流行であると切り捨てる考えも多数存在した。しかし、今ではそれが投資の本流になりつつあり、ESG投資を調査研究し、それを販売する金融機関も増え、世界的にもESG投資資産の増加傾向が続いている。

 

出所:GSIAのデータをもとに筆者作成

 

直近のGSIA[3]のデータ(「Global Sustainable Investment Review 2020」)によれば、世界のESG投資の投資残高は2016年の22兆8,390億ドルから2020年には35兆3,010億ドルに増加[4]している(図1)。これを地域毎に見ると、米国では2016年の8兆7,230億ドルから2020年には17兆810億ドルに倍増し、日本でも、2016年の4,740億ドルから2020年には2兆8,740億ドルと大幅に増加している。もともとESG投資は欧州で先行し拡大してきたものであるが、本データでは日本をはじめとしたその他地域においてもESG投資が急激に増加していることがわかる。

2.統合レポート発行企業の拡大

こうしたESG投資の拡大に伴い、比較可能性の高いサステナビリティ情報を開示する流れも加速した。企業のサステナビリティ活動自体が、将来のリスクと機会、そして投資リターンにも影響を与えると考えられるようになり、投資家からそうした活動の開示要請が高まったからである。さらに、カーボンニュートラルにとどまらず、ダイバーシティ、女性活躍の推進、地域社会との共生およびサプライチェーン上での人権といった社会課題も注目されることによって、企業はそうした社会課題への取り組みへの情報媒体手段として統合レポートを活用するようになり、統合レポート発行企業数は増加傾向にある(図2)。


出所:企業価値レポーティング・ラボ(Cvrl
「国内自己表明型統合レポート発行企業等リスト2022年版」をもとに筆者作成

 

一方、こうした背景には、有価証券報告書に代表される財務情報の有用性の低下も指摘されている。

 出所:加賀谷(2017)等をもとに筆者作成[5]

図3は、時価総額を被説明変数、純資産および経常利益を説明変数とする重回帰モデルの説明力(自由度調整済み決定係数)により財務情報の有用性を評価したものである。その決定係数は1990年度前後をピークに低下傾向を辿っており、財務情報の有用性が明らかに低下しているのがわかる。
会計上の貸借対照表の資産には、ブランド、知識、人財などは算入されない。これらは、物的資産や金融資産のような有形資産に比べて資産価値を算定しにくいため、一括りに無形資産と見なされている。つまり、会計上の財務諸表では、いわゆるサステナビリティ課題にかかる資産は会計の外数として扱われているのが現状である。そのため、投資家は補完的情報を企業に求めることになるだろう。近年統合レポート発行企業数が増加しているのは、それが投資家と企業間の情報の非対称性を軽減し、財務情報の有用性低下を補完していることを示唆している[6]

3.サステナビリティ報告基準の整備と厳格化

サステナビリティ情報の開示にあたっては、これまで多くのガイドライン、フレームワーク、各種基準が乱立していたため、企業や投資家の間で混乱が生じてきた。こうした背景から、国際会計基準の策定を担うIFRS財団は、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を設立し、2023年6月に「全般的な開示要求事項(S1基準)」 および「気候関連開示基準(S2基準)」の最終基準を公表した。これにより、財務報告がIFRS傘下の国際会計基準審議会(IASB)に収斂したように、サステナビリティ報告はISSB基準として、企業活動による財務面への影響を比較可能とする最低限の開示フレームワークが確定したと言える。今後「ガバナンス、戦略、リスク管理、指標および目標」の気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)フレームワークに基づき、人権、生物多様性、人的資本などについてもさらなる基準が追加されることになるだろう。
一方、こうしたサステナビリティ基準整備にかかる議論と並行して、欧米の当局は「グリーンウォッシュ」と呼ばれる、見せかけの企業活動の排除にも乗り出してきた。欧州委員会の調査(2021年)では、調査したウェブサイトの42%で根拠不十分な表現が見られたことから、この問題に法規制で対応する動きが各国で広まっている[7]。たとえば、フランスでは21年4月に規制法を成立させ、虚偽と判断された広告について当該広告費の最大80%の罰金を課すこととした。また、米連邦取引委員会(FTC)では、環境配慮型として販売された商品がグリーンウォッシュにあたるとして、ウォルマート等に対し罰則金支払いと販促の中止を求めて提訴している[8]
こうした動きは、これまで実体を伴わないままESGとして開示・解釈されてきた問題が顕在化したものであり、今後企業はより厳格な開示ルールに基づいた適正な開示が求められることになるだろう。なお、日本における非財務情報開示にかかる政府の検討会においても、ISSBによる基準が確定し、サステナビリティ情報の標準化が不可避となる中、今まさに財務情報とサステナビリティ情報の同時報告の義務化について議論が進んでいる。これは、これまで独自の統合レポート発行文化を醸成してきた日本にとって、開示体系のあり方そのものの見直しとも言え、情報開示における大きな転換点とも呼べる環境下にあると考えられる[9]

4.今後の方向性

これまで見てきたように、ESG投資の拡大やサステナビリティ情報開示基準の整備等により、それらが一種の外的圧力となって、日本企業が「社会課題の解決と事業活動の統合(以下、「統合思考」という)」を実現していくことはもはや避けられる状況にはない。たとえば、直近の「CSR白書2022」のアンケートで「Ⅰ(1-2)貴社では、社会課題の解決に向けた取り組みを主導している方(CSRリーダー)はどなたですか」という問いに対し、実に全体の46%が「「経営者」がCSRリーダーを担当している」と回答しており、その割合は増加傾向にある。さらに、カーボンニュートラルに関しても、プロジェクトの運営面に「経営者」が直接関わる傾向が見てとれることは「統合思考」が着実に進展している証左であると言えよう。
こうした状況を鑑みれば、「CSR白書2014」で指摘された「統合思考」に対する停滞の懸念は、この10年の間に着実に改善の方向性に向かいつつあると言えるかも知れない。ただし、現在統合思考に基づくサステナビリティ情報開示が強く要請されているのは主に上場企業を中心とする大企業であることに留意が必要である。上場企業への対応要請や開示基準の整備が進む一方、上場企業と非上場企業の情報開示格差はますます拡大しているのが現状である。もちろん「CSR白書2022」で紹介された「石井造園株式会社」のような優れたCSR活動を進めている中小企業は存在するものの、日本の全企業数のうち中小企業の割合が99.7%[10]を占める現状を鑑みると、こうした先進的な取り組みは希少なケースであると言わざるを得ない。中小企業の中には、いまだCSR活動を慈善活動として捉えている企業も多く、それは余裕のある企業が行うものであるという認識が根強い。
言うまでもなく、統合思考は一部の大企業だけに求められる特殊な取り組みではなく、業種、企業の規模にかかわらず、あらゆる企業が考慮すべき思考様式である。したがって、コスト・ベネフィットについて十分検討することが前提でありつつも、非上場の中堅・中小企業も統合思考に基づいたCSR活動やサステナビリティ情報開示により積極的に取り組むことが望まれる。
今後については、引き続き企業アンケート調査結果に基づく政策提言やCSR活動の好事例等の発信を続けることで、日本企業のCSRのさらなる底上げを図ることが、当財団CSR研究プロジェクトが果たすべき役割の一つであると考える。


執筆者:長谷部 賢(はせべ・まさる)
CSRワーキンググループメンバー
株式会社日本政策投資銀行 設備投資研究所 次長兼課長兼地球温暖化研究センター長

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参考文献
Collins, Daniel W. EdwardL.Maydew, and IraS.Weiss. (1997) “Changes in the Value-Relevance of Earnings and Book Values over the Past Forty Years,” Journal of Accounting and Economics, 24, pp. 39–67.
Dhaliwal, D. S., O. Z. Li, A. Tsang, and Y. G. Yang. (2011) “ Voluntary Nonfinancial Disclosure and the Cost of Equity Capital: The Initiation of Corporate Social Responsibility Reporting,” The Accounting Review 86 (1): 59-100.
Eccles, Robert G., Ioannis Ioannou., and George Serafeim. (2014) “ The Impact of Corporate Sustainability on Organizational Processes and Performance” Management Science, 60, 2835–2857.
Lev, B. and P. Zarowin. (1999) “The Boundaries of Financial Reporting and How to Extend Them,” Journal of Accounting Research, Vol. 37, No. 2(Autumn), 353-385.
Lev, B. and F. Gu. (2016) The End of Accounting and the Path Forward for Investors and Managers. Hoboken, New Jersey: John Wiley & Sons, Inc.(伊藤邦雄監訳(2018)『会計の再生:21世紀の投資家・経営者のための対話革命』中央経済社.
薄井彰 (2015) 『会計制度の経済分析』中央経済社.
加賀谷哲之 (2014)「統合報告が企業経営に与える影響」『企業会計』,66(5), 686-693.
加賀谷哲之 (2017)「財務情報の有用性は低下しているか」『企業会計』,69(9),37-44.
加賀谷哲之 (2017) 「ESG投資評価のための非財務情報活用の課題と展望」『月刊資本市場』,384, 26-34.
加藤達也・澤井康毅 (2023) 「見積りを伴う会計論点の検討:財務報告の有用性向上に向けて」『金融研究』,42(1),1-48.
亀井善太郎・平野琢 (2014) 「日本のCSRが直面する課題と展望」東京財団CSR研究プロジェクト『CSR白書2014』、公益財団法人東京財団、254-265頁.
企業価値レポーティング・ラボ (2023) 『国内自己表明型統合レポート発行企業リスト2022年版』.
東京財団CSR研究プロジェクト (2014) 『CSR白書2014 統合を目指すCSRその現状と課題』公益財団法人東京財団.
東京財団政策研究所CSR研究プロジェクト (2022) 『CSR白書2022 カーボンニュートラルへの挑戦』公益財団法人東京財団政策研究所. 
中條祐介 (2013) 「非財務情報開示の意義と現状」『証券アナリストジャーナル』,51(8), 6-15.


[1] 同白書においては、CSR活動を「社会課題解決に向けた企業の取り組み」と定義している。
[2] ESG投資の拡大の背景には、2015年9月の国連持続可能な開発サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」による影響のほか、日本においては、2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国連責任投資原則(PRI)に署名し、運用方針としてESGの視点を取り入れたことがその発端と考えられる。
[3] ESGの普及を目的とする活動を行う団体であるThe Global Sustainable Investment Alliance(世界持続可能投資連合)の略称。隔年毎に世界のESG投資に関する状況を纏め、公表している。
[4] ただし、欧州ではESG定義の厳格化により、2016年の12兆400億ドルから2020年の12兆170億ドルと僅かに減少している。後述する通り、今後はESG定義の厳格化により、規模としては縮小する可能性が高い。
[5] 分析アプローチとしては、Lev and Gu (2016)や加賀谷(2017)を参考に、時価総額を被説明変数、純資産および経常利益を説明変数とする重回帰モデルによる説明力(自由度調整済み決定係数)により財務情報の有用性を評価した。具体的には、以下のモデル式に基づき、2022年度まで範囲を広げて検証を試みた(対象サンプルは金融業を除く国内上場企業全社)。MVi, t = α0 + α1Ei,t + α2BVi,t + εi,t.(MVi,t は期末時価総額、Ei,t は経常利益、BVi,t は純資産)
[6] こうした財務情報の有用性の低下は、欧米諸国における研究結果からも同様に指摘されており、当該諸国においては財務情報とサステナビリティ情報の同時開示の義務化が先行している。
[7] 欧州連合(EU)では、2026年までに根拠が正確なものであると証明できない限り「気候中立」や「エコ」といった商品宣伝のための文言を企業が使用することを禁止する予定である。
[8] 日本では規制法自体存在していないが、金融庁は2022年5月に「資産運用業高度化プログレスレポート2022」を公表し、ESG関連の公募投資信託会社に対し、運用プロセスの実態にかかる明確な説明と開示を求めるようになった。
[9] こうした状況を踏まえ、「サステナビリティ情報」の記載欄の新設や人的資本・多様性に関する開示やコーポレートガバナンスに関する開示の拡充が、2023年度以降に発行される有価証券報告書等から適用されることになった。
[10] 中小企業白書2023年版

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