共和党の指名獲得争いが本格化している一方で、オバマ陣営は秋の本選挙をにらんで着々と動きつつある。アクセルロッドやメシーナら2008年選挙の立役者が選対の中心に戻り、ワシントンではなくシカゴを基盤に4年前の再現を進めている。インターネットを活用した選挙運動ボランティアの動員も既に昨年秋から本格化している。
公式選挙ホームページでのウエブオンリーの選挙スポット(選挙CM)に加え、オバマ陣営は1月18日、再選に向けた最初の公式のテレビ選挙スポットの放映を本選挙での激戦州となるアイオワ、オハイオ、ミシガン、ノースカロライナ、バージニア、ウイスコンシンの6州で始めた。「かつてない実績(Unprecedented)」と題されたこのスポットでは、オバマ政権が推進するクリーンエネルギー政策で270万人の雇用が生まれ、外国からの原油依存率が過去13年間で初めて5割を下回ったとし、政権のこれまでの実績をアピールした内容になっている。
このスポットは「石油業界の億万長者たちは資金を投じて政権のクリーンエネルギー政策を攻撃している」という説明から始まっている。「腐敗した産業界=共和党」「環境保護=オバマ政権」という二項対比の典型的な選挙スポットとなっている。
オバマ陣営が腐心したのは、このスポットを打つタイミングだった。ちょうど、このスポット開始と同日の1月18日には、カナダとメキシコ湾をつなぐ原油パイプライン「キーストーンXL」の建設計画を認可しないことをオバマ政権は決めている。「キーストーンXL」については、雇用とエネルギー確保のために早期認可を求める共和党側に対し、オバマ政権は環境保護の観点から慎重な姿勢を貫いた形となったが、この決定のタイミングに選挙スポット開始を合わせた。
パイプライン建設非認可とクリーンエネルギー政策のPRは、オバマの再選戦略にとっての基礎票となる、環境保護主義者を含むリベラル派を強く意識しているのはいうまでもない。この選挙スポットに代表されるように、実際の政策と連携させながら、選挙活動の効果を最大限に高めようというのがオバマ陣営の狙いである。政策で成果を挙げ、選挙に好影響をもたらそうとする、この「ローズガーデン戦略」は何といっても現職大統領の最大の強みだ。
「ローズガーデン戦略」については、1月24日の一般教書演説もかなり前から周到に準備された選挙戦略のためのイベントとしての色彩が強かった。今年の一般教書演説については、大統領のユーチューブでのプレビュー(予告メッセージ)や、公式ツイッターで流れた一般教書演説のメイキング映像など、ソーシャルメディアを使った情報提供をオバマ陣営は繰り返した。共和党の予備選挙に向いている国民の目を少しでもオバマ側に向かせようとする仕掛けである。
演説に盛り込まれた具体的な政策もかなり共和党候補、特に「仮想敵」であるロムニーつぶしを強く意識したものであった。その代表的なものが、富裕層の金融投資に対する減税措置の是正政策である。ゲストにウォーレン・バフェットの秘書を招待したのも、「(キャピタルゲイン減税の恩恵を受けない)私の秘書の方が私よりも高い税率になっている」というバフェットの発言に乗じた、多額の不労所得があるロムニーへの当てこすりにすらみえる。移民政策の重視も移民規制強化を唱えるロムニーへの対抗策である。
何よりも一般教書演説の最大のテーマだった「公平さ(フェアネス)」とは、民主党の支持基盤になりえる国民に対する「公平な機会」の拡大というのがオバマ陣営の本音である。ビジネス上のノウハウを身につけるためのコミュニティカレッジの支援、教育ローンの利子の軽減は、民主党の支持層に含まれる低所得者層の離反を避けようとする狙いがあるのはいうまでもない。前述の富裕層への増税が示すような規制強化など政府の積極的なリーダーシップによる改革は、リベラル層からややリベラル寄りの中間層が支持する政策そのものである。
ローズガーデン戦略の名前は、ホワイトハウスのローズガーデンから名づけられている。ローズガーデン戦略とはもともと1976年選挙で現職のフォード大統領が選挙遊説を積極的に行わず、政策運営に専念したことに由来している。ただ、近年のローズガーデン戦略はホワイトハウスにとどまるだけでは完結しない。オバマ大統領は演説翌日の1月25日から中西部アイオワ州など激戦州5州を3日間かけて回り、一般教書演説に盛り込んだ各種政策のPRを続けた。一般教書演説直後に激戦州を訪問し、各種政策のPRをする手法も大統領選挙ではクリントン政権のころから常套手段になりつつある。税金を使った選挙運動としてローズガーデン戦略の究極系といっても言い過ぎではないかもしれない。
オバマ大統領の再選をめぐる状況は少しずつ好転しつつある。昨年末をきっかけに潮目が変わったようにみえる。再選のための最大の課題だった景気については、失業率は2011年10月の9.0%から、8.6%(11月)、8.5%(12月)、8.3%(2012年1月)とV字とまでは言えないものの着実な回復を示している。
長期低迷状態にある支持率も昨年末には底を打った感がある。ギャラップの調査で就任時には68%だった支持率(不支持率は12%)は就任後、徐々に下がり始め、早くも就任1年後の2010年1月1月27-29日には不支持と支持が47%で同数になった。その後、不支持の世論はさらに増え続け、就任後2年半を超えた2011年8月25-27日には不支持(55%)と支持(38%)との差は最大の17ポイントになった。しかし、その後、再び、支持率は少しずつ持ち直し、2011年12月末から12年2月現在まで支持と不支持がほぼ同じ40%半ばで並ぶようになった。ギャラップの2012年2月1日から3日の調査によると支持率と不支持率はいずれも46%となっている。調査誤差を考慮しなければならないが、ABCとワシントンポストの調査(2月1-4日)では支持は過半数の50%まで回復している。
過去のデータをみると、再選を目指す大統領の任期4年目は選挙活動の本格化もあって、次第に支持率を挙げるパターンが定着している。既に回復基調にあるオバマ大統領の支持率は、今後も緩やかだが伸び続ける可能性がある。逆にいえば、もし現在の支持率の回復基調がこれから春、夏にかけて止まってしまった場合、景気状況が悪化しているか、オバマ陣営の再選戦略そのものが大きなミスをしているはずである。
資金的にもオバマ陣営は、他の共和党候補を圧倒している。2011年の第4四半期の献金額は陣営が掲げていた目標の6000万ドルは達せず、約3900万ドルだったが、元々、目標の数字はやや高めであり、ロムニー(同約2386万ドル)やポール(同約1328万ドル)、ギングリッチ(同約975万ドル)らを大きくしのいでいる事実は変わらない。同期には共和党の指名獲得争いが本格化したことで、共和党の各候補者の献金額の伸びが顕著となったが、それでもこれまでのオバマ陣営の献金総額である1億2522万ドルは、現在(2012年2月上旬)指名獲得争いに残っている、ロムニー、ギングリッチ、ポール、サントラムの4人の献金総額合計の9719万ドルより28%も大きい。話題の「スーパーPAC」では、共和党支援のPACよりも出遅れているものの、本選挙に近づくにつれ、「プライオリティーズUSA」を筆頭とするオバマ支持の「スーパーPAC」の今後の伸びも期待できる(献金やスーパーPACについて、詳しくは西川論文を参照)。
それでも、これでオバマの再選が盤石であるというわけでは決してない。景気の状況も欧州などの状況によっては一変する。共和党候補が確定していく中で、オバマとの資金力の差も少しずつ縮まっていくかもしれない。世論をみても、支持者の方をみても、2008年選挙のような熱狂的なオバマ支援の状況とは程遠く、就任直後の高支持率が戻るというのは夢物語に過ぎない。政治的分極化の中、オバマ大統領に対する支持そのものが、リベラル派と保守派の“踏み絵”のような状況になっている。保守派であるというイデオロギーが先か、オバマ政権の政策が保守派からの反発を招いているのか、という鶏と卵の問題はあるが、いずれにしろ「史上もっとも世論の分裂をもたらした大統領」という不名誉な形容詞は本選挙に向けて共和党陣営から浴びせられるであろう。国民の融合を掲げ、当選したオバマにとっては皮肉そのものである。
上昇気流の中で、ローズガーデン戦略を強化し、リベラル派の基礎票を固め、無党派の一部を取り込む――。リベラル派と保守派が乖離しつつある中、オバマ陣営の再選戦略の基本パターンは既に定式化している。