「候補者一本化後は一気に動いてくるとは予想していたが、正直、驚いている。ロムニー陣営の結束力は予想以上だ――」。あるオバマ選対職員はロムニーの勢いについて、電話でつぶやいた。
実際、ここ1カ月のロムニーの勢いは目覚ましく、オバマ陣営は守勢に立たされている感がある。全米を対象にした各種世論調査ではオバマとロムニーが「ほぼ互角」で並んでいるものが多い。オバマ陣営が集めた5月の献金額はロムニーの1.7倍と、いまだ大きくリードしているものの、スーパーPACの集金力はロムニー優位とみる見方が多い。サイバー戦でもロムニーの発言がソーシャルメディア上でも飛び交っている。ソーシャルメディアでの影響力を示すスコアであるクラウトスコアでも「世界でも最もオンラインで影響力がある一人」とされるオバマにロムニーが肉薄しつつある。
これらの数字以上にオバマ陣営が抱えている不安は大きい。景気回復という難敵が待っているためである。陣営の不安を象徴しているのが、民主党系のコンサルタントのボブ・シャラムの発言である。6月初めのCBSの報道番組「フェース・ザ・ネーション」で、シャラムは「オバマ大統領は“430万の雇用を作り、瀕死のゼネラル・モーターズを救った”と何度も主張しているが、それでもアメリカ国民が望んでいるような本格的な景気回復ではない」と指摘し、「オバマは秋の選挙で勝てないだろう」と発言した。これまでなかった「身内」の敗退宣言の余波は大きく、この発言そのものが様々なところで報じられたほか、リベラル系ブログなどでは「オバマ大丈夫か」という趣旨の話題がこの発言以降、一気に増えている。
実際、景気対策については、オバマ陣営のいらだちは大きい。各種予測では失業率の劇的な改善はかなり難しい。失業率8%台で選挙を迎えて再選された大統領は過去には存在しない。オバマ政権は既に製造業支援や中小企業支援などの景気・雇用対策を打ち出し、議会に法案の立法化を促しているが、共和党側が全く応じる気配はない。さらに、景気には欧州情勢などかなり国外の要因が影響する。「ベイン・キャピタル時代にロムニーは雇用の海外流出を進めた」とオバマはロムニーの経営者としての資質を批判するが、自らの対策を実行できずにいる。オバマ政権としては議会にしろ、国際情勢にしろ、景気対策は、かなりの部分が「他力本願」である。
ただ、オバマ陣営の中で楽観論も存在するという。「他力本願」ではなく、自らができる範囲で選挙に直結する政策転換をオバマ政権は今年に入って次々に打ち出しているためである。その中には、5月の同性愛容認など、具体的な政策というよりは方針といった類のものから、6月の若年不法移民の一部の送還を猶予する具体的な政策転換も含まれている。昨年からの富裕層への課税強化をうたった「バフェット・ルール」導入促進とともに、いずれもリベラル路線を前面に出した形での支持固めを狙っている。
いずれの政策転換についても、国民の中の保守派は反発するものの、支持ベースであるリベラル派だけでなく、中道にも比較的好印象で受け取られている。その意味では、政策で成果を挙げ、選挙に好影響をもたらそうとする「ローズガーデン戦略」は功を奏している。さらに、6月末の医療保険改革をめぐる最高裁の合憲判決は、オバマ政権にとっては基本的には朗報である。莫大な政治的なコストを費やして成立させた医療保険改革が生き残った意味はとても大きい。また、この判決から数日前に下されたアリゾナ州の厳罰な不法移民対策をめぐる最高裁の判決もやや玉虫色だったため、オバマ陣営にとって打撃は少ない。
リベラル派からの支持固めが進んでいる中、オバマ陣営内には次の手をめぐって議論が起こっているという。ビル・クリントンの懐刀だったことで知られる民主党系コンサルタントのマーク・ペンが「リベラル路線の政策では成果を上げた。今度は中道に向かい、無党派を確保しろ」と何度も主張しているように、中道路線への回帰を主張するグループが選対にいる。ただ、「もし、今の段階で中道路線に舵を切った場合、リベラル派からの失望感が出てしまう。逆効果だ」という意見が選対の中では今のところ強いようだ。
一方で、今後の選挙運動の大枠についての議論がある一方で、選挙マーケティングに基づいた具体的な戦術は進められており、有権者登録を呼びかける運動が戸別訪問を中心に着実に進んでいる。
さらに、楽観論の根底には激戦州データを基にした票読みがあるのはいうまでもない。世論調査の結果を見ても、全米ではオバマとロムニーは拮抗しているものの、各激戦州の動向をみてみると、ややオバマがリードしている事実は変わらない。
ロムニーの攻勢とともに「身内」とみえる民主党のコンサルタントの敗北宣言はあったものの、オバマ陣営は着実に11月をにらんで選挙戦略を展開している。