大統領選までほぼ50日となった9月中旬現在、オバマ陣営は「目論見通りだ」とほくそ笑んでいるのではないだろうか。
9月上旬の民主党大会の追い風を受け、春以降ずっとロムニーと並んでいたオバマの支持率は、頭一つ抜けた感がある。特に、これまでも優位だった女性やラテン系からの支持がさらに伸びた。ライカビリティ(親しみやすさ)」でもロムニーを圧倒的といっていいほど、しのいでいる。
主要な選挙予測専門家の大統領選挙人獲得予想でもオバマがロムニーを先んじており、「オバマ寄り」の州も増えている。特にフロリダ、オハイオ、バージニアなどの激戦州ではロムニーとの差を開きつつある。この3州のうち、フロリダ、あるいはオハイオをオバマが取った場合、勝利はほぼ確実だ。ここ2カ月ほどロムニー陣営に追い抜かれていた月間の選挙資金額も8月には再逆転した。
オバマ有利を裏付けるようなデータは他にもある。今後のアメリカの方向性についてのギャラップの調査ではいまだに「不満足」と答える層が「満足」と答える層よりも倍ほど多いが、それでもここ1年の間、「満足」と答える回答が右肩上がりで増えており、悪化する一方だったベクトルに変化が出ている。特に、今年8月の調査では民主党支持者の過半数が「満足」と答えるまでに状況が改善している。
「満足」という声が増えているのは、まるで「私を含む歴代の大統領の誰も大不況の中で4年間では景気を立て直せない。オバマにさらに4年を託そう」という民主党大会でのビル・クリントンの演説に呼応したかのようである。この数字の意味は大きい。アメリカの方向性に関する印象がさらに改善した場合、1980年大統領選テレビ討論会のレーガンの決め台詞で、ロムニー陣営が前面に掲げている「4年前に比べて、暮らし向きは良くなっただろうか」というオバマたたきのスローガンの有効性が一気に失ってしまうためだ。
この「オバマ有利」の状況は敵失の部分もある。景気低迷が続く中、ビジネスの経験豊かなロムニーに対する期待は大きいものの、いまのところ、オバマ陣営を攻めてかねている。減税以外の具体的な景気対策がみえず、「親ビジネス」の掛け声ばかりが空回りした感がある。また、「ゲームチェンジャー」として重要な副大統領のライアンの登用は、財政保守や社会保守といったコア層を固めるのには最適だったものの、ライアンの十八番であるバウチャー制度を導入するメディケア改革は「メディケアつぶし」と高齢者にはうつってしまう。フロリダ州などでは高齢者票が雌雄を決するため、ライアンの登用が逆効果になるかもしれない。
たた現時点では「敵失」以上にオバマ陣営の選挙戦術が功を奏しているという判断が妥当かもしれない。特に各地のフィールドオフィスを核とした「地上戦」には目を見張るものがある。フィールドオフィスの充実はここ2年間、全米規模でオバマ陣営が築いてきたものであり、戸別訪問をする際、自らの情報とともに、マーケティング会社などから購入したデータを組みあわせて、支持者固めと潜在的な支持者の掘り起こしをドブ板式に綿密に行ってきた。
さらに、テレビでの選挙スポット(選挙CM)を使った「空中戦」でも質量ともに、ロムニー陣営を凌駕している。オバマ陣営の場合は予備選向けに集めた選挙資金を潤沢に費やして、ロムニーたたきの選挙スポットを投入できるのに対して、ロムニーの場合、共和党の指名獲得レースで勝ち抜くために既に遣ってしまい、選挙スポットを使った反撃は限定的になっているためである。ウエスリアン・メディア・プロジェクトの調査では、両党の党大会が開かれた2週間で、オバマ側(スーパーPACなどが提供した「意見広告」を含む)が投じた選挙スポットは全米でのべ4万回だったのに対して、ロムニー側(同)は1万8000回にとどまった。そのうち、オバマ側は9割が陣営の投じたスポットだったのに対して、ロムニー側は5割以上を「クロスローズGPS」や全米商工会議所らの「意見広告」に頼らざるを得なかった。
もちろん、これからは本選挙向けに集めた資金を使うことができるため、選挙スポット上でもロムニー側の本格的な反撃が始まる。ただ、既にオバマ陣営は共和党大会までにネガティブな選挙スポットを集中させたことは重要だ。なぜなら、一般国民にとってはその人物像が十分には知られていなかったロムニーに対して、「首切りをいとわない冷酷な経営者」「企業利益のために海外への雇用喪失(アウトソーシング)を進める男」といった否定的なイメージを植え付けることができたかもしれないためである。
共和党大会終了翌週に組まれた、民主党大会の期間中には一転して、オバマ陣営は比較的肯定的な内容の選挙スポットに変えた。その代表的なものが、クリントンが登場する「明らかな選択」と名付けられたスポットだ。「オバマはしっかりとした中間層を築く政策を持つ」とオバマの優位を真剣に語る内容である。このスポットは、民主党大会でのクリントンの演説、さらにオバマの指名受諾演説に呼応しているのは言うまでもない。
興味深いのは、オバマ陣営が投じた選挙スポットを投じた範囲が広い点である。激戦州の地上波が中心ではあるものの、潤沢に選挙資金を使えるメリットを最大限利用し、衛星・ケーブルの各局に数多くの選挙スポットを提供した。その中には敵であるはずのフォックスニュースも含まれているほか、SFドラマ専門の「サイファイチャンネル」のような特殊な局も含まれていた。
地上戦にしろ、空中戦にしろ、それぞれの戦術の核となるアピール材料は、富裕層増税、女性の妊娠中絶の権利擁護、同性婚容認、不法移民への寛大な措置、環境問題へ積極的な姿勢など、昨年末から次々に打ち出しているオバマ政権の様々なリベラルな政策である。再選に欠かせないリベラル層を固め、女性、ラテン系ら潜在的な支持者を獲得するため、これらの政策そのものが絶好の切り札となる。オバマ陣営が一気に自分の立ち位置をそれまでの中道から一気にリベラル寄りにシフトさせ、ロムニーとの政策違いをしっかり訴えることが、ここに来て、大きく活きているといえる。この政策シフトがあるため、「この選挙は“勝者総取りの社会”か“繁栄を共有する社会”か、という路線選択だ」というオバマ陣営のスローガンが極めて効果的になる。ロムニー陣営が「オバマ陣営の過去4年間は失敗」として「業績投票」を有権者に呼び掛けても、オバマ陣営の「路線選択」というフレーミングの方に説得力がある。もし、このまま本選挙で勝利したとするなら、オバマ陣営の政策シフトこそ、最大の勝因となるかもしれない。
もちろん、9月中旬の時点の世論調査は、民主党大会での後押しがある分だけ差し引かなければならない。民主党の党大会では前述のクリントンの演説のほか、バイデン副大統領を含め、何人も繰り返した「ビンラディンは死んで、ゼネラル・モーターズは生き残った」というメッセージは分かりやすく、オバマ陣営にとっては相当な追い風となった。この分はオバマ陣営の選挙戦術の効果に上乗せされているといえる。
確かに、今後の状況は予断を許さない。10月には副大統領候補のどうしの1度を含めると4度のテレビ討論がある。ペンシルバニアなどの激戦州における有権者確認の厳格化は貧困層の投票率低下を招く可能性があるため、オバマにとっては不利な材料もある。今回の選挙の場合、ネガティブキャンペーンも多かったため、有権者の間のシニシズムをどう判断するのかは分かりにくい。さらに、中東・北アフリカで起こっている反米デモの状況も先が見えにくい。
一方でオバマ陣営は、9月中旬時点の優位な状況のまま、ロムニーを突き放したいのはいうまでもない。そのために資金も人的リソースも総動員し、オバマ陣営はいま、最後のスパートを切った――。