ミズーリ州ファーガソンで8月上旬に起こった黒人青年の射殺事件が一部の暴動に発展するなど、全米規模の問題に広がっている中、民主党としてはこの事件を11月の中間選挙のための支持拡大のきっかけになる可能性を探りつつある。日本でも報じられているようにこの事件とは、警察から逃走する黒人少年を白人警官が射殺したが、その際は威嚇ではなく、6発も命中しているように、どう考えても過剰反応であり、この過剰反応部分に人種差別的な要素があったかどうかで大きな争点となっている。
長年の知り合いの民主党の議員スタッフがファーガソンでの事件との連帯を図るために動いているというので、電話してみた。「事件は残念だが、これで、大きな弾みとなると思う」と指摘する。このスタッフが働いている議員はミズーリ州選出ではないが、「民主党としてはまれにみる良い材料」というのが赤裸々な本音のようだ。実際、アル・シャープトン師ら黒人指導者を含むリベラル派が全米からファーガソンに入りこんでおり、自分たちの政治PRにこの事件を使おうという動きも目立っている。
この事件の背後にある「人種差別」「格差」など、民主党支持のコアとなるリベラル層を刺激し、少しでも得票を増やそうという打算が見え隠れしているのは、政治学でいうところの「アイデンティティの政治」そのものであるが、民主党にとっては,それだけ、今回の選挙は非常に難しい戦いであることを示しているといえる。
民主党にとっての厳しい現実
民主党の場合、秋に中間選挙では大物上院議員だったサム・ナンの娘であるミッシェル・ナンの上院議員選(ジョージア州)出馬の動向や、ケンタッキー州でのマコーネル共和党上院院内総務に対抗するアリソン・グライムスら、興味深い新人候補も抱えている。だが、実際、今回の中間選挙を眺めてみると、民主党にとっては大きな向かい風が吹いている。
まず、下院ではおそらく勝ち目は全くないと断言できる。アメリカの下院の再選率の高さを考えると共和党が多数派を維持すると考えられる。下院の再選率は2010年には85%まで下がったものの、前回の2012年選挙では再び、かつてのような9割以上に戻っている。その理由には、現職の選挙戦術の高等化や資金的有利さもあるものの、地域的な党派支持が明確化している事実が大きい。これには、10年ごとの選挙区割りの見直しを迎える2011年の直前の2010年選挙で、見直しを実際に進める各州の州議会で共和党が大きく躍進したため、一部でゲリマンダーに近いような共和党に有利な選挙区割りが導入されている事実も影響している。
現在、民主党が多数派を占めている上院でもかなり見通しは暗い。そもそも今回改選となるのは6年前に「反ブッシュ」を訴え、オバマのコートテール効果で当選した議員が多いが、2008年選挙で非常に熱心だった若者のオバマへの期待は既に失望に変わっている。先日アメリカからの大学生の団体と長時間接した。そのうちの多くは民主党支持だが、学生の一人は「オバマを熱烈に支援していることを伝えるのが恥ずかしい」というほど、オバマ人気は消えてしまった。
訴える成果のなさ
民主党にとって何といっても難しいのは、今回の選挙で訴える成果の少なさである。2012年選挙では民主党のコア層であるリベラル派を意識した移民法改正や最低賃金引き上げなどの政策実現をオバマは選挙戦の公約に盛り込んだ。本来なら、その成果を今回の中間選挙で有権者に訴えたいところだが、議会での審議は、下院で多数派を占める共和党の反対もあって進んでいない。移民問題の解決を目指すため、オバマ大統領は議会を通さず、行政措置として動かそうとし、選挙のための小さなポイント稼ぎを急いでいる。だが、案の定、共和党側からの激しい反発が起こっている。既に共和党のベーナー下院議長は「大統領は議会が作った法案に従った行政を全く行っていない」として、職権濫用の罪で、司法に訴える手続きを進めている。オバマ大統領にとっては秋の選挙の目玉となる成果をほとんど何一つ訴えることができていない。
フランスの経済学者、トマス・ピケティ(Thomas Piketty)の国際累進課税強化論の「Capital in the Twenty-First Century」 がアメリカでもカルト的なベストセラーとなっているように、民主党にとって格差の問題は潜在的に争点化できるかもしれない。格差の拡大については、格差を示す単位であるジニ係数で比較すれば、OECD加盟国の中でも、アメリカは高い方に位置するほか、数字そのものが1980年から明らかに悪化する傾向にある。
ただ、格差についての数字上の議論は、インテリのリベラル層には理解されるが、一般の有権者レベルまでにはなかなか理解されないのが現実だ。その中でファーガソンでの事件での「人種問題」は分かりやすい。「人種差別」「格差」をめぐって、民主党支持層全体の「怒り」を効果的に誘導できるか可能性がある。投票率が低い中間選挙で「怒り」がコア層を刺激する大きな原動力となるのは、2010年中間選挙で大躍進した共和党を支えたティーパーティ運動の原点にオバマケアへの憤りがあったことでも明らかであろう。
「黒人の代弁者」としてのオバマ
その中で起きたのがファーガソンでの事件は、オバマ大統領にとっても中間選挙に向けての巻き返しの絶好の機会でもある。
オバマ大統領は8月14日、夏の休暇を一時中断して、この問題にふれ、「徹底した捜査が必要」「警察の過度な暴力は決して許されない」と記者会見で述べた。さらに「デモに乗じた略奪行為は許されない」としながらも「表現の自由の観点から民主的な抗議行動は強制してはならない」とも指摘している。
何か大きな社会的な事件が起こった場合には国民を癒すためのスピーチを行うことは通例である。よく指摘されることだが、大統領は“市民宗教の司祭”としての文化的な役割があり、何か大きな社会的な事件が起こった場合には国民を癒すためのスピーチを行うことは通例である。有名なところでは、1986年1月のチャレンジャー号爆発直後のレーガン大統領のテレビ会見は非常に短いものだったが、亡くなった乗組員のパイオニア精神をたたえ、的確に哀悼の意を伝えた名演説だった。この演説は国民を癒しただけでなく、イランコントラ事件の発覚で低迷したレーガン大統領自身の支持率回復につながる。同年選挙では共和党は上下両院で微減だったが、当時は景気回復がまだ国民の多くが実感できなったといわれており、議席減がわずかだったことに多少なりとも影響があったかもしれない。
2008年に当選したオバマ大統領は国民融合を訴えたこともあって、当初は黒人に肩入れしないように言葉づかいは慎重だった。ただ、2010年の中間選挙での民主党の大敗の後、選挙対策の一部のように、少しずつ「黒人の代弁者」としての発言も増えてきた。代表的なものが、同じように自警団に射殺された2012年2月の黒人少年のトレイボーン・マーチン事件の後の記者会見であり、「トレイボーンは私自身の昔の顔に似ている。トレイボーンは私自身のようなものだ」と述べ、リベラル層からの称賛を得た。2012年選挙では急激なリベラル派へのすり寄りもあって勝利したことを考えると、マーチン事件の時の記者会見は、選挙戦略上、大きな意味もあったように記憶が上書きされていくのは不思議だ。
ファーガソンでの事件については、「警察の暴力は肥大する公権力がもたらした」というリバタリアン的な発想での非難もあり、共和党でもリバタリアンを代表するランド・ポールがこの事件での警察非難で一躍脚光を浴びているため、この事件は民主党だけにプラスとは言い切れない。事態が悪化すれば、中道派の民主党支持者が離反する可能性もある。それでも逆風の民主党に“神風”を起こす可能性もあるため、事件の余波がどうなるかは選挙を占う意味でも重要である。
■前嶋和弘 上智大学教授