アメリカの中間選挙は基本的に極めてローカルであり、全国的なアジェンダが必ずしも各選挙区の勝敗を決することにはならない。ただし、戦争、スキャンダル、経済の3つはどのような選挙であれ常に影響を及ぼしてきたことも確かである。今年の中間選挙が今一つ盛り上がりに欠けるといわれるのも、これらの大きな争点が前面に出てきていないことが原因の一つであろう。今年は昨年大騒ぎをしたガバメント・シャットダウンは、すっかり鳴りを潜め、暫定予算は9月18日に無事通過したし、医療保険改革法(いわゆるオバマケア)も論争のテーマとしてかつてほどターゲットにされていない。
それでは今年の中間選挙において、経済的側面からはどのような特色が読み取れるのであろうか。選挙を目前にして順調に成長軌道にあるアメリカ経済は、最も単純に考えれば政権政党である民主党を利することになるはずだし、その逆であれば共和党にとって攻撃材料が増えることになる。しかし、必ずしもそうした作用が現れないとすれば、中間選挙がローカルに徹したものであったことの裏返しか、あるいは中間選挙というものが政権与党の議席を減らすという歴史的な傾向を今回も踏襲したと考えるか、または経済成長そのものがインパクトを与えるに足らぬものだったという推測も成り立つであろう。
選挙を控えたアメリカの経済指標を見ると、たしかに選挙当日に向けての見通しが明るい。9月26日リリースの商務省経済分析局の統計資料 *1 によると、GDPの成長は前月に予測されていた4.2%を上回り4.6%に達したことで、成長のスピードが想像以上に上がってきている実態が示されている。株価の上昇傾向は変わらず、個人消費も第2四半期に2.5%の伸びとなり前年同期の1.2%から大きく伸びている。自動車や住宅および家電などの消費の伸びは14.1%と、前の四半期の3.2%から飛躍的に上昇している。その代りにスポーツジムの会員登録や子供・老人のデイケアーなどの成長率が鈍化したため、全体では伸び率2.5%になった。
また、9月26日にリリースされたギャラップ社のアート・スィフト氏のレポート *2 によれば、アンケート調査の結果、アメリカの投資家たちは現在、過去7年間のうちで最も高い景況感に達していることが指摘されている。ただリーマンショック後としては最高であるものの、過去のピークであった2000年当時は現在の4倍近く高い景況感だったので、まだ十分ということではない。ギャラップ社のこの意識調査には、過去いったん上昇してはまた下降するジグザグ曲線を繰り返す傾向が見出されており、楽観できない心境を醸成している可能性もある。さらに同社の調査によれば、雇用の創出も6年ぶりの高水準 *3 であり、個人消費も(8月は低下したものの)トレンドとしては上昇している *4 。
ただし中間選挙においては、景気指標の数々より有権者個人の実感の方が重要になってくることは言うまでもない。同じくギャラップ社から同月23日にリリースされた景気への信頼度に関する世論調査 によれば、38%の国民が経済は良い方向に向かっていると答えたのに対し、57%が悪くなっていると回答しており、なかなか楽観的になれない様子もうかがえる。これは、雇用機会の増加が続く現状や、個人消費の上昇という統計や報道とは矛盾する結果になっている。
さらに次のような指摘も存在する。9月24日に"Measuring Labor Market Slack"と題して議会予算局(CBO)のアナリストであるウェンディー・エデルバーグ がピーターソン・インスティテゥートに於いて10枚のスライドを使って行ったプレゼンテーション *5 によれば、実は労働市場の成長は弱く、失業率も本来あるべき姿に比べて高めであると指摘している。フルタイムで働くことを希望している労働者による労働参加は、実はまだ不十分である可能性が高いというのがCBOの分析であるとして、ワシントン界隈のエコノミストたちの関心を集めたばかりである。
CBOの指摘は他にもある。8月27日発行の"An Update to the Budget and Economic Outlook: 2014 to 2024"にも示されているとおり、アメリカの財政赤字は拡大を続けている。特に(政府保有でなく)市場で売買される国債が12.8兆円に達し、そうしたいわゆる公債がGDPの74%にも上ると予測された。それに伴う利払い費は、10年後には3倍に膨らみ、今年の2,310億ドルから2024年には7,990億ドルに達するとされる。長期的にも今後ますます膨らむ義務的経費の支出によって、現行法の下では歳入が歳出に追いつくことはない。こうした分析レポートが示すように、米国は財政状況としては、長期的に決して明るくない見通しになっている。
これらの状況が、中間選挙においてどのような役割を果たすのかは明確ではないものの、政治関係者らの発言は、現在の経済状況と中間選挙について考える手掛かりとなる。報道を通しての発言をかいつまめば、大方の共和党陣営は景気の上昇を認めない傾向にあり、むしろ経済の問題点を指摘するようにしている。たとえば共和党のポール・ライアン下院議員やミッチ・マコーネル上院議員は、現在の景気の状況を「オバマノミクス」と称し、経済・財政の失策だとして非難をしている。一方の民主党陣営は8月までの経済成長のレベルでは更なる景気と雇用の充実を訴えた方が投票率の上昇につながると踏んだのか、経済成長の宣伝を控える傾向にあるという *6 。特に民主党にとって最低賃金の上昇は、2月12日にオバマ大統領が署名した大統領令によって、来年1月以降から連邦政府契約企業の職員の最低賃金が$7.25から$10.10に上げられることになっており、全米の労働者の5分の1が恩恵を被るという推計もあり、民主党にはセールスポイントだ。最低賃金のほかにも、金銭的にリーズナブルな大学教育の実現、男女の賃金格差是正などの政策課題が、経済の上昇よりも民主党支持者を投票へと奮い立たせる点に着目しているのかも知れない。
過去の中間選挙を見てみると、不景気の年には政権与党が打撃を受けて議席を失うという事例が多く存在し、政権与党の苦戦と景気の関係は広く認識されている。たとえば、バージニア大学のラリー・サバト教授が中間選挙の下院(上院は改選議席も少なく個別特殊要因をトレンドとできないため除外)の議席変化を中心にポリティコ・マガジンに寄稿 *7 したように、1946年の中間選挙では、GDPが12%落ち込んだことで、政権与党は下院で55議席を失った。1958年の中間選挙も0.7%のGDP落ち込みで、政権与党は下院の48議席を失っている。1974年や1982年も同様に、GDPが落ち込んで政権与党の下院議席が大きく失われた。
一方で、多少の経済成長があっても政権与党が中間選挙で負けないという保証があるというわけでもない。1994年、2006年そして2010年の中間選挙はGDPが2.5%から4%成長していた時期に当たったが、どの政権与党も議席を減らしている。さらに過去1950年と1966年には経済成長が8.7%や6.6%と高かったにも関わらず、政権与党は中間選挙で議席を減らしている。
例外もある。2002年の中間選挙はテロリズムとイラク戦争が注目を集め、政権与党が勝利した。また1998年当時の政権与党はGDPが5%を超える成長を果たし、下院で5議席増加させた。
経済はたしかに多くの国民の生活に密着した問題であり、どの選挙においても重要な要素である。今回のように、やや盛り上がりに欠ける中間選挙においても、何らかの影響があると考えるべきであろう。経済が選挙上で論争となる場合、どちらの政党がより経済運営に適しているか、そして国民のどのような層をターゲットにできるのか等を訴え、中間選挙ではなかなか投票に出向かない有権者に訴えることになる。今年の経済成長はたしかに明るいニュースではあるが、民主党がかつて1998年の中間選挙でクリントン大統領のスキャンダル(モニカ・ルインスキー)を乗り越え議席を増やした時のような大きな経済成長にはなっていないという意味で、やはり民主党には厳しい中間選挙となりそうである。
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*1 : “GDP Turns up in Second Quarter.” Economics and Statistics Administration, Department of Commerce, Sept. 26, 2014.
*2 : http://www.gallup.com/poll/177416/investor-optimism-index-highest-seven-years.aspx (2014年9月26日アクセス)
*3 : http://www.gallup.com/poll/175601/job-creation-holds-six-year-high.aspx (2014年9月20日アクセス)
*4 : http://www.gallup.com/poll/175577/consumer-spending-flat-august.aspx (2014年9月20日アクセス)
*5 : Wendy Edelberg. “Measuring Labor Market Slack,” Macroeconomic Analysis Division, Congressional Budget Office, September 24, 2014.
*6 : Cowan, Richard. “Rising U.S. economy could help Democrats stave off election loss,” Reuters, May 12, 2014
*7 : Sabato, Larry J. “A bad economy hurts Democrats in the midterms, but does a good one help them?” Politico Magazine, March 17, 2014.
■ 中林美恵子 早稲田大学准教授