2014年米中間選挙も、残すところあと半月ばかりに迫った。この時点での世論調査を見ると、ある程度共和党の優勢を示すものが目に付く。与党民主党を率いるオバマ大統領は、エボラ出血熱の国内感染問題の対処でも非難の的となっており、イスラム国との戦いも含めると、相変わらず厳しい状況である。ただし民主党に限らず、国民の大きな失望感はどちらの政党に対しても顕著であり、結局のところ、より嫌悪を感じる政党・候補者を落とすための選挙になる可能性は高い。選挙はあくまでローカルな事情が決定要因だが、本稿ではあえて選挙区の勝敗予測ではなく、この選挙を通して競争が繰り広げられている経済モラルの定義に挑戦をする政治の姿に光を当ててみたい。
この夏に大きくクローズアップされた問題に、Taxインヴァージョンがある(詳しくは中林美恵子『アメリカ経済を考える「遅れる法人実効税率改革」』 *1 を参照)。これは、先進諸国の中で最も高い法人税率の米国を嫌った米企業が、本社を海外に移転し税逃れをする行為のことであり、そうした企業が増えるにつれて、企業モラルの欠如および税制の抜け穴の酷さにウンザリする国民を増加させていった。中間選挙を控え、その対応策として民主党議員たちは企業への直接的な規制案を提唱し、一方の共和党議員たちは税制そのものが歪んでいるという従来の主張を軸に包括的な税制改革を訴えてきた。
長いこと堂々巡りの議論が続くばかりであったが、インヴァージョンのケースは増え続け、国民の批判も高まる中で、政治的に看過できなくなったのが今年の夏のことである。そこでついに9月22日、財務省のジャック・ルー長官が即日実施の行政命令を発した。その日の財務省プレス・リリース *2 によれば、根本的な改革は連邦議会による法改正が必要であるとしつつも「インヴァージョンを行っても得にならない施策」を実施するとし、その理由は「米国民はインヴァージョンで税逃れをする企業の肩代わりをさせられており、これはアンフェアだから」だという。この施策 *3 は民主党が提唱してきた対処療法(つまり法人実効税率などの根本的な改革を伴わないもの)ながら、国民が感じ始めている不公平感に対する記述までもが冒頭に掲げられ、選挙の足音を感じさせるのに十分であった。
経済モラルという概念がアメリカで声高に議論される機会は必ずしも多くはない。しかしTaxインヴァージョンの狡さが注目を集め、それに中間選挙が重なることで、政治モラルならぬ経済モラルに言及する政治家が注目され易くなった。その根底にあるのは、米国民が例外なく不満をもち嫌悪感を抱く「癒着(縁故)資本主義(crony capitalism)」の矛盾が社会に存在するからだ。こうした政府と企業の癒着をどう定義するかによっては、選挙戦で自らを有利にできる。だから先手を打って癒着の資本主義を定義し、政治的に有利に使えるようPRすることが選挙にとっては特に重要であり、その定義がより広範囲のアメリカ人に浸透すれば、選挙後のインヴァージョンへの対処や税制改革にもインパクトを与えるができる。
中間選挙という大イベントで政治家の発言に注目が集まるなか、経済モラルについて言及し自分たちに有利な定義を生み出す競争は、確かにアメリカで始まっていた。
たとえばマサチューセッツ州選出のエリザベス・ウォーレン上院議員(民主党)とテキサス州選出のジェブ・ヘンサリング下院議員(共和党)は、両党のスタンスを表現する代表格である。ハーバード大学教授(専門は消費者保護法や破産法)であったウォーレン上院議員は大統領候補に相応しいとの見方もある人物で、一方のヘンサリング下院議員は次期下院議長としての呼び声が高い。イデオロギー的にはかなり左派寄りと右派寄りに分類される二人だが、それでも泡沫政治家でないことがポイントである。その二人の発言を比較してみると、経済モラルに関する定義を争っている政治の姿が浮かび上がる。
ウォーレン上院議員の場合、今年5月のスピーチ *4 (および9月のパネルディスカッションでの発言 *5 )がそれを象徴している。彼女の主張はこうだ。「(不公平を解決するのは)経済上の戦い、既得権に対する戦い、権力に対する戦いだけでなく、もっと奥底にある価値観の戦いだ。」彼女によれば、共和党は権力者の味方であり、自分の取り分だけ確保したら、他の国民には勝手に生きろと突き放すという。一方で民主党は共に働き共に将来に投資していくという進歩的な価値観を持っていると主張する。
対する共和党のヘンサリング下院議員は、5月のスピーチ *6 でこう指摘した。「残念だが多くの経済活動は、パブリック・プライベート・パートナーシップだとか、重商主義だとか、産業政策だとか、癒着資本主義だとかのオンパレードだ。経済的自由など今や存在していない。大多数のアメリカ国民は、制度はツギハギだらけで実に不公平だと感じている。」彼の主張によれば、自由経済のみがモラルを保てるのであって、それこそが庶民を自由にする唯一の方法であり、民主党が言うように1%の富裕層が99%の庶民を搾取しているなんて間違いだという。ヘンサリング下院議員は10月18日のウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタヴューでも同様の主張をしている *7 。問題への対処方法や具体的な政策立案では、彼とウォーレン上院議員は真逆であるのに、言及する経済モラルの項目は、双方が酷似したものになっている。
そして、この両者が狙っているのは、経済モラルを自分に有利に定義し政治的にPRすることである。また目前の中間選挙が視野に入っていることも当然である。選挙戦においては、両政党が未征服の層(unconquered group)と表現しているものに「Hard-Pressed Skeptics」と呼ばれる懐疑派の有権者たちがいる。ピュー・リサーチ・センターが行っている政治類型レポート *8 の分類名に由来するが、具体的には大学を卒業し5万ドル以下の年収で生活する人々のことであり、悪戦苦闘の日々ゆえに経済や政治に猜疑心・懐疑心・不満を抱き浮動票となる傾向がある。現代のアメリカ社会の経済モラルに対しても知的な不満を抱きながら生活している可能性が高い。ピュー・リサーチ・センターによれば、彼らは登録有権者の13%を占めており、2012年の大統領選挙でその65%がオバマ候補に投票したが、今年2014年の中間選挙で民主党を支持する者は51%に減少、また37%が共和党を好感しているという。小さな層ではありながらも未征服ゆえ、今回の中間選挙だけでも全体として共和党に2パーセンテージ・ポイントの浮動票が流れていることを示唆しており、経済モラルの定義とPRは、ここでも価値を生む。ましてや、その定義がより多くの有権者の心に響くようになれば、未征服層の掘り起こしの成果は更に広がる可能性を秘めている。ウォーレン上院議員やヘンサリング下院議員の発言を通して見えてくる経済モラルの定義競争は、まさにこの未征服層を視野に入れながら、さらなる先を見つめている可能性がありそうだ。
また筆者の元同僚が発行するニュースレター *9 では、この二人の発言の一つ一つを記録し、詳細に観察している。以下はその一部を表にしたものであるが、こうして並べてみると共通項がいかに多いかが分かる。
両者ともに軸足をそれぞれの政党に置きながら、大企業に厳しい目を向け、大金融機関や不公平な税制を批判しているという多くの共通点がある。またこの表にはないが、両者とも連邦準備制度理事会(FRB)が不公平を助長しモラルハザードの原因になっていると批判している。懐疑派でもある未征服層の関心を掘り起こす目的は勿論のこと、政府や市場の癒着という概念に対し多くの国民が抱く嫌悪と不満をすくい上げ、定義し、政治化させるプロセスとなっている。
政治家による経済モラルの定義競争は、今年の中間選挙の結果がどの政党の勝利で終わろうとも、それでスッキリ確定ということにはならないかも知れない。それどころか、2016年大統領選挙に向け競争が益々エスカレートしていく可能性がありそうである。
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*1 : 中林美恵子 「遅れる法人実効税率改革」 『アメリカ経済を考える』東京財団 2014年7月4日掲載。
*2 : “Treasury Announces First Steps to Reduce Tax Benefits of Corporate Inversions: Unfair Practice Erodes the U.S. Tax Base.” U.S. Department of the Treasury, 9/22/2014.
*3 : 詳しい対処法は、米財務省の “Fact Sheet: Treasury Actions to Rein in Corporate Tax Inversions, 9/22/2014” を参照。
*4 : “Elizabeth Warren and the New Populist Challenge.” Campaign and America’s Future, May 28, 2014.
*5 : “CUNY TV Special: Senator Elizabeth Warren and Paul Krugman in Conversation.” The Ethical Economist 2014年10月20日アクセス。
*6 : “A Time for Choosing: The Main Street Economy vs. The Washington Crony Economy.” 2014年5月20日ヘリテージ財団でのスピーチ。
*7 : The Weekend Interview with Jeb Hensarling: What If Republicans Win? Freeman, James. Wall Street Journal, Eastern edition [New York, N.Y] Oct.18, 2014
*8 : “Utilizing The Pew Research Center Political Typology Report [Series].” July 7, 2014.
*9 : これは完全非公開の少数会員制ニュースレターであり、発行者は筆者の元同僚。ジョージ・ブッシュ政権でホワイトハウス高官を務めた後、今もワシントンDCで活動を続ける米国人である。
■中林美恵子 早稲田大学准教授