前嶋和弘 上智大学総合グローバル学部教授
2004年や2000年の大統領選挙と比べて、ここ数回の大統領選挙には大きな特徴がある。それは、“影の予備選(Invisible Primary)”である予備選開始前の約半年の期間が、候補者のスター性ばかり注目されるような状況にますますなりつつある点である。この期間のマスメディアの報道は、必要以上に加熱する一方で、その内容に含まれる政策論は極めて少なく、誰が世論調査で数ポイントリードしているのか、といった“競馬予想”に終始する。世論調査の結果ばかり連日聞かされ、有益な情報も足りない中、本選挙が1年から1年半も先であるため、肝心の国民の方は候補者を実際に選ぼうという切迫感はない。候補者の目を引くような言動ばかり、注目される状況がかなり長く続くのが、ここ数回の“影の予備選”である。特に、予備選挙に実際に投票するのが、イデオロギー色の強い一部の支持者であるため、候補者の発言はますます極端になる傾向にある。誤解を恐れずに言えば、“影の予備選”は、候補者どうしがばか騒ぎの芸を競い合う“サーカス”に変貌しつつある。
なぜ、このような状況になっているのだろうか。それには複数の理由が考えられる。1980年代から続く予備選の前倒し現象(フロントローディング現象)で、候補者の戦略として、アイオワ州やニューハンプシャー州といった予備選段階の初期のいくつかの州での選挙運動が前倒しになっており、マスメディアもその動向を熱心に追っているのという状況がまず前提としてある。
(1)選挙をめぐる情報環境の変化
ただ、ここ数回の選挙で大きく変わったのは、FOXNEWSやCNNといったCATVの24時間ニュース専門局が“影の予備選”で多くの視聴者を確保できるとにらんでいる点が大きい。実際に“影の予備選”期間は24時間ニュース専門局にとっては稼ぎ時である。例えば、24時間ニュース専門局が主催した今回の選挙の共和党候補者討論会では、いずれも記録的な視聴者数となっている。1回目(8月6日)の討論会はFOXNEWSが主催し、CATVの番組ではスポーツを除いて過去に最も多い平均視聴者数である2400万人を記録した。 2回目はCNNが主催し、1回目の2時間を超える、3時間という長時間だったが、CNNの過去のどの番組よりも多い平均2310万人の視聴者となった。
これにはドナルド・トランプという過去に例のないレベルの芸達者な候補による部分も大きい。CATVの24時間ニュース専門局にとって、討論会が稼ぎ時なのは、その後のニュースで、討論会のハイライトを何度も繰り返して使い、再利用することができる点にある。何度も繰り返すためには、できるだけわかりやすく、サウンドバイト(決め言葉)が多い“サーカス”がCATVニュースには欠かせない。トランプの選挙戦術というよりは、性格そのものが派手な舞台に適したものであった。2012年の“影の予備選”で一時期支持率は高かったものの、芸を演じきれなかった、ケイン、バックマン、ペリーとはトランプはものが違うかもしれない。カーソン、フィオリーナという対抗馬がなかなか伸びきれないのも、トランプのスター性に他ならない。
討論会を10月半ばまで開いてこなかった民主党側にとっても“影の予備選”のサーカス化は、各候補の戦略・戦術に大きく影響している。サーカス化でおそらく最も恩恵を受けているのが、サンダースである。サンダースはどう考えても泡沫候補に過ぎないはずだが、予備選挙に実際に投票するリベラル色の強い一部の支持者向けの過激でわかりやすいメッセージを繰り返すことで、世論調査では健闘しつづけている。CATVの24時間ニュース専門局にとって、トランプと比較するにはちょうどいい候補として、サンダースが頻繁に取り上げられているのは、「対抗馬」を出して競馬を楽しもうとするメディアの狡さにある。競馬をさらに面白くさせるためにバイデンという救世主を待望するメディアのシナリオもあざとい。
政治をめぐる情報環境の変化は大きく変化しつつある。かつては新聞や、3大ネットワークのイブニングニュースが最も重要な情報源だったものの、ここ15年で一気に状況が変わり、FOXNEWS、CNN、MSNBCという3つのCATVの24時間ニュース専門局が国民にとって最大の情報源となっているほか、インターネットからの情報も利用されるようになった。ピュー・リサーチセンターによると、2000年の大統領選挙の情報源(複数回答)として人々が上げたのは、1位がテレビの地方局のニュース(48%)、2位が3大ネットワークのニュース(45%)、3位が地方紙(40%)で、4位はCATVのニュース(34%)でインターネットは5位にとどまっていた(9%)。しかし、2004、08、12年の過去の3回の選挙で、インターネットを情報源としてあげる人々は急増し、2012年には25%となり、情報源としての役割を急速に下げている地方紙(20%)を抜き、4位となり、3大ネットワークのニュース(26%)とほぼ同じ率となっている。一方、CATVのニュースは2012年には36%と選挙の最大の情報源となっている。
(2)広範なソーシャルメディア利用と「選択的接触」
インターネットに関しては、ソーシャルメディアの広範な利用という候補者側の戦略・戦術の変化も“サーカス化”に影響している。候補者側はよりわかりやすく、対立候補を罵倒するなどの刺激が強いメッセージを瞬時にツイートやフェースブックに掲載する。支持者たちはそれをリツイートしていく中で、サイバースペースに過激なメッセージが一気に蔓延する。候補者の熱心な支持者にとっては、ソーシャルメディアは議論の場ではなく、自分が信じたい情報だけをかいつまむ「選択的接触」の場に他ならない。「選択的接触」を狙ったソーシャルメディアの広範な利用で、候補者のスター性や過激な言動ばかりが取り上げられ、政策論が前面に出てくる余地は極めて少なくなる。
(3)選挙情報のソフト化で置き去りになる政策論
また、“影の予備選”期間には近年の大統領候補者には欠かせない「ライカビリティ(好感度)」を高めるのも戦略・戦術の一つとなっている。現在の“影の予備選”でも、トランプだけでなく、共和党、民主党の各候補者、あるいは立候補の可能性がある人物やその関係者も頻繁に夜のコメディ・トークショーや昼のバラエティショーに出演し、ソフトなイメージづくりと、オンライン上の情報拡散を狙っている。トゥナイト・ショー(NBC)には8月にはクリスティ、9月だけでもトランプ、クリントン、フィオリーナが相次いで登場、ホストが9月に代わり、新装なったレイトショー(CBS)にはブッシュ、バイデン、サンダース、クルーズ、トランプ、ウォーレンが出演し、ホストとたわいのない軽口を交わした。10月にはビル・クリントンも出演し、妻・ヒラリーを語った。また、“サーカス”の中でライバルにかすまないためにも、トークショーだけでなく、10月3日のコメディ番組・サタデーナイトライブで、バーテンダーに扮して自分の物まねをするコメディアンと自虐的ともいえるような悪ふざけをするヒラリー・クリントンのように、必死にイメージづくりをするのも戦略・戦術の一つであろう。クリントンは、人気歌手のケイティ・ペリーも自分の応援団に抱え、ソフトな愛されるイメージづくりを急いでいる。この選挙情報のソフト化も政策論が置き去りになる理由の一つである。
トランプとは対照的に、既に選挙運動を取りやめたスコット・ウォーカーのように、瞬間的に人々を楽しませることが難しい候補は、“サーカス”の中でどうしても割が悪い。国民が気づくころに重要な人物はすでに脱落してしまうような仕組みになりつつある。ますますサーカス化する“影の予備選”の中で、最大の犠牲者となるのが真剣な政策論というのは何ともむなしい。