世界の人々の生活を大きく変えたインターネットはアメリカの選挙にも革命的な影響を及ぼしている。アメリカではインターネットが一般に普及するとほぼ同時に、選挙でのインターネット利用が進んできた。特に注目されるのが、国政選挙がある2年ごと(中間選挙と大統領選挙)に選挙におけるインターネット利用が着実に深化してきたという事実である。
(1)2年ごとの“革命”
実際、インターネットを使った選挙手法は2年ごとの“革命”を繰り返してきたといっても過言ではない。インターネット利用が本格化し始めた1996年選挙では各候補者はこぞって自分の公式選挙用ウエブページを立ち上げた。1998年選挙ではウエブでの政策PRに加え、電子メールを通じた選挙ボランティア募集など、支持層固めを意識した戦略が一般的になった。2000年選挙で注目されたオンライン献金は2004年選挙で一気に広く利用されるようになった。2006年選挙では選挙演説での失言が対立候補陣営にユーチューブに掲載され、イメージ失墜で、当選確実視された上院議員候補が落選し、大きな話題となった。
しかし、アメリカの選挙におけるインターネットの利用を革命的に変えたのは、2008年のオバマ陣営に他ならない。2008年の大統領選挙ではオバマ陣営は公式ウェブサイト内に組み込んだSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を積極的に利用し、支持者相互の連帯の輪を拡大させていった。オンラインで知り合った支援者はオバマを支援することでつながり、オバマを支える支援ネットワークが自然発生的に爆発的に拡大していった。オバマ支持運動は、現実の世界であるオフラインに昇華し、オバマへの投票を呼び掛けるボランティア運動が広がっていった。さらに、オバマへのオンライン献金でも予備選挙でのヒラリー・クリントン、本選挙でのジョン・マケインという対立候補を大きくしのいだ。特に、選挙ボランティアを支える小口献金者の割合が多く、小口献金そのものがオバマの強さを示すものであった。
2008年のはじめには、アメリカでも「ソーシャルメディア」という言葉はまだ、人口に膾炙したものではなかった。そう考えると、オバマ陣営のこの選挙戦略は極めて斬新だったことが分かる。
2008年のオバマの選挙戦が引き金となって、翌2010年選挙では各候補者のソーシャルメディアの利用が急激に進んだ。特に、2008年選挙で後塵を拝した共和党側が積極的にソーシャルメディアを利用するようになり、大きく巻き返した。民主、共和いずれもソーシャルメディアを使ったインターネットが一気に過熱するようになった。これを裏付けるように、同年選挙では、各選挙区でのフェースブックの「いいね(likes)」とツイッターのフォロワーの数を比較すれば、7、8割程度の選挙の状況は予測できるようになった。この数字の精度は世論調査には及ばないものの、それでも数年前には存在しなかった新しい技術が選挙の雌雄をほぼ占うことができるのは、“革命”に他ならない。
その次の“革命”は「ビックデータ」の駆使である。ソーシャルメディアの利用でネット上での有権者の選挙情報交換の機会が爆発的に増える中、2012年大統領選挙では、オバマ陣営もロムニー陣営も徹底的に潜在的な有権者のデータを洗い出し、激戦州を勝ち抜こうとした。サイバースペースにあふれる選挙情報を効果的に活用したのが、2008年にソーシャルメディアを駆使した経験知に勝るオバマ陣営だった。2012年は「ビックデータ選挙」元年となった。
(2)インターネットと選挙の親和性:2つの理由
それではなぜ、アメリカでインターネットを使った選挙手法が2年ごとの“革命”を繰り返すことができたのであろうか。それには選挙規制の緩さと選挙産業の発展という2つの理由がある。
まず、規制については、何といってもインターネットは基本的には連邦選挙法の規制外となるのが大きい。インターネットでの広告は規制の対象の「公共政治広告(public political advertising)に該当しないため、候補者にとっては、いまだにアメリカの選挙戦術の核となっている選挙CMを公式ウェブサイトやユーチューブを通じて大量に掲載することが可能である。また、アメリカ国籍か永住権があるなどの通常の規制準拠項目を確認させる必要はあるが、ウエブ上の献金も可能である。
さらに、規制が少ないのは有権者側である。まず、金銭の授受がない候補者の自発的な行為なら、各候補者の選挙CMを自分のブログに掲載したり、献金へのリンクを張ることができる。自分のブログや電子メールの中で、選挙についての自分の意見を表明し、特定の候補への支持を呼びかけるのも、「表現の自由」の観点から報道機関と同じ“press entity”として許容される。年齢にも規制はない。
日本では昨年の公職選挙運動の改正で、インターネットを使ったネット選挙運動解禁が解禁されたが、電子メールを利用した選挙運動は、候補者や政党だけが可能であり、有権者に対しては、引き続き禁止されているほか、未成年者はこれまでどおり選挙運動をすることはできない。アメリカの選挙で大きな役割を占めるのが、未成年を含む若者のボランティアであり、ソーシャルメディアやブログを使った投票の呼びかけも未成年が行うことは珍しくない。2008年選挙のオバマ陣営のように、若者のボランティアの存在は選挙に欠かせない。そう考えると、日米の規制の差はいまだ大きい。
一方、選挙産業の発展は、マーケティングの重視という極めてアメリカ的な環境に起因している。選挙産業とは、各候補者陣営と協力しながら選挙を専門的に請け負う、世論調査担当者、広告制作会社、選挙戦略コンサルタントやアドバイザーなどの業者を総称している。有権者の情報収集や政策PR、選挙への動員呼びかけなど、選挙産業にとって、インターネットは絶好の選挙戦術のツールである。インターネットの登場以前の1980年代から選挙運動を科学的に行なう「選挙マーケティング」の概念が浸透し選挙の専門化(professionalization)が急速に進んでいった。選挙産業がそのものも大きくなる中、インターネットは格好のツールとして、選挙戦術の様々な場面で利用されていった。
(3)まだ“道半ば”
このように緩い規制や選挙産業に支えられ、アメリカでは選挙におけるインターネット利用は着実に深化してきた。ただ、選挙における徹底したインターネット利用が生み出した世界はバラ色ばかりではない。
例えば、公職選挙運動の改正の際、日本で頻繁に喧伝された選挙費用の削減についても、アメリカの場合、決して下がることはなく、毎年高騰を続けている。選挙マーケティング費用はかさみ続けており、アメリカの選挙費用総額を押し上げている。中でも、インターネット関連のアプリケーションについては常に新しい技術を導入する必要性があり、費用高騰に拍車をかけている。
さらに、選挙における民主主義の装置としてのインターネットの役割は確立されたものとはまだ言い難い。2008年選挙のオバマ陣営がソーシャルメディアを使って作りだした支持者相互の自由な横のつながりは、2012年選挙では全く目立たなくなってしまった。選挙産業がビックデータ分析に腐心し、ソーシャルメディアのデータも選挙動員の上からのツールに大きく様変わりしてしまった。
もしかしたら、まだ“道半ば”なのかもしれない。双方向性というインターネットの特徴を考えると、オンライン上の政策論議の中で候補者は切磋琢磨され、非常に高い意味での民主的な選挙は潜在的には可能である。だが、現時点ではそのような理想はなかなか実現できていない。選挙における政策議論が素晴らしい「集合知」に結晶化しているような事例もいまのところ、ほとんどないであろう。
前述のように、インターネットを使った選挙手法は2年ごとの“革命”を繰り返してきた。インターネットがより徹底した民主主義の装置になるような技術も今後、徐々に導入されてくるはずである。その時には、双方向の議論で国民全体を説得できるような民主的なタイプの指導者が登場するかもしれないし、オンライン上の「集合知」も有効に選挙公約などに活用されるようになるだろう。
ビックデータを使った選挙の専門家たちのコントロールがさらに進展するのか,あるいは「草の根のネットワーク」的な横の連携が戻っていくのか。まずは、今年の11月の中間選挙の動向が大いに注目される。
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■前嶋和弘:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、上智大学総合グローバル学部教授