細野豊樹 共立女子大学国際学部教授
ドナルド・トランプが、2016年の共和党大統領候補の予備選挙・党員集会において首位に立つなか で、トランプの指名獲得を阻止するのは相当困難だ、とする見解もみられる。3月1日のスーパーチューズデーの後に、CBS放送のスコット・ペリーは、トランプの指名獲得を阻むのは”long shot”(かなり分が悪い)と評しているが、本当にそうなのだろうか。
以下では、これまでの共和党主要候補の得票傾向を概観したうえで、現時点で得ている代議員数を踏まえて、今後の見通しを展望するポイントを挙げてみたい。特に、共和党の大統領候補選出の制度面に注目したい。
各候補の得票傾向
各種世論調査、入口・出口調査、得票数などからみえる共和党候補の得票傾向は、次のとおりである。
トランプは、幅広い層から得票するなかで、非大学卒のブルーカラー層とともに、南部での支持率・得票率の高さが目立つ。キリスト教福音派が多い南部において、これを支持基盤とするテッド・クルーズをもトランプは圧倒しており、得票率が40%前後に達する州が多い。マルコ・ルビオの地元であるフロリダ州においても、トランプが20ポイント近くの差で大勝し、ルビオは候補指名争いから脱落した。
南部でのトランプ優位は、この地域の政治文化と関連する。トランプの政治手法は、ジェシー・ヘルムズという南部の元上院議員に似ていると、以前の論考でも指摘したことがある。トランプの移民攻撃や、イスラム教徒の全面入国禁止といった過激なテロ対策は、人種対立が政治の基軸となってきた南部の白人労働者層に強く訴求するのである。
クルーズは、地元のテキサスおよび、南部を除く、キリスト教福音派が多い農村型の州でトランプを抑えて首位になっている。初戦のアイオワを始め、少数の熱心な活動家等に左右されやすい、党員集会方式を採用する州での善戦が目立つ。
ルビオおよびジョン・ケーシックは、序盤戦は南部や農村型の州の予備選挙・党員集会が多いなかで苦戦しているが、ニュー・ハンプシャー、ヴァージニア、ミネソタなどの高学歴な州では総じて健闘している。ルビオの脱落により、党エスタブリッシュメントや党内穏健派を支持基盤とする候補はケーシックに一本化されたので、今までよりも善戦すると考えられる。
これまでの代議員獲得状況と今後を展望するポイント
トランプは、3月22日の時点で738名の代議員を獲得している。今後さらに499人を積み増せば、大統領候補指名に必要な1,237名に届く。
問題は、今後の予備選挙・党員集会で残っている代議員数である。4月初頭のウィスコンシンから最後の予備選挙・党員集会が行われるサウス・ダコタ等の総代議員数は計860名である。このうち、10の州が、党役員3名を自由投票にしている。また、コロラドおよびノースダコタ(代議員数計49名)は全代議員が、ペンシルヴェニアでは71名中54名が自由投票である。これら自由投票の代議員を除くと、トランプは残りの代議員の7割弱を獲得しないと、党大会前に代議員数1,237名に達しない計算になる。わりと高いハードルだといえる。
現時点での獲得代議員数および党大会を見据えた今後の展望の第一のポイントは、予備選挙や党大会の制度的側面である。まず、これから予備選挙・党員集会が行われている州は、勝者総取り方式が多い。これまでは得票数に比例して代議員を割り当てる州が多かったなかで、トランプは代議員の半分弱を得ているが、今後は勝者総取りの州が主になるため、代議員獲得率は上昇する。
ただし、州全体の得票率が1位の候補が、全代議員をさらう州は、ニュージャージーを除いて中小規模である。最大の票田であるカリフォルニアを始め多くの州が、6-9割の代議員を連邦議会下院選挙区ごとの勝者総取りで選ぶ。得票率が5割を超える候補がない場合は、各下院選挙区の得票率2位まで代議員を割り当てるニューヨークも、その一形態といえる。トランプは、地元ニューヨークを始め、多くの州において州全体の得票率が1位になると考えられる。しかし、高学歴な下院選挙区ではケーシックが、農村型の選挙区ではクルーズが勝って、ある程度は取りこぼすものと予想される。
今回の共和党予備選挙・党員集会の制度的側面について、サーシャ・アイゼンバーグが内容の濃い分析を行っている (1) 。もしも党大会までに1,237名以上の代議員を獲得する候補がいれば、党大会の第1回投票では、代議員の多くが州の選挙結果に拘束されるので、大統領候補に指名される。いずれの候補も1,237名に達しない場合は、第2回投票以降は自由投票となる州が多い。このため、党大会の代議員の選出方法が重要となるが、アイゼンバーグによれば、現職の州知事が代議員の人選において強い影響力を発揮できる。
このような背景から、党エスタブリシュメント寄りの多数の代議員が、第2回目以降の自由投票において、トランプ以外の候補に投票する可能性がある。トランプは最近CNNテレビで「暴動になると思う」と発言して、こうした動きをけん制している。
クルーズ陣営は代議員の人選を重視しており、組織力があるので、党大会が自由投票になった場合に、党エスタブリッシュメントにとって手強い勢力になると思われる。
トランプが代議員数で1位となるのは揺るがないが、もしも過半数の1,237名に達せず、多くの代議員が自由投票になった場合でも、州での得票率は民意として無視はできない。このため、トランプが今後の予備選挙・党員大会で失速するか、それとも多くの州で圧勝するかは、かなり重要だといえよう。
このこととの関連で、第二のポイントは、これから予備選挙・党員集会がある州の特性である。トランプが特に強い南部は、ウェスト・ヴァージニア州だけである。3月後半以降の終盤戦の州は、高学歴者の人口比が高いカリフォルニアおよびニューヨークを筆頭に、北東部や西海岸に多い。特に注目すべきカリフォルニアのこれまでの各種世論調査では、総じてトランプはふるわない。
キリスト教福音派が多いネブラスカ、モンタナおよびサウス・ダコタ(代議員数計92名)では、クルーズが勝つと予想される。
今後を展望するうえでの第三のポイントは、トランプはヒラリー・クリントンに勝てないという点で、最新のものを含めて、多くの世論調査が一致していることである。トランプは、白人ブルーカラー層を動員できると豪語しており、トランプに支持層を切り崩されることを心配する民主党関係者も少なくないと伝えられる。しかし、もしもトランプが大統領候補に指名されれば、共和党支持層の実に4人に1人近くが民主党に投票するとの世論調査もある(USAトゥデー紙) (2) 。ケーシックは、クリントンに勝てるのは自分だけだと強調しているが、もしもだれも代議員の過半数を獲得できず自由投票になった場合に、本選挙で勝てるか否かは、代議員を説得する極めて有力な材料となろう。党内の極めて保守的なアクティビストが、本選挙で勝てる穏健派候補を忌避する傾向が、近年目立っている問題はあるが。
トランプは、代議員数で1位になることがほぼ確実なので、指名に王手をかけたとはいえる。しかし、党大会前にトランプが代議員の過半数を獲得するのは、ハードルがわりと高いなかで、トランプ以外の候補が党大会において指名されるシナリオも描きうる状況である。
(1) http://www.bloomberg.com/politics/features/2016-03-14/how-to-steal-a-nomination-from-donald-trump
(2) http://www.usatoday.com/story/news/politics/elections/2016/03/14/poll-millennials-clinton-sanders-trump-president/81612520/