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アメリカ大統領選挙UPDATE 4:ぼろぼろの予備選勝利、クリントンのこれから:民主党の戦略・戦術(4)

July 6, 2016

前嶋 和弘 上智大学総合グローバル学部教授

(1)想定外の辛勝

ヒラリー・クリントンが出馬宣言をした2015年4月には、今年の民主党予備選の状態を正確に予想した人は誰もいなかっただろう。ファーストレディ、上院議員、国務長官と、これ以上ないような素晴らしい経歴のクリントンの姿はまぶしすぎて、そもそもまともな対立候補すら想像できなかった。実際、予備選段階開始前の「影の予備選」の段階ではクリントン以外の立候補者の支持率は伸び悩み、2015年10月末にはリンカン・チェイフィーやジム・ウエブが撤退、予備選段階開始のアイオワ州党員集会(2016年2月1日)まで粘ったマーティン・オマリーもこの日で力尽きた。誰もがクリントンに歯が立たないと思われた。

その中で、2016年年明けから一気に支持率を伸ばしたのが、自称「民主社会主義者」で、ワシントンの一匹狼として知られるバーニー・サンダースだった。各社世論調査では撤退したチェイフィーやウエブよりもサンダースの支持率はずっと低く、クリントンと同じ2015年4月に出馬宣言をしたのだが、その段階でクリントンとは50ポイント以上ほどの絶望的な差があった。しかし、その後、サンダースのまさかの追い上げが続き、一時的ではあったが、2016年4月半ばにはクリントンとほぼ並ぶという大番狂わせも起こった。

すべての予備選が終わり、想定外の辛勝というのが、ヒラリー・クリントンの偽らない本音だろう。最終的には、獲得代議員総数4763の中、クリントンは2811、サンダースは1879と、やはりサンダースは及ばなかったが、党大会でのいずれかの候補に対する支持を表明している特別代議員の数を抜くと、クリントンが2220、サンダースは1831と、2割程度の差しかない(数字はいずれもリアル・クリア・ポリティクスによる)。そもそも泡沫候補に過ぎなかったサンダースに、これだけ詰め寄られるだけ、クリントンには何かが足りなかった。

(2)クリントンに足りなかった2つのこと

その何かとは、2つある。1つは、「2016年の時代精神」という偶然に左右されるものであり、もう1つは、クリントンが自ら生み出してしまった「なんだか嘘くさい」というイメージである。

「2016年の時代精神」とはアメリカの政治や社会の大きな変化の中、生まれた「反ワシントン」「アウトサイダー希求」「ポピュリズム」という3つの世論の傾向に他ならない。いずれも民主党だけでなく、共和党を含む、今年の予備選を総括するようなキーワードである。

この3つのうち、クリントンはもちろんどれにも当てはまらない。この傾向の中、豊かな政治経験があることはプラスではなく、マイナスに他ならない。これまで築いてきた自分の経験をPRすればするだけ、クリントンは上滑りをしてしまう。「私がやりたいのは政治的革命だ」「これまでは同じ発想ではだめなのだ」と毎回の演説でたたみかけるサンダースに対して、クリントンは守勢一方だった。

そもそも予備選の投票率は2割を超えたら高い方である。熱烈な若者たちを動員すれば、選挙戦は大きく変わっていく。「2016年の時代精神」を体現するサンダースへの共感は、「#FeelTheBern」というハッシュタグとともに、ソーシャルメディアで広く拡散していく。それが、「サンダース現象」を生み出していった。一方でクリントンの「I’m with her」というスローガンは意味を考えても、何とも空疎で弱弱しかった。

「なんだか嘘くさい」というイメージの方は根深い。夫ビルが大統領選を勝ち抜いた1992年からヒラリー・クリントンはワシントンの中心に君臨し続けており、ウォール街との密接な関係に代表される脛の傷もそれだけ多い。

自前で自宅に特注のメールサーバーを設置して公用の連絡を行っていたクリントンの「私用メール問題」も、何らかの違法行為を隠すためのではないかと疑惑となった。この問題については、とりあえず訴追はしない見通しが7月5日のFBIのコミ―長官の記者会見で明らかになってはいるものの、ビルとともに長年、培ってしまった「なんだか嘘くさい」「金に汚い」というイメージはなかなか、消えないだろう。

特別代議員の大多数がクリントン支持であることもあるのも、クリントンの「嘘くささ」を増幅させている。私が教えているアメリカからの留学生が口をそろえて、「サンダースのメディアの扱いがひどすぎる」「ヒラリー勝利はメディアを含んだエスタブリッシュメントの陰謀」と口をそろえて、指摘している。陰謀説は言い過ぎかもしれないが、なんとなくうなずけるくらい、クリントンのイメージは悪くなっている。

(3)「リセット」後の攻勢の可能性

クリントンにとって大きいのは、勝利したが、ぼろぼろになってしまった予備選を終え、民主党の党大会に移っていくことでひとまずリセットできる可能性があることだろう。ただ、リセットについてはいくつか条件がある。まず、サンダースとの手打ちがうまくいき、さらに適切な人物を副大統領に選ぶ必要がある。そうすれば、とりあえず、党大会以降は共和党候補のトランプとの一騎打ちのムードも高まる。「時代精神」も、うさん臭いイメージも、ひとまずはかなり吹っ切ることができる可能性がある。

リセット後の攻勢の可能性を高めるのは何といっても、クリントンの集金力、組織力にある。「クリントン・マシーン」ともいえる集金力は、ヒラリーの選挙戦の組織の強さに直結する。選挙活動を支える陣営の人数でもトランプ陣営は70人だが、クリントン陣営は700と目を疑ってしまうような圧倒的な差がある。

トランプの場合、個人の豪快な魅力(言葉による破壊力)で共和党の予備選段階を勝ち残ってきた。選挙資金はそもそも多くは必要なく、組織といえるようなものはこれまでないに等しかった。しかし、投票率が6割程度となる本選挙では、これまでのような「白人ブルーカラー層」だけを取り込めば勝てた予備選とは勝手が異なる。

資金を集め、テレビCMをうち(空中戦)、組織を作り上げていく中で、ポイントとなる有権者のデータを分析・蓄積し(サイバー戦)、戸別訪問などに応用(地上戦)することが近年の大統領選挙の「勝利の方程式」である。この「勝利の方程式」ではクリントンはトランプを大きくリードしている。共和党が一致団結してトランプを全面的に応援すれば、選挙献金では今後クリントンとトランプとの差は狭まっていくとは考えられるが、投票まで4カ月しかないため、既に時間は限られている。献金や組織作りではクリントンは圧倒的に有利である。それぞれの候補を形上は独立して応援するスーパーPACについても、「プライオリティUSA」の大胆な活動に代表されるように、クリントン側がトランプ陣営の1周先、あるいは2周先を進んでいる。

(4)「方程式」は破壊力を抑え込めるか

「クリントンが有利」という観測は日本の中にもあるが、ただ、断言するのはまだ早い。本選挙のポイントとなるのは7から10以下の数の激戦州であり、各種世論調査では全国でも激戦州でも6月後半にはクリントンのリードはやや広がった。ただ、統計的な誤差を考えるとあまり差はなく、4カ月後の本選挙での結果は現時点では読み切れない。

過去の例をみても、夏から秋にかけて世論調査は大きく変動することもある。例えば1988年の大統領選挙で8月の段階で民主党のデュカキスが全米で20ポイント以上リードしていたが、最終的にはジョージ・H・Wブッシュが勝利した。

少なめに言っても、組織力と資金力で勝り、正攻法の「勝利の方程式」で戦うクリントン、破壊力のトランプは比較的接戦となると思われる。クリントンには底力があるが、6月末に連日繰り広げられた暴言合戦はトランプの土壌に入っていくようなものだろう。これは予備選段階でブッシュやルビオやクルーズがたどった道と同じで、トランプの破壊力で返り討ちにあってしまうかもしれない。

いずれにしろ、2つの党大会後はいよいよ、クリントンとトランプの本格的な対決に移る。これまでの「大統領選挙の方程式」が通じない相手に対して、クリントンにどのような手を打って出るのか、非常に興味深い。(了)

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