中国18全大会を受けて ―経済政策の領域に関して
多摩大学経営情報学部准教授
巴特尓(バートル)
第18回中国共産党全国代表大会は11月14日、党の新しい指導部を構成する中央委員(205名)と中央委員候補(171名)を選出し閉幕した。翌15日の中央委員第1回全体会議では、党最高指導機関となる政治局常務委員(7名)のメンバーが選出され、習近平総書記を中核とする新しい指導体制が発足した。
今回の党大会では、胡錦涛前総書記が指導理念として唱えてきた「科学的発展観(持続可能で調和のとれた社会発展)」が改正された党規約に盛り込まれ、今後における党の行動指針として確定した。習近平新体制にとって、中長期的に見れば、胡錦涛政権時代に未解決のまま先送りされてきた各種課題も押し付けられた結果となり、舵取りが難しい船出となったといえる。以下、習近平新指導体制が直面する経済面での課題を整理してみたい。
第一に、経済構造の転換による持続可能な経済成長を目指すことである。
中国経済は、過去30年に亘って年平均約10%の高成長を続けたが、その歪みともいえる格差問題や富の偏在、環境破壊など諸問題が表面化しており、経済構造の転換を図らなければならない局面に差し掛かっている。今後、持続可能な経済成長を実現するためには、これまでの投資・輸出依存型の成長モデルから内需主導型成長モデルへの転換に加え、労働力や資本など投入量の拡大から生産性の向上に力点を置いた生産方式への転換が必要不可欠である。とりわけ、内需主導型成長モデルへの転換は、所得分配制度の改革や社会保障制度の充実、産業構造の転換(工業からサービス業へ)、生産性の向上(7大戦略的新興産業の促進による高付加価値産業や技術集約型産業の育成と集積)を図ることで経済構造の転換を急がなければならない。
第二に、格差是正による社会の公平性を実現することである。
高成長の歪みとして貧富の格差や都市・農村の格差(3倍強)及び地域格差が広がるなか、国民の不満が高まっており、習近平新体制にとっては格差の是正と公平な富の分配が至上命題である。今回の党大会では、「2020年までにGDP総額と国民一人当たりの所得を2010年比(GDP:7.3兆ドル、都市住民の可処分所得:19,109元、農村住民の純収入:5,919元)で倍増させ、小康社会(ややゆとりのある社会)を実現する」という数値目標が打ち出された。国民の所得を倍増させるという具体的な定量目標を初めて掲げたが、目標達成のためには、税・財政制度改革(所得税率の引き上げや固定資産税の導入、農村や内陸部への財政支援など)、都市・農村戸籍の一体化、都市化の推進(都市化率は統計上50%超であるが、実質35%)や中西部地域の経済発展などによる格差問題の抜本的改善が求められている。
第三に、「国進民退」の克服による経済効率の改善である。
改革開放政策が実施されて以来、中国経済に占める民営経済のプレゼンスが拡大し国有企業のウェートが縮小したものの、金融やエネルギー、通信、インフラなど主要産業分野における国有企業による独占・寡占状態が続いており、民間企業の参入が難しく、主要産業において市場競争原理が働いていないのが現状である。米経済誌フォーチュンが発表した「2012年世界トップ500社」では、中国企業73社がランク入りしたものの、その殆どを国有企業が占めている。
今回の党大会でも、大手国有企業幹部が中央委員(CNPC、中国銀行など)や中央委員候補(宝鋼集団、海爾集団など)に選ばれているが、民営企業家の党の要職への登用は実現されていない。今後、経済効率の改善と市場競争原理の導入は必要不可欠であり、そのためには国有企業の民営化、金融自由化などが重要な政策課題となろう。国有企業は、これまで利益の大半を国に収めず内部留保しているため、過剰投資や労働分配率の低下をもたらした。一方、民営企業への支援に関しては、国務院が2010年発表、今夏実施細則が公表された、「民間投資の健全な成長の奨励と誘導に関する若干の意見』(「新 36 条」ともいう。民営企業の国有企業による独占業種への資本参加など、投資領域の拡大と多様化及び投資効率の向上を目的としている)が、習近平新体制の下で着実に実施されるのか、注目される。
最後に、「中所得国の罠」に陥るのか、それとも先進国の仲間入りするのか
中国の一人当たりGDPは現在5,400ドル(2011年、)と、IMFの発表データによれば、世界183カ国中第90位であり、既に中所得国の仲間入りを果たしたといえる。一方、「中所得国の罠」に陥った国々の共通点(余剰労働力の減少、産業高度化の停滞、貧富の格差拡大、環境破壊、官僚の腐敗問題など)と一致する点が多いのも実情である。
その意味では、現在の中国の経済や社会は大きな転換点を迎えており、習近平新体制にとっては中国が抱える諸課題を今後如何に克服し解消していくことが最優先課題となる。その成否は中国が今後「中所得国の罠」に陥るのか、それとも先進国の仲間入りを果たすのかを見極める重要なカギを握っており、習近平新体制の手腕が問われている。
現時点においては、発足間もない習近平新指導体制の下での中国経済の今後を展望することは難しい。足許、習近平総書記が主宰した12月4日の政治局会議で「内需を積極的に拡大し、経済の構造調整を加速する」と共に「持続的で健全な成長の実現」を2013年の経済政策の運営方針として掲げており、今後どのような舵取りが繰り広げられるか、まず注目したい。