中国の対外戦略「堅持韜光養晦・積極所有作為」
概要
「堅持韜光養晦・積極所有作為」とは中国の対外戦略である。才能を隠して実力を蓄えることを堅持し、できることを積極的にする、という意味を持つ。今回の勉強会では、近年中国の対外戦略を説明する際よく使われるこのスローガンをどう解釈し、中国の対外戦略をどう捉えるかについての報告であった。発表内容
1 問題意識
2 分析上の問題点:対象の捉え方と分析方法
3 対象の捉え方と分析方法についての提案
4 「堅持韜光養晦・積極有所作為」を巡る議論
5 まとめ
(1)問題意識
・中国は現存の国際秩序を今後も受け入れるのだろうか?
・中国は平和的に自らを変化させるのだろうか?緊張を高めながらどう変化させていくのだろうか?
・中国の政策決定はまとまっているのか、多元化しているのか、どう考えるべきか?
(2)分析上の問題点:対象の捉え方と分析方法
・中国政治を分析するためには、従来からの見方を変える必要がある。
1)独裁的と言われる中国であっても、組織として統一されているわけではない。絶対的権力者と思われる最高指導者は常に挑戦を受け続け、好戦的と言われる軍隊の中には武力衝突を嫌う者もいる。
2)日本で重視されている中国研究は歴史研究・地域研究だが、そこには限界がある。中国の歴史や文化の特殊性だけに焦点を当てるのではなく、国際関係理論も含めて分析をしていかねばならない。
3)国の対外戦略は、他のアクターの相互作用も見なければならない。東アジアの日中関係、日米中関係という枠組みだけで中国を捉えるのでは限界がある。国際システムの変容の中で中国を一つのアクターとして捉えていく必要がある。
(3)対象の捉え方と分析方法についての提案
1)地域研究、歴史研究、理論研究を重ねて分析を行う。各研究には長短があるため、どれか一つだけを重視してしまうことは危険である。
※例:Strategic Culture論「孫子に代表されるように、中国は伝統的に武力を使用しない安全保障戦略の伝統を持っているため、対外政策は平和的である」という仮説を実証研究した所、軍事力の行使を躊躇しないという結果が出た。理論が間違っている場合もあることを示した事例と言える。
2)日本の自己認識の延長線上で中国を考えてはならない。日本人が自国を見る意識は「東アジアの地域大国」で、半ば無意識のうちに中国を東アジアの枠内に限って考えがちだが、グローバルな(東南アジア、南アジア、中東、中央アジア、欧州、ラ米、アフリカを含む)のシステムの中で中国を捉える必要がある。
3)中国世論が非常に攻撃的で感情的に議論をしていることが、中国の対外政策の選択肢の幅を狭めている。しかし、世論には、原理的対立と実利の追及の2面性があり、この二つの間で極端にぶれる。
4)今後も中国は外交と軍事を組み合わせて政策を進めていく。そのため、協調、対立、摩擦、牽制は併存していく。どれか一つに特化して考えることは危険である。
5)中国は、利益とコストの面で、長期・中期・短期を分類し、本音と建前を区別する。中国の長期的目標は「先進国の仲間入りをすること(?小平)」で、国際社会の中で尊重されたいということである。この観点からは、経済建設はその手段にすぎず、目標ではない。
(4)「堅持韜光養晦・積極所有作為」を巡る議論
1)1990年、2000年代は「韜光養晦(能力を隠す)」のみのスローガンであった。しかし、2007年以降のリーマンショック以降、グローバルな経済危機を乗り越えたことで自信を持ち、「積極所有作為(できることをする)」が加わった。
→これは相対的に安定した国際環境のもと、能力が増大して意図や役割が変化してきた事例の一つという、中国を特別視しない捉え方ができる。
→領土問題では今後、東南アジア諸国や日本との関係は緊張する場面が多くなると予見される。
2)用語の解釈の混乱が起きた。「積極所有作為(できることをする)」という言葉に、楊潔篪(外交部:外相)は「積極的に出来ることをする」。戴秉国(外交部副部長:国防相)、後者は「平和的に協調する」ことを主張した。
→対外政策が十分に統一されているとは言えないのかもしれない。
3)政策決定は一枚岩ではない。
対応の管理が統一されておらず、権力闘争は一貫性を損なっている。その中で、利益団体(特に企業)の存在は大きくなっており、政策決定に大きな影響力を及ぼしている。
(5)まとめ
・中国の「韜光養晦」路線の変容を見る際には、レトリックだけでなく、政策決定のプロセスを見ることが重要である。路線がプロセスの中で動揺しているからである。
・政策決定は軍隊や党だけに限られておらず、企業などの利益団体の影響力が格段に強まり、多元化している。まとめる立場の党じたいも多元化している。
・「積極所有作為」ということは、摩擦を恐れないメカニズムが内在していると考えられる。また、内政不干渉など、これまでの原則が現実のプロセスの中で見直されつつある。
※例:企業の利益を優先させることは平和的に進行するが、国をバックにしているため摩擦が絶えることはない。また、石油採掘地域であるスーダンなどでは、中国の権益を守るために、スーダンの国内政治に影響力を強めているようである。
・現状の把握がむずかしいが、今後は理論の応用も進めて議論をするべき。
質疑応答
・「韜光養晦」は対外向けというよりも、中国国民に向けて発せられたものではないのか。
・最高指導者が変わることによって、中国の外交政策の変化をどのように予測するのか。
・国民世論と党、軍のうち、指導者はどこの事情を背景に発言しているのか。
・東日本大震災後の日本に対して、中国はどのような戦略を取っていくのか。
・軍事と産業の合体(軍産複合体)は、今後どのように展開していくのか。
・中国政治の中での太子党の役割とは何か。
作成:小山茜(学習院大学大学院 政治学研究科政治学専攻)