環境問題の動向
染野 憲治
4. 環境関係の人事
中央政府における環境関係のポスト・組織には、新たに決まった4名の副総理(張高麗、劉延東、汪洋、馬凱)のうちの環境担当(これまでは李克強副総理、次期の環境担当副総理は未だ不明)、環境問題を担当する環境保護部、気候変動を担当する国家発展改革委員会、野生動物保護を担当する国家林業局などがある。また、全人代には環境資源保護委員会が、全国政協には人口資源環境委員会がある。
環境保護部長は周生賢部長が留任、全人代環境資源保護委員会委員長には元甘粛省書記の陸浩(前任は元建設部部長であった王光濤)、全国政協人口資源環境委員会委員長には元国家林業局局長の賈治邦(前任は元国家人口計画生育委員会主任であった張維慶)が就任した。
これら中央政府の部長や全人代委員会の人事は、全人代にて信任投票が行われるが、通常は形式的なものである。しかし、今回は周生賢環境保護部長の人事については賛成2734票、反対171票、棄権47票、全人代環境資源保護委員会の人事については賛成1969票、反対850票、棄権125票となり、反対・棄権票が極めて多い極めて異例の状況となった。例えば、王毅外交部長への反対票は17票、全人代外事委員会への反対票は258票であった。これは具体的な個人に対する批判というよりは、大気汚染、地下水汚染などに対する環境保護部門への批判によるものと思われる。
5. 政府活動報告等
3月5日、温家宝総理による最後の政府活動報告が行われた。報告の大半は過去5年間の自らの実績の振り返りであった。
環境分野における実績としては、古い施設の廃棄と汚水処理施設の整備を行い、第11次5カ年規画での環境分野の主要目標であったGDP単位あたりのエネルギー消費量目標(20%減)は非達成ではあったが17.2%減少したこと、もう一つの主要目標の水質分野に関する化学的酸素要求(COD)と大気分野に関する二酸化硫黄(SO2)の排出総量がそれぞれ15.7%、17.5%減となり、目標の10%減を達成したことを挙げた。
また、大気汚染問題への関心の高まりを意識して、大気の環境基準を改定し、微小粒子状物質PM2.5などのモニタリング指標を追加したことも触れられた。
マクロ経済政策においては、2013年のGDPの目標を7.5%前後とした。中国の2012年のGDPは7.8%で13年ぶりに8%を割り込んだが、2013年の目標はこれよりさらに低い水準となる。この目標設定の理由として資源・環境の負荷受容能力への即応も考慮と説明された。
最後に今年度の政府活動案では、まず理念として「生態文明建設と環境保護に取り組む、資源節約・環境保護の基本国策を堅持、緑色型発展・循環型発展・低炭素型発展を推進」としている。「生態文明」は、昨秋の共産党大会から特に頻繁に使用されるようになった新しい環境分野のキーワードである。環境分野のキーワードも、この10年で使用されてきた「循環」、「低炭素」、「緑色」という言葉から世代交代を遂げつつある。
具体的取組では第12次5カ年規画でも前の5カ年規画に引き続き目標となっているエネルギー総消費量の抑制、さらに新しく目標となった二酸化炭素の排出の低減を掲げている。また、大気汚染をはじめとする公害対策については「環境に関する基準・制度・法規体系の充実化を急ぎ、確実な汚染対策を講じ、生産・生活様式の転換を促し、大気汚染・水質汚染・土壌汚染などの環境汚染問題を解決」するとしている。
また、政府活動報告に続いて、中国国家発展改革委より第12次5カ年規画の進捗について、中国財政部より予算等について報告が行われた。(詳細は以下参照)
(PDFファイル:124KB)
表4 2012年度中央・地方予算の執行状況および2013年度中央・地方予算案についての報告(概要) (PDFファイル:106KB)
6. 記者会見
両会の期間、環境問題について中国中央電子台(CCTV)や新聞などのメディアでは、全人代における議論や有識者へのインタビューなどを連日報道し続けた。例えば、4日の傅瑩・全人代報道官、7日の万鋼・科学技術部長の記者会見、全国政協においても張力軍・政治協商委員(前環境保護部副部長)、賈治邦・政治協商委員(前国家林業局長)など多くの委員らが発言を行った。
そして15日、国家環境保護部(呉暁青・環境保護副部長、趙華林・汚染防治司長、程立峰・環境影響評価司長、羅毅・環境監測司長、庄国泰・自然生態保護司長)により「環境保護と生態文明建設」と題する記者会見が行われた。
会見では、はじめに呉副部長より大気汚染に関する取組が紹介され、質疑では、大気汚染のほか、農村環境保護、水質汚染、生態文明、環境保護法改正、重金属汚染などの質問が行われた。(詳細は以下参照)
「環境保護と生態文明建設」環境保護部記者会見概要 (PDFファイル:238KB)
ここまで注目された環境問題だが、全人代最終日に行われた李克強国務院総理の記者会見では、フランスの記者より環境や食品安全に関する質問があり、真摯に取り組むことが回答されたものの、同日の習近平国家主席講話では、前述の「生態文明」というキーワードを一回使ったのみで環境関係にはほぼ触れられなかった。
7. 考察
今年に入りPM2.5などの大気汚染や地下水汚染、重金属による土壌汚染などの報道が続く中国の環境問題は、そもそも現下の急速かつ粗放的な経済成長に起因するものであり、先に述べたように環境保護部門を批判してみても、現実的には中国政府内で予算も職員数も権限も極めて小さい環境保護部門のみで解決することは不可能である。
日本では70年代前半、環境対策として国内総生産(GDP)比で約8%以上の投資を行なったと言われているが、現在、中国における環境保全投資はGDPの約2%強である。現在、日本の環境省職員数は約1500名いるが、中国の環境保護部職員数は約300名である。日本と中国の環境保護部門の所掌の差はあるが、それでも日本の経済と同規模、人口で10倍、国土面積で25倍の中国の環境を守るにはあまりにも少なすぎる。
現在、中国では我が国の環境基本法に相当する環境保護法の改正が進められている。この他にも大気汚染防止法の改正の必要性や土壌汚染防止法の制定など活発な議論が続いている。他方、記者会見において南方都市報が質問したように、現在の環境保護法改正案にはマクロ経済計画の下に環境計画を置くといった、1967年に制定された我が国の公害対策基本法にあった「経済調和条項」のような考えが含まれている。同条項は1970年の公害国会で佐藤栄作総理(当時)の「福祉なくして成長なし」という考えにより、同法から削除された。
温家宝総理による政府活動報告には、環境保全の達成を重視したマクロ経済計画を策定しようとする意思もみられた。それでは、習近平主席が唱える「生態文明」のスローガンは中国の環境政策にどのような影響を与えていくのだろうか。