首都大学東京法学部教授
梅川 健
アメリカの州裁判官と選挙
一般に、アメリカの政治という言葉から連想されるのは連邦政治だろう。連邦政治は、もちろん重要である。他方で、アメリカは連邦制国家である。アメリカにおける政治は、州政治と連邦政治の二重性の中にあり、最近の研究では連邦政治に対する州政治の重要性が高まってきていることが指摘されている [1] 。
2018年11月6日は連邦議会の中間選挙の投票日だが、実はこの日には他にも多くの投票が行われる。州知事選(36州)であったり、州議会選挙(1州を除いて2院制、つまり99の議会があり、2018年は87が改選)であったり、あるいは州の裁判官選挙である。アメリカ連邦政府に最高裁判所があるように、各州にも最高裁判所がある(名称は州によって異なる)。全ての州を合計すると、最高裁判事の席数は344になり、そのうち71が2018年選挙の対象となっている。
裁判官と選挙。日本には最高裁判所裁判官国民審査制度があり、それほど奇妙な組み合わせではないかもしれない。しかしながら、この両者の組み合わせは世界的には稀であることは強調しておきたい。
また、日本における国民審査制度がこれまで裁判官の罷免につながったことがないことから類推すると、アメリカにおいても実質的な意味を持たないようにも思えるが、実際には、裁判官の命運を左右する。
例えば、2010年にはアイオワ州最高裁の3名の裁判官が州民審査によって罷免された。同州最高裁は、2015年の連邦最高裁判所に先んじて、2009年に同性婚を合法化する判決を下した。アイオワ州最高裁判事3名の罷免は、この判決に対する共和党の反対キャンペーンが功を奏した結果であった。州民審査は、本来は裁判官個人の資質の審査だが、裁判所の判決に対するレファレンダムとしても機能しうるのである [2] 。
アメリカの州裁判所は、立法に匹敵するような政策変更を判決によって実現しているという点で重要であり、州裁判官の選挙は判決の方向性を左右するという点で重要なのである。
州裁判所裁判官の選出・再任方法の多様性
さて、そもそもなぜアメリカの州では裁判官を選挙で選ぶのだろうか。これには古い歴史があり、1830年代まで話は遡る。1829年には東部の名望家が大統領になる時代が終わり、西部出身のアンドリュー・ジャクソンが大統領になる。彼は、大統領が連邦政府の官職を差配するという猟官制を始め、民主主義をさらに民主化したことでよく知られている。このジャクソニアン・デモクラシーの時代に、州の裁判所の民主化も同時に進んだ。任期制の裁判官を選挙で選ぶ裁判官公選制の始まりである [3] 。
19世紀末の革新主義の時代になると、非党派的選挙を導入する州が現れた。裁判官を選挙で選ぶと裁判所に党派性を持ち込むことになり、これはよくないという考えが広まったためである。この方式では、投票用紙に候補者の所属政党を書いてはならないとされた。しかし、当時の人々は皆、候補者の所属政党を知っていたとも伝えられている [4] 。
非党派的選挙制度は、裁判所から党派性を取り除くには不十分であり、1940年以降、メリット・システム(あるいは、ミズーリ州が最初に導入したためミズーリ・プラン)が広がった。これは、特別に設置される諮問委員会が裁判官候補者リストを作成し、州知事がその中から選んで任命するというものである。任命された裁判官は任期中に州民から審査を受ける。この仕組みは選任時には政治部からの独立性を確保するとともに、再任時には有権者からの信任が問われるものであり、理想的な方式だとされた [5] 。ただし、州によっては諮問委員会の委員選出権限を州知事が持っている場合もあり、必ずしも党派性を排除しきれないことは指摘しておきたい。ちなみに、田中英夫によれば、ミズーリ・プランは日本の国民審査制度の原型である [6] 。
アメリカにおける州裁判官の選挙制度は上記のように発展してきたが、それぞれの時代によって一つの方式を全州が採用するようなことはなく、今日も多様な選出方法が用いられている。州最高裁判所を対象に選任方法と再任方法をまとめたものが表1である。選任方法が5種類、再任方法が7種類で、理念的には35類型ありうるが、実際には11類型が存在する。
表1 アメリカ州最高裁判所裁判官の選出・再任方法(2018年)
出典:Steven Harmon Wilson ed., The U.S. Justice System: An Encyclopedia Volume 1 (ABC-CLIO, 2012), 132-142と "Methods of Judicial Selection," National Center for State Courts より作成。網掛け部は有権者による投票があるもの。
先の歴史的展開では触れられなかったものとして、議会選挙制、知事任命制がある。議会選挙制は、裁判官を州議会議員による選挙で選ぶというものである。知事任命制は、連邦裁判官人事と似た仕組みであり、知事が裁判官候補を指名し、州議会(多くは上院)が承認するというものである。
全体的な傾向としては、非党派的選挙制(15州)と諮問委員会・州民審査制(14州)で過半数を占め、党派的選挙制のみを採用する州は4州と少ない。また、再任について例外的なものとして終身制をとる州が3州ある。最高裁判事が選任・再任のどこかの段階で有権者による審判を受けるのは38州(表1の網掛け部)にも上る。
それでは、裁判官選挙と州民審査は、どの程度裁判官を入れ替えるのだろうか。1990年代から2000年代にかけての州最高裁裁判官の再選率を調査した研究では、審査制の場合ほぼ100%、非党派的選挙では90~95%、党派的選挙では50~70%の再選率だとされる [7] 。審査制の再選率が高いというのは日本の国民審査制と似た傾向である。非党派的選挙の90~95%という数値は、連邦議会下院と上院の再選率(90~95%)とほぼ等しい。他方で、党派的選挙の再選率は著しく低いと言える。
これらの数字が示すところは、審査制の州における裁判官罷免はそれ自体が一大事であること、非党派的選挙制を採用する州では、数は少ないが接戦となる選挙の帰趨が重要であること、党派的選挙制の州では選挙毎に大きな変動が起きうることを示している。
2018年中間選挙に向けて、どのような選挙戦が戦われているのだろうか。次稿では、州の裁判官選挙の選挙キャンペーンに焦点を当てることにしたい。
[1] 梅川葉菜『アメリカ大統領と政策革新: 連邦制と三権分立制の間で』(東京大学出版会、2018年)。
[2] Mallory Simon, "Iowa voters oust justices who made same-sex marriage legal," November 3, 2010, CNN. <http://edition.cnn.com/2010/POLITICS/11/03/iowa.judges/index.html#>.
[3] 田中英夫『アメリカ法の歴史・上』(東京大学出版会、1968年)349-361頁;重村博美「アメリカ諸州における裁判官選任方法と裁判官の役割」『近畿大学法学』65巻2号(2017年);原口佳誠「アメリカにおける裁判官公選制とデュー・プロセス」『比較法学』45巻3号(2012年)。
[4] Steven Harmon Wilson ed., The U.S. Justice System: An Encyclopedia Volume 1 (ABC-CLIO, 2012), 133.
[5] Chris W. Bonneau and Melinda Gann Hall, In Defense of Judicial Elections (Routledge, 2009), 9.
[6] 田中英夫『アメリカの社会と法:印象記的スケッチ』(東京大学出版会、1986年)279頁。
[7] Bonneau and Hall, In Defense of Judicial Elections , 85.