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【Views on China】習近平が歩む道

July 25, 2013

慶應義塾大学総合政策学部准教授
加茂 具樹

中国はどこに向かうのか

公式報道によれば、習近平政権は「中国の夢」の実現に向かう道を歩んでいる。「中国の夢」とはなにか。習は、それを「中華民族の近代以来の最も大きな夢」である「中華民族の偉大な復興」を果たすことという *1 。この夢には、その実現にむけた二つのタイムスケジュールが設けられている。ひとつには中国共産党建党100周年をむかえる2021年頃までに中国社会を「全面的な小康社会」という水準に到達させることである。いまひとつには2049年の中華人民共和国建国100周年までに中国の経済と社会を先進国の水準にまで引き上げることである。

習近平政権は、いったいどの様に、この道を歩もうとしているのだろうか。国際社会の関心は、習が改革者なのか、それとも挑戦者なのか、にある。改革者の習とは、改革開放路線の輝かしい経済発展の影で生じた国内の諸問題の克服をめざし、また社会の多様な要求に応える責任ある政権として、「中国の夢」を実現しようとする習である。挑戦者の習とは、「富強の中国」を建設するために、既存の国際秩序に新しいルール・メーカーとして参入し、世界的規模に展開する国益を保護し、またそれを伸張させようとする習である。近隣諸国との摩擦も厭わない。サイバー空間であったり、北極海であったり、依然としてルールの形成過程にある空間は少なくない。新しい空間の秩序形成に中国がどの様な姿勢でコミットしようとしているのかも、大きな関心を集めている。

習近平政権は、どの様に「中国の夢」の実現に向かう道を歩むのか。それを理解するためには、まず政権の目的を理解しておく必要があるだろう。いうまでもなくそれは第一に、中国共産党の一党体制を維持することである *2 。習が「中国の夢」を提起するのは、それが体制の維持と安定に資すると考えているからである。したがって、中国の歩みを理解するためには、中国共産党一党体制の安定性に関する理解が必要である。

これを理解するために、およそ二つの方法があるだろう。一つは現政権が如何にして支配の正統性(performance legitimacy)を手にしようとしているのか、また、その可能性を検討することである。この場合、分析の中心は習近平政権が取り組んでいる様々な政策の具体的内容の評価におかれる。いま一つは、中国共産党による一党体制の構造に注目する分析である。それはすなわち、その政治的構造に注目し、体制の安定を実現してきた要因を描き出す作業になる。その要因の変化の有無が、体制の安定を維持することができるか否かの判断材料となる。ここでは中国共産党による一党体制の構造に着目して、若干の検討を試みたい。

萎縮する政権の統治機能と適応

中国において貧富の格差は拡大し、不公平、不平等、不正義が原因となって様々な抗議活動が頻発している。中国共産党の一党支配は様々な不安定要因を抱えている。しかし、それが点から線に、線から面に拡大する可能性は、これまでのところ見えてこない。また、中国共産党が一番に恐れる、自らに取って代わる政治勢力の出現も、いまのところ顕在化していない。天安門事件以降、中国共産党の一党体制は、なぜ安定を維持することができたのだろうか。これは近年の現代中国研究における一つの中心的な問いであった。

この問いに対して、すでに様々な回答が示されている。たとえば中国共産党の統治機能は萎縮(atrophy)しているけれども、中国共産党は様々な自己変革に取り組み状況の変化に適応(adaptation)しているからという分析や、様々な社会の主要なアクターを体制のなかに取り込む(co-optation)ことによって、中国共産党は体制の安定性を高めることに成功しているからという分析などがある。総じて、外部観察者が、自らの理解不足により、中国共産党の統治能力に対する評価を低く見積もってきた、あるいは、中国共産党は過去と比較してその統治機能を弱めてはいるものの、社会環境の変化に適応することによって体制の強靱性をも生んでいる、といった説明がなされてきた *3

筆者は、これを別の観点から確認しておきたい。中国を含む権威主義国家における、議会や選挙、政党といった名目的な民主制度(democratic Institutions)の政治的な役割である。

権威主義国家の指導者にとって、名目的な民主制度を導入し維持することは、政治的にコストのかかることである。多くの権威主義国家には、議会や政党がある。議会や政党があるということは選挙も実施しなければならない。もちろんそれは管理されたものであって、自由・公平・公正・平等な選挙ではない。しかし、北朝鮮を含む多くの国家において名目的な民主制度が設けられている。それはなぜか。

その理由は、中国のような権威主義体制の国家における名目的な民主制度が、どの様な政治的な役割を発揮しているのかを理解すれば明らかである。最近の研究によれば、名目的な民主制度は単なる政治的な飾り物ではなく、権威主義国家の指導者にとって重要な政治的な役割を果たしている。彼らにとって、政治的競争相手となり得る、社会的影響力のある勢力(政党、個人)との交渉の場、関係構築の場、同盟関係を締結する場が、名目的な民主制度である *4 。この制度には権威主義体制の安定を維持する政治的な機能があると理解されており、権威主義国家の政権は名目的な民主制度を設けるコストについて政治的安定を実現するための必要なものとして受け入れているのである。

中国共産党の一党支配のための制度設計

中国における名目的な民主制度の政治的な役割も、他の権威主義国家と同じである。近年、全国人民代表大会や中国人民政治協商会議全国委員会が開催されている期間中の、政権指導部の会議出席に関する報道の件数が増えている(他にも政治的な役割を析出する様々な方法があるが、ここでは『人民日報』に掲載されてきた全国人民代表大会の報道に注目する)。20年前の第8期全国人民代表大会(1993年3月)が開催された際、同紙に掲載された政権指導部の会議出席の動向も含めた会議報道は44件であった。その後第9期第1回会議(1998年3月)は186件、第10期第1回会議(2003年3月)は910件、第11期第1回会議(2008年3月)は683件であり、今年3月に開催された第12期第1回会議においては995件もの関連報道が報じられていた。『人民日報』のような公式メディアの報道には政治的な意図がある。こうした報道件数の増加は、中国共産党が全国人民代表大会の政治的な役割を重要視していることをアピールしたいことを意味している(同じことは、いま一つの名目的な民主制度である中国人民政治協商会議についてもいえる)。

問題は誰に対してアピールしたいのかである。それは中国の大衆ではないだろう。中国共産党が一党支配を維持するうえで政治的に考慮しなければいけない、中国政治社会の諸アクター(行為主体)に対してである。本稿では詳論しないが、人民代表大会や中国人民政治協商会議のメンバーには、中国共産党のみならず、それ以外の政治エリートや経済エリートも含まれている。いわば中国共産党の一党支配の支持者、同盟者達だ。彼らの適切な政治参加のルートを確保することは、中国共産党が政策決定を下す際に必要な情報を確保することを意味する。中国共産党員ではないアクターにも社会の有力者がおり、中国共産党にとって、彼らの要求を理解し、調整しなければ、適切な政策判断は不可能である。報道数の増加は、彼らを重視していることのアピールである。中国共産党のみならず、中国共産党以外の政治、経済エリートの要求を理解し、それを調整する場が人民代表大会や中国人民政治協商会議なのである。共産党員ではないエリートが有力な社会勢力となった結果、中国共産党の一党支配にとって、もはや人民代表大会や中国人民政治協商会議は政治的に必要不可欠な制度となった。

公式報道を見る限りにおいて、習近平体制は、中国共産党以外のアクターの要求を理解し、調整することの重要性について理解している。習は、3月に開催された第12期全国人民代表大会第1回会議の閉幕会議における演説のなかで、可能なかぎり多くの社会の有力なアクターと中国共産党との間に緊密な関係を結ぶ必要があることを確認していた。具体的には、一つには民主党派や無党派人士との団結と協力を強化すること、二つには平等、団結、互助、調和の原則に基づいて民族関係を強固にし、発展させること、三つには経済と社会の発展において宗教関係者と宗教を信じる大衆の積極的役割を発揮させることである。

この演説は、自らを取り巻く社会環境に対する習近平政権の適切な情勢認識と、適切に適応する中国共産党の優れた統治機能を示しているともいえるのかもしれない。だが、もちろんそれだけではない。

中国共産党にとっての脅威

私たちが理解しておかなければならないことは、中国共産党による一党支配は危うさの上に成り立っている、ということである。

そういえるのは、一つには多くの先行研究が指摘するように、中国共産党の統治機能が衰退しているからである。菱田雅晴が「昔日のグリップ力は、もはやない」と評価しているように、中国社会における中国共産党の組織力は顕著に低下している *5 。依然として、中国共産党は他を圧倒して政治的な資源を独占してはいるものの、一党では何も決めることはできない。中国政治社会の様々なアクターから政策決定に必要な情報の提供を受け、彼らの要求を考慮しなければ政策決定することはできない。いま一つには、中国共産党の社会状況の変化に対する適応能力に限界を感じるからである。中国共産党は、長期的、戦略的な判断にもとづいて、体制を維持するための方法を編み出しているかのようにみえる。しかし共産党の決断は、あとから観察すれば戦略的に見えるだけ、という評価も下すことができる。たとえば改革開放路線は、1978年12月に開催された党の中央委員会総会からはじまったとされているが、実際にはそうではない。改革開放路線は試行錯誤の連続であった。いま語られている「改革開放路線」と「改革開放の総設計師?小平」という言説は、あとから創られた物語であった *6

「中国の夢」が中国共産党の一党支配を実現するための夢であるとすれば、その夢を実現する上での最大の障害は、中国共産党の一党支配体制の危うさである。

習近平が歩もうとしている「中国の夢」の実現に向けた道は、多難な道であり、中国共産党政権に余裕はない。現実的には、習は改革者として、この道を歩むことが求められている。たとえ挑戦者としてこの道を歩もうとしても、それには大きな制約が科せられている。なぜなら、中国政治社会の様々なアクターの声は日に日に大きくなっている一方で、中国共産党の影響力は萎縮しているからである。そうしたなかで一党支配を維持することは容易なことではない。

それでも習近平が挑戦者として歩むのだとすれば、私たちは中国政治社会の諸アクター、そして国民から一党支配することの正統性を得るために、既存の国際秩序に挑戦的な対外行動を選択する習を見ることになるだろう。習は、大衆から実績にもとづく正統性と期待にもとづく正統性を得るために、「富強の中国をつくった」、という実績を追求するかもしれないからである。私たちは、このことを、想定しておくべきだろう。


*1 「習近平:承前啓后 継往開来 継続朝着中華民族偉大復興目標勇躍前進」『新華網』( http://news.xinhuanet.com/politics/2012-11/29/c_113852724.htm
*2 「中国国務委員戴秉国:堅持走和平発展道路」『中華人民共和国中央人民政府』2010年12月6日( http://www.gov.cn/ldhd/2010-12/06/content_1760381.htm
*3 Chen, J., and B. J. Dickson, Allies of the state: China’s private entrepreneurs and democratic change, Cambridge, MA: Harvard University Press, 2010. Wright, T., Accepting authoritarianism: State-society relations in China’s reform era, Stanford, CA: Stanford University Press, 2010. David Shambaugh, China’s Communist party: Atrophy and adaptation, Washington, D.C.: Woodrow Wilson Center Press, 2008. O’Brien, Kevin, “Where ‘Jasmine’ Means Tea, Not a Revolt”, The New York Times, April 2, 2011. Dickson, Bruce J. “No “Jasmine” for China”, Current History, September 2011.
*4 Gandhi, Jennifer, Political institutions under dictatorship. New York: Cambridge University Press, 2008.
*5 菱田雅晴「中国共産党 危機の深刻化か、基盤の再鋳造か?」、毛里和子・園田茂人編『中国問題』東京大学出版会、2012年、3-33頁。
*6 高原明生「現代中国史における一九七八年の画期性について」、加茂具樹・飯田将史・神保謙編著『中国 改革開放への転換 「一九七八年」を越えて』慶應義塾大学出版会、2011年、121-136頁。


【筆者略歴】
慶應義塾大学総合政策学部卒、同大学院政策・メディア研究科修士課程、博士課程修了。博士(政策・メディア)。駐香港日本国総領事館専門調査員、慶應義塾大学法学部准教授を経て、2008年4月より同大学総合政策学部准教授。2011年3月-12年3月、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所現代中国研究センター訪問研究員、2013年2月-7月、國立政治大学国際事務学院客員准教授。著書に『現代中国政治と人民代表大会』(単著、慶應義塾大学出版会、2006年)、『党国体制の現在:社会の変容と中国共産党の適応』(編著、慶應義塾大学出版会、2012年)『中国 改革開放への転換:「一九七八年」を越えて』(編著、慶應義塾大学出版会、2011年)など。

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