1月20日、米国のオバマ大統領が、一般教書演説を行った。大きなテーマとされた格差対策では、富裕層増税 *1 への関心が高いが、教育に置かれた力点も見逃せない。オバマ大統領は、教育費用に関する優遇税制の拡充や、コミュニティカレッジの無償化を提案している。
「教育と技術の競争」
教育と格差の関係は、かねてから注目されてきた論点である。今でこそ、格差問題ではトマ・ピケティの「21世紀の資本(Piketty(2014) *2 )」が世界的に話題の書となっているが、教育と格差の関係については、2010年のGoldin and Katz(2010) *3 が画期的な研究とされてきた。
「The Race between Education and Technology(教育と技術の競争)」と題されたこの本は、そのタイトルの通り、技術革新が格差に与える影響を、教育との競争という概念で整理した点に特徴がある。米国が格差の拡大を許した一つの要因は、技術革新の速度に見合った教育水準の向上を実現できなかった点にある、というのが同書の主張である。
技術革新が格差の拡大を招くことは、常識のように語られてきた。技術革新の進展によって、労働需要は高技能労働者に集まる。それが賃金における学歴プレミアムの上昇につながり、格差を拡大させるというわけだ。
Goldin and Katz(2010)は、こうした枠組みだけでは、格差の変動を説明できないと指摘する。20世紀を振り返ると、技術革新と格差の動きは一致していない。むしろ、技術革新が進展していても、格差の拡大は抑えられていた時期がある。Goldin and Katz(2010)が示すように、技術革新の面では、20世紀を通じて高技能労働者に対する需要は増加している。一方で、Piketty(2014)等のデータでも知られるように、20世紀の米国の格差は、一本調子で拡大してきたわけではない。大恐慌後前夜に高水準だった格差は、一旦縮小した後は落ち着いた推移となり、再び拡大に転じたのは1980年代頃からである。
なぜ、技術革新と格差の動きは一致しないのか。Goldin and Katz(2010)が着目したのは、教育を通じた高技能労働者の供給である。第二次世界大戦後に格差が縮小していた時期には、退役軍人向けの教育支援制度(GIビル)に助けられ、技術革新を上回る速度で高技能の労働者が生み出されていった。その後、20世紀半ばに格差が落ち着いていた時期には、高技能労働者の供給が、技術革新の速度に歩調を合わせて拡大した。
格差が再び拡大を始めた頃になると、高技能労働者の供給が技術革新に追いつかなくなる。米国では、1980年前後に社会に出る世代の頃から、通学年数の伸びが鈍化している。大学卒業率についても、1970年代半ばから2000年代の初めにかけて、男性を中心に停滞の時期を経験した(図表1)。このように、教育が技術革新との「競争」に負けたことで、格差は再び拡大に向かった、というわけである。
図表1 大学卒業率の推移
教育が格差と成長を結ぶ?
教育に関しては、格差を拡大させる要素というだけではなく、格差が経済成長に影響を与える経路として注目する議論がある。
2014年12月にOECDは、格差と経済成長の関係に関する報告書を発表している(Cingano(2014)) *4 。Cingano(2014)は、1985~2005年までの各国における格差の変化が、それぞれの国における1990~2010年までの一人当たりGDPの成長率に与えた影響を試算している。これによれば、米国の成長率は、格差の拡大によって6%ポイント押し下げられていたという。日本についても同程度のマイナス効果が認められており、G7で格差の影響がプラスとされたのは、格差が縮小していたフランスだけである(図表2)。
図表2 格差の変化が成長率に与えた影響
その上でCingano(2014)は、格差の拡大が成長率を押し下げる経路として、特に教育に注目する。具体的には、低所得層では教育への投資が遅れることが示され、それによる人的資源の開発の遅れが問題視されている。
確かに米国では、所得水準による教育への投資の格差が拡大してきた。1970年代以降の教育関連支出を実質値で比較すると、所得上位20%の家計では着実に増加している一方で、下位20%の家計における支出はほとんど変わっていない(図表3) *5 。
図表3 所得階層別の教育関連支出
格差と経済成長の関係は、決着がついていない論点である。両者の因果関係については、明確な結論が出ているとは言い難い *6 。教育に関しても、それ自体は格差と関係があるにしても、そこからさらに経済成長への因果関係を描くことの是非については、未だに議論が分かれている *7 。そうした中で、OECDがその因果関係を明確に主張する報告書を発表したことは、それ自体がニュースと言えるのかもしれない。
■ 安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部欧米調査部長