安井明彦 みずほ総合研究所 欧米調査部長
ドナルド・トランプ政権の政策運営は、保護主義や厳格な移民対策など、経済にとって好ましくない内容が先行している。しかし、これは大統領権限で実行可能な政策範囲を考えれば、当然の成り行きと言える。政権の体制が整い、減税やインフラ投資などの議会審議が本格化するこれからが、トランプ政権の正念場である。
「悪いトランプ」先行の必然性
発足後のトランプ政権は、保護主義や厳格な移民対策など、経済にとって好ましくない内容の政策(「悪いトランプ」)を、次々と実行に移している。トランプ政権は、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定からの撤退を発表し、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を進める意向を明らかにした。厳格な移民対策では、難民・移民の入国制限が発表され、法廷闘争に発展している。
こうした展開は、必ずしも驚くべき事態ではない。これまでに実施されてきた「悪いトランプ」に属する政策は、いずれもトランプ大統領の選挙公約である。大統領に当選した後も、トランプ大統領の姿勢はブレていない。
経済にとって好ましい政策(「良いトランプ」)よりも、「悪いトランプ」が先行していることも、十分に想定される展開だった。大統領令などが活用されている点から分かる通り、先行して打ち出されてきた政策は、大統領権限だけで実行できる内容に限定されている。減税やインフラ投資などの「良いトランプ」に属する政策を実現するためには、議会での立法作業が必須となる。両者の間に時間差が生じるのは、自然な成り行きである。
「良いトランプ」への凶兆
トランプ政権の経済政策の影響を測るためには、「良いトランプ」と「悪いトランプ」をあわせた全体像を把握する必要がある。先行する「悪いトランプ」に注目は集まりがちだが、これから本格化する議会での立法作業等を通じ、着実に「良いトランプ」が実行されていくか否かが、むしろ重要なポイントになる。
その点で「悪いトランプ」が先行する現状について注目すべきなのは、それが「良いトランプ」の実現可能性に与える示唆である。とくに入国禁止に関する大統領令を巡る混乱には、「良いトランプ」の実現に向けた三つの凶兆が感じられる。
第一に、閣僚の議会承認の遅れもあり、トランプ政権の運営体制が整っていないことが露呈した。入国禁止に関する大統領令は、その内容もさることながら、関係官庁や議会との調整が不十分なままに断行されたために、必要以上に混乱を招いた側面がある。経済分野についても、財務長官や行政管理予算局(OMB)局長の議会承認が遅れたことがあり、財政関連の政策立案・調整への影響が懸念される。
第二に、トランプ政権と共和党議会との関係は、必ずしも円滑ではないようだ。入国禁止に関する大統領令など、議会への事前の調整が不十分なまま断行された措置には、共和党議員から戸惑いや反発の声があがった。経済分野においても、オバマケアの廃止・修正について、議会共和党が廃止を先行させる方向で議論していたにもかかわらず、トランプ大統領が廃止と修正を間を置かずに実施するよう主張したため、議論が複雑になっている。
減税やインフラ投資の実現に向けては、これまで以上に共和党議会との連携が必要になってくる。どこまで財政赤字の拡大が容認されるか等、不透明な部分も多い。「良いトランプ」の実現に向け、トランプ大統領と共和党議会の距離感は極めて重要な要素である。
第三に、「悪いトランプ」の余波が、「良いトランプ」の立法作業を後ずれさせるリスクがある。入国禁止問題への対応に、トランプ政権は大きな体力を割かざるを得ない状況にある。加えて、勢いづいた民主党議員は、トランプ政権に対する反対姿勢を強めている。インフラ投資などの議論では、民主党議員の賛成が必要となる局面も有り得る状況だが、そうした超党派の合意を可能にするような環境は、今の米国には感じられない。
キーパーソンに浮上したコーン補佐官
「良いトランプ」の実現に向け、キーパーソンに浮上してきたのが、国家経済会議(NEC)議長のゲーリー・コーン大統領補佐官である。2月11日付のニューヨーク・タイムズ紙とウォール・ストリート・ジャーナル紙は、経済閣僚の議会承認が遅れるなかで、コーン補佐官の存在感が増している様子を報じている。スティーブ・バノン首席戦略官や国家安全保障担当のマイケル・フリン大統領補佐官などと比べると、あまりメディアを騒がせることのなかったコーン氏だが、NECのスタッフを揃える等、着実に足場を固めている模様である。対照的に、コーン氏の対抗馬になると目されていたピーター・ナヴァロ氏が率いる国家通商会議(NTC)は、いまだにスタッフの整備が遅れている。
コーン補佐官の実力が発揮されたのが、金融規制の緩和に関する大統領令だ。入国禁止に関する大統領令と比べると、極めて無難な発表となった。その背景には、コーン補佐官による議会等に対する入念な事前説明があったという。
コーン補佐官の守備範囲は広い。規制緩和やオバマケアの廃止・修正に加え、減税、インフラ投資といった「良いトランプ」の立案でも、コーン補佐官は主導的な役割を担っているようだ。
ニューヨーク・タイムズ紙によれば、コーン補佐官は1日に5回も相談をもちかけられるほど、トランプ大統領の信任を勝ち得ているという。「良いトランプ」の実現に向け、必ずしも幸先の良いスタートとなっているわけではないトランプ政権だが、経済政策のかじ取りを正すことができるかどうかは、コーン補佐官の手腕にかかっている。