第5回 財政ルールは有効か?-諸外国と日本の経験
9月14日、田中秀明 明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科教授より「財政ルールは有効か?-諸外国と日本の経験」と題する報告を受け,その後メンバーで議論を行った。
1.財政ルールの定義と種類
財政ルールを導入する国は増えているが、ルールを導入しても財政が健全になるとは限らない。財政ルールは真に有効なのか、また、財政が健全な国とそうでない国の差をもたらしているものは何か、を考えたい。財政ルールとは、例えば、「数値的な制約や目標により、財政政策に長期的な制約を課すもの(Schaechter.et.al2012)」と定義され、1.財政収支ルール、2.支出ルール、3.収入ルール、4.債務ルールの4つに類型化できる。1990年では日本を含め5カ国が財政ルールを導入していたが、2012年3月末では、76カ国が導入している(特に、財政収支ルールや債務ルールを採用する国が多い)。財政ルール導入の理論的根拠としては、「時間的不整合性」(time inconsistency)の問題をあげることができる。すなわち、裁量的な政策変更の可能性を縛ることにより、経済的厚生の低下を抑える、という点に財政ルールの合理性がある。
2.欧米諸国の経験
財政ルールの基本的な問題として、拘束性と弾力性のトレード・オフの問題をあげることができる。具体的な数値目標を法律に規定するなど、拘束性の強いルールを導入すると、景気変動などに対応することが難しく、また会計上の操作を招きかねない。一方、景気変動を考慮して弾力的なルールにすると、規律を維持することが難しい。田中(2010)で、OECD主要国における財政ルールの有効性を指標化し、1980年代~2000年代半ばまでの時間軸で評価を行ったが、その結果、弾力的なルールを取り入れている英・豪州・NZなどで赤字ルールと支出ルールの合計スコア、すなわち評価が高かった。これらの国では財政ルールの遵守状況を予測・監視する仕組みが構築されており、弾力的なルールであっても透明性を高めることにより、ルール違反の政治的コストを高め、財政規律の維持に成功している。。
財政規律を高める方策として、特に参考になる具体例は、スウェーデン・オランダなどのように複数年の支出総額を政治的な約束として議決・固定する支出ルールや、豪州などのように半年ごとに経済・財政見通しの改定や検証を行うこと、オランダなどにみられる独立機関による経済予測・分析・政策提言、ニュージーランドの財政責任法などがある。
3.日本の問題と今後の課題
諸外国の経験から分かることは、1.財政ルールの導入だけでは財政規律は維持できないこと、2.政治家にルール遵守をコミットさせる制度的な仕組みが必要であることである。特に、財政責任法(NZ)や複数年支出総額の国会議決(スウェーデン)などの「事前のコミットメント」および、経済財政の予測と結果の乖離を監視・検証する「事後のコミットメント」が重要である。日本の予算制度には多くの問題があるが、具体的には、景気変動に対応して安定的に財政運営を行うためのメカニズムが欠如している、シーリングが一般会計当初予算を対象とするため、当初予算偏重・一般会計偏重・単年度偏重になっている、中期予測は単なる見通しであり、支出を拘束しない、現行制度に基づく歳出・歳入の予測であるベースラインがない、首相・財務大臣が政府の内外に存在する拒否権プレーヤーを制御できない意思決定システム、透明性が低く、会計上の操作を抑止できない、などが挙げられる。
必要な改革としては、1.中期財政フレームに基づく予算編成(ベースラインの計算や予測と実績の検証、会計の連結等)、2.財政法を抜本的に見直し、日本版財政責任法の導入、3.政府と与党の関係を整理し、内閣に集権化する政治改革をあげたい。
議論
・マーストリヒト条約の財政赤字の基準は、ユーロに参加するまではだいたい守られていたが、罰則規定が複雑で機能しないため、ユーロ導入後、大国を中心に確信犯的に守らない国が増え、よって財政赤字が増大している。参加後は赤字の基準を守るインセンティブが乏しいため、政治的コミットメントが低下した。
・ルールを守らせる仕組みをどう作り出すかが重要である。EUでは、ギリシャ問題などを契機にルールの強化が検討され、"Six Pack"や"Fiscal Compact"と呼ばれる改革プランが導入され、財政ルールが強化された。
・スウェーデンでは、事前に、3年間の支出総額にシーリングを設定し、これは決算ベースで守ることが義務付けられている。国会の再議決があれば、シーリングの改定は可能であるが、これまでその例はないと聞いている。リーマンショックのときですらシーリングは改定しなかった。こうした仕組みを導入したので、スウェーデンの財政は各国と比較して極めて良好である。
・財政規律を維持している国では、経済・財政見通しは半年ごとに改定・公表される。一般には、結果は予想と乖離するが、その場合、なぜ乖離したのかについて、財政当局は説明する。こうした仕組みは、日本には欠けている。日本では、補正予算なども含め、財政の透明性を高める必要がある。他国の場合は、海外投資家へのディスクロージャーという側面もあるかもしれない。
・多くの国で、財政に関する独立機関が設置されているが、国によって機能に差があるものの、予測・分析・提言・勧告など様々な機能を果たしている。国際通貨基金(IMF)は日本に対して独立機関の設置を勧告している。