林 大輔 (慶應義塾大学大学院 法学研究科政治学専攻後期博士課程)
はじめに
FRUS とは、米国国務省が編纂している米国外交文書史料集のことである。米国に限らず、どの国の外交史を研究する上でも必ず一度は手に取ったことがあるといってもいいほど、外交史研究の資料としては最も重要なシリーズとして位置付けられるものである。これは、米国の外交政策が世界で最も影響力があるという理由のみに依存するのではなく、公開している外交文書史料が圧倒的に多く、極めて体系的に整理されており、かつ公開のスピードも相対的に速い、などの事情に帰するところが大きい。このような優れた点に加えて、近年公開された外交文書史料ではインターネット上でどこからでも無料で入手することができるという、利便性の向上のための試みまでなされている。このような米国外交文書史料の利用状況を踏まえつつ、ここではFRUSの公開状況について簡単に紹介したい。
ジョンソン政権期から、ニクソン=フォード政権期の公刊へ
米国では情報公開法(FOIA: Freedom of Information Act)に基づき、作成後30年以上が経過した外交文書は原則的に公開することになっている。従って、現時点で外交文書史料公開の最も活発な対象期間は、1970年代のニクソン=フォード政権期の史料である。すでにFRUSのシリーズとしては、 ケネディ政権(1961-1963年)の外交文書史料 は2002年を以って全25巻の刊行が完了しており、また、 ジョンソン政権(1964-1968年)の外交文書史料 も、現在は全34巻中33巻分の刊行が終了し、残りはコンゴ動乱を扱うボリューム(Vol. XXIII Congo)の刊行を待つのみとなっている。
さて、 ニクソン=フォード政権期(1969-1976年)の外交文書史料 の公開状況であるが、国務省によると、全54巻を予定している中で、現時点では全部で18巻分が公開されている。内容としては、地域別には対アジア地域関係が中心となっており、また争点別には通商・金融関係の外交文書のボリュームが多い。地域別の公開状況についてより具体的にみてみると、大半を占める対アジア地域関係においては、対南アジア関係(Vols. XI, E-7)や対中国関係(Vols. XVII, E-13)など全部で6巻分が刊行されているのに対し、その他の地域については対ソ関係(Vols. XII, XIV)や対アフリカ関係(Vols. E-5, E-6)など、当時の米国にとって対立的かつ重要度の高い外交案件を抱えていた対象国から優先的に公開が進んでいる。その一方で、米国の同盟国である対西ヨーロッパ諸国関係や対日関係の外交文書史料のボリュームは、残念ながらまだ刊行に至っていない。また、公刊されているものについても、その対象時期は第一次ニクソン政権期(1969-1972年)までがほとんどであり、例外的に対アフリカ関係の外交文書史料ボリュームだけがニクソン=フォード政権の時期全て(1969-1976年)をカバーした形でリリースされているのみである。その意味で、着実に公開が進んでいるとはいえ、まだまだこの時期の外交文書史料は全体の三分の一程度にとどまっている状況である。
電子限定版という刊行形態
また、ニクソン=フォード政権期のシリーズから、従来の書籍版としての刊行のみならず、電子限定版(electric-only publication)というインターネット上での公開のみの刊行スタイルが登場している。電子限定版は、従来の書籍版の巻数付番(Vol. I, IIなど)とは異なり、巻頭に「E-」を付けた形で刊行されている(Vol. E-1, E-2など)。ここでは両者の利用状況について簡単に紹介する。
まず史料の入手環境については、電子限定版はもちろんであるが、書籍版についても、 インターネット上で無料で入手が可能 である。特に2005年以降に刊行された書籍版ボリュームは、PDFによるダウンロードが可能となっており、従来の書籍版による編集と全く同じ状態でインターネット上で入手することができる。2004年以前にリリースされた書籍版では、インターネット上ではPDFではなくHTML形式のみであり、またいくつかの部分に分割して入手するという仕様となっていた点を考えると、2005年以降はインターネット上での入手形態が格段に向上したといえる。このような書籍版のオンライン化の流れは、それ以前に公刊された書籍版も遡及する形でカバーするようになってきている。現在では、トルーマン政権期(1945-1952年)は全62巻中1巻分、アイゼンハワー政権期(1953-1960年)は全63巻中3巻分、ケネディ政権期は全25巻中22巻分、そしてジョンソン政権期およびニクソン=フォード政権期は公刊されている分は全て、書籍版もオンライン化された形で利用することができるようになっている。
また、史料の提供仕様として、電子限定版では原文書と同じ形式でPDFで入手が可能となった点が、大きな特徴である。書籍版では、外交文書史料は全て刊行に合わせて綺麗にタイピングされた形で出版されており、原文書と同じ状態で利用できるのは、これまではマイクロフィッシュによる増補追加版(Microfiche Supplements)のみであった。それに対して電子限定版では、外交文書史料の原文書をスキャナで読み取った上でPDFに変換した形で提供しているため、よりオリジナルに忠実な形で入手することが可能となっている。あたかも、公文書館において原文書を閲覧するのと全く同じ状態で利用することができ、当時の外交政策決定者らの筆致や息づかいを実感しながら読み進める楽しさを与えてくれるであろう。
なお、書籍版と電子限定版では、同じようなタイトルのボリュームが併存するものもあるが、内容的には全く異なる外交文書史料が収録されていることに留意されたい。例えば、ニクソン=フォード政権期の対中国関係に関するものとしては、、 書籍版(Vol. XVII, China, 1969-1972) と、 電子限定版(Vol. E-13, Documents on China, 1969-1972) の二つがリリースされているが、収録されている史料はそれぞれ異なっているため、書籍版と電子限定版はあくまで独立したボリュームとして利用する必要があろう。
おわりに
以上のように、FRUSの最新の公開状況は、昨今の情報化時代の恩恵を受けて、ますます発展してきている。従来の書籍版やマイクロフィッシュによる増補追加版も、今後も順次遡及した形でオンライン化して提供されてゆくであろう。他方、このようなFRUSの意欲的な試みは、日本や英国など他の国々の政府が公刊している外交文書史料集のリリース形態にも、何らかの効果を与えてゆくことが期待される。
そして以前に比べて非常に利便性が高くなったこれらの外交文書史料を、今後どのように活用してゆくかは、我々のような外交について関心を抱いている人々の手にかかっているのである。
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