小宮 一夫 (政治外交検証研究会サブリーダー/駒澤大学文学部非常勤講師)
このレポートは、政治外交検証研究会において、戦後70年を考えるうえで参考となる文献を小宮氏が紹介する際に使用したレジュメです。
プロローグ ~本レジュメの目的と「多様な戦後」~
このレジュメでは、戦後70年を考えるうえで論点となりそうなテーマに関する有益な文献(書籍、論文・評論など)を紹介し、東京財団政治外交検証公開研究会の参加者に研究成果を共有していただくことを目的とする。文献の選定では、専門家以外の方々の入手しやすさを鑑み、概説や新書・文庫などがあるものはそちらを優先した。
そもそも「戦後」について、学界のコンセンサスは存在せず、多様な見方が存在する。福永文夫・河野康子編『戦後とは何か―政治学と歴史学の対話』上・下(丸善出版、2014年)では、渡邊昭夫氏や五百旗頭真氏をはじめとする大家や加藤陽子氏・牧原出氏ら第一線に立つ研究者がそれぞれの観点から「戦後」を論じ、研究会のメンバーとの激しい議論が繰り広げられている。本書は、研究者の価値観やアプローチの違い、世代間などによって、戦後の捉え方が多様であることをライブ感あふれる白熱トークで、読者に見せつける。この上下本には、「戦後」を考えるうえでの有益なヒントがちりばめられている。読者は、それぞれの問題関心にそって、本書を紐解くと良いだろう。
1 戦後史の時期区分を考える
【政治・外交に力点をおいた戦後史の通史に見る時期区分】
- 中央公論新社の「日本の近代」シリーズ(1999~2001年)―五百旗頭真『戦争・占領・講和 1941~1955』(2001年、のちに中公文庫、2013年)/猪木武徳『経済成長の果実 1955~1972』(2000年、のちに中公文庫、2013年)/渡邉昭夫『大国日本の揺らぎ 1972~』(2000年、のちに中公文庫、2013年)― >>〈 寸評〉中央公論新社(シリーズ刊行時は中央公論社)の「日本の近代」シリーズでは、戦後から現在までを上記の3冊で取り扱っている。通史の時期区分として画期的なのは、日本の終戦から戦後史を始めるのではなく、1941年の日米開戦を始点とし、占領期を経て、保守合同で自民党が誕生する1955年までをひとつの巻としたことである。
- 河野康子『日本の歴史 第24巻 戦後と高度成長の終焉』(講談社、2002年、のちに講談社学術文庫、2010年)
>>〈寸評〉本書は、講談社の「日本の歴史」シリーズの一冊として刊行され、政治・外交のみならず、経済にもめくばりがなされている。研究の進展状況を鑑みると、一人の著者が戦後から21世紀初頭までを取り扱う本格的な通史を執筆することは困難になりつつある。一流の研究者が執筆時、戦後50年を一人で書ききった点にその意義を見いだせる。
- 吉川弘文館の「現代日本政治史」シリーズ-楠綾子『占領から独立へ 1945-1952』(2013年)/池田慎太郎『独立完成への苦闘 1952-1960』(2011年)/中島琢磨『高度成長と沖縄返還 1960-1972』(2012年)/若月秀和『大国日本の政治指導 1972-1989』(2012年)/佐道明広『「改革政治」の混迷 1989-』(2012年)―
>>〈 寸評〉現在、戦後史研究の第一線で活躍する若手から中堅の研究者による通史。巻の時期区分はオーソドックスである。最新の外交史、政治史の研究成果が反映されている。
【戦後史の転機はどこか?】
(1)日本を取り巻く国際環境及び日本外交に着目した時期区分の一例
:1.講和独立、2.安保改定、3.「国際化」に直面する日本、4.冷戦終焉と米国の一極集中、5.多極化
(2)国内政治に着目した時期区分の一例
:1.吉田長期政権、2.保守合同と五五年体制の成立、3.保革伯仲、4.国民の保守回帰と自民党の復調、5.1993年の政権交代と連立政権の時代へ
(3)経済状況に着目した時期区分の一例
:1.経済復興、高度経済成長、2.低成長、3.安定成長とバブル経済、4.バブル崩壊後のデフレ時代
∴専門分野が異なれば、「戦後」の転換点はそれぞれ微妙に異なり、社会科学全般で共有される時期区分はない。ただし、ある程度のコンセンサスはできつつある。今後は、「戦前」とほぼ断絶した固有の「戦後」はどこから始まるのか、が議論の焦点となっていくであろう。前掲の福永文夫・河野康子編『戦後とは何か―政治学と歴史学の対話』でも、これをめぐって議論が繰り広げられている。
2 アジア太平洋戦争と日本の植民地支配をめぐって
2.1 東京裁判
【東京裁判】
- 日暮吉延『東京裁判 [1] 』(講談社現代新書、2008年)
- 牛村圭『「文明の裁き」をこえて―対日戦犯裁判読解の試み』(中公叢書、2001年)
- 牛村圭『「勝者の裁き」に向きあって―東京裁判をよみなおす』(ちくま新書、2004年)
- 牛村圭・日暮吉延『東京裁判を正しく読む』(文春新書、2008年)
- 粟屋憲太郎『東京裁判への道 [2] 』(講談社学術文庫、2013年)
>>〈寸評〉一冊で東京裁判の全貌をある程度つかもうとするのであれば、『東京裁判』がお薦めである。日暮氏が国際政治の文脈を重視するのに対し、牛村氏は「文明」論的(思想的)な側面を重視している。東京裁判をめぐる論点を整理したいのであれば、両氏の対談本『東京裁判を正しく読む』を読むのがよいであろう。
史実の発掘という点では、東京裁判研究の先達である粟屋氏の『東京裁判への道』もお薦めである。
【比較の視点】
- 芝健介『ニュルンベルク裁判』(岩波書店、2015年3月)
>>〈寸評〉東京裁判を理解するうえで、ニュルンベルク裁判の理解も欠かせない。ニュルンベルク裁判に関する最新の信頼できる研究として、芝氏の『ニュルンベルク裁判』を挙げる。
2.2 復員・引揚、シベリア抑留、遺骨収集
【復員・引揚】
- 加藤陽子「敗者の帰還―敗者の復員・引揚問題の展開」(『戦争の論理―日露戦争から太平洋戦争まで』勁草書房、2005年)
- 加藤聖文「大日本帝国の崩壊と残留日本人引揚問題―国際関係のなかの海外引揚」(増田弘編『大日本帝国の崩壊と引揚・復員』慶應義塾大学出版会、2012年)
>>〈寸評〉復員や引揚に対する研究はこれまで十分になされてこなかったが、史料状況の改善もあり、近年研究が進みつつある。その一例として、加藤陽子氏や加藤聖文氏の論文を挙げる。
【シベリア抑留】
- ◇富田武『シベリア抑留者たちの戦後 冷戦下の世論と運動 1945-56』(人文書院、2013年)
>>〈寸評〉シベリア抑留問題に本格的に取り込もうとする際、ロシア側の史料を発掘する必要がある。本書は、ソ連史研究の第一人者がこの問題に取り組んだ貴重な成果である。
【遺骨収集】
- 浜井和史『海外戦没者の戦後史 遺骨返還と慰霊』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー、2014年)
>>〈寸評〉本書は、海外戦没者の遺骨返還及び慰霊を外交史料から分析したものである。前述の復員・引揚と同じく、海外戦没者の遺骨返還は「戦後処理」、すなわち外交問題に他ならない。
2.3 歴史認識
【終戦記念日】
- 佐藤卓己『八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学 [3] 増補』(ちくま学芸文庫、2014年)
- 佐藤卓己・孫安石編[2007]『東アジアの終戦記念日 敗北と勝利のあいだ』(ちくま新書、2007年)
>>〈寸評〉日本が降伏文書に調印したのは、1945年9月2日である。しかし、日本では、昭和天皇が玉音放送で国民にポツダム宣言受諾を公表した8月15日が終戦記念日という理解が定着している。なぜそうなったかを明らかにしたのが、現在文庫化されている『八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学』である。
また、『東アジアの終戦記念日 敗北と勝利のあいだ』は、中国をはじめとする近隣諸国と日本との終戦記念日の「ズレ」を探る入門書としてふさわしい。
【歴史認識】
- 吉田裕『日本人の戦争観 戦後史のなかの変容 [4] 』(岩波現代文庫、2005年)
- 波多野澄雄[2011]『国家と歴史 戦後日本の歴史問題』(中公新書、2011年)
- 服部龍二『外交ドキュメント 歴史認識』(岩波新書、2015年)
- 木村幹『日韓歴史認識問題とは何か 歴史教科書・「慰安婦」・ポピュリズム』(ミネルヴァ書房、2014年)
>>〈寸評〉『日本人の戦争観 戦後史のなかの変容』は、日本人の第二次大戦後から現在に至る戦争観の変遷を俯瞰するのに役立つ。
1980年代以降、日中間、日韓間で問題となっている歴史認識問題は、外交問題としての性格を色濃く有している。戦後日本外交史研究の第一線に立つ波多野氏と服部氏の著作は、この問題を考える上で欠かせない一冊である。なお、波多野氏の著書は、1970年代までの日本の政治・外交レベルでの歴史認識問題についてもカバーしている。
日韓歴史認識問題に関しては、政治学のうえでは現時点の決定版ともいえるのが『日韓歴史認識問題とは何か 歴史教科書・「慰安婦」・ポピュリズム』である。本書に関しては、近いうちに東京財団政治外交検証研究会の「外交史 ブックレビュー」に書評が掲載される予定である。
2.4 靖国問題
【靖国と慰霊】
- 赤沢史朗『靖国神社 せめぎあう〈戦没者追悼〉のゆくえ』(岩波書店、2005年)
- 村井良太「戦後日本の政治と慰霊」(劉傑・三谷博・楊大慶編『国境を越える歴史認識』東京大学出版会、2006年)
- 国立国会図書館調査及び立法考査局編『新編靖国神社問題資料集』(2007年)
>>〈寸評〉日本における戦没者の追悼・慰霊問題は、靖国神社の存在を抜きにしては語りえない。研究者による戦後の靖国神社の軌跡を追った手堅い一冊として『靖国神社 せめぎあう〈戦没者追悼〉のゆくえ』が挙げられる。また、「戦後日本の政治と慰霊」は戦後の靖国問題の変遷をすばやく知り、論点整理するうえで欠かせない文献である。
世間の耳目を集めていないが、国立国会図書館調査及び立法考査局が編纂した『新編靖国神社問題資料集』は、靖国問題で地に足のついた議論をするうえで必読の資料集である。
2.5 戦後責任
【戦後責任】
- 内海愛子・大沼保昭・田中宏・加藤陽子『戦後責任 アジアのまなざしに応えて』(岩波書店、2014年)
- 高橋哲哉『戦後責任論』(講談社学術文庫、2005年、初出は1999年)
- 永原陽子編『「植民地責任」論 脱植民地の比較史』(青木書店、2009年)
>>〈寸評〉日本の戦後責任に関しては膨大な著作がある。『戦後責任論』は近年の話題作のひとつである。近年は、日本が侵略したアジアのまなざしに応えた戦後責任のありかたに関心が寄せられている。
2.6 戦争の記憶
【戦争体験】
- 成田龍一『「戦争体験」の戦後史―語られた体験/証言/記憶』(岩波書店、2010年)
>>〈寸評〉近年、日本でも戦争の社会史が盛んになっている。戦争の社会史研究の観点に立つと、日中戦争や太平洋戦争といった先の戦争の記憶がどのように形成されていったかに、関心が注がれている。
【原爆】
- 奥田博子『原爆の記憶 ヒロシマ・ナガサキの思想』(慶應義塾大学出版会、2010年)
>>〈寸評〉社会史やカルチュラル・スタディーズの盛んになるにつれ、原爆の問題は戦後日本の平和観や核認識のみならず、「集合記憶」として論じられるようになった。こうした研究の代表例として、『原爆の記憶 ヒロシマ・ナガサキの思想』を挙げる。
3 占領改革と戦後日本の出発
3.1 占領期とは何か
【最新の通史】
- 福永文夫『日本占領史 1945‐1952 東京・ワシントン・沖縄』(中公新書、2015年)
>>〈寸評〉最新の占領期に関する信頼できる通史。日本が占領下に置かれた時期の沖縄の動向にも頁を割いるのが目新しい。沖縄をどのように組み入れ、総体としての日本を描いていくかが今後の戦後史の通史の大きな課題である。
【占領改革】
- 五百旗頭真「占領改革の三類型」(『レヴァイアサン』6、1990年)
- 雨宮昭一『シリーズ日本近現代史7 占領と改革』(岩波新書、2008年)
>>〈寸評〉女性参政権や農地改革など主要な占領改革に対する日米両国の主体性(温度差)を知るには、アメリカの対日占領政策研究の第一人者である五百旗頭氏の「占領改革の三類型」がお薦めである。
立場は異なるが、伊藤隆氏と同じく雨宮氏も戦後の政治・経済体制に昭和戦前期の人脈やシステムが継承されていったことを重視する。こうした点で異彩を放つ占領期の通史が『シリーズ日本近現代史7 占領と改革』である。
3.2 日本国憲法の誕生とメディア
【日本国憲法制定】
- 古関彰一『日本国憲法の誕生 [5] 』(岩波現代文庫、2009年)
- 西修『日本国憲法はこうして生まれた』(中公文庫、2000年)
>>〈寸評〉日本国憲法の制定に関しては、古関氏の『日本国憲法の誕生』が今なお古典的地位を保っている。また、『日本国憲法はこうして生まれた』も資料を読み込んで書かれた力作である。
【メディア】
- 有山輝雄 [6] 『戦後史のなかの憲法とジャーナリズム』(柏書房、1998年)
>>〈寸評〉本書を紐解くと、戦争に協力し、世論を高揚させたメディアが日本国憲法を受け入れ、戦後民主主義の担い手になっていくさまが浮き彫りになる。
3.3 占領体験
【日本人の占領体験】
- ジョン・W・ダワー(三浦陽一・高杉忠明・田代泰子訳)『敗北を抱きしめて 増補版 第二次大戦後の日本人』上・下(岩波書店、2012年、初版は2001年)
- 吉見義明『焼跡からのデモクラシー 草の根の占領期体験』上・下(岩波書店、2014年)
>>〈寸評〉戦後の日本の軌跡を振り返るとき、日本人の占領体験は避けては通れないテーマのひとつである。『敗北を抱きしめて 増補版 第二次大戦後の日本人』及び『焼跡からのデモクラシー 草の根の占領期体験』は、膨大な資料を基に占領下の民衆の実相を多面的に描く。
3.4 「敗者」の再出発
【「敗者 [7] 」の戦後を比較する】
- 石田憲『敗戦から憲法へ 日独伊憲法制定の比較政治史』(岩波書店、2009年)
- 板橋拓己『アデナウアー 現代ドイツを創った政治家』(中公新書、2014年)
- 大嶽秀夫『アデナウアーと吉田茂』(中公叢書、1988年)
- 大嶽秀夫『二つの戦後・ドイツと日本』(NHKブックス、1992年)
>>〈寸評〉戦後日本の軌跡を検討する際、日本と同じく敗戦から立ち直り、世界有数の経済大国となったドイツとの比較は示唆に富む。日独の戦後を比較政治の手法でいちはやく分析した大嶽氏の『アデナウアーと吉田茂』と『二つの戦後・ドイツと日本』のうち、とりわけ後者は日独両国の戦後を俯瞰するのに役立つ。
戦後、西ドイツを再建したアデナウアーに関しては、昨年東京財団政治外交検証公開研究会で報告した板橋氏の『アデナウアー 現代ドイツを創った政治家』が信頼できる著作である。今後はアデナウアーと吉田のみならず、岸信介との比較を試みても面白いかもしれない。
日本の戦後をイタリアと比較して検討した研究蓄積は、ドイツとの比較と比べて圧倒的に少ない。こうした現状を打開する可能性を有するのが石田憲氏の研究である。ドイツのみならず、イタリアを視野に入れることで、戦後日本の新たな像が構築されるであろう。
4 冷戦期日本の外交選択と安全保障政策の軌跡
4.1 マクロから見た戦後の日本外交
【戦後の日本外交を俯瞰する】
- 五百旗頭真編『戦後日本外交史〔第3版補訂版〕』(有斐閣、2014年)
- 五百旗頭真「日本外交50年」(『国際問題』500、2001年)
- 北岡伸一「国際協調の条件 戦間期の日本と戦後の日本」(『国際問題』423、1995年)
- 中西寛「二〇世紀の日本外交」(『国際問題』489、2000年)
- 中西寛「世界秩序の変容と日本外交の軌跡」(『国際問題』578、2009年)
- 渡邉昭夫「日米同盟の五〇年の軌跡と二一世紀への展望」『国際問題』(490、2001年)
>>〈寸評〉現時点における戦後日本外交史の決定版は、『戦後日本外交史〔第3版補訂版〕』である。また、『国際問題』には、一流の執筆者による戦後の日本外交を長い時間軸、巨視的観点から振り返った論文が多く掲載されている。戦後の日本外交を俯瞰するには、『戦後日本外交史〔第3版補訂版〕』とこれらの諸論文を併せて読むのが良い。
4.2 冷戦
【冷戦】
- 佐々木卓也『冷戦』(有斐閣、2011年)
- 永井陽之助『冷戦の起源―戦後アジアの国際環境 [8] 』・(中央公論新社、2013年、初版は中央公論社、1978年)
- 下斗米伸夫『アジア冷戦史』(中公新書、2004年)
>>〈寸評〉戦後の日本外交を考えるうえで、冷戦についての理解は必要不可欠である。だが、冷戦に関する優れた文献は膨大にある。専門家以外の読者が短期間で冷戦の概要を知るには、戦後アメリカ外交史の第一人者佐々木卓也氏による『冷戦』が最適である。
また、アジアに冷戦がどのように持ち込まれ、展開していったかという視点も重要である。一般の読者は下斗米氏の『アジア冷戦史』をまず読み、近年中公クラシックスに入り、入手が容易となった永井陽之助氏の『冷戦の起源―戦後アジアの国際環境』へと読み進むのが良いであろう。
4.3 サンフランシスコ講和と日米安保体制
(1)サンフランシスコ講和
【サンフランシスコ講和】
- 細谷千博『サンフランシスコ講和への道』(中央公論社、1984年)
- 三浦陽一『吉田茂とサンフランシスコ講和』上・下(大月書店、1996年)
- 渡辺昭夫「講和問題と日本の選択」(渡辺昭夫・宮里政玄編『サンフランシスコ講和』東京大学出版会、1986年)
- 波多野澄雄「サンフランシスコ講和体制」(波多野澄雄編『日本の外交 第2巻 外交史 戦後編』岩波書店、2013年)
- 宮城大蔵「サンフランシスコ講和と吉田路線の選択」(『国際問題』638号、2015年)
>>〈寸評〉日本が国際社会に復帰する出発点となったサンフランシスコ講和は、戦後70年を考えるうえで欠かせない重要テーマである。サンフランシスコ講和に関する研究の古典は、細谷千博氏の『サンフランシスコ講和への道』と渡辺昭夫・宮里政玄編『サンフランシスコ講和』である。その後、三浦陽一氏の『吉田茂とサンフランシスコ講和』以降、サンフランシスコ講和そのものを取り上げた本格的な学術研究書は出てない。
日本にとってサンフランシスコ講和がどのような意義を持っていたかを短期間で知るには、渡辺昭夫「講和問題と日本の選択」、最新のものとして波多野澄雄「サンフランシスコ講和体制」、宮城大蔵「サンフランシスコ講和と吉田路線の選択」がお薦めである。
(2)日米安保体制
【安保改定と核密約】
- 坂元一哉『日米同盟の絆―安保条約と相互性の模索』(有斐閣、2000年)
- 波多野澄雄『歴史としての日米安保条約―機密外交記録が明かす「密約」の虚実』(岩波書店、2010年)
>>〈寸評〉膨大なアメリカ側の資料を駆使して書かれた坂元氏の『日米同盟の絆―安保条約と相互性の模索』は、安保改定に関する研究書として第一に読まれるべき著作である。
近年、日米安保をめぐる「密約」が議論を呼んだことは記憶に新しい。戦後の日本外交資料に精通する波多野氏が「密約」の形成を追ったのが『歴史としての日米安保条約―機密外交記録が明かす「密約」の虚実』である。
【非核三原則と核不拡散】
- 黒崎輝『核兵器と日米関係 アメリカの核不拡散外交と日本の選択 1960-1976』(有志舎、2006年)
>>〈寸評〉日本がNPT(核拡散防止条約)に調印・批准する軌跡を追った本書からは、日本が核を所有するのではないかというアメリカの過度の危機感及び当時の日本の核認識が浮かび上がる。
【冷戦終結後の「日米同盟」】
- 渡邉昭夫「冷戦の終結と日米安保の再定義 沖縄問題を含めて」(『国際問題』594号、2010年)
- 坂元一哉「日米同盟の課題 安保改定50年の視点から」(『国際問題』588号、2010年)
>>〈寸評〉冷戦終結後の「日米同盟」を考える素材となる論考として、上記の2点を挙げる。
(3)自衛隊
【再軍備問題と自衛隊の軌跡】
- 大嶽秀夫『再軍備とナショナリズム 保守、リベラル、社会民主主義の防衛観 [9] 』(講談社学術文庫、2006年)
- 佐道明広『戦後政治と自衛隊 [10] 』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー、2006年)
- 佐道明広『自衛隊史論 政・官・軍・民の六〇年』(吉川弘文館、2015年)
- 増田弘『自衛隊の誕生 日本の再軍備とアメリカ』(中公新書、2004年)
>>〈寸評〉再軍備問題が保守と革新を分断する分岐点となったことを明らかにしたのが、大嶽秀夫『再軍備とナショナリズム 保守、リベラル、社会民主主義の防衛観』である。
増田氏の『自衛隊の誕生 日本の再軍備とアメリカ』は、陸海空の各自衛隊が誕生する経緯を明らかにしており、とりわけ研究蓄積がほとんどない航空自衛隊の誕生を扱った第3部は価値が高い。
自衛隊誕生から現在に至る防衛政策及び政軍関係を通観するには、佐道氏の『戦後政治と自衛隊』、『自衛隊史論 政・官・軍・民の六〇年』が良い。
4.4 アジアのなかの日本
(1)アジアとの和解と新しい関係構築
【アジアのなかの日本】
- 宮城大蔵『バンドン会議と日本のアジア復帰 アメリカとアジアの狭間で』(草思社、2001年)
- 宮城大蔵『「海洋国家」日本の戦後史 [11] 』(ちくま新書、2008年)
- 波多野澄雄・佐藤晋『現代日本の東南アジア政策』(早稲田大学出版部、2007年)
>>〈寸評〉アジアの一員としてどのように生きていくかは、戦後日本外交の重要な課題のひとつであった。バンドン会議は、戦後の日本が初めて参加した国際会議である。その意義を考えるうえで欠かせないのが宮城氏の『バンドン会議と日本のアジア復帰 アメリカとアジアの狭間で』である。
また、中国大陸を共産党が支配するなか、日本は東南アジア(海域アジア)に活路を見いだす。激動の海域アジアに日本はどのように向かい、新たな関係を構築していったかを提示したのが『「海洋国家」日本の戦後史』である。
なお、戦後日本の東南アジア外交を通観するには、『現代日本の東南アジア政策』が最適である。
【東南アジアとの賠償問題】
- 北岡伸一「賠償問題の政治力学(一九四五年-五九年)」(北岡伸一・御厨貴編『戦争・復興・発展 昭和政治史における権力と構想』 東京大学出版会、2000年)
>>〈寸評〉講和独立を果たした日本にとって、植民地からの独立を果たした新興の東南アジア各国との賠償問題は重い外交課題のひとつであった。日本の東南アジア諸国への賠償を外交的視点から論じた学術的価値が高く、かつ読みやすい新書などはまだないようだ。ここで紹介する北岡氏の論文は学術論文だが、論理明晰で読みやすい文章なので、一般の読者も読み通すことが容易である。
【アジア主義】
- 波多野澄雄「戦後アジア外交の理念形成 「地域主義」と「東西のかけ橋」」(『国際問題』546、2005年)
- 波多野澄雄「『地域主義』をめぐる日本外交とアジア」(『国際問題』578、2009年)
>>〈寸評〉1930年代以降、地域主義が台頭し、戦後にも受け継がれていった。日本の場合だとアジア主義がその代表例である。地域主義に対する研究者の関心は高いが、その成果は一般読者に還元されていないようだ。ここに挙げた波多野氏の論考を手に取り、日本外交における地域主義に思いをはせるのもよいだろう。
(2)アジア・太平洋の結びつき
【アジア・太平洋という新秩序】
- 細谷千博・永井陽之助・渡辺昭夫「討論 「太平洋の時代」の歴史的意義」(『国際問題』301、1985年)
- 渡辺昭夫『アジア・太平洋の国際関係と日本』(東京大学出版会、1992年)
- 渡邉昭夫編『アジア太平洋連帯構想』(NTT出版、2005年)
- 渡邉昭夫編『アジア太平洋と新しい地域主義の展開』(千倉書房、2010年)
>>〈寸評〉アジアと太平洋をひとつの地域枠組みとして見なすことをいち早く提唱したのが国際政治学の泰斗渡邊昭夫氏である。大平正芳首相が打ち出した環太平洋連帯構想は、APEC創設へと結実した。21世紀に入り、APECの存在感は薄れつつある。しかし、環太平洋というアジア・太平洋をつなぐ広域秩序はまだまだ可能性を秘めている。渡邉氏が参加した座談会や渡邉氏の著書及び氏が編者を務めた論文集を読むと、ヒントがたくさんありそうだ。
4.5 中国・韓国との和解
【日韓国交正常化】
- 李鍾元・木宮正史・浅野豊美編『歴史としての日韓国交正常化 1 東アジア冷戦編』(法政大学出版局、2011年)
- 李鍾元・木宮正史・浅野豊美編『歴史としての日韓国交正常化 2 脱植民地化編』(法政大学出版局、2011年)
- 浅野豊美編『戦後日本の賠償問題と東アジア地域再編 請求権と歴史認識問題の起源』(慈学社、2013年)
>>〈寸評〉近年浅野豊美氏が中心となって編纂された日韓国交正常化に関する浩瀚な資料集が現代史料出版から刊行されている。『歴史としての日韓国交正常化』1・2を紐解けば、最新の日韓国交正常化に関する学術成果を知りうる。なお、『戦後日本の賠償問題と東アジア地域再編 請求権と歴史認識問題の起源』第1部には、日韓国交正常化交渉で紛糾した日韓両国の請求権問題に関する論考が収められている。
【日中国交正常化】
- 井上正也『日中国交正常化の政治史』(名古屋大学出版会、2010年)
- 服部龍二『日中国交正常化 田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦』(中公新書、2011年)
>>〈寸評〉外交官のオーラルヒストリーの成果が反映させた服部氏の『日中国交正常化 田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦』と井上氏の浩瀚な学術書『日中国交正常化の政治史』が双璧である。現在、研究上では両書が議論の叩き台となっている。
4.6 沖縄返還と基地問題
【沖縄返還】
- ◇中島琢磨『沖縄返還と日米安保体制』(有斐閣、2012年)
>>〈寸評〉本書は、沖縄返還問題を日米安保体制という大枠の中に位置づけた本書は、沖縄返還交渉に関する近年のもっとも優れた著作が本書である。
【米軍基地問題】
- 平良好利『戦後沖縄と米軍基地 「受容」と「拒絶」のはざまで 1945~1972年』(法政大学出版局、2013年)
>>〈寸評〉アメリカ軍に占領された沖縄では、県内各地で用地が接収され、米軍基地が建設された。米軍基地への経済依存とそれへの拒絶という沖縄の基地問題の複雑さを考えるうえで、本書は議論の出発点となる著書である。
【沖縄返還後の沖縄問題】
- 佐道明広『沖縄現代政治史』(吉田書店、2014年)
>>〈寸評〉本書では、「国際都市形成構想」を例に沖縄の地域振興と基地問題のバーターが浮き彫りにさ
- れている。また、与那国の自立構想と与那国に自衛隊基地を新設する問題なども取り上げられた本書は、近年の沖縄政治の実相を検証する際、手にすべき本である。
4.7 日本の外交構想と国際貢献
【全方位外交】
- ◇若月秀和『「全方位外交」の時代―冷戦変容期の日本とアジア・1971~80年』(日本経済評論社、2006年)
>>〈寸評〉デタントの進展にともない、日本では1970年代、アメリカなどの自由主義陣営のみならず、すべての国々と友好関係を築く全方位外交(全方位平和外交)が模索された。その最大の成果が1978年8月に出された福田ドクトリン(東南アジア外交三原則)である。全方位外交の可能性と挫折を追った『「全方位外交」の時代―冷戦変容期の日本とアジア・1971~80年』は、日本外交の可能性を考えるうえで参照されるべき一冊である。
【PKO】
- 庄司貴由『自衛隊海外派遣と日本外交―冷戦後における人的貢献の模索』(日本経済評論社、2015年2月)
- 村上友章「吉田路線とPKO参加問題」(『国際政治』151、2008年)
>>〈寸評〉冷戦終結後の日本の国際貢献の代表例として、カンボジアへのPKO派遣やイラクの復興支援のため自衛隊を派遣したことなどが挙げられる。日本の人的貢献に関する若手研究者の問題関心が一書に結実したのが庄司貴由『自衛隊海外派遣と日本外交―冷戦後における人的貢献の模索』である。
また、日本のPKO参加は、講和独立以来、岸~佐藤政権下でも検討課題に上った。冷戦終結後のPKOを考える際、その前史は重要である。ここでは、学術研究の成果のひとつとして、村上氏の論文を挙げる。
- [1] 浩瀚な専門書として、日暮吉延『東京裁判の国際関係―国際政治における権力と規範―』(木鐸社、2002年)。
- [2] 初出は『東京裁判への道』(講談社選書メチエ、2007年)。
- [3] 初出は『八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学』(ちくま新書、2005年)
- [4] 初出は『日本人の戦争観 戦後史のなかの変容』(岩波書店、1995年)。
- [5] 初出は『新憲法の誕生』(中公叢書、1989年)。
- [6] 有山輝雄『占領期メディア史研究―自由と統制・一九四五年―』(柏書房、1996年)は、「八月一五日と新聞」をはじめメディアの取材テーマになりそうな論文が多く掲載されている。
- [7] かつて入江隆則『敗者の戦後 ナポレオン・ヒトラー・昭和天皇』(中公叢書、1989年)が論壇で話題に上った。その後、同書は二度文庫化されている(1998年に徳間文庫、2007年にちくま学芸文庫)。
- [8] 初出は『冷戦の起源―戦後アジアの国際環境』(中央公論社、1978年)。
- [9] 初出は『再軍備とナショナリズム 保守、リベラル、社会民主主義の防衛観』(中公新書、1988年)。
- [10] 浩瀚な専門書として、佐道明広『戦後日本の防衛と政治』(吉川弘文館、2003年)がある。
- [11] より深く知るには、『戦後アジア秩序の模索と日本―「海のアジア」の戦後史 1957~1966―』(創文社、2004年)を参照。