「政治の意思決定の場を市民に近づける」。 研究会 でスーション・オーベルニュ州議会議長が何度も強調したこの言葉こそ、地方自治の要諦であることは洋の東西を問わない。だが、理念を真に実現するためには、いかに多くのハードルを越えていかねばならないのか。自らも市政の一端を担う私は、スーション氏の話を伺いながら、この思いをあらためて強く持った。
フランスの国と地方の関係を示す特徴的な制度のひとつに兼職がある。国・州・県・市の中から二つのレベルの議員を兼務することが許されている。この制度を利用する議員は例外的ではなく、多くの有力な議員は兼職していて、国・地方の関係もこの制度が前提となって運営されている。昨年秋に訪れた南仏メネルブのルッセ=ルアール(Yves Rousset Rouard)市長も1997年まで下院議員と兼務していた経験がある。スーション氏も、30年間に及ぶオーベルニュ州オーリヤック市の市長在任中、州議会議員や下院議員、国の農林担当大臣などを務めた経験を持つ。地方の現場の意見をいかにして中央政府に反映させていくかは大きな課題であり、こうした制度上の柔軟性は、日本においても参考にすべき点があるように思う。
議論の様子:筆者(最左)
スーション氏が地方自治と国政に精通しているだけに、ミッテラン政権以降推し進めている分権改革の難しさについての指摘には重いものがあった。フランスでは権限の移譲にともない、多くの職員の移管が国から州に行われた。その数が4、5倍に短期間に膨れ上がり、このため日常的な行政事務に支障が出ていたという。また、財源の移譲が不十分なため、市民から期待された仕事が完遂できない事態が生じ、政策決定の透明性も後退しているのだそうだ。スーション氏は「2004年以降のフランスの地方分権改革は歪められている」としたうえで、意志決定を市民に近づけ、民主主義的な機能をより高度化する目的で行われたはずの分権改革が、「目的と手段が入れ替わり、市民からすると不可解なことになっている」と厳しく断じた。
私も市会議員として日常的に多くの人々と触れ合う中で、地方分権に対して、財源の複雑化と責任の不透明さから住民の間に無関心が広がっていることを危惧している。恐らくそれは、「国から押し付けられた分権」という印象が強いせだろう。フランスでもこうした状況が現出していると知って、改革の進め方の重要性を痛感した。
もちろん、国からの権限委譲が完全ではなくとも、地方自治体の努力次第で住民サービスを向上させることは可能だ。だが、政治の意思決定の場が市民に近づけば近づくほど、市民には日々の暮らしの改善と、地域社会の未来への責任について、自らの頭で考え、自らの体で行動しようとする意欲が生まれる。この自治の本質をもう一度しっかりと見つめなおし、私も市政の現場から真摯な提言と活動を続けていきたい。
高橋亮平(東京財団研究員・市川市議会議員)