研究員 関山 健
現在、アメリカ発の金融危機が世界中を混乱に陥れている。その対応策をめぐって11月14日からワシントンで金融サミットが開催され、危機の再発を防ぐために必要な国際金融システム改革が話し合われるが、これに臨む日本の戦略は見えてこない。
「危機後」の国際金融システム作りに向けて欧米中らが既に主導権争いを始めている以上、日本も今後新たに構築される国際的な枠組みのなかで現状以上に影響力ある立場の確保を貪欲にでも目指すべきではないだろうか。
筆者は、今後の国際金融において日本が影響力と発言力ある立場を握るための一つアイデアとして、少々野心的にすぎるきらいがあるのは承知で、ケンブリッジ大学のJ.L.イートウェル博士らが主張するような「世界金融機関」の設立とその常任理事国就任を提案したい。それは、言い換えれば経済版「安保理常任理事国」を目指す戦略とでも言うべきものである。
1.アメリカ発の世界金融危機
アメリカでリスクの高い住宅ローン(サブプライム・ローン)が小口の証券に細分化され、さらにそれが複雑に入り組んだ金融商品のチェーンのなかで世界中を転々としていく過程で、誰もサブプライム・ローン関連商品のリスクを正しく認識できなくなった。
したがって、昨年夏ごろからアメリカの景気が後退して住宅ローンが焦げ付き始めると、その影響がどこまで及ぶのか誰にも見当がつかなくなり、世界中で不安が不安を呼んでいる。加えて、債務不履行を保障するクレジット・デフォルト・スワップなどの新たな金融派生商品(デリバティブ)により、問題はさらに複雑化している。
少しでも危ないと投資家から睨まれた金融機関の株は売り浴びせられ、いつどこが破たんするとも分からない環境のなかでは皆が資金を出し渋り、業績に大きな問題のない金融機関や会社であっても資金繰りに行き詰る状況が生まれた。
その結果、アメリカでは、借り入れによる積極運用で業績をあげていた大手投資銀行が相次いで資金繰りに行き詰って姿を消し、大手商業銀行や保険会社も経営悪化や破たんの危機に飲まれている。アメリカ政府は総額7000億ドルの救済措置を用意したが、市場の不安を解消するには至っていない。
この「100年に1度」と言われる金融危機は欧州にも飛び火し、ベルギー、イギリス、ドイツ、アイスランドなどの金融機関が相次いで破たんの危機に瀕する事態となった。欧州各国政府も公的資金を投入して金融安定化に必死だが、なお危機は打開されていない。
特に、金融取引額が国内総生産(GDP)を大きく超えていたアイスランドなどは既に自国政府の力だけでは危機に対応しきれず、国際通貨基金(IMF)へ緊急融資を仰ぐ事態に追い込まれた。
2.望まれる対応策
この世界的な金融危機を目の当たりにして、各国政府がまず取り組むべきは当面の金融不安の払しょくと景気下支えであるのは間違いない。しかし、あわせて今回の危機の背景にある構造的な問題を解決することなくしては、「100年に1度」のはずの金融危機が数年後に再来しかねない。
では、今回の世界金融危機の背景要因は何か。「金融業そのものの構造的要因」や1980年年代以降に欧米で進行した「行き過ぎた金融自由化」に今回の危機の原因を求める向きもあるが、それは聞き手の誤解を招きやすい解釈であろう。金融業による資本の再配分があってはじめて製造業なども発展が可能となるのだし、金融自由化によって生まれた金融デリバティブ商品は為替や価格変動など様々なリスクの分散を通じて実体経済の発展に貢献してきた。
むしろ筆者は、市場の暴走を許した「政府の失敗」こそ問題ではないかと考えている。今回の危機は、巨額の借入金によるハイ・レバレッジ運用が世界各所に生み出したバブル経済が崩壊し、不確かなリスク管理の結果として連鎖的な金融不安が広がったものであるが、それはそもそも金融活動が大きく変化するなかで旧態依然とした規制監督を放置し、結果として過剰流動性の発生と甘いリスク管理という市場の暴走を許した「政府の失敗」である。
特に、アメリカ発の金融危機がこれだけ深刻に世界中に広がった事実は、国境を越えて膨大な規模で展開する金融取引に現行の国際金融システムが十分対応できていないことを意味する。この国際社会に世界政府は存在しないが、国際金融においてそれに代わるものが、国際決済銀行(BIS)や国際通貨基金(IMF)などである。
金融取引が世界大で展開するなか、その世界大の「市場の失敗」に対応する世界政府の代わりとして、現行の国際決済銀行や国際通貨基金が十分なものかどうか検討されねばなるまい。
こうした観点からすれば、国際決済銀行や国際通貨基金が現在担っている加盟各国為替政策の監視、国際収支悪化国への融資、金融ルールの調整などの機能を強化し、加盟各国金融監督の監視についても拘束力と強制力のある国際的な枠組み作りが検討される必要があるだろう。
3.国際金融システム改革の動き
こうした国際金融システム改革は、経済金融政策に関する各国の主権に関わり、また、とりもなおさず戦後アメリカを中心に構築されてきたブレトン・ウッズ体制の見直しを意味するものでもあることから、これに手をつけることはそのまま国際政治の駆け引きにつながる。
実際、米欧中など主要国は、すでに危機後の新たな国際金融システム作りを少しでも自国に有利な形で進めようと主導権争いを始めている。
ヨーロッパは、10月16日にブリュッセルで開催した欧州首脳会議で、国際的な金融機関に対する国境を越えた監督強化や、危機に対して「早期警告」を発する国際的なシステムの構築、国際通貨基金の改革、ヘッジファンドに対する規制強化、格付け機関に対する新たな規則、経営者の高額報酬に対する制限、過度なリスクを負う取引に対する罰則などを議論し、全欧州規模の監視強化を盛り込んだ声明を採択した。
特にフランスのサルコジ大統領は、国際金融システムの改革を強く主張し、ブッシュ米大統領との直接会談で11月の金融サミット開催を決めるなど、積極的な動きを見せている。
EU内でも英仏間の主導権争いは見られるが、アメリカ中心の現行システムをより多極的なものに変え、そのなかでEUが相応の影響力と発言力を確保していこうとする点では、一致団結しているように見える。
中国も、10月24日に北京で開催された欧州アジア会合(ASEM)首脳会議の主催国として、急きょ金融危機対応の議論に大幅な時間を割き、国際通貨・金融システムの包括的な改革に取り組むとした緊急声明の取りまとめに奔走した。
アメリカは、そもそもレームダック化している任期切れ間近のブッシュ大統領が自国内の危機対応に追われていることもあって、国際金融システム改革の話では欧州の先行を許しているが、今後は自国を中心に形作られている現行国際金融システムの防衛に動くだろう。
一方、日本は、今年のG8議長国として成田で金融サミットを開催する意向を示したりしたものの、国際的な枠組み作りに向けて具体的な構想も行動も示せぬまま、他の主要国に主導権を奪われたままである。
4.経済版「安保理常任理事国」
「危機後」の国際金融システム作りに向けて欧米中らが既に主導権争いを始めている以上、日本も今後新たに構築される国際的な枠組みのなかで現状以上に影響力ある立場の確保を貪欲にでも目指すべきではないだろうか。
筆者は、今後の国際金融において日本が影響力と発言力ある立場を握るための一つアイデアとして、少々野心的にすぎるきらいがあるのは承知で、ケンブリッジ大学のJ.L.イートウェル博士らが主張する「世界金融機関」の設立とその常任理事国就任を日本の戦略として提案したい。それは、言い換えれば経済版「安保理常任理事国」を目指す戦略とでも言うべきものである。
まず、過剰流動性や金融不安の連鎖の再発を完全に防止することはできないにせよ、ある程度抑制するためには、ハイ・レバレッジ運用の禁止やリスク資産の管理に関するルールを厳格化する必要があるだろう。その対象には、現在は厳格な規制の外にある住宅ローン会社、ヘッジ・ファンド、プライベート・エクイティ、格付け機関などの金融関連会社も加えなければなるまい。
こうした規制の実施にあたっては、G8やG20といった一部の主要国の自主的な協調行動に委ねているだけでは、グローバル化した金融取引に対して実効性ある規制とはならない。主要国で規制を厳しくしたとしても、世界中をカバーする国際枠組みなくしては、より自由な新興国や島嶼国に問題の所在を移すだけの結果に終わってしまうだろう。したがって、国際決済銀行や国際通貨基金といった国際枠組みの機能強化が避けては通れない。
問題は、国際決済銀行や国際通貨基金といった既存の国際金融枠組みでは、日本が十分な発言力を確保しうる仕組みになっていないことである。国際決済銀行のもとで金融監督を話し合うバーゼル銀行監督委員会は、発足にあたっての条約も拘束力のある規則もなく、非公式会合を通じて金融監督の標準、指針、推奨を策定するにとどまる。また、国際金融基金において、日本は常任理事国にこそ名前を連ね、出資比率に比例した理事国中第2位の投票権(6.02%)を有するが、理事会の意思決定は投票総数の85%以上を要するため、16.77%を握るアメリカだけが事実上の拒否権を有する形になっている。
そこで、筆者は、国際決済銀行や国際通貨基金の統合改組によって、ケンブリッジ大学のJ.L.イートウェル博士とニューヨーク大学のL.J.テイラー教授が主張するような「世界金融機関」を設立し、そのうえで、その意思決定機関たる理事会において拒否権を有する常任理事国に日本がおさまるように国際金融システム改革の議論を誘導していくことを政府に提案したい。
イートウェル博士らは、自由な市場が効率的であるためには効率的な規制が必要であるとの考えに基づき、その共著書『金融グローバル化の危機』(2001年、岩波書店)において、国際金融市場で効率的規制を提供する国際機関として、国際決済銀行や国際通貨基金を発展させた「世界金融機関」の設立を提案している。まさしく筆者も同感である。
この「世界金融機関」の機構について、イートウェル博士らは多くを述べていないが、筆者は、その意思決定機関として全加盟国で構成される総会と、10カ国/地域で構成される理事会の設置を提案する。理事は、出資比率上位5カ国/地域を常任とし、残り5カ国/地域を総会での選挙で選出するのがよいだろう。
そのうえで、総会は加盟国の過半数の議決で理事会へ勧告を行い、理事会が総会からの勧告に基づき全ての常任理事国を含む3分の2以上の議決で機構として意思決定する形がよい。常任理事国となる出資比率上位国/地域には、米国、EU、日本、中国が入るようにして、この4カ国/地域が今後の国際金融経済のかじ取りを担う仕組みである。
人口減社会に突入しつつある日本経済にとっては、高い技術力を活かした製造業のみならず、豊富な資金量を活かした金融業も重要な産業であり、その発展は死活問題であると言える。日本は、危機の直接的影響が軽微で引き続き豊富な資金を有するという有利な立場を活かして、今後の国際金融システム作りを自国に有利に主導してもらいたい。