今年2014年は、米国と中華人民共和国(中国)が国交を樹立してから35周年にあたる。
米中は緊密化する経済関係などを背景に、両国首脳が活発にコミュニケーションを取り合い、関係が良好な状況にあると言えよう。そうした環境下で、日本は、安倍晋三首相が昨年末に靖国神社を参拝し、中国との関係悪化に拍車をかけた。
本稿では、目下の緊密な米中関係を概観した上で、その日本への影響について考察する。
米中国交35周年
戦後長らく台湾の中華民国政府を「中国」の代表とみなしてきた米国政府は、1972年のニクソン大統領訪中を経て、ようやく1979年になって国交の相手を中華人民共和国政府に切り替えるに至った。
本年1月1日、中国の王毅外交部長は記念の声明を発表し、「中米関係は、風雨の中をくぐり抜け、歴史的な発展を遂げた」と過去を振り返るとともに、「中米関係の前途について我々は自信に溢れている」と今後のさらなる関係発展への期待を述べた 。
これに対して米国国務省も、1月2日の記者会見でハーフ副報道官が「米国は、軍事、外交、経済の各面で中国とは安定的で継続的な信頼関係を築いていくとの立場であり、平和で繁栄した中国が東アジア地域で建設的な役割を果たすことを歓迎する」と応じている 。
この35年間の米国と中国は、80年代の旧ソ連を意識した冷戦下の戦略的な協力関係から、天安門事件(1989年)以後90年代の動揺期を経て、2000年代に入ってからは経済面でも、人的交流面でも、政治面でも関係を深めてきた。
経済面では、1979年に25億米ドルにも満たなかった両国間の貿易額が、2013年には200倍の5000億米ドルを突破している(図1参照)。いまや米中はお互いに第二の貿易パートナーであり、特に米国にとって中国は最大の輸入相手国、中国にとって米国は最大の輸出相手国である。
(出典)WTO「INTERNATIONAL TRADE STATISTICS 2013」(米国側統計)
また中国は、リーマンショック(2008年9月)以来、日本を抜いて世界最大の米国債保有国となっている。その規模は、海外にある米国債の約四分の一に上る(図2参照)。
こうした経済関係の深化に伴って人の往来も増えた。米中間を往来する人は、1979年には年間数千人規模であったが、2013年には約400万人を数えるまでになっている。
政治面でも米中は近年急速に関係を深めており、米中間の首脳会談は直近5年間で14回を数える。安倍首相と習近平中国国家主席の首脳会談がいまだに実現しない中、オバマ米国大統領と習主席は、2013年だけでも二度の会談を行って協力関係を確認し合った。
米国政府の積極的な対中外交姿勢は、伝統的に国際協調を重視するとされる民主党のオバマ政権だからとは言えない。米国と中国は、ブッシュ共和党政権時代から何度となく「戦略対話」(2005年8月から2008年12月までに6回)や「戦略経済対話」(2006年12月から2008年12月までに5回)という形で閣僚級のハイレベル対話を重ねていた。オバマ大統領就任後も、こうしたハイレベル対話が「戦略・経済対話」という形で続けられている。これは、米国政府が、党派を問わず中国との関係を重視してきている表れと言えよう。
「新しい大国関係」構築に向かう米中
昨年6月の米中首脳会談で、習主席は「新しい大国関係」の構築を提案し、オバマ大統領も賛同した 。冷戦下における米ソ間や中ソ間のような対立的な関係とは異なり、衝突対抗せずに相互尊重の下で共通利益のために協力し合う関係を築こうということだ。
そもそも中国指導部が注力する政治課題は外交ではなく、山積する国内課題への対処である。中国では、地方幹部の腐敗や横暴、出稼ぎ先での失業、卒業後の就職難などによって、右肩上がりの生活水準向上に希望を見出せず、不満を募らせる人々が近年少なからず現れている。チベットやウイグルなどでの民族間対立も深刻だ。そうした不満を持つ人々による暴動も各地で絶えない。
こうした国内課題をいかに処理するかが、中国指導部にとって目下最大の政治課題であろう。自国の経済発展と国内問題への集中という観点からすれば、中国にとって最大の貿易相手であり、台湾はじめ多くの問題で鍵を握る米国との協調的関係は欠かせない。
アジア重視を掲げるオバマ大統領の米国政府も、中国との協力関係を必要としている。リーマンショック以来いまだ米国経済が本格回復できていない状況下で、オバマ政権にとって最優先の課題は引き続き経済再生である。そのためには、金融緩和などの国内政策もさることながら、輸出の拡大も雇用回復の重要な手段と位置づけられている。この輸出拡大先として最も注目されるのが中国だ。
実際、世界第1、第2のGDP規模を有し、ともに国連安保理常任理事国でもある米中両国政府にとって、関心を共有する問題は数多い。昨年末バイデン米国副大統領が訪中した際には、習近平中国国家主席と4時間にわたって会談し、中国経済の展望、台湾問題、チベット問題、米中経済関係、北朝鮮問題、イラク問題、シリア問題など、幅広く意見交換していった 。
当面、米中両国が経済面を中心に協力関係を深めていくトレンドは続くだろう。政府レベルでは、バイデン訪中時に合意された気候変動問題、エネルギー問題、食品薬物安全問題などでの協力が進むと期待される 。民間レベルでも、現在交渉中の投資協定が締結されれば、両国間の直接投資が一層活発化するだろう。
また、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)を対中国包囲網のように見る向きもあるが、中国指導部の国際経済ブレーンとされる政府系シンクタンク幹部によれば、米中投資協定の次には、中国のTPP参加も視野に入ってくるという。
実際、昨年9月の中国ASEANビジネス投資サミットの場で李克強総理はTPPを含めて地域協力の枠組みを検討していくと述べており、その後、中国商務部もTPP加入の是非を検討中であることを認めている 。米国もサンチェス商務次官が、昨年5月の訪日時に中国のTPP参加を歓迎する意向を示している(日本経済新聞2013年5月17日)。
投資協定もTPPも実現までの道のりは平坦ではないが、米中両国が官民挙げて関係強化に動いていることは間違いない。
とはいえ、もちろん米中間に懸案がない訳ではない。米国政府からすれば、思想言論の自由などの人権抑圧、不透明な軍事費拡大、米国企業・政府機関等へのサイバー攻撃などは、常に中国への不満と不信の種だ。また、良好に見える経済関係においてすら、3000億ドルを超える巨額の対中貿易赤字や改善されない知的財産権侵害など懸案はある。
中国政府も、台湾問題、チベット問題、領土問題など、主権や国家統一などに関わる「核心的利益」の問題については、米国の介入を常に牽制している。国内問題に集中するため安定的な国際環境構築こそが中国外交の基本方針であるにせよ、「核心的利益」は犠牲にしないというが習政権の立場だ 。経済面でも中国政府は、ハイテク製品の対中輸出や中国系企業の対米投資に米国当局が消極的だとして不満を抱いている。
しかし、冒頭紹介した王毅部長の声明とハーフ副報道官のコメントは、こうした意見の相違が両国間に存在することをお互いに認めたうえで、なお建設的な関係構築を目指す姿勢を示す内容となっている。時に不一致はありながらも対話を通じて問題解決していこうというのが、今の米中両政府の基本スタンスだ。
懸念される東アジア情勢の悪化
ただし、二国間問題以上に米中関係に影を落としそうなのが、米国を巻き込む形での東アジア情勢の悪化である。南シナ海をめぐる中国とフィリピン、ベトナム、ブルネイ、マレーシアなどとの緊張関係もさることながら、同盟国・日本と中国との間でエスカレートする対立は、米国から見ればさらに厄介な話だ。日本政府が米国に中国への共同圧力を求める度、中国との協調関係構築を目指す米国政府は難しい立場に置かれる。
米国政府は、アジア太平洋地域の安定を損ねる一方的な行動には反対の立場を明確にしている。一方で、成長著しいアジアとの関係強化を通じた米国経済の再生を目指しており、むやみに中国との関係をこじらせるつもりは毛頭なさそうである。まして日中間の対立に巻き込まれることは、決して米国の利益にならない。
防空識別圏設定について言えば、12月4日の記者会見でヘーゲル国防長官らが述べたとおり米国政府は、通過する「全ての航空機」に飛行計画の提出を求めると中国が「一方的かつ突然」に発表した点が、地域の不安定化要因となることを懸念しているにとどまる 。米国軍機などは飛行計画の提出に応じないなどとしているが、決して、防空識別圏の撤回を求めている日本政府と立場を同じくしているわけではない。
この文脈から考えれば、昨年末の安倍首相靖国神社参拝に対して、米国政府(駐日米国大使館)が「失望」を表明した背景も理解ができよう。米国政府の「失望」は、「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったこと」に向けられている 。つまり、安倍首相の靖国参拝は、中国の防空識別圏設定と同じく、地域の安定を損ねる一方的な行動として「失望」されたのだ。
これに対して、首相が英霊を弔うのは当然であり、海外からの批判で止めるべきものではないという主張を日本ではよく耳にする。筆者自身、首相が過去の英霊に敬意と不戦の決意を示すこと自体には、何ら反対はない。しかし、中国や韓国との関係がこじれている中、両国との対立をさらに深めることが明白な靖国参拝を敢えて行った事が、日本の外交安全保障に与えた影響は無視できない。
試される日本の外交力
近年、中国は東シナ海や南シナ海で力による現状変更を企図した行動を見せている。これに対して日本政府が外交面でなすべきは、この地域を一方的に不安定化させているのは中国だという認識を各国に共有してもらい、日本の立場を擁護する国際世論を形成することだろう。しかし、今回の靖国参拝によって、むしろ日本も地域の不安定化要因だと欧米から見られる結果を招いてしまった。
また、日本政府としては、自衛隊と日米安全保障同盟によって、万が一にも中国が軍事的挑戦に出ることのないよう抑止することが必要だ。財政再建のために大幅な軍事支出削減が避けられない米国政府としても、アジア太平洋地域の安定確保のため日本により多くの役割を求めたいところであろう。
このため日米両政府は、1997年以来17年ぶりに防衛協力ガイドラインを改定するため、年内を目標に作業を進めている。しかし、日本が中国との対立を深めるなかでの日米防衛協力強化は、中国の対米不信を煽るものである。その意味で、安倍総理の靖国参拝は、米国政府にとってガイドライン改定を進めにくい雰囲気を作り出したと言える。こうした影響は、決して日本の安全保障に有利なものではない。
年始以来、岸信夫外務副大臣や中曽根弘文元外相など、政府・与党の幹部が相次いでワシントンDCを訪れ、不戦の決意を新たにするための参拝だという首相の「真意」を説明して回っている。
これに対して、米政府当局者や連邦議員らも「首相の真意を理解している」 というが、そもそも米国政府が問題視したのは、参拝の「真意」ではなく、中韓との緊張悪化という参拝が招いた「結果」である。「真意」がどうあれ、結果は明白である以上、米国政府の「失望」は消えまい。
また、自民党総裁特別補佐の萩生田光一衆院議員は、米国政府の「失望」表明について「共和党政権のときはこんな揚げ足をとったことはなかった。民主党のオバマ政権だから言っている」 と述べたというが、先に述べたとおり、いまや米国政府は党派を問わず中国との関係を深める流れである。真意を理解していないのは、米国側ではなく日本側と言わざるを得ない。
もちろん今回の靖国参拝だけで長年にわたる日米の信頼協力関係が即座に壊れるはずはない。
しかし、米国だけではなく、いまや欧州でもアジアでも多くの国々が中国との安定的な関係の維持に腐心しているなか、日本一国が中国との対立を深めて国際社会に「踏絵」を迫るのは、日本の孤立化を招きかねない危ない道だ。
中国との間では、共通利益と対立の種が混在する複雑な関係を総合的に捉えて、上手にマネージしていくことが必要である。そのためには、友好関係を演出しながら経済利益を享受する一方、懸念を共有する関係国と共に淡々と安全上のリスクに備える「したたかな外交」こそ求められよう。緊密化する米中の間で日本政府の外交力が試される。