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【Views on China】中国社会の安定/不安定を決める経済的要因は何か(3)予想シナリオ

September 23, 2016


東洋大学 国際教育センター 准教授
関山 健

第3節 予想シナリオ

中国社会の経済的ドライビング・ファクターは、つまるところ都市内、農村内格差の拡大である。特に若年者や貧困者を中心とする大衆層の実質生活水準が急速に低下する局面には注意が必要である。実質生活水準の危険水準を測る指標としては、20%近い物価上昇率や40%に迫る失業率に注目していけばよいだろう。

では、以上述べてきたところを踏まえて、向こう10年ほどの中国経済社会を展望するならば、いかなるシナリオが予想されるのか。

(1 ) 中国経済成長の見通し

まず、今後の中国経済の見通しについて考えてみよう。日本経済研究センター(2015)は、2025年の成長率を4%強と見込み、それに向けて毎年成長率が下がっていくと予測している。これに対して、IMF(2016)は2016年の成長率を6.3%、2017年を6.0%と見込み、その後も2020年頃まで6%以上の成長が可能としている。ADB(2015)は、2020年までの年平均成長率を6%、2021年から2025年までの年平均成長率を5%と見通している。

筆者は、2020年代の半ばには、中国の潜在成長率は3%ないし4%程度になると考える。日本経済研究センターの予測に近いが、それよりも少し保守的である。2020年代半ばの3%ないし4%成長に向って、今後は毎年0.3%から0.5%ずつ成長率を落としていくことになるだろう。

背景としては、もちろん労働力の減少もある。しかしそれ以上に、これまで中国経済成長を牽引してきた投資増加率が、高齢化や所得再分配による貯蓄率の低下により減速が避けられないと予想される点が大きい。中国経済成長を支えてきたもう一つのエンジンたる全要素生産性も、もはや過去40年のような急激な上昇は見込めない。前述のとおり向こう10年ほどは比較的容易に全要素生産性の改善が可能だと見込まれるものの、そのペースは年々に低下するだろう。

中国も、2020年代には、世界経済の成長率を下回る低成長の時代が迎えることになるだろう。改革開放以来、中国が経験した最も低い成長率は、天安門事件直後の1989年の4.3%、1990年の4.1%である。経済制裁のような外的ショックがなくても、向こう10年程度のうち、中国の経済成長率は、この水準を恒常的に下回ることになるだろう。2020年代のうちにマイナス成長までは想像できないが、総需要の不足による不況に見舞われれば、成長率が2%を下回る年があっても不思議ではない。

(2 )失業率の予想

こうした低成長期に入ると、中国の経済社会は、どのような変化に直面するのであろうか。

チュニジアでジャスミン革命が起きた際、若年層の失業率は約40%という異常なほど高い水準であった。この点、中国では、政府公表の統計とはいえ、失業率は4%程度の低位で安定している。

しかし、就業問題は、中国にとっても大きな課題である。中国では、いまなお毎年1000万人以上の新規雇用の需要がある。今後の中国では、マクロで言えば生産年齢人口が減少するとはいえ、まだ2020年代半ばまでは、農村からは毎年数百万人の労働者が毎年都市部へ職を求めて移動し、さらに加えて都市部でも数百万人の若者が毎年就職年齢を迎えることになる。合計すれば、都市部では向こう5年ほどは毎年1000万人近くが新たに職を求めると見込まれ、その後2020年代前半も毎年500万人以上が都市部で職を求めると予想される。

過去のトレンドに鑑みると、中国ではGDP成長率1%あたりの雇用創出は100万人から150万人ほどである。1000万人の新規雇用を生み出すためには、最低でも6%成長は必要であるし、2020年代中頃に新規雇用需要が500万人ほどへ減少したとしても、なお最低3%ないし4%の成長率なくしては、若者を中心に就業問題が深刻になる。

向こう10年ほどの間に、中国の都市で二桁の失業率が発生する事態は、世界経済の大混乱のような強い外的ショックがなければ想像しにくい [1] 。2020年代後半にあっても3%ないし4%の経済成長は達成可能であり、失業率が40%にも迫るほど経済が停滞する状況は向こう10年ほどの間には想像しがたいからである。

ただし、需要不足によって、実際の経済成長率が潜在成長率の水準を下回る状態が長く続けば、失業問題が深刻化し、社会の不安定要因となるだろう。さらに雇用のミスマッチなどが重なって、多くの若年層や農村出身者が職を得られない事態となれば、その失業率は上昇しかねない。2010年のチュニジアのように経済全体は比較的高い成長をしていたとしても、もしも若者の3~4割が希望する職を得られず、実質生活水準の向上という経済成長の恩恵を受けられない事態となれば、その不満が民衆暴動と化して広範囲で爆発する危険がある。その可能性については、留意しておいてよいだろう。

(3 )物価上昇率の予想

改革開放以来の中国において、たびたび社会の不満を集めてきた経済問題は、むしろ急激な物価上昇である。1985年に消費者物価指数が11.9%と二桁の急激な上昇を見せた際には、中曽根総理の靖国神社参拝をきっかけに、1000人規模の学生デモが北京、西安、成都など全国に広がった。その後、1988年に年20.7%、翌1989年に16.3%もの消費者物価指数上昇を記録した際に起きたのが天安門事件である。

2020年代半ば以降、中国の潜在成長率が3%ないし4%へと低下した局面においては、不況下における物価上昇、すなわちスタグフレーションが中国経済社会を襲う可能性があるように思う。

たとえば、原油価格の上昇や中国国内での人件費、社会保障負担の増大などといった生産コストの増加によって、需要が変わらない中で価格が上昇する場合、価格上昇に伴い経済取引が減少することになり、物価上昇と不景気の複合すなわちスタグフレーションが発生する。

こうした状況において、景気刺激のためとして拡張的なマクロ経済政策によって需要創出を強行すれば、更なる物価上昇を招く。かかる物価上昇を抑制しようと、緊縮財政や金融引き締めを行えば、今度は景気が一層悪化する。いずれにしても、スタグフレーションの状況においては、慎重な経済運営が必要であり、一つ誤れば、物価上昇と不景気が深刻化する。

実際、1973年の第1次オイルショック、1979年の第2次オイルショックにおいて、多くの先進国が、それまで経験したことのない状況において適切な経済運営を行う事ができず、スタグフレーションに悩まされた。日本も、第1次オイルショックによって消費者物価指数が1974年に23%上昇し、この年はマイナス1.2%という戦後初めてのマイナス成長を経験することになって、高度経済成長が終焉を迎えた。この際、オイルショック前後における過度の金融緩和やその後の引き締めの遅れなどといった日本の経済運営の失敗が、物価上昇と景気後退に拍車をかけたという指摘がある(田中2006, 原田2009など)。

同様に、改革開放以来、年率平均約10%の高度経済成長に慣れてきた中国が、これまで経験したことのない3%ないし4%という低成長下で、景気後退に対して経済運営を誤れば、二桁を超える物価上昇と深刻な景気後退の複合状況に悩まされる可能性は、決して小さくないと想像する。

(4 )まとめ

改革の断行は、現状の社会的弱者(都市貧困層、農民、将来世代など)の利益となる反面、既得権益層(富裕層、官僚、国有企業など)の不利益となりうる。一方で、改革の不作為は、既得権益層の利益を擁護し、社会的弱者に不利益を課すことになる。そのため、改革の不作為により広範な社会的弱者の不満と不信を放置すれば、社会は不安定化しかねない。

向こう10年ほどの間に中国で、二桁の失業率が発生する事態は、世界経済の大混乱のような強い外的ショックがなければ想像しにくい。しかし、高度経済成長に慣れてきた中国が、2020年代半ば以降、改革開放以来経験したことのない3~4%程度の低成長状況において経済運営を誤れば、二桁を超える物価上昇と深刻な景気後退の複合状況に悩まされる可能性は決して小さくない。

それまでに、農業、農村改革、戸籍制度改革、所得再分配といった改革を断行し、社会的弱者の実質生活水準を底上げするとともに、都市内、農村内格差の是正に取り組んでおかなければ、中国社会が不安定化する可能性が高まる。権力乱用を正す官民格差是正も必要だろう。

1980年代後半の中国の状況を振り返れば、急激な物価上昇による経済的混乱と権力乱用による経済不正に対して社会的弱者の不満が増大した局面において、権力集中による難局打開派と民主化による新展開派の間の政治的対立が生じた。その政治的対立の環境下で、民主化による新展開を望む学生たちが全国各地で民主化要求の運動を起こしたのが1989年の天安門事件であり、チベット自治区や新疆ウイグル自治区で少数民族が民族自決を求めてエスニック運動を起こしたのが1987年のラサ暴動である。しかし結果は、いずれの運動も武力で鎮圧され、鄧小平を中心とする権力集中による難局打開派が勝利した(天児2009: p.146-149)。

今後の中国が再び同じような難局を迎える際、権力集中による難局打開派と民主化による新展開派の間の政治的対立は、どちらの側に軍配が上がるのであろうか。現在の中国の状況を見る限り、既得権益を破壊する強力な改革を進めるためには権力集中が必要だと習近平国家主席は考えているのかもしれない。その行き着く先は、民主化による新展開を求める若者、知識層、少数民族などが再び血を流す武力鎮圧ではないだろうか。

参考文献

天児慧(1999)『中華人民共和国史』岩波新書

OECD(2015)『Investing in Youth: Tunisia』http://www.oecd.org/els/

investing-in-youth-tunisia-9789264226470-en.htm

金森俊樹(2016)「中国の公式失業率はなぜまったく動かないのか?」、『幻冬舎 GOLD ONLINE』http://gentosha-go.com/articles/-/2252

JAPANWIDE「マンハッタン、アメリカ最大の所得格差に」(2015年4月20日)

http://www.jwide.com/news/news.htm?id=5008

新華網「授权发布:中共中央关于制定国民经济和社会发展第十三个五年规划的建议」(2015年11月3日)http://news.xinhuanet.com/fortune/2015-11/03/c_1117027676.htm

関山健(2013)「農業生産性の観点から見た中国経済の行方―高成長持続の可能性とその含意―」、『世界経済評論』2013 Vol. 57, No.2, p.35-38日本経済新聞「チュニジア、下院議長が暫定大統領に就任 60日内に選挙」(2011年1月15日)

田中秀臣(2006)『経済政策に歴史を学ぶ』 ソフトバンク クリエイティブ〈ソフトバンク新書〉

中国国家統計局『中国統計年鑑』(各年版)http://www.stats.gov.cn/tjsj/ndsj/。

中国社科院法学院研究所『2014年中国法治発展報告』

原田泰 (2009)『コンパクト日本経済論(コンパクト経済学ライブラリ)』 新世社

丸川知雄(2013)『現代中国経済』有斐閣

李培林等編(2016)『中国社会形勢分析与予測』社会科学文献出版社

[1] なお、中国政府の公表する失業率の計算は、都市戸籍を持ち、かつ就業機構に登録して失業保険に加入している労働者のみを対象としており、都市部の農民工(出稼ぎ労働者)や農村部の失業者は含まれていない。これらを含めた失業率の実態は、政府公表の水準よりも高いと指摘する者も多い(例:金森2016)。

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