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所有者不明土地問題の背後にあるアンチ・コモンズの悲劇

May 28, 2018

高村学人
立命館大学政策科学部教授

1.はじめに――所有者不明土地を分類する

所有者不明土地問題への注目が高まっている。持ち主がわからない土地は、国土の20%にもなり、九州の面積を超えているとも言われる。このような状況が生じる背景としては、人口減少や過疎化によって土地の利用価値が低下してきていることがあろう。しかし、これらの社会・経済的な要因とは別に法制度のあり方も問題発生の要因となっているのではなかろうか。本稿では、法社会学の立場からこの点を考えていきたい。

ところで「所有者不明土地」とは、何であるのか?

所有者不明土地の面積を九州並みと推計した所有者不明土地問題研究会は、所有者不明土地を「不動産登記簿等の所有者台帳により、所有者が直ちに判明しない、又は判明しても所有者に連絡がつかない土地」と定義している( http://www.kok.or.jp/project/pdf/fumei_land171213_03.pdf )。

わかりやすく言い換えるならば、登記に記載されている情報を頼りにして所有者やその住所に連絡を試みても、所有者の住所が変わっていたり、所有者が別の人に変わっていたりして真の所有者の所在が直ちにわからない場合、そのような土地は、所有者不明土地と分類されるのである。

この定義は、「所有者不明土地」という言葉の響きと比べて、実際には、やや広めなものとなっている。同研究会も断り書きしているように、推計の基礎となっている2016(平成28)年度の地籍調査において、追跡調査を行っても最終的に所有者の所在がわからなかったのは、全体の0.41%に留まる。

では、問題はそれほど深刻ではないのだろうか。

いやそうではない。所有者不明土地の分類を詳しく行っていくと、現在の法制度では、解きにくい深刻な問題が浮かび上がってくるのである。

それでは、分類を行っていこう。先にも述べたように所有者不明土地とは、登記上の所有者名義と真の所有者との不一致に注目した概念である。

この不一致には、次の4つのパターンがありうる。

(1)所有者の所在不明 言葉の響き通り、取り得る手段を尽くしても真の所有者が見つからない場合である。これは、難しい問題だが、実際には少ない。

(2)相続未登記 これが量としては多いが、この中には、親の家屋・土地を相続した者が名義変更せずにそこに住んだり農地を耕したりしている場合も含まれる。その場合は、今のところは、大きな問題ではない。問題となるのは、この財産が利用されずに次の類型に移行した場合である。

(3)相続に伴う名義変更が何世代もなされない場合 管理が放棄された土地であっても所有権は消滅しないため、時代を経るにしたがい以下の図1のように相続人の数が膨れあがる。

 

図1 相続未登記が長年続き法定相続人が約150人に上った実例

 出所:東京財団政策研究所(当時、東京財団)「国土の不明化・死蔵化の危機」2014年

 

(4)入会共有地に由来する土地 農山村の多くには、今日でも近世の村持山に由来する共有地が存在する。その中でも、明治期以降に、最初に登記された時点で村落の全世帯主の名義が列挙された記名共有として登記されている場合、名義変更がその後なされていないことが多い。そのため権利者の数は1,000人を超えることもある。このような土地は、総面積としてかなり大きい。

祖先の家族財産に由来する(3)と近世の村に由来する(4)とでは、その性質が異なるが、いずれも非常に多くの共有権者を有する点で共通している。この場合、その土地の望ましい利用に向けて土地の性質や権利関係を変更しようとする場合、全共有権者の合意が必要となる。すべての者の連絡先をたどるだけでも多大な労力を要するし、ましてやこれら多数の権利者の間で全員一致の合意を形成するのは、至難の業である。ここでは、そのような土地を多数共有者土地と呼んでおきたい。

所有者不明土地問題を論じる本や論文の中で扱われる困難事例の多くは、この多数共有者土地の問題である。土地の利用価値が高かった時代であれば、誰かが新たな利用に向けた合意形成に伴うコストを担ったかもしれないが、低利用の時代では、そのコストは高すぎる。その結果、その土地の管理・利用は、誰からも見放され、放置されていく。そのようにして荒廃した土地が周辺の荒廃も生んでいく。これこそが所有者不明土地問題の背後に存在する最も深刻な問題ではなかろうか。

2.アンチ・コモンズの悲劇とは?

実は、このような問題は、アメリカの法学者マイケル・ヘラーによって「アンチ・コモンズの悲劇」と名付けられ、論じられてきた。ヘラーは、図2のように土地所有の状態を4つに分類した。

 

図2 ヘラーによる所有状態の分類

 出所:筆者作成

 

(1)オープンアクセス とは、所有権がはっきりしておらず、誰でもアクセスできる状態を指す。

(2)共同所有 は、例えば入会共有地のように資源を利用できる資格が一定のメンバーに限定されて共同利用・管理されている状態である。

(3)私的所有 は、マイホームのように私人が物を排他的に利用できる状態である。

これらに加えてヘラーが新たに提示したのが (4)のアンチ・コモンズ である。これは、その土地の規模に比してあまりにも多くの権利者が発生してしまい、望ましい利用を行おうとしても全員一致が必要なので、誰か一人でも反対すれば、利用が不可能となってしまう状態を指す。

よってアンチ・コモンズの状態が発生してしまうと、土地・資源の利用がロックされる過少利用状態が生じ、荒廃を招く。このような悲劇をヘラーは、アンチ・コモンズの悲劇と名付けた。アンチ・コモンズの悲劇には、いくつかの種類があり、それぞれにつき処方箋が異なる。以下では、先の多数共有者型アンチ・コモンズに対してどのような解決策をヘラーが提示していたか、を見ていこう。

3.悲劇解消のための方策

ヘラーの処方箋に入る前に、現状の日本法では、どのような解決策が準備されているのか、を確認しておこう。共有地の処分や管理行為の変更には共有者の全員一致を要する、というのが民法の原則である。しかし、共有者との間で合意が整わない場合、共有状態を解消するために共有地の分割を裁判所に請求する分割請求権という方法を民法は設けている。入会共有地に由来する土地の場合、学説・判例では、分割請求権は否定されているが、慣習の薄れとともに登記名義が地域ではより重視されるようになり、実際には多くの共有地が分割されてきた。

しかし、先のヘラーの図に戻ってみよう。このような多数共有者型アンチ・コモンズにおいては、各権利者は、とても小さなパーツの権利しか持っていない。このような権利に基づき分割したところで極小の地片しか生じず、それを有効に利用するということは困難である。また分割を請求すべき相手方である共有権者の所在が掴めないという問題もあわせて存在する。おそらく民法制定者は、アンチ・コモンズという望ましくない所有状態を念頭に置いていなかったため、このような解決しか与えなかったのであろう。

では、ヘラーはどのような処方箋を考えていたのか。わかりやすくまとめると以下のようになる。

  • アンチ・コモンズの状態が理由で荒廃している土地を行政や裁判所が認定し、それに「アンチ・コモンズ」というラベルを与えること
  • 次に、行政や裁判所が権利者間の合意形成を支援し、そこで提案される新たな利用が土地利用秩序にとっても望ましいものかどうかを審査すること
  • 望ましい利用に向けて一定の合意が形成されたと判断される場合、全員一致というハードルを下げ、多数決主義に近づくかたちで権利転換させること
  • 今後の予防策として、所有権の分割・細分化をもたらし、アンチ・コモンズを発生させてしまう法律を禁止していくこと

4.類似する法制度や法改革の兆し

もちろん日本法でも、このアンチ・コモンズの悲劇を一定程度、解決するための仕組みは、存在する。また所有者不明土地問題への注目から、ヘラーが提唱した処方箋と類似する法改革も進展しつつある。いくつか例を挙げて検討してみよう。

(1)不在者財産管理人を用いた共有関係の解消

共同相続人の所在がわからない場合、その者についての不在者財産管理人を家庭裁判所に選任してもらうことで共有関係の解消を進めることができる。現物分割により土地を分割するのではなく、土地は一体のまま競売にかけ、相続人間で金銭を分配することもできる。

しかし、現状では、所在がわからない共同相続人が複数いた場合、それぞれにつき不在者財産管理人を選任しなければならず手間がかかることや、共同相続人が競売よりも前に優先的に土地を先買できる手段がないため、第三者に土地が渡った場合、望ましい利用がなされないリスクがある、といった問題がある。

(2)認可地縁団体への所有権移転登記の円滑化

入会共有地に由来する土地は、本来は村落という地縁組織が総有していたが、地縁組織が法人格をもてなかったため、村落構成員の全員の名義で登記されるという手段が多く取られた。このような地縁組織に法人格を与えて、それを不動産所有権の登記名義人とさせる仕組みは、認可地縁団体制度として1991年から存在したが、その手続きには、全共有権者の同意が必要であった。この困難を解消するために、2014年の地方自治法改正により、登記名義人の相続人が無数に膨れあがり、その一部の所在が不明な場合でも、市町村長による公告手続と、一定の異議申し立て期間を経れば、認可地縁団体という法人への所有権移転の登記を特例として行う仕組みが設けられた。

しかし、認可地縁団体という仕組みは、本来は地縁団体の集会所等の土地・建物の所有の受け皿として設けられたものであるため、これを広大な森林の所有の受け皿としていくと矛盾も出てくる。たとえば、人工林の場合、昔からの住民を中心に植林・間伐などの労務が長期間に渡って行われてきた。しかし、木を伐採・売却して収益が生じた場合、認可地縁団体ではこの収益を労務の提供者である旧住民にだけ分配することは、難しい。静的に管理するには、認可地縁団体は、良い仕組みだが、動的に活用するにはむいていない。

(3)森林法改正による共有者不確知森林での森林施業の円滑化

他方で、多数共有者森林の伐採・造林を念頭に、2016年に森林法が改正された。それにより、一部の共有者の所在がわからない場合、市町村長の公告手続を経て、不明となっている所有者の立木の持ち分について他の共有者へ所有権移転させたり、土地への持ち分についても使用権を設定することで森林施業を円滑化させる措置が導入された。しかし、これは一時的な手段としては優れているが、多数の共有者が存在する状態を解消するものではないため、将来において同様の問題が生じることを解決するものとなっていない。

(4)被災マンションや耐震性に劣るマンションにおける区分所有の解消

東日本大震災を受け、被災により建物の大部分が滅失するなどしたマンションの場合、全員一致ではなく、5分の4以上の特別多数決で敷地を一体として売却し、区分所有を解消できる特別措置が2013年に導入された。また2014年には、耐震性が劣るマンションについても同様の解消制度が創設された。建替や大規模修繕といったプラスの作為でなく、区分所有の解消というマイナスの作為もうながすこの仕組みは、マンションに限らず人口減少時代における他の問題へのアプローチ方法として参考になる。

ただ実際のところ、解消が望ましいか建替・大規模修繕が望ましいかは、区分所有者によって利害や価値判断が異なる場合も多い。よって集団の意思決定ルールの変更だけでは紛争は解決せず、行政や裁判所が客観的な判断材料に基づき解消の必要性を審査・判断できることが求められる。

5.まとめと提言

以上のように、日本法でもアンチ・コモンズの悲劇を解決する仕組みが一定程度、存在する。しかし、「アンチ・コモンズの悲劇」というフレームがこれまで共有されてこなかったため、法改革は別々の形で進んでいき、不十分な点も多く残している。またアンチ・コモンズの発生を予防するための法改革は、まだ取られておらず、事後的な対応に留まっている。

大事なのは、次の3点である。

  • 全員一致主義を多数決主義に変更して権利者間での合意形成を容易にさせるだけでなく、行政や裁判所が多数共有者土地や集合住宅がアンチ・コモンズ状態のために荒廃が生じていることを認定し、その負の外部性を取り除くためにアンチ・コモンズ状態を解きほぐすべきという方向づけを積極的に行うようにしていく。
  • 所有者不明土地問題への対応として提案されているさまざまな法改革を、「アンチ・コモンズの悲劇」というフレームからとらえ直し、この悲劇に包括的な解決を与える仕組となっているのかをチェックしていく。
  • 事後対策だけでなく、予防策も考えていく。相続登記の促進はその一つであろう。

ところでフランス語で共有は、indivisionと言う。これは、「分割が不可能 (in(不可)-division(分割))」という意味を持つ。すなわち、共有物は、これ以上、分割しては望ましい利用ができないから共有という形で維持され、利用・管理されているのである。これとは反対にアンチ・コモンズとは、限度を超えて権利者が多数となり、所有権が細分化したため望ましい利用ができなくなった異常状態を指す。この所有状態は、通常の共有とは別の分類として取り出し、問題にアプローチしていくことが求められよう。

 

高村学人(たかむら がくと)

1973年石川県生まれ。1995年早稲田大学法学部卒業、1997年早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了、博士(法学)。東京大学社会科学研究所助手、東京都立大学助教授、立命館大学准教授を経て2013年から現職。専門は、法社会学。

 

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