石川直己 (国連政府代表部専門調査員)
1.はじめに
国連代表部政務部は、十数名のスタッフで国連の場で行なわれる平和と安全の問題に関する会合への出席や各国との協議を通じた外交活動を行っている。その中で、最も重視しているものが言わずもがな国連安全保障理事会である。ところが、重要な出来事がある時はテレビに映し出される安保理も、その日々の活動は余り知られていないのでは無いかと思う。実際の安保理は、ほぼ毎日各種会合が開催され、大使も担当官も毎日のように顔を合わせる、濃密なコミュニティーを形成している。そこで、今回の「代表部便り」では、非常に多忙な国連機関の一つである、安保理の活動を、このコミュニティーが如何に運営されているかという側面を中心に報告したい。
2.作業日程表(Programme of Work: POW)
安保理の活動を知るには、まずはこの「作業日程表」を入手することから始めると良い。最新のものは安保理のホームページ(http://www.un.org/Docs/sc/powe.htm)より入手可能であり、1か月の会合の予定が1枚にまとまっている。作業日程表を眺めることで、まずは安保理が毎日どの様な問題を取り上げているか知ることが出来る。
作業日程表の一案は、前月下旬に事務局と議長国が協議して作成される。その後、毎月25日前後に開催されるコーディネーターの昼食会、その月最初の平日の午前中に開催される議長国と各メンバー国との2国間会談、そして、同日午後のコーディネーター会合で協議が行われ、最終的に翌日朝の非公式協議で了承を得ることになる。了承したとは言っても、この時点までに合意の得られなかった日程や会合形式は引き続き協議が行われ、突発的な事件もあるので、作業日程表はその月の間を通じて随時更新されていく。
最近では、各種会合でカレンダーが一杯になることも珍しくなく、特にPKO等のマンデート期限を多く迎える6月と12月は、一日に複数の議題が取り上げられる日もあり、多忙を極める。更に、後述するようにこの作業日程表には記載されない担当官レベルの会合も多く開催されている。
3.政務コーディネーター(Political Coordinator)
安保理内のダイナミクスを知る上では、上記の「コーディネーター」の役割に注目する必要がある。コーディネーターは、日程、議題、会合形式等の調整に加え、全ての案件に目を配り、担当官レベルで調整がつかない問題を協議する役割を担っており、安保理メンバー間の実質的な取りまとめ・調整役である。
面白いことに、各国代表部ではこの役にどのレベルを充てるかが異なっており、P5や我が国は政務部長(公使)を充てているが、次席大使や、一方で一等書記官がこれを担っている代表部もある。いずれにしても、安保理メンバーのコーディネーターは、早朝から深夜まで勤務し、休日も気が休まらないという点は共通のようである。各国コーディネーターはその月の議長国のコーディネーターを中心に、電話やメールで緊密に連絡を取り合い、円滑な安保理の運営及び交渉の要になっており、深い人間関係を作り上げている。
4.担当官(Experts)
安保理における大使やコーディネーターの活動を支えるのが、個別の案件を担当する担当官である。多くの代表部では、一人の担当官が複数の案件を担当し、多くの場合は地域毎に分担している。安保理の議題の多くは、PKOが展開している等の理由で定期的に事務総長からの報告書が発出されたり、そのPKO等のマンデートを延長するための決議を採択する必要があったりする地域情勢である。PKOや制裁措置のマンデートは6か月であることが多く、PKOの場合、この間、3か月毎に中間報告書が出るケースが多い。各担当官はこの事務総長報告書が発出される度に行われる安保理会合の準備(大使の発言資料の作成等)や記録取りに加え、マンデート延長等の決議案や議長声明案、プレスステートメント等の交渉等を行っている。
この交渉のための専門家会合や、制裁措置がある場合その制裁委員会といった担当官レベルの会合は、上記の作業日程表には記載されないが相当な数に上る。更に、関係国や事務局との非公式な協議、非メンバー国へ説明もあり、担当官は事務所と国連の間を飛び回っているのである。当然のことながら、これまで述べてきたいわばルーティンな作業に加え、国際の平和と安全に関する突発的な出来事に迅速に対応するため、土日や昼夜を問わず緊急会合が開催される。
本年2月は、何時になく緊急会合が多く、チャド情勢に始まり、コソボの独立宣言に関連して「予定通り」行われた3回の緊急会合の他、エチオピア・エリトリア情勢及びケニア情勢の6回の緊急会合が開催された。翌3月も、早速1日(土)午後7時から中東情勢に関する会合が開催された。私自身も、前回の安保理任期も終了間近の06年12月25日(祝)、ソマリア情勢の急速な悪化に伴い、翌26日に緊急会合が開催されることが決まり、その準備のために出勤すべしとの連絡をクリスマス・プレゼントとして受け取ったことは象徴的な思い出である。全く予定が立たず、常に待機状態にいなければならないのが、安保理担当官の宿命である。
5.議長国(Presidency)
毎月の安保理の活動をリードして行くのは、安保理メンバーがアルファベット順に月番制で担当する議長国である。我が国も前回非常任理事国を務めた際の05年8月と06年10月に議長国を務めた。議長国である期間(議長月)は、先述のコーディネーターの昼食会やコーディネーター会合から始まり、作業日程を了承する最初の非公式協議の前に安保理の隣部屋で行う簡単な朝食会、同日の記者会見、月例の事務総長との昼食会、月末のレセプション等、慣例となっている様々な行事を準備しなければならない。
朝食会やレセプションは、月初めと月末の円滑な議事運営への協力を求める挨拶と謝意表明という部分もあるが、我々担当官にとっては、他の代表部員との関係を深めて行く上で重要なイベントであり、私も安保理メンバーである間は出来る限り出席していた。また、通称「SGランチ」と呼ばれる事務総長との昼食会は、メンバー国の大使と事務局幹部だけが出席し、その月の懸案事項や事務総長の関心事を安保理メンバーと協議する極めて重要な昼食会である。この他にも、各種会合の準備や調整、安保理の顔としての毎日のぶら下がり記者会見や安保理議長としての各種会談や会合への出席等、多忙を極める。
また、議長月は自国のアジェンダを追求する上では重要な機会であり、概ね月1回開催され、特定のテーマについて公開で議論する「テーマ討論」の議題は入念に選択・準備される。米国、中国、ロシアはテーマ討論を実施しない傾向があるが、英国や現非常任理事国であるベルギーは気候変動や天然資源と紛争の関係を取り上げる等、野心的な動きをしている。昨年まで非常任理事国を務めたスロバキアは、治安部門改革を2年間の任期中のアジェンダに定め、複数の準備会合を経てテーマ討論を行い、現在でも積極的なフォローアップを行っている。その進め方は大変参考になり、将に安保理を使うという発想が見られる。
各代表部にとって議長月は悪夢の様な1か月であるが、特に非常任理事国に選出された途端に議長国を務めなければならなかった南ア(07年3月)やリビア(08年1月)は相当大変であっただろう。ちなみに、我が国が再び来年から安保理メンバーに復帰した場合、早速2月か3月には議長国が回ってくることになり、早めの準備が必要そうだ。
6.安保理メンバーの七つ道具
安保理メンバー国の担当官として活動するために、何が必要な七つ道具か考えてみると、国連IDや名刺、ノートに加え、交渉中「過去に合意している文言」という主張をする上で重要な過去の決議や事務総長報告書等の関連文書、上述の作業日程表、インターネット閲覧やメールの送受信が出来るブラックベリー携帯電話、それに日本がまとめた安保理の手続事項に関わる小冊子 「安保理作業方法ハンドブック」 を挙げることが出来るだろう。
この小冊子については、当時当代表部で作成に尽力された松浦博司参事官(当時)が記事を書かれているので、詳しくは そちら を参照頂きたい。この小冊子は、安保理関係者の間では「バイブル」、「ジャパン・ブックレット」等と呼ばれて必需品となっており、今でも当代表部に余部の問い合わせがある。安保理においては、会合の形式を中心に手続事項で厳しいやり取りがあり、手続に精通していることはそれだけでも重要な交渉力である。私の担当する案件から具体的な例を挙げれば、コソボ情勢とグルジア情勢においては、会合を公開で行うか否か、或いはセルビアやグルジア側に加え、コソボやアブハジア側の代表者の発言を認めるか否か、その場合、如何なるステータスで発言を許すのか等、毎回の様に厳しいやり取りが行なわれている。
最後に、安保理「非」メンバー国の担当官の七つ道具には、 「安保理レポート」 というNGOが毎月刊行している、その名も「安保理レポート」が含まれるだろう。これは、その月に安保理で協議が予定される案件の背景や論点を簡潔に解説したもので、大変有益なものである。
7.結び
現在、日本は安保理メンバーではない。このため、私たちは自分の担当する案件に関する非公式の協議がある場合は、安保理の隣室で会合の終了を今か今かと待ち、会合が終了すると部屋から出てくるメンバー国の担当官を捕まえては情報収集を行なっている。安保理の内外を両方経験すると、安保理メンバーであることによる情報量や国際社会の意思決定に参画できる機会の格差、その責任と影響力の違いを痛感する。我が国が、安保理メンバー入りを目指す意義は将にここにあるのである。
国連代表部は本年10月の安保理非常任理事国選挙に当選すること、そして、安保理改革を成功に導き、常任議席を得ることを目指して一丸となって取り組んでいる。それに加えて、安保理メンバーとなった際にその立場を最大限活用できるように、この記事で述べてきたような安保理での作業方法についての組織的な記憶を構築することや、安保理の戦略的な活用方法につき検討すること等の準備を今から進めて行くことは重要であり、私も国連代表部の安保理チームの一員としてこれに取り組んで行きたいと考えている。
(了)