宮原信孝 研究員
ロウハニ師の大統領当選
6月15日に行われたイランの大統領選挙は、一回の投票で過半数を制したロウハニ最高安全保障委員会元事務局長が当選を決めた。ロウハニ師は、保守穏健派とされ、国民の経済に対する不満を背景に、改革派候補の選挙戦からの撤退後改革派を取り込み、保守穏健派に分類されているラフサンジャニ元大統領や改革派のハタミ元大統領などの有力者の支持を得て、勢力を急拡大し、当選にいたったとされている。 今回のイラン大統領選挙は、当初ラフサンジャニ元大統領を始めとする有力候補が立候補の資格なしとされ、現路線を変更するに足る候補者が見当たらず、過去に比べ、海外の注目度は低かった。しかし、ロウハニ師が一回で当選を決めると海外メディアは、同師が改革派ハタミ政権下で核交渉責任者を務めたこともあるせいか、対外政策の変更の期待を高めている。また、同師自身も当選後、核開発の透明化に言及し、欧米との対話を呼びかけている。
ロウハニ師はこの8月に大統領に就任するが、新大統領として本当にイランの外交政策を変え、経済回復等同国国民の期待にこたえていくことができるのであろうか。以下、イランの内政実態と安全保障についての考え方を踏まえながら、今後のイランの内政・外交について議論していく。
イランの内政事情
2010年9月の時点で、イランにおいてはイスラム革命以後最も激しい政治闘争が起こっていた。つまり、改革派の鎮圧を終えたアフマドネジャディ大統領が、既得権益をもつ保守派の政界からの排除を試みていた。イランでは、政府要職に就くと利権を得るという構造が出来上がっており、一旦利権を持つとそれは職を退いてからも保持することになる。これら利権をもつ保守派政治家は多数にのぼる。それら政治家の大部分が、イスラム法学者である。そのイスラム法学者たちから既得権益を奪い取ろうとしたのだから、イスラム法学者からの反発激しかった。
結局、アフマドネジャディ大統領のこの試みは、失敗に終わった。当初どう大統領の後ろ盾であったハーメネイ最高指導者も、イスラム法学者グループの一員であり、人事その他で同大統領の動きを封じた。これに物価と失業率の上昇による経済の沈滞が加わり、同大統領は次の大統領選挙に影響を及ぼす力はなくなっていた。多くのイスラム法学者からなる保守派との争いに敗れたのだ。
この結果、穏健であろうが過激であろうが、改革派であろうが保守派であろうが、イスラム革命の際に政治の舞台に踊り出た政治家だけがイラン政界で力をもつという状況となった。今次大統領選挙は、これら政治家間の権力闘争の一環として行われたと見るべきである。大きな構図は、ハーメネイ最高指導者とイスラム革命時に同指導者と同列にいたラフサンジャニ師等の政治家グループ間の対立である。
ハーメネイ最高指導者は、イスラム革命防衛隊と結びつき権力基盤を強化している。他のイスラム法学者からすれば、既得権益を守った現在、次の問題は、このままイスラム革命防衛隊的な対外強攻策が続き経済悪化がさらに深刻になり、国民の牙が現体制に向けられることである。これを逆転させる重要な一歩としてロウハニ師を立てて大統領権力を反ハーメネイ派が結束して奪取したと見ることができる。
イラン対外政策の内部矛盾
イランの為政者にとって現時点で最も重要なことは、現体制を守ることである。このためには、2つの危険に対処する必要がある。第1は、安全保障の問題、第2は国民経済の問題である。
安全保障に関しては、イランはイスラム革命以来米国と敵対してきているが、その米国に軍事的に包囲されていると感じている。イランの近隣諸国に米軍が駐留しているか同盟国が存在している。東隣のアフガニスタン、南のカタルやバハレーン、西隣のトルコ。北方のコーカサス諸国や中央アジア諸国も米国と緊密である。核やミサイルの開発は、イランにとっては当然の抑止力である。同時に、近隣に多くの敵対する国があるのであれば、同盟国ももつ必要がある。それらが、レバノンのヒズボラであり、シリアのアサド政権である。また、近隣諸国の力を削ぎ、イランに敵対的な力を向けさせないためのバハレーンやイエメンのシーア派への援助である。
しかし、国民経済は疲弊している。インフレ率30%超、失業率14%という悪化した経済を回復させるためには、孤立から脱却し、貿易が成り立つようにしなければならない。これまでイランは、米国を中心とした諸国がイランを包囲し、イランはその包囲の隙間や弱い部分を狙って政治・経済・社会的攻勢をかけ、包囲網の効果を弱めていくという対応を行ってきた。だが、今は、イランが抜け穴を狙ってもそれが米欧の制裁により次々に塞がれていっている状況である。もはや、イランが孤立から脱するには、核開発での譲歩しかなくなってきている。
ロウハニ新大統領とイラン情勢
ロウハニ新大統領は、イラン・イラク戦争後にラフサンジャニ大統領が行った対話路線で外交を進めるであろう。しかし、ラフサンジャニ時代との大きな違いは、イランが核開発を行っていることである。そしてそれを推進しているのがイスラム革命防衛隊に代表される強硬派であり、彼らが現実に力を持っているということである。
核開発については、国際社会が求めるウラン濃縮・再処理技術の開発の停止とIAEAによる検証の受け入れまでイランが行き着くには、国内的に大きな障害がある。強硬派が多数の国会およびイスラム革命防衛隊を説得できるかどうか分からない。次期国会選挙で政権に近い議員を多数得て国会を味方につけてもイスラム革命防衛隊を説得するのは難しい。ハーメネイ最高指導者がイスラム革命防衛隊側の主張を擁護すれば、イランが核問題で譲歩へと動くことは不可能となる。
また、たとえ、ハーメネイ最高指導者が譲歩の方に動いたとしても、シリアに出兵するイスラム革命防衛隊という要素がどのように悪影響を与えるか分からない。シリアでイスラエルと直接戦い、それが本土にも広がる両国間の戦争に結びつかないとも限らない。
まとめれば、新政権は、対話路線で外交を進めるであろうが、核開発交渉で決定的な譲歩を行うには、内政的な基盤が弱体で、しばらくは期待できない。