宮原信孝 研究員
今回の報告は、東京財団ユーラシア情報ネットワークよりの課題として筆を執ったものである。筆者には「イスラーム国」についての特別の情報源はなく、以下は、既存の書籍・プレス情報に基づき分析したものであることをお断りしておく。
「イスラーム国」と「アフガニスタン・イスラーム首長国」との違い
「イスラーム国(以下IS)」あるいは「シリアとイラクのイスラーム国(以下ISIL)」(*1)は、現代のイスラーム世界に現れたどのイスラーム系団体とも違う。モスリム同胞団、ヒズボラ、ハマスなどは、あくまでも結社であり、党である。それぞれの国や地域で政治的・軍事的活動を行い、政治的に重きを成したり、時には一部地域を支配したりしているが、国家の枠を超えての行動は行っていない。 1994年アフガニスタンに生まれた「アフガニスタン・イスラーム首長国(以下IEA)」は、ISに近いが、やはりISとは違う。なぜなら、IEAは、最大主要都市を含むアフガニスタンの90%を支配し、イスラームに従った国家を標榜したが、アフガニスタンを越えることはなかったし、今後タリバーンが政権を奪取してもこれは変わらないであろう。IEAは、タリバーンの主力をなすパシュトゥーン人の故郷で支配地をもち、アフガニスタン各主要都市を支配下に置いていった。また、IEAの首長オマルは、信徒たちの長(アミール・ムゥッミニーン)と呼称はしたが、イスラーム共同体全体の長を主張したことはなかった。 これに対し、ISは、首長をカリフと呼称し、カリフ制を主張している。IS戦闘員は、多くが、イスラーム諸国ばかりでなく、欧米豪からもやってきている。これは、ISが、既存の主権国家制の枠を超えて、イスラーム共同体を志向していることを意味する。ISの出現は、欧州で作られ、19世紀以降世界に広まった現代の国際秩序へのイスラームの挑戦ということができる。
イスラームの挑戦
ISは、『「サイクス・ピコ協定」に遡る現状の秩序の打破を掲げ』(*2)ていると言うが、これをシリア、イラク、レバノン、パレスチナ等東アラブの国境の変更がISの目的であると短絡的に解釈してはいけない。これは、ISの目的の一部に過ぎない。ISが狙っているのは、イスラームの誕生当初に築かれたとするイスラーム共同体の再興である。この共同体では、アッラーから下されたコーランを基礎に正当な指導者、つまり最高にして最後の預言者ムハンマドの後継者カリフが、統治する。アッラーを信じる、いわゆるモスリム・モスリマ(*3)は、その後継者の統治あるいは指示に服する。 従って、ISの指導者が、カリフを称するとすれば、モスリム・モスリマはどの国に住んでいようとその指示に従わなければならない。たとえ、その指示が居住国の法令に違反しようとも、である。実際、ISは、20,000人から31,500人の兵員をもち、そのうちの15,000人以上が80カ国以上からやってきた外国人で、西洋人は2,000人に達するとされる(*4)。彼らは、ISの信条に共感してこの運動に参加したとも言えるが、イスラームの観点からすれば、カリフの指示に従った、ということになる。 先月24日に採択された国連安保理決議2178(*5)は、この状況を如実に示している。この決議は、加盟国に対し国連憲章第7章下の「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」を求め、国際協力を呼びかけ、国連諸機関に必要な行動を要請している。そしてその中身は、人と資金の移動の制限に関することに集中している。外国人テロ戦闘員及びその予備軍について、主権国家の法令の下に置き、このような人物を危険分子として現国際秩序の中で処分しようとしている。 主権国家からすれば、自らの法令に反してISの指示に従い、シリアやイラクで戦闘をするだけでなく、帰国後はいつ同主権国家の秩序と平安を破壊するか分からない戦闘員を自国にもつということは耐えられないことである。これに対し、ISからすれば、このような戦闘員は、これまでイスラームに従ってこれらの主権国家で過ごしてきたモスリム・モスリマを同主権国家のくびきから解放し、イスラームの秩序と平安をもたらす尖兵なのである。 イスラーム世界は、20世紀になって欧米の秩序に対し逆襲を始めた。最初は民族主義の名で、次にオイル・マネーの力で。しかし、それらはあくまでも、欧米が19,20世紀に築き上げた国際秩序の範囲内のことであった。これが21世紀になって、現国際秩序の変更を求めるイスラームの挑戦に移ってきている。 21世紀になって、旧文明諸国からの現国際秩序への変更を求める動きが見えてきている。チャールズ・キング(*6)は、「欧米の自由主義モデルの支配に挑戦状を突きつける論理的に一貫した国家モデルが出現した」とし、ロシア、中国、ナイジェリア、北朝鮮を例としてあげている(*7)。また、星野俊也(*8)は、国家軸の国際秩序が限界にきており、「人の平和」を軸として「未来共生秩序」を提唱している(*9)。イスラームも既にイスラーム金融やハラール制度を市場経済に持ち込むことで実質的にこれまでの経済秩序の変革をもたらしている。 ISの誕生とその勢力の拡大によって、イスラームによる国際秩序の変更の要求が如実になっている。これはイスラームの挑戦である。今は、アラブの「民主化が挫折」し、「過激派に勢い」がある(*10)。ISの傘下に「タリバーン系」などが入ったとも言われる(*11)。現国際秩序を支えるG20等の主要国が今でも強力であることを勘案すれば、イスラーム誕生時のイスラーム帝国のように、ISがこのまま勢力を伸ばし、イスラーム共同体として確立するというような見通しは描けない。しかし、国家の上に立つ価値を認めよとの要求はイスラーム側から続くであろう。これに対して日本を含む既存主権国家群がどのような解答を用意するかが、今後の課題となろう。
(注)
- (*1)シリアとイラクにまたがってできた「イスラーム国」は、Darr Islamiyat fi Iraq wa Shamがアラビア語名称であるが、Shamがダマスカスを中心とする大シリアを表すため、英語標記では、Islamic State in Iraq and Levant (あるいはSyria:ISILあるいはISIS)とされている。国連決議では、ISILとされていたので、ここではISILとした。また、本報告では分かりやすいように「イスラーム国」(IS)とした。
- (*2)2014年9月12日付日経新聞p29「経済教室・強まる地政学リスク○下民主化挫折 過激派に勢い」4段目5-7行 池内恵 東京大学准教授
- (*3)モスリムが男性イスラーム教徒、モスリマが女性イスラーム教徒
- (*4)Newsweek 2014年9月12日付「CIA reports ISIS has up to 31,500 fighters」 http://www.newsweek.com/cia-reports-isis-has-31500-figs-270122
- (*5)http://unscr.com/en/resolutions/doc/2178
- (*6)ジョージタウン大学教授
- (*7)2014年9月10日付日経新聞p33「経済教室・強まる地政学リスク○上中間層の台頭『混乱』を生む」4段目区分けの後2-5行等。
- (*8)大阪大学副学長
- (*9)2014年9月11日付日経新聞p27「経済教室・強まる地政学リスク○中国家軸の秩序限界に」
- (*10)上記(*2)9月12日付日経新聞記事
- (*11)2014年10月20日付日経新聞P7記事『「イスラム国」過激派が便乗』