[特別投稿]和田大樹氏/東京財団アシスタント
2014年に入り、ISIL(イラクとレバントのイスラム国)がイラクへ勢力拡大し、6月にその指導者ダグダディが「イスラム国(IS)」の建国を一方的に宣言してから、ISとイラク軍、クルド人民兵組織ペシュメルガ、さらに空爆を実施する米軍などとの攻防は一進一退の模様を見せている(2014年11月26日現在)。そして当然のごとく、国際社会の注目はその攻防が続くイラクやシリアに集まっているが、ISをより深く分析するならばそれだけでは不十分だ。今日ISは領域を支配する軍隊のように、シリア北西部からイラク西部・北部に及ぶ一帯を実行的に支配しているが、その影響力は何もイラクやレバント地域に限定されるものではなくなっている。 これはアルカイダコアのようなグローバルなサラフィージハーディスト集団にも言えることだが、ビンラディンが率いていたアルカイダコアが、9.11以降の米軍による軍事作戦で弱体化する一方、AQAP(アラビア半島のアルカイダ)やAQIM(マグレブ諸国のアルカイダ)などのアルカイダ系統、また目的や価値観が一致した場合にアルカイダと協調路線を取るマクディスやボコハラムなどのイスラム過激派が台頭したことで、全体として国際テロの脅威、アルカイダの脅威というものは全く低下しなかった。むしろ脅威の質が変化し、アルカイダは“組織”機能だけでなく、アルカイダの考え方に賛同するグループを世界的に繋ぐ“ネットワーク”機能、アルカイダの名前を使うことで外国の同系統の組織と関係を強化できるという意味での“ブランド“機能、社会的不満などから自らの存在意義を見つける意味での“イデオロギー”機能などまでを有する多機能な存在に変化したといえる。
そして2011年の米軍のイラクからの撤退、アラブの春、シリア内戦など中東の動乱を潜り抜ける中で、組織的に、軍事的に、財政的にアルカイダコアを凌ぐまでに台頭したISも、通信のグローバル化やサイバー空間を巧みに利用し、アルカイダのように“組織”だけでなく、今日では“ブランド”や“ネットワーク”、“イデオロギー”としての機能を併せ持つようになりつつある。
そしてその影響は、中東やアフリカのテロ情勢が深刻化する中、近年は大規模な国際テロ事件が発生していない東南アジアのテロ情勢にも少なからず広がっている。依然として東南アジアでは、フィリピンの新人民軍やアブサヤフによる襲撃事件や身代金目的の誘拐事件、またタイ南部のイスラム過激派によるテロ事件などが頻繁に発生している一方、インドネシアでは欧米権益を標的とするテロを繰り返してきたジェマーイスラミア(JI)が、治安当局によるテロ掃討作戦により多くの幹部を失い、組織的に弱体化した(しかし今日では、東インドネシア聖戦士機構“MIT”やジェマー・アンシャルット・タウヒッド“JAT”による小規模な襲撃、テロ事件などは発生している)。ちなみにインドネシアでは、9.11同時多発テロ以降、2002年10月のバリ島・ディスコ爆弾テロ事件(202人死亡、約200人負傷)をはじめ、2003年8月のジャカルタ・米系ホテル爆弾テロ事件(12人死亡、約159人負傷)、2004年9月のジャカルタ・豪大使館爆弾テロ事件(9人死亡、約150人負傷)、2005年10月のバリ島連続テロ事件(23人死亡、100人以上負傷)、2009年7月のジャカルタ・米系ホテル爆弾テロ事件(9人死亡、50人以上負傷)などが発生している※1。
そしてそのような東南アジアのテロ情勢に、昨今ISがどのような影響を与えているかについて、まずフィリピンの事例を観てみたい。フィリピン南部のスールー諸島を拠点とするイスラム過激派アブサヤフは、比軍と米軍による掃討作戦でダメージを受け、組織的に弱体化し、近年は身代金目的の誘拐事件を繰り返すなど一般犯罪的要素が濃い組織になっている。そのような中、アブサヤフの最高幹部は2014年7月にイスラム国への支持を宣言し、10月には、同年4月にフィリピン西部の沖合で拉致したドイツ人夫婦を解放する条件について、身代金約5億9千万円の支払い、またドイツの米軍などによるイスラム国への空爆に対する支持の撤回を要求した※2。そしてその後、身代金の一部が支払われ(その詳細については分かっていない)、10月17日夜にそのドイツ人夫婦は解放された※3。
近年のアブサヤフの動向を分析すると、アブサヤフはアルカイダやISのような”terrorist group”という以上に”criminal insurgency”に近い存在と捉えることも可能で、そのような観点から、組織の存続と復活を実現するためにISを利用しているだけに過ぎないとの見方もある。実際このケースにおいて、ドイツはISへの空爆に対する支持を撤回してはおらず、それでも一部の身代金が支払われたとのことで人質が解放された事実から、アブサヤフがイデオロギー的に深く染まってISへの支持を宣言したのではないとの見解を導き出すことは可能だ。しかし一方で、アルカイダとの歴史的な繋がりを持つアブサヤフが、アルカイダと対立するISへの支持を表明したことからは、今日においてISはアルカイダを中心とするイスラム過激派より勢いがあり、またフィリピンからも少なくとも100人以上がISにリクルートされたとの報道もあり※4、ISの存在というものは少なからず東南アジアのテロ情勢にも影響を与えていることは間違いない。
そして2009年以降大規模なテロ事件が発生しておらず、JIの弱体化に成功したインドネシアにおいても、治安当局者を中心にISの影響力が国内に浸透することに大きな懸念が示されている。インドネシアは世界最大のムスリム国家である以上、このような問題は常に同国を悩ませるものであるが、インドネシア当局の情報では、既に60人程度のインドネシア人がISの活動に参加し※5、中には指導的な立場を務める者や自爆テロ要員になる者もいるとされる※6。例えばSITEの10月14日付けの報告によると、ISに参加するインドネシア人男性が同月11日、イラク北部のティクリートで自爆テロを実行し死亡したとされ、インドネシア当局はこのような自爆テロ犯として死亡したインドネシア人はこれで4人目としている(10月中旬の時点で)※7。 一方、インドネシア国内に目を向けても、同国内でISを支持する者たちが治安当局に逮捕される事例が報告されている。例えばインドネシアの国家警察対テロ特殊部隊”Densus 88”は9月13日、ISと連携してインドネシア国内でテロ攻撃を計画しているとしてトルコ旅券を所持した外国人4人と(後に中国のウイグル族と判明)、インドネシア人3人を中スラウェシ州パリギモトン県内で逮捕した※8。そして後の捜査で、逮捕されたウイグル系とされる男4人はポソの密林地帯を拠点とするイスラム過激派MITのリーダー、サントソに接触を図ろうとしていたことが明らかとなっている。また同国内のモスクや教育施設が過激派要員の育成場所になっているとの懸念は長年同国内にもあったが、ISの影響で治安関係者は警戒心を一層強めている。さらに昨今、JIの創設者で精神的な指導者でもあるアブ・バカル・バシル(収監中)がISへの支持を表明し、IS対策で欧米と連携する日本も聖戦の標的になる可能性があるとの認識を示した※9。以上のような事情もあり、今日インドネシア国内ではISに忠誠を誓う過激派組織や個々人が増加することに伴い、同国内で再び欧米権益を狙ったテロ事件が発生するリスクがあると警戒感が拡がっている。
最後にマレーシアであるが、マレーシアは東南アジアの中でも非常に治安が良く、9.11以降でも大規模なテロ事件は起こっていない。しかし昨今では、治安当局によるIS関係者の逮捕事例が報告されている。例えば11月22日に同国国家警察が明らかにした声明によると、同警察はクアラルンプール、そしてそれと隣接するセランゴール州で実施した一連のオペレーションで、ISへの資金調達をしていた容疑でマレーシア人3人を逮捕した※10。逮捕された容疑者3人は、イベント会社のマネジャーや役所の事務員などで、一見ISとは関係がないように見えるが、ISを支援するためフェイスブックを通じて資金調達活動を行い、さらにISの戦闘への参加を希望する国内のテロ要員らをシリアやイラクに送るための渡航費の寄付を募る活動も行っていたとされる。また10月にも同警察はセランゴール州で一連のオペレーションを行い、IS支援のため新規メンバーをリクルートする活動を行っていたマレーシア人14人を逮捕した※11。そのうちの1人は、既にシリアでISの活動に参加した経験があり、2014年4月に帰国したとされる。 そして実際に現地でISの活動に参加するマレーシア人は40人くらいで、ISの公式ウェブサイトによると、2014年5月26日にイラク西部アルアンバル州でSWAT(特殊火器戦術部隊)本部に自爆テロを実行したのはマレーシア人であるとされる※12。
このようにフィリピン、インドネシア、マレーシアの事例を観ただけでも、ISが東南アジアのテロ情勢に少なからず影響を与えていることが分かる。東南アジア地域内で領域を支配するISが台頭するわけではないが、東南アジアからイラク・シリアへ渡り、ISの活動に参加する者がいたり、また国内でISを支持する勢力が出現したりするなど、そのブランド、ネットワークとしての影響力は、東南アジア諸国の治安当局にとっても大きな懸念材料となっている。
2014年11月、ミャンマーのネピドーで東南アジア諸国連合(ASEAN)に日米中など8カ国が加わる東アジア首脳会議(EAS)が開催されたが、そこでもイスラム国は各国共通の脅威であり、国際社会が協力してISの封じ込めに向けた取り組みを強化することが確認された※13。多国籍集団ISに対峙するには、このような積極的な国際協力が何よりも重要となる。
- ※1 「今日の東南アジア、中国のテロ情勢 ~アルカイダやシリア内戦の影響を受け自己過激化するテロに注意~」, p.80, インテリジェンスレポート2014年5月号
- ※2 http://www.gmanetwork.com/news/story/381623/news/regions/abu-sayyaf-threatens-to-kill-captive-taken-in-sabah-report
- ※3 http://www.aljazeera.com/news/asia-pacific/2014/10/philippines-abu-sayyaf-hostages-2014101713310373157.html
- ※4 http://www.breitbart.com/Big-Peace/2014/08/26/Over-100-Filipino-Youngsters-Recruited-For-Islamic-State
- ※5 http://thediplomat.com/2014/11/indonesian-military-chief-isis-is-the-worst-idea-in-history/
- ※6 https://news.siteintelgroup.com/Jihadist-News/is-publishes-photo-report-on-attack-by-indonesian-suicide-bomber-at-speicher-base.html
- ※7 http://www.channelnewsasia.com/news/asiapacific/indonesian-suicide-bomber/1414654.html
- ※8 http://khabarsoutheastasia.com/en_GB/articles/apwi/articles/features/2014/10/03/feature-02
- ※9 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/article/130350
- ※10 http://www.themalaysianinsider.com/malaysia/article/3-malaysians-arrested-over-isis-links
- ※11 http://www.tnp.sg/news/malaysia-arrests-14-isis-militants-including-3-key-figures#
- ※12 http://www.straitstimes.com/news/asia/south-east-asia/story/malaysias-first-isil-bomber-blew-25-soldiers-iraq-says-report-201406
- ※13 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201411/2014111200584&g=pol