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イスラム国(IS)とオーストラリアのテロ情勢

January 9, 2015

[特別投稿]和田大樹氏/東京財団アシスタント

ポスト9.11以降の国際的なテロ情勢において、そのエピセンターは今日まで中東や南アジア、アフリカであり、オーストラリアがあるオセアニアは東南アジアや北米、欧州など以上にperiphery(周辺)的な存在であったと言える。しかしオーストラリアはアフガニスタンにおける米国主導のテロとの闘い、2003年のイラク戦争、そして昨今のISに対する有志連合による空爆などにおいて、米国と共にリスク(人的損害の危険性)をシェアする形で対応してきたことから、アルカイダなどのグローバルジハーディスト集団からすると、オーストラリアは第一義的な敵(標的)であったことは間違いない。そしてオーストラリア国内ではそれらによる具体的なテロ事件は発生してこなかったものの※1 、アルカイダとジェマーイスラミア(JI)によるユダヤやイスラエルの権益を狙った未遂テロ(2000年シドニー五輪開催中)、またアルシャバブの影響受けたグループによるHolsworthy陸軍基地を狙った未遂テロ(2009年8月)など事前に警察に検挙されたことでテロ実行には至らなかった事例は数件報告されている※2

またアルカイダのイデオロギーに賛同し、同組織と歴史的な繋がりを持っていたインドネシアのイスラム過激派組織JIの存在は、隣国のオーストラリアにとって大きな脅威であった。インドネシア国内では9.11同時多発テロ以降JIによる多くのテロ事件が発生してきたが、例えば2002年10月のバリ島・ディスコ爆弾テロ事件(202人死亡、約200人負傷)では88人のオーストラリア人が犠牲となり、2004年9月にはジャカルタのオーストラリア大使館が標的とされる爆弾テロ事件(9人死亡、約150人負傷)が発生した。さらにある一部の情報によると、JIはオーストラリア国内に”Mantiqi IV”という支部を設け、同国内の若者を中心に過激化させる活動を行っていたとされる※3

一方シリア内戦の機に同国内で勢力を拡大したISなどに参加するため、世界約80ヶ国以上から約15000人が外国人戦闘員としてシリアへ渡ったとされているが※4 、欧州各国ほど多くはないにしても、少なくとも60人以上のオーストラリア人がISなどの活動に参加しているとされる(中には自爆テロを行った者もいる)※5 。そしてそのような者が帰国、もしくは帰国せず現地から国内にいる仲間を利用する形でテロを実行し、またテロとは無縁だった者が、ISなどによるインターネットを使ったイデオロギー拡散戦略の影響を受け、自ら自発的にテロを行うことなどが強く懸念されている。

このように観ると、オーストラリアは長年ジハーディストによるテロの脅威に直面しており、2014年12月15日にシドニー中心部で発生した人質立てこもり事件も、あれが一般犯罪の枠内で収まるものかどうかの議論はあるにせよ、“偶然に発生した”というよりは“発生する強い蓋然性がある中で発生した”と分析すべきだろう。

そして今日では一定の領域を支配する軍隊のような組織に強大化したISは、“ブランド”や“イデオロギー”としての機能も併せ持つようになりつつあり、その影響はジハーディスト関連のテロ事件が具体的に発生してこなかったオーストラリア国内にも浸透している。

以下はISを巡る昨今のオーストラリア国内の状況について時系列に並べたものである。

2014年9月:オーストラリア警察は10日、クイーンズランド州ブリスベン南郊のイスラムセンターで強制捜索を実施し、21歳と31歳の男をテロ関連容疑で逮捕した。2人はシリアで活動するアルカイダ系のアルヌスラの戦闘に加わるためシリアへ渡航する者を勧誘し、渡航の手配、資金援助をしていたとされる※6

2014年9月:オーストラリア警察は17日、シドニーとブリスベンで対テロ一斉家宅捜査を実施し、一般市民を狙った無差別殺人テロ計画をしていた容疑で15人を逮捕した。その計画を指示したのはイスラム国に幹部として参加するアフガニスタン移民のオーストラリア人で、警察は同幹部が容疑者に電話で指示した内容を探知し、その2日後に800人体制で大規模捜査に踏み切った。また他の容疑者の一人はシドニーとブリスベンで一般人を無作為に選んで誘拐し、斬首する様子をビデオに収め、シリアのISにそれを送る計画を進めていた疑いが持たれている※7

2014年9月:オーストラリア警察が23日、メルボルン郊外のエンデバーヒルズにある警察署前で、テロ容疑が疑われる18歳の男に対し事情聴取を開始しようとしたところ、突然男が警察官2人を刺した。この後すぐに男は別の警察官に射殺されたが、ISの旗を持っていたとされる※8

2014年11月:シドニー南西部グリーンエーカーで3日早朝、イスラム教シーア派教徒の男性(47歳)が顔や肩などをショットガンで銃撃される事件が発生した。この事件の目撃者によると、事件前にISの支持者を名乗るグループが、モスクの前で「ISは不滅でシーア派は異端」などと叫んでいたとされる。この事件についてアボット首相は4日、ISの支持者による犯行だとの見方を示した※9

2014年12月:オーストラリア当局は4日、人道支援などの正当な場合を除き、ISが首都と定めるシリア北部のラッカ県など危険地域へのオーストラリア国民の渡航、滞在を禁止する法律を初めて同国民に適用した。オーストラリア国民のシリア・イラクなどの危険地域への渡航、滞在を禁止する法案は10月に議会を通過し、正当な理由なく同県への渡航や滞在が確認されれば、最高10年の懲役刑となる※10

2014年12月:オーストラリア警察は、シドニー中心部のビジネス街マーティンプレイスのカフェで15日午前、銃を持ったイラン出身の男(50)が店内の店員や客など17人を人質に取り立てこもった事件で、16日未明店内に突入し、男と銃撃戦を交わした末、男を射殺した。人質の男性(34)1人と女性(38)1人が死亡、警察官1人を含む4人が負傷した。男は人質を数人ずつ交代でイスラム教の旗を持たせ、窓際に立たせることを命令する一方、人質1人にアボット首相との面会を要求するとした声明文を読ませ、メディアにビデオ声明を送信したとされる。男はイランから20年前に難民としてオーストラリアに渡ったが、2002年以降女性に対する強姦罪や元妻の殺害罪で逮捕された犯罪歴があり、精神的にも不安定であったとされる。またこの男は最近になりシーア派からスンニ派にコンバートしたとされる。一方この事件について、オーストラリア当局はISなどとの関連が見えず、テロとは断定していない※11

これらの事例を観ると、各ケースでシリアとイラクで活動するISがオーストラリア国内でテロの計画から実行までを率先してやっているわけではないことが分かる。現地のISの活動に参加するオーストラリア人が、オーストラリア国内にいる仲間と共謀してテロを実行しようとしていた事例は報告されているが、むしろ今日のオーストラリアが抱えるテロの脅威は、”組織としてのIS”以上に、”ブランド機能としてのIS”、”イデオロギー機能としてのIS”だろう。2014年夏ごろからイラクで勢力を拡大し、組織的、財政的、軍事的に強大化する事に成功したISは、停滞しつつあったアルカイダを中心とするグローバルジハードネットワーク、またそれに参加するイスラム過激派組織に強い刺激を与え、ISを支持するイスラム過激派組織やそれに影響を受ける個々人の獲得に漕ぎ着けた。特にオーストラリア国内にはアルカイダ系の正式な拠点はないため、そのようなイスラム過激派グループの存在よりも、過激な思想にインスパイアーされた個人、もしくは集団によるホームグローン的なテロの方がより現実的な脅威になっている。ISなどとの直接の関係はなくても、いつ誰が起こすか分からない個別具体的なテロ(アイマンザワヒリもdo-it-yourself terrorismとして推奨している)の脅威に今日のオーストラリアは直面している。

また一方、仮に去年12月シドニー中心部で発生した人質事件のように、警察当局がテロと断定していない場合であっても、ある者がISのような組織の過激なイデオロギーに染まることで、“テロとは性質を異にする暴力”を生み出し、結果として治安上の脅威を社会 に拡散させることもある。要はテロ組織による暴力であっても、いわゆるテロ行為だけを生み出すのではなく、一般的な犯罪や大規模なものでは戦争という暴力を誘発することもあり得る。例えば1988年に誕生したアルカイダは今日まで国際的なテロ事件を発生させる一方、9.11同時多発テロをきっかけにアフガニスタン戦争という“大規模な形態の暴力”を誘発し、さらにイデオロギーやブランドとして拡散したことから、社会経済的な不満を持つ若いムスリムなどを一般犯罪へと駆り立てた。

以上のようにみると、ISは組織としてだけでなく、ブランドやイデオロギーとして機能することで、オーストラリア国内の治安に現実的な脅威を与えている。また上述したとおり、ISの台頭以前にもオーストラリア国内にはアルカイダなどによるテロの脅威は存在していたが、急速に強大化したISの勢いに刺激を受けるかのように、昨今のオーストラリアのテロ情勢は緊張が高まっている。今後の動向を予想することは簡単ではないが、このような問題が生ずる背景の一つに国家間の相互依存・グローバル化の深化があることから、軍事・非軍事両面からのISに対する締め付けをバランスよく実行し、組織的、財政的、軍事的にISを弱体化させていく事がこのようなリスクを低下させるショートカットであることは間違いない。

  • ※1 Blair Morris, “Islamic Radicalization in Australia: Index of Radicalization”, International Institute for Counter-Terrorism, August.19, 2013, p.57.
  • ※2 http://www.news.com.au/national/australias-jihadist-scene-has-been-very-small-and-terror-experts-are-trying-to-connect-the-dots-to-most-recent-alleged-plot/story-fncynjr2-1227063071043  詳しくは、Andrew Zammit, ”Tracking Australian Foreign Fighters in Syria”, CTC Sentinel November 2013 などを参照。
  • ※3 Blair Morris, “Islamic Radicalization in Australia: Index of radicalization”, International Institute for Counter-Terrorism, August.19, 2013, p.25.
  • ※4 http://www.theguardian.com/world/2014/oct/30/foreign-jihadist-iraq-syria-unprecedented-un-isis
  • ※5 http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/australiaandthepacific/australia/11103346/Australia-foils-Islamic-State-terror-plot-to-commit-Lee-Rigby-style-murders.html
  • ※6 http://www.abc.net.au/news/2014-09-18/authorities-thwart-beheading-plot-in-australias-biggest-raid/5754276
  • ※7 http://www.abc.net.au/news/2014-09-18/anti-terror-police-mount-large-scale-raids-in-sydney-brisbane/5752002
  • ※8 http://www.heraldsun.com.au/news/law-order/man-shot-dead-two-counterterrorism-officers-stabbed-outside-endeavour-hills-police-station/story-fni0fee2-1227068293410?nk=243d537e1a275e37f40b561509786d51
  • ※9 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201411/2014110400541
  • ※10 http://www.abc.net.au/news/2014-12-04/bishop-declares-it-an-offence-for-australians-to-visit-al-raqqa/5943094
  • ※11 http://www.reuters.com/article/2014/12/15/us-australia-security-idUSKBN0JS0WX20141215
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    • 和田 大樹
    • 和田 大樹

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