村上政俊(同志社大学嘱託講師)
トランプ政権下での米中関係は、いままでの共和党政権とはやや異なる揺れ動き方を示している。これまでは政権発足当初の対中強硬姿勢が軟化して米中協調にシフトするという流れが多かった。典型がニクソン政権だろう。反共の闘士として鳴らしたニクソンが、策士キッシンジャーを使ってニクソンショックという劇的な米中接近を仕掛け、世界中に衝撃が走った。
選挙期間中からトランプ大統領も中国に対して強硬な発言が目立っていた。記憶に残るのが、中国からの輸入に関税を最大で45%課すという発言だろう。これに対して中国側からは、楼継偉財政部長(当時、その後事実上更迭)が非理性的と批判した。中国を為替操作国に認定するとも息巻いていた。また、2015年9月の習近平国家主席の国賓訪米については、自分が大統領なら晩餐会ではなくハンバーガーを供すると酷評した。
大きな転機となったのが今年4月だった。トランプと安倍晋三首相がその二か月前に会談したのと同じトランプの個人別荘(フロリダ州パームビーチのマーラ・ラゴ・クラブ)で開かれた米中首脳会談。中国は崔天凱駐米大使(前駐日大使)がトランプ娘婿のクシュナー大統領上級顧問とのパイプを構築して開催に漕ぎ着けた。席上、北朝鮮が主要テーマの一つとなった。トランプは会談にタイミングを合わせてシリアを空爆し、中国を牽制することは忘れなかったものの、選挙期間中から繰り返し批判の矛先を向けていた経済問題で中国側に猶予を与えたのは、北朝鮮問題での協力を中国から引き出すためだった。こうして為替操作国の認定は見送られた。対中宥和に踏み出したトランプは自身のツイッターでも、石炭輸入禁止に踏み切ったとして習近平を称賛。ミサイル実験を繰り返す北朝鮮は習近平の望みを踏みにじったと批判した。
北朝鮮問題が米中接近をもたらしたのはこれが初めてではなかった。ブッシュ・ジュニア政権が対中接近に舵を切ったのは、9.11後に中国が対テロで協力姿勢を示したことがきっかけだったが、接近を加速させたのは北朝鮮の核開発(第二次核危機)だった。対中姿勢の転換はこれまでにもあったとはいえ、その時期が政権発足から間もなくであったことには驚きが広がった。ニクソン政権はキッシンジャー訪中まで二年半、ブッシュ政権は江沢民のブッシュ私邸への招待まで二年弱と過去の政権では宥和への転換には少なくとも約二年を要していた。選挙期間中の強硬姿勢との整合性をという考慮もあったかもしれない。
ところがトランプはすぐさま対中強硬に再び転じた。こうしたトランプの姿勢は外交現場においても共有されているようだ。サウスカロライナ州知事から国連大使に転じたヘイリーは、7月28日の北朝鮮ICBM(大陸間弾道ミサイル)発射にあたり、結果が得られないなら意味がないとして安保理緊急会合の開催を求めないとした。最終的には8月5日に北朝鮮による石炭などの輸出を禁止する安保理決議2371号が採択されたものの、米中協力に消極的な態度がもたげている。
トランプ政権の対中姿勢が二転した原因については複数考えられる。まず政権内で中国への失望が広がったという見方だ。端的な表れが、中国は北朝鮮に関して口だけで我々のために何もしていないというトランプのツイートだろう。北朝鮮に対して大きな影響力を持つとされる中国が、問題解決に向けて明確に行動しないことへの不満が鬱積しているという見立てだ。次に挙げられるのが大統領自身の個性だ。世界中が知るところだが、トランプの政治手法は既存の政治家とは大きく異なり、そこに不確実性を見出す向きも多い。ここに強く理由を求めるのであれば、対中姿勢は今後も強硬と宥和の間を揺れ動くとの推論が強まる。
長期の戦略レベルで考えれば、米中対立は必然だという見方もあろう。尖閣を含む東シナ海、南シナ海での中国の海洋進出は言うに及ばず、習近平政権はユーラシア大陸全体を視野に入れながら一帯一路を打ち出すなど、アメリカの覇権に挑戦する姿勢をますます明確にしている。こうした観点に立てば、これまでの共和党政権下では作用していた米中接近のモーメンタムがもはや効用を失っており、トランプ政権の中国からの再離反も戦略性が認められよう。
いずれにしも純粋な政治学的な手法だけではトランプ政権の今後の展開を予測することには限界がある。そこで頼りとなるのが大統領権限を通じたアプローチだ。大統領権限は拡大基調にあるものの、当然にしてそれには自ずと限界が存在する。であるならばその限界を画定させ、トランプが何ができて何ができないのかを炙り出すことで、アメリカの対中政策の今後を確度を高めて占うことができるのではなかろうか。本稿では言及しなかったが、大統領権限を通じてアメリカの対外政策を検討する場合は、大統領と議会の関係についても考慮に入れなければならない。本プロジェクトでアメリカの外交政策、なかんずく対中政策を大統領権限の視点から分析する背景は以上の通りである。