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日本の農政を斬る! 第5回「事故米が暴く農政の根本的な矛盾」

September 25, 2008

山下一仁 東京財団上席研究員

事故米の発生と対策

米粉加工会社「三笠フーズ」が農水省から工業用の糊に処分することを目的として売却を受けた事故米(アフラトキシンというカビ毒やメタミドホスという残留農薬等で汚染されたコメ)を焼酎、あられ、せんべい、菓子などの加工用途、保育園の給食用、弁当等に不正に転売、横流しをした事件が発覚した。その後も3つの企業が同じような横流しをしていたことが発覚した。事故米8,368トンのうち横流しされなかったことが確認できたのはわずか213トンにすぎず、半分以上の4,263トンは横流し業者に処分され、残りも調査中である。事故米に認められている工業用の糊に売却すると1万円程度だが、焼酎、あられ、せんべいなどの加工用途に仕向けると5万円、食用なら25万円から35万円で売却できる。横流しするとかならず儲かるのである。

三笠フーズに対して、農水省は5年間にわたり検査を96回実施したが、不正を見抜けなかったという。しかし、三笠フーズの帳簿に工業用のり製造会社に売却したと書いていたら、農水省の担当者がその工場にまで出向いて確認していれば偽装は簡単に見抜けたはずだ。三笠フーズの担当者も、三笠フーズが事故米を工業用の糊に加工する化学品メーカーに販売したとする農水省に対する虚偽の報告資料も「商品の行き先をたどれば、簡単に虚偽を見抜けたはず」と話している。また、検査日を事前に三笠フーズに通告して検査を実施していた点も国会で追及され、担当局長は検査の杜撰さをただただ陳謝するだけだった。

さらに、工業用の糊には小麦でんぷんやタピオカでんぷんが使用されており、コメはほとんど使用されていないことも報道され、農水省が需要を把握しないで売却したと批判されている。

過去に農水省がカドミウム米を工業用の糊に処分したことがあったが、このような事件は起こさなかった。イタイイタイ病発生の原因となったカドミウム米について、農水省は昭和45年に、厚生省から「1ppm未満の玄米は人体に有害であるとは判断できない」との見解が出されたことを踏まえて、1ppm以上のカドミウム米の販売を禁止したうえ、0.4ppm以上1ppm未満の玄米についても、消費者の不安を配慮して工業用の糊用に処分した。このとき、売却以前の段階から、コメを粉々に粉砕したうえで、ベンガラで赤い色をつけるという横流しが起きないような処置を徹底していた。当時の農水省の担当者は、用途によって大幅な価格差がある状況の中では、不正転売が起こるのは当然と考えていたのである。しかも、現在でもカドミウム米は年間数十トンの規模ではあるが、このような処理をして販売している。

ところが今回売却された事故米は通常市場流通しているのと同じ丸米である。今回は売却後に三笠フーズに破砕処理を要求していたため、多くのコメについて破砕はなされないまま流通してしまった。これでは不正に転売してくれと言っているようなものだ。しかも、汚染の一つとなったアフラトキシンというカビ毒は自然界最高の猛毒で、カドミウムとは比較にならない毒性を有している。カドミウム米以上に不正転売に注意すべきだったのに、そのような注意は払われなかった。

しかも、このような事件を引き起こしながら、事件発覚後の9月12日、農水省の白須敏朗事務次官は「責任は一義的には食用に回した企業にある。私どもに責任があると考えているわけではない」と発言し、さらに太田農相は「人体に影響がないことは自信をもって申し上げられる。だからあんまりじたばた騒いでない」と発言した。消費者重視を内閣の看板に掲げていたにもかかわらず、事件を起こしたばかりか、退陣直前に看板に泥を塗るような発言を行った大臣と次官を更迭せざるをえなかった福田首相の無念は察するに余りある。

9月22日政府は事故米を廃棄処分し流通させないという対策をとりまとめたが、事故米が発生した後にどうするかという対策であり、事故米を発生させないようにするための根本的な対策ではない。それどころか、このための検査人員を拡充するというのであれば、農水省は焼け太りするだけであり、行財政改革に逆行する。

ミニマムアクセス米が問題を起こした。

今回問題になったコメは「ミニマムアクセス米」と呼ばれる輸入米である。1993年のウルグアイラウンド合意でコメについて関税化の特例措置を採り輸入数量制限を維持した代償として、また、その後1999年に関税化に移行し778%の高い関税を設定することの代償として、日本が消費量の8%に当たる77万トンを低い関税率で輸入するよう義務付けられているものだ。

なぜ同じく100万トンもの在庫を持つ国産米に事故米はなく、輸入米だけに事故米が発生したのだろうか? 原因はミニマムアクセス米の処理の仕組みにある。政府はミニマムアクセス受入れにあたり、農家に対して、国内の需給、すなわち国内のコメの生産には影響を与えない、減反を強化しないという閣議了解を行った。そのため、輸入量の大半を海外への食糧援助用などとして保管しているのである。食糧援助は海外から要請がなければ売却できない。したがって、そのときまで長期間保管せざるを得ない。昨年10月末の時点で在庫はミニマムアクセス米の年間輸入量の2倍以上の150万トンに膨れ上がっている。毎年トン当たり1万円の保管費用がかかるので、財政負担は昨年だけで150億円以上かかったはずだ。

しかも、国産米は玄米で流通・備蓄されている。これに対して、国際的に流通しているコメは精米の形態であってカビが発生しやすい状態にある。これをミニマムアクセス米として輸入しかつ長期間保管していれば、カビも生えようし、増殖もしよう。

食管法(1995年廃止)時代古米とか古々々米とか呼ばれる収穫後数年を過ぎた政府備蓄米があったが、カビ毒の被害はあまりなかった。なぜか。それはいずれ食用に向けるという認識があったため、保管管理がしっかりしていたからだろう。ところが、ミニマムアクセス米は、基本的には国内の食用に向けないと決めているので、管理のあり方が国産米よりも雑なのではないだろうか。国産米と異なり、ほとんどのミニマムアクセス米は港湾近くの倉庫で保管されているという。

いくら事故米発生後の対策を講じたとしても、ミニマムアクセス米を保有する以上事故米は発生し、財政負担は増加し続ける。

このミニマムアクセス米は今回のWTOドーハラウンドでどうなるのだろうか?恐ろしいことに、政府はミニマムアクセスをさらに消費量の5%上乗せし130万トンに拡大する方向で交渉を進めているのである。

事故米発生の根本原因は高米価と減反政策

なぜか? 800%近いコメの関税の削減を最小限にとどめ高い関税を維持したいからである。その代償としてミニマムアクセスの拡大が要求されているのだ。なぜ高い関税が必要なのか?高い米価を維持したいからである。高い米価は何で維持されているのか?水田の4割にコメを作らないという減反政策である。つまり高米価政策で農家所得を維持するという戦後農政の矛盾・破綻がミニマムアクセス、事故米の発生につながっているのだ。

海外のコメの値段が上がったことから、内外価格差は大幅に縮小している。減反で維持している国産米の価格は60kg当たり1万4千円、輸入している中国産米は1万円だ。800%もの高い関税など課さなくてもよい。50%もあれば十分だ。

減反をやめるとさらに国産米の価格は低下する。これによってコメの値段が海外のコメの値段よりも低下したら、現在の77万トンのミニマムアクセスさえ輸入しなくてよいのだ。中国も500万トン以上のコメのミニマムアクセスを設定しているが、ほとんど輸入していない。国内の価格の方が安いから、輸入していなくてもアメリカなどの輸出国は文句をいわない。こうしてミニマムアクセス米がなくなれば、事故米は一切発生しない。それどころか、国産米の価格は輸入米を下回るので、輸出できるようになる。

事故米は高米価農政のひずみが生んだ問題なのである。前号で高米価・減反政策がいかに日本の食糧安全保障を損なう亡国の政策であることを指摘した。事故米は農政の転換を迫っているのである。

    • 元東京財団上席研究員
    • 山下 一仁
    • 山下 一仁

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