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迷走する農政と人・農地プラン ―農村現場のしたたかな対応のために―(3)

April 20, 2012

4. 農業・農村の変化と人・農地プラン

前節では人・農地プランの問題点や他の制度との整合性について吟味してきた。この節では、やや長期的な視点も交えながら、農業・農村の構造的な変化が人・農地プランに投げかけている問題を取り上げてみたい。論点の中には、もともと伏在していた問題が人・農地プランを契機に顕在化したものもある。当然のことながら、農業・農村の構造変化に関係する論点は多岐にわたる。以下では農地集積の問題に絞って、集落中心のプラン作りと農地利用集積円滑化団体のふたつのトピックスを取り上げる。

1)集落を基本とするプラン

人・農地プランを作成する範囲について、前出の農林水産省資料「各地域の人と農地の問題の解決に向けた施策」は「集落や自治会のエリアが基本」としながらも、「地域の実情に応じて複数集落やもっと広いエリアでも可能」としている。地域の実情に応じた柔軟な対応が可能だと解されるが、取組方針が依拠している基本方針の記述ぶりもあって、もっぱら集落単位で農地集積を行うというスタンスが市町村の現場に浸透する懸念がないわけではない。

平地で20~30ha、中山間地域で10~20haの規模の経営体が大宗を占める構造を目指す。

これは第2節の冒頭でも引用した基本方針の文章である。土地利用型農業なかでも水田農業の規模拡大が必要だとの認識は、基本方針を取りまとめた「食と農林漁業の再生実現会議」のメンバーに共有されていたと考えられる。けれども20~30haという具体的な数値に関しては、その根拠をめぐる深い議論があったわけではない。このように再生実現会議としての根拠は明確でなかったが、数値の出所ははっきりしていた。全国農業協同組合中央会(JA全中)が2011年5月に公表した「東日本大震災の教訓をふまえた農業復権に向けたJAグループの提言」がそれである。提言は「担い手経営体」の将来像を「わが国の平均的な集落単位である20~30ha 規模を基本に」描いたとしている(中山間地域についても集落の規模から10~20ha)。

全中が全中の立場からこの種の提言を公表することに問題はない。しかしながら、提言の一部をそのまま借用したことによって、政府の進める政策の理解にバイアスがかかるような事態があっては困りものである。幸い、取組方針が公表されて以降の農林水産省の資料では、20~30haという数値が使われることはほとんどない。いずれにせよ、20~30haの規模目標や集落単位の農地集積は、地域によってこれが妥当な場合もあるという意味でワン・オブ・ゼムの方向と言うべきであろう。

集落の規模にかなり幅がある点にも留意する必要があるが、そもそも集落が歴史的に形成された明治期以前と現代とでは、農業の生産技術がまったくと言ってよいほど異なっている。とくに高度成長期以降の機械化の進展は目覚ましく、効率的な作業体系に必要な農地面積も急速に拡大した。さらに農業経営のタイプも多様化している。とくに多くの役員や従業員からなる法人経営の成長を見逃せない。かつて水田農業の担い手の大半は夫婦や親子二世代の家族経営であった。言い換えれば、作業のユニットと経営のユニットが重なり合っていたわけである。ところが法人経営の場合、複数の作業ユニットを包括するかたちでひとつの経営が成立している。耕作している農地が集落の面積をはるかに超える法人経営も少なくない。活動範囲が集落を超えるケースは、比較的マンパワーの豊富な家族経営の中にも存在する。

機械化が進展した現代の農業の場合、まとまりのある農地であるならば、集落の範囲を超えて作業を行うことに技術的な障害はない。したがって現時点では活動が比較的狭いエリアに限定されている地域であっても、将来の発展の可能性を視野に入れながら、自由度の確保できる広域で人・農地プランを作成することが考えられてよい。例えば土地改良事業の工区の範囲や小学校区とも重なる旧村の範囲は、農村社会ではメンバーに馴染みのあるエリアとして認識されている。

20~30haの一人歩きへの懸念には逆の観点からのものもある。それは数値目標の一人歩きによって、比較的小面積の経営が農業の担い手として成長するケースが排除されてしまうことへの懸念である。ここで言う小面積の経営とは、片手間の兼業農業や高齢者の生きがい農業を指すわけではない。ここで論じているのはあくまでも農業経営の育成策の対象であるから、農業を主たる職業とする経営であること、また、そのような経営を目指していることが前提である。しかるに、前節でも触れたところであるが、今日の土地利用型農業には施設園芸や畜産や高級果樹といった集約的な部門との複合経営として営まれている場合も多い。また、食品の加工・流通や外食といった農業の川下部門の事業を取り込んでいる農業経営も少なくない。さらに、それほど広くない面積で有機農業を営みながら、納得のいくライフスタイルを模索する若い農業者も現れている。いずれも20~30haの規模に達することなく、地域の農業を支える担い手として活躍している。現代の農業経営の規模については、単純に農地面積の多寡だけでは評価できないと言うべきなのである。これも農業・農村の構造変化のひとつの表れにほかならない。

2)農地利用集積円滑化団体

農林水産省から人・農地プランの提起があったことで俄然注目を集めることになったのが、前節でも触れた円滑化事業(農地利用集積円滑化事業)である。円滑化事業は2009年の農地法等の改正によって新たに導入された制度である。また、事業を実施する組織を農地利用集積円滑化団体と呼んでいる(以下、「円滑化団体」と言う)。円滑化事業はいくつかのメニューからなるが、その中心は農地所有者代理事業である。農地の所有者から委任を受けた円滑化団体が、所有者に代わって農地の貸付けを行う事業である。この場合、借り手を決定するのは委任を受けた円滑化団体である。

ここまでお読みいただければ分かるように、白紙委任によって農地を提供する協力者に協力金を給付する経営転換協力金や分散錯圃解消協力金は、双方とも円滑化事業の枠組みのもとで実施される。また、繰り返しの説明になるが、前節で論じた戸別所得補償制度の規模拡大加算も、実質的には円滑化事業に対する助成措置であった。三つの施策のいずれについても、農地を提供する側が円滑化団体に白紙委任することが求められている。こうしてみると人・農地プランは、農地の集積の領域に関する限り、インセンティブ措置を講じることを含めて、円滑化事業を強力に推進することをねらいとする施策であると言ってよい。
問題は円滑化団体が円滑化事業を公正に、かつ、農業の発展という観点から合理的に実施することができるか否かである。ここで重要なのは、市町村や市町村公社のほかに農協も円滑化団体になることができる点である(農地所有者代理事業の実施だけであれば土地改良区なども円滑化団体になることが可能)。現に円滑化団体の52%は農協であり、市町村の26%を大きく上回っている(2011年9月末現在)。こうした実態もあって、市町村や市町村公社はともかく、円滑化団体としての農協が公正かつ合理的に円滑化事業を行うことができるかという点に疑問が寄せられているわけである。

たしかに、専業農家や集落営農や農業法人といったかたちで農地の借り手候補が複数存在する場合、もっぱら農地利用の合理性の観点に立って借り手が決定されることになるかどうか。農協陣営は、集落営農の育成に力点を置いてきたし、米価の維持の観点から米の生産調整についても確実な履行を求めてきた。農協陣営の主張は主張として、こうしたスタンスが果たして円滑化事業の判断に影響を与えないと言えるかどうか。あるいは、これも2009年の農地法改正によって間口が広がった点であるが、農外からの参入企業が農業に着手するケースも増えている。農協組合員以外の農業経営にも公正な姿勢を貫くことができるかどうか。いま述べたいくつかの要素は、そもそも中心となる経営体のリストアップの段階から問題になるかもしれない。

誤解のないように述べておくが、農協が円滑化団体となることは農業経営基盤強化促進法によって認められている。したがって、農協が円滑化団体であることに法的な問題があるわけではない。問題があるとすれば、それは農協が円滑化団体になることを認めている制度自体にあると言うべきであろう。さらに付け加えるならば、こうした法制度上の問題は改正前の農地制度にも伏在しており、それが戸別所得補償制度の規模拡大加算や人・農地プランを契機に短期間に顕在化したという面がある。

農地の権利移動に農協が関与する制度は、2009年の法改正で誕生した円滑化事業がはじめてではない。1970年の農地法改正によって創設された農地保有合理化事業において、農協は市町村や市町村公社と並んで、市町村レベルの事業実施組織である農地保有合理化法人となることができたからである。1970年の農地法改正は、借地による農地の流動化に道を開いた点で戦後の農地制度の一大画期をなしているが、そのさいに農地の貸借や売買のひとつのルートとして農地保有合理化事業が設けられた。この事業もいくつかのメニューからなっていたが、中心には農地を所有者から借入れて(購入して)、これを新たな耕作者に貸付(売却)する仲立ちの事業があった(農地売買等事業)。

このように農協が農地制度に関与する制度の淵源は40年以上前に遡る。ただし近年に至るまで、農地の権利移動の中心は農家間の合意に基づいて行われる貸借であり、一部の地域を除いて、農地保有合理化事業のルートがメインストリームになることはなかった。状況が大きく変わるのは、2009年の農地法等の改正によってである。円滑化事業と円滑化団体は市町村レベルの農地保有合理化事業と農地保有合理化法人を引き継いだ面を持つとともに、事業の力点が農地売買等事業から新たに設けられた農地所有者代理事業へと移行した。ただし、農地売買等事業がなくなったわけではない。農地売買等事業は、円滑化団体に一時的に農地の権利を保有することができる法的性格を求めることにつながっており、農協がその資格を有する点で重要な意味を持つ事業メニューなのである。

事業の力点が移行したと述べたが、制度改正の段階ではあくまでも理念ないしは期待のレベルの移行であった。しかるに、2011年度からは戸別所得補償制度の規模拡大加算のもとで、さらに2012年度からは人・農地プランの協力金のかたちで新設の農地所有者代理事業を後押しする予算措置が講じられた。ここに至って、農地保有合理化事業を引き継いだ円滑化事業が農地の権利移動のメインストリームとなる状況が現実味を帯びてきたわけである。これが円滑化団体に注目が集まり、円滑化団体としての農協の判断をめぐって疑問も寄せられることになった経緯である。

農協が農地の権利移動に関与することをめぐる問題は、制度論的には農地保有合理化事業の時代から存在していた。これを顕在化せしめたのが2009年の農地法等の改正であり、今回の人・農地プランであると言ってよいが、こうした制度・施策の変遷の背後にも農業・農村の構造的な変化があった。第1に、小規模農家の高齢化が顕著に進む中で、農地の貸し出しが急速に進展し始めたことであり、分散錯圃の解消という積年の課題とも相俟って、農地所有者代理事業が有効に機能しうる環境が形成されてきたことである。この点にも関わって見逃せないのは、農地所有者の世代交代につれて、農業への関心が薄れることになった結果、みずから白紙委任するタイプの所有者が増加すると考えられる点である。農地のある市町村に在住しない所有者も確実に増えている。構造変化の第2は、地域の農業者の中に農協との関係の希薄なケースが存在するようになったことである。企業やNPOの農業参入がその典型である。また、本格的に農業に取り組んでいる農協組合員であっても、農協事業の利用は限定的という場合もある。なかには、農産物の販売の領域で農協の事業のライバルとなるビジネスを展開している農業者もいる。

これらの変化は、一面では円滑化団体が意思決定を求められる農地の権利移動の案件が増大することを意味し、一面では借り手候補の幅の拡がりを意味する。つまりいま述べた構造的な変化は、円滑化団体の果たすべき役割の比重を高めると考えてよい。言い換えれば、円滑化団体としての農協の役割をめぐる問いかけは、今後さらに重みを増すことであろう。地域の農業に複雑な利害関係を有する組織が、円滑化事業という公益的な側面の強い任務を遂行することは妥当であろうか。

しかしながら、他方で農村における農政遂行に関わるマンパワーの脆弱化の進行という現実がある。農協のマンパワーの支援が求められる分野は少なくない。農地制度の領域も例外ではないと言うべきであろう。ここは制度の根幹が如何にあるべきかのレベルと、走り始めた制度の大枠を前提とした上で運用に誤りなきを期するために必要なことがらのレベルの検討が必要であろう。前者のレベルについて立ち入った議論は控えるが、より長期的な視点から農地制度全体のあり方を点検する必要性と、その一部として委任型の農地の権利移動調整を担う体制のあり方について、現在の複線化した農地制度関連組織の全体を視野に入れた見直しの必要性を強調しておきたい。

農地制度は法律の体系に支えられており、頻繁に変更することはできない。ここが、善し悪しは別として、ほとんど毎年のように変わる予算措置による施策とは異なる点である。したがって農地制度については、制度の大枠をさしあたり維持しながらも、運用上の問題点を除去するために補完的な措置をとることが考えられてよい。人・農地プランと関わりの深い円滑化事業についてもしかりである。まず第1に、農家や農業法人をはじめとする地域の農業関係者に円滑化事業と円滑化団体について周知することである。また、円滑化事業がどのように実施されているかについて、可能な限り情報を公開することも大切である。いずれも現代のこの種の制度運用の原則ではあるが、円滑化団体が公益的な観点を逸脱した判断を下すことへの牽制という意味を持つことも強調しておきたい。そして、この考え方の延長線上で制度の適正な運用を担保する仕組みとして、第三者機関による不服審査の手続きを設けることが考えられる。ただし、多くの円滑化団体は市町村単位で設けられているが、第三者機関を市町村ごとに設置する必要はあるまい。

適正な運用を担保すると述べたが、円滑化団体となった農協の担当職員の大半は真面目に業務に取り組んでいるに違いない。案件を取り巻く利益相反の構図に向き合って、真剣に悩み続ける日々があるかもしれない。いま述べた情報の公開や第三者機関による裁定の仕組みは、逸脱した判断に対する抑制装置の意味を持つと同時に、現場で懸命に働く人々の観点からは、こうした補完的な仕組みが確保されていることによって、農協であることだけを理由として後ろ指を指されるような事態を回避することにもつながるであろう。制度の設計に際しては、制度を運用する現場の人々が直面しうるさまざまな状況にも十分な配慮が必要なのである。

    • 日本の農政改革プロジェクトリーダー/元東京財団上席研究員(名古屋大学大学院生命農学研究科教授)
    • 生源寺 眞一
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