人口増を前提とした従来の社会システムが限界に達し、地域経済のさらなる衰退と雇用の空洞化、自治体財政の破たん等、地域の問題の深刻化が叫ばれています。東京財団「都市・農村関係将来像」プロジェクトでは、これらの問題意識を基に持続可能な都市と農村のあり方のビジョンについて議論を重ねてきました。
本稿では、人口動態の分析から見えてきた地域の雇用吸収力の低下による人口減少(社会減)に着目し、持続可能な地域の必要条件について中心市の概念を用いて考察。付加価値の高い地域経済をつくるために必要なものは何か、地域優位性のある第一次産業を取り上げ、海外との比較も交え論じています。
第1章 人口の「社会減」が引き起こす地域の危機
ふるさとが消える?
2005年を境に日本は人口減少の局面に入った。かねてから「地方の危機」が叫ばれ続けてきたが、いよいよ本格的な危機が到来することとなる。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、2050年には日本の人口は9700万人程度となる。これほどの急激な人口減少はこれまでの日本にはなかったことであり、経済、社会に大きな影響を及ぼすことになる。
とりわけ地域に与える影響は大きい。国土交通省国土審議会政策部会長期展望委員会が平成23年2月に公表した『「国土の長期展望」中間とりまとめ』によると、2050年までに現在人が居住している地域のうち約2割が無居住化することとなる。このことは既存の集落や村、町がそのコミュニティを維持できなくなることを意味する。「ふるさとが消える」危機が現実の目の前に迫っているのである。
2050年までに無居住化する地点
(出典)国土交通省『「国土の長期展望」中間とりまとめ』図?-7より一部抜粋
ただし、人口減少は日本全国均等に起こるわけではない。人口減少率は大都市圏で小さく、農村部になるほど大きい。市区町村別にみても小規模な自治体ほど人口減少率が大きい。つまり、現在「過疎」と呼ばれる地域ほど人口減少のスピードが速く、より深刻な状況にあるといえる。
現在、地域の人口動態はこのような厳しい前提条件のもとにある。このままでは今後30~40年のうちに多くの集落や村、町が消滅することが確実である。我々はまずこの現実を直視し、強い危機感を持たなければならない。これが出発点である。
まだまだ続く東京一極集中
人口の動向を詳細にみると地域の衰退の主な要因が見えてくる。下記のグラフから明らかなのは、高度成長期に3大都市圏集中(東京圏、大阪圏、名古屋圏)と呼ばれた状況は1975年頃に終わり、それ以降転入超過なのは東京圏のみであるという事実である。
3大都市圏の転入・点出超過数の推移(昭和29年~平成23年)
(出典)総務省統計局HP「住民基本台帳人口移動報告」平成23年結果より
1970年代には、工場の地方への分散配置などにより一極集中の動きが鈍ったものの、その後は東京への集中が再開。バブル崩壊後の一時的な落ち込みを経て現在もその傾向は続いている。
要因は様々だが、その中でも経済のサービス産業化が大きい。日本経済全体に占めるサービス産業の割合は7割に迫り、サービス産業の雇用創出力により東京への流入が増え、それ自体がさらなるサービスへの需要を生んだ。また、企業本社の東京一極集中は研究開発、マーケティング、税務・会計、法務など、高度なサービス人材の雇用の受け皿となった。
一方、経済のグローバル化が国内工場の海外移転を促進し、地域の雇用は失われていった。こうした流れを受け、大学進学を機に生まれ故郷を出、卒業後就職のため出身地に戻るという人の動きは大幅に減ったのである。
地域人口の減少と女性の職場
地域における女性の雇用は特に深刻である。下記の二つのグラフにある通り、十代後半から二十代前半の年齢層の人口移動に関し、東京圏では男女がほぼ同じ比率で流入しているのに対し、名古屋圏では男性は流入しているが女性の流入がほとんどみられずその差は顕著である。女性の雇用はサービス業が中心だが、比較的経済基盤が強い名古屋圏においてすらその受け皿を用意できていない。当然、名古屋圏以外の地方ではより深刻な状況にある。サービス業の東京一極集中はこうした部分にも大きな影響を与えている。
東京への女性の流出が多いことは、地方に女性が残らないということである。これは、地方における人口の再生産の可能性をさらに減らしていることを意味し、加速度的に地域の人口が減っていくことにもなりかねない。
年齢別にみた男女別人口移動(東京圏、2011年度)
(出典)みずほ総合研究所政策調査部主任研究員、岡田章氏による東京財団研究会発表資料より
年齢別にみた男女別人口移動(名古屋圏、2011年度)
(出典)前掲
さらに掘り下げ、東京の学歴別人口移動状況をみると地域経済の課題が浮き彫りになる。1990年には東京の大学・大学院を卒業した女性が地方へ流出していたが、2000年には逆に東京へ流入している。男性の場合は、2000年のほうが人数は減っているものの両年とも流出が上回っている。
学歴別にみた女性(20~39歳)の人口移動状況(東京都)
(出典)前掲
学歴別にみた男性(20~39歳)の人口移動状況(東京都)
(出典)前掲
ここから女性の中でも大学・大学院を出た女性の職場を地方は提供できていないことがわかる。高学歴女性の就職先としては付加価値の高いサービス業が中心となるが、その分東京のもつ優位性が男性より強く働くこととなる。地域にとっては、こうした女性の職場を確保することが大きな課題となる。
人口の「社会減」こそが問題
東京一極集中を地方の側からみるとどうだろうか。ここで少子化のトレンドによる人口減少と、雇用の受け皿がないことなどによる人口の流出とを区別し、前者を「自然減」、後者を「社会減」と呼ぶことにしよう。人口移動のデータを追うと、多くの地域が自然減に加えて大規模な社会減に直面しているという事実が浮かび上がってくる。
例えば青森県の要因・年齢別人口移動のデータを見てみよう。2005年から2010年にかけて人口が63,493人減っているが、うち自然減が25,756人、社会減が37,737人であり後者の方が多くなっている。さらに、社会減の部分の年齢層をみると、大学・高校卒業の時期の年齢層における転出超過が最も多く、若者が就職先を求めて居住地域を出るという現象が明確に読み取れる。
平成17~22年の要因・年齢別移動数(青森県、男女計)(年齢は平成22年現在)
また、直近1年間(平成22年10月から平成23年9月まで)の都道府県別の人口増減要因をみると、社会増の都道府県は埼玉県、東京都、神奈川県、滋賀県、沖縄県、福岡県であり、首都圏3県の社会増の割合が圧倒的に高いことが読み取れる。
都道府県別人口の増減要因(自然増減率及び社会増減率)
(出典)総務省統計局HP「人口推計」より
これらのデータが示すことは、「仮に人口の自然減がなかったとしても社会減による地域の衰退は進んでいく」という厳しい現実である(合計特殊出生率を県別でみると、東京はやや低いものの差はそれほど大きくない)。現在の地域の衰退は小子化によるものというよりは、雇用吸収力において地域が東京に大きく負けていることが主な原因なのである。
日本の労働移動と所得格差の特徴
日本の地域は東京一極集中とその裏返しであるふるさとの衰退を目の当たりにしながら傍観するほかないのだろうか。結論から言えば、そうではない。
なぜならば、地域経済衰退の大きな原因が、人口の自然減ではなく社会減に拠るものであるという事実は、「政策的対応の可能性」という一条の「希望」を我々に与えてくれるからである。
事実、OECDの統計によると、地域間格差の国際比較において日本はスウェーデンに次いで二番目に地域間格差が少ない国である。
一人当たりGDPの地域間格差(ジニ係数)の国際比較
(出典)平成19年度版国土交通白書より
このような結果となるのは、日本は地域間の労働移動が起こりやすく、賃金格差があるとその分だけ労働が移動して地域間格差が解消されることに原因がある。言い方を変えれば、地元で無職の道を選ぶよりも、仕事のある東京へ出てゆく若者が多いということである。大都市一極集中の傾向は他の先進国にも共通してみられるが、他の多くの先進国では職場がなくても地元を出ずにとどまる傾向が強い。それゆえ失業率の地域間格差も日本が先進国中最も少ない部類に属する。
また、首都圏における所得格差と人口流入のグラフを重ねあわせてみると(次ページ)、所得格差が大きい時期には東京への転入超過も大きいことが明瞭に表れている。
首都圏における所得格差と人口移動
(出典)東京大学、田渕隆俊氏による東京財団研究会発表資料より
このように我が国の人口移動と所得格差の相関関係は強く、それにより東京一極集中は続いてきた。このことを地方から見ると、地域に付加価値の高い雇用を作ることができれば少なくとも人口の社会減は食い止められることを意味する。政策的対応の可能性である。東京一極集中の原因は明確であり、とるべき対策も明確である。それは困難ではあるが、実現不可能ではない。
我々は「このままではふるさとが消える」という危機感を共有し、そのために明確なビジョンを掲げ、国、地方、官、民、関わりなく目標へ向けて努力していかなければならないのである。
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