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アキュメンファンドの新しい取り組み-ジャクリーン・ノヴォグラッツ氏の講演録

June 16, 2010

市場原理のみでもなく、チャリティーのみでもなく
アキュメンファンドの新しい取り組み

東京財団は、アキュメンファンドCEOのジャクリーン・ノヴォグラッツ氏を日本に招き、第32回フォーラムを開催した。アキュメンファンドのリーダー育成への取り組みに共感し、2008年から同ファンドとパートナーシップを結んでいることから、今回の招へいが実現した。ノヴォグラッツ氏の講演要旨を以下に紹介する。(文責:編集部)

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10歳のとき、叔父のエドからブルーのセーターをプレゼントされた。ちょうど胸のところに雪をいただく山頂がデザインされたセーターで、私のお気に入りとなり、ハイスクールの1年生になるまで大切に着ていた。でもその頃になると、思春期の体型の変化にセーターのデザインが重なって、ある日、意地の悪い級友に廊下の向こう側にも聞こえるような大声で「男子はもう山にスキーに行く必要はないぜ、あいつの胸でスキーができるから」とはやし立てられた。10代の女の子であれば誰でも、忘れることのできないひどい屈辱を経験するときがあると思うが、私の場合はこのときだった。走って家に帰った私から話を聞いた母は、このセーターをむやみに捨てることはせずに、不要品を寄付する「善意の箱」に処分してくれ、私は二度とこのセーターを目にすることはないはずだった。

それからおよそ10年後、アメリカの金融業界でのキャリアを棄てた私は、遠く5,000マイル離れたルワンダで、数名の現地の女性と一緒にルワンダ初のマイクロファイナンス銀行を創設しようと取り組んでいた。ある日のこと、首都キガリの通りをジョギングしていると、10メートルほど先に、私が捨てたのとそっくりのセーターを着た男の子を見つけた。私はその子のところに駆け寄って、おびえる少年のセーターの襟をつかんで裏を見ると、思った通り、そこには私の名前が書かれていた。私にとって、それは啓示だった。以来、私は、人間同士はどこかでつながり合っていることの象徴として、そして、私たちの日常の行動が、あるいは何も行動しないことが、世界で一度も出会うこともないかもしれない人々にも影響を及ぼすことがあることを鮮やかに物語る話として、この私の体験を大切にしてきた。

ルワンダからアキュメンに

ルワンダで働いた経験は、一生懸命やればたとえ少人数でも変化をおこせることを学んだ貴重なものとなった。私たちはルワンダ初のマイクロクレジットのための銀行を創設したのだが、21年を経た今も、その銀行はその種の金融機関としては国内最大を誇っている。しかしよい思い出ばかりではない。私が一緒に働いた女性たちには、1994年のルワンダ大虐殺で、犠牲者になった人、加害者になった人と運命を分けることとなった。しかしここでの経験は私に、3つの重要な教訓を授けてくれた。その教訓はそれ以降の私のあらゆる努力、とりわけアキュメンファンドでの仕事の礎となっている。

第一の教訓は、市場の自由に任せたのでは、貧困の問題は解決されないということだ。市場は効率的で、さまざまな声に反応する優れた機能を持っているが、本質的には、平等の実現や排他性をなくす力とはならないものだ。反対に、制約がなければ、貧富の差を広げる傾向にあり、こうした傾向は近年アメリカのみならず、全世界において見られる。第二の教訓は、慈善活動や無償援助など、従来のトップダウンのアプローチも、問題解決には有効ではないということだ。そうしたアプローチは依存関係を生み出しがちで、人間の尊厳を傷つけることが多い。そして、この25年の間に私が学んだことは、人間の精神にとって、物質的な豊かさよりも尊厳こそが重要だということであり、これが私の得た第三の教訓だ。

貧困の循環を打ち破るための鍵は、貧困に苦しむ者を、自助努力によって生活を改善しようという意欲と熱意を持った変化の主体として、尊敬をもって接することだと考え、私は2001年にアキュメンファンドを創設した。自由放任の資本主義とトップダウン型の慈善活動という両極の方法より優れた方法があるはずだ、との思いからだ。

アキュメンの背景にある意図は、市場とそのツールの助けを用い、長期的な社会的変革を達成しようというものだった。このためには、「モラル・イマジネーション(moral imagination)―道徳的な想像力、意訳すれば他に対する共感力 * 」が必要であり、また私たちが言うところの「忍耐強い資本(patient capital)」も必要だ。忍耐強い資本とは、短期の回収を目的としない資本のことで、長期にわたる投資のため従来では回避されるべきリスクを負うこともできる。たとえば短期的な利益が見込めないようなイノベーションであっても有望なものであれば、それらを推進することが可能だからだ。

世界では毎年膨大な額が慈善活動に投じられており、その額はアメリカだけでも2,500億ドルにのぼっている。そうした寄付金を集め、今まで無視されていた貧困層の人たちへの基本的な社会サービスを提供する企業や起業に投資することで問題解決に貢献できるのではと考えた。寄付をしてくれる顧客とは誠実に向き合うことが大事だ。成功した事例ばかりでなく失敗した事例についても報告する。そして成功の評価にあたっては、金銭的な利益と、社会的インパクトの両方の観点を大切にした。

アキュメンファンドは現在までに、パキスタン、インド、ケニア、タンザニアを中心に、水、保健医療、住宅、代替エネルギー、農業などの基本的サービス重視のプロジェクトにおよそ4,000万ドルを投資してきた。これらの投資は、現地でおよそ25,000の雇用を生み、何千万もの人々にサービスを提供してきている。さらに、今年だけで、120万ドル以上の資金回収を実現し、年末までには回収額が210万ドルにまでのぼると見込んでいる。この資金は当然、将来の再投資に充てられる。

変革のケーススタディ

アキュメンファンドがこれまでに投資した40案件のプロジェクトのうち、最も成功を収めている投資のひとつに、日本の大手企業である住友化学との協力で実施している事業がある。住友化学は、防虫効果が長い(5年)マラリア予防蚊帳を開発し、当初ベトナムと中国で製造していたが、アフリカが自力で問題解決を行う一助となるように、アフリカ企業への技術移転を望んでた。そこで住友化学とアキュメン、ユニセフ、エクソン、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)との連携が実現したのだ。

私たちは、タンザニアのアルシャに、リスクの大きい長期プロジェクト、言うなれば、従来の銀行では一般に融資に消極的となる種類のプロジェクトに取り組む意欲と実施能力を備えた企業を見つけた。アキュメンは、2002年、この企業に35万ドルの融資を行った。この投資により105人の雇用創出、年間15万張の生産能力、というのが当初の見込みだったが。現在では、タンザニア最大の雇用主の一つとなり、7,000人余を雇用し、蚊帳の生産量は2,000万張、年間4,000万人のアフリカの人々のマラリア予防に役立っている。これはアフリカにとって大きな成功を収めた一例であり、起業家精神がいかにして目覚ましい変化をもたらしうるのかを示す示唆的な事例である。

もうひとつ、東アフリカにおいて人々の生活の改善に役立っている事業としてケニアのナイロビに本拠を置くエコタクト(Ecotact)がある。ケニアでは人口の半数が、衛生施設を利用できない状況に置かれており、この問題は人口の密集した都市部の低所得地区ではとりわけ深刻だ。政府は、1970年代にそうした地区の公共施設建設に投資をしたが、それらの施設は質が悪く、不潔で治安面でも劣悪な場所と化していた。

数年前のこと、デイヴィッド・クリアと名乗るケニアの起業家が、高品質の公衆トイレ・システムを構築する非営利モデルを携えて、アキュメンファンドを訪ねてきた。非営利事業としての理論的根拠を認めながらも、私たちは、政府との連携だけでなく民間資本にもアクセスできる官民パートナーシップとして事業を行うことで、彼との協力を決めた。計画は実現し、現在ケニアにはおよそ26カ所に高品質の公衆トイレが整備され、1日に16,000人から18,000人が利用している。

クリア氏の事業は、保健衛生という重要課題に加え、人間の尊厳の問題に対処しているという意味で、とりわけ意義深い。この事業は、所得水準を問わず、人々はみな安全清潔で気持ちの良い環境を望んでおり、そのためには妥当な料金であれば支払う意思があるということを前提に運営されている。トイレの1回の使用料は5セント。そこは徹底して清潔が保たれ、有線放送で音楽まで流れている。エコタクトは、今後5年間で同様の施設を約200棟建設する計画だ。またタンザニアとウガンダの政府が、この同じモデルの採用の可能性を検討中である。

リーダーシップの育成

アキュメンの創設から9年間に学んだ重要な教訓は、私たちのようなプロジェクトを行うのは、資本だけでは十分でないことだ。新しいシステムを作り上げ、機能させて、長期にわたって社会を変革させるためには、人材能力の構築も非常に重要だ。このことを念頭に、私たちは、世界各地でリーダーを発掘して育成しようと、5年ほど前に独自の人材育成プログラム、アキュメンファンド・フェローズ・プログラムを始めた。

リーダーシップには、ビジネス運営のスキルだけでなく、「モラル・イマジネーション」が必要だ。つまり、道徳的観点から他人に共感し、個人の行動がもたらす影響を思い描くことのできる能力と意思が必要であると考えている。私たちが行っているこの活動は、結局のところ、そうした趣旨であるからだ。人の話に耳を傾け、貧困層のニーズを理解し、彼らのため、彼らと共に解決策を打ち立てていく忍耐と洞察力を持つリーダーが必要なのだ。東京財団は、リーダー育成の重要性に対する私たちの信念に共感して、このプログラムの重要なパートナーとなってくれている。

このフェローズ・プログラムでは、毎年、世界中から応募してくる600~700人の中から10人をフェローとして選出している。プログラムでは、世界各地の優れたリーダーと直接接する機会や、ビジネスマネジメントだけでなく、哲学や倫理学も網羅したカリキュラムを用意している。そして、たとえば、プラトンや孔子からネルソン・マンデラ、マーティン・ルーサー・キング牧師に至るまで、同朋としての人類への私たちの義務や、人として歩む上での要である社会的正義のために闘ってきた偉大な思想家達についても学ぶ。アキュメンファンドのフェローの出身地は、およそ65カ国に及び、彼らはみな、それぞれ、重要なスキルや独自の見識を持つ人材だ。今年度は、東京財団の支援で、岡本聡子さんがアキュメンファンド・フェローズ・プログラムのフェローとして、新しい視点や、独自の考えを提供し、研修生の間で多様性を高めてくれている。

こうしたリーダーの育成は、私たちの事業の中でも最も難しいことのひとつだが、同時に最も重要なことのひとつでもあると考えている。だからこそ、アキュメンはフェローズ・プログラムにこれほど真剣に取り組んでいるのであり、このプログラムの卒業生が世界中の大企業に前途有望なリーダーとして認められていることは大変嬉しいことだ。

ビジョンと行動

私がアキュメンファンドを創設した直接の目的は、貧困問題に取り組むという実にシンプルなものだったが、いざ、貧困の定義となると、それは容易ではない。

経済学者は、どちらかといえば、わかりやすい金銭的な観点で貧困を定義する。しかし、異なる社会の経済状況を一律に比較することはできない。たとえ名目的な価値換算では他の社会より、ずっと多くの所得を得ていたとしても、困難な状況に追い込まれ、主流経済から疎外されていると、貧困を感じている人びともいる。たとえば、アメリカのサウスカロライナ州の田舎で年間1万ドルの所得があっても、社会的支援も将来の見通しもない人は、バングラデシュで1日3ドルで生活しながらも、地縁血縁関係が存在し、将来的には暮らしがよくなりそうだと感じている人より、絶望感は深いかもしれない。私が貧困を「選択の自由の欠如」として根本的にとらえているのは、こうした理由からだ。選択の欠如は、教育に関してかもしれないし、保健医療に関してかもしれない。あるいは発言や表現の自由に関してかもしれない。

生存を脅かす基本的な問題に苦しむ人がいた場合、問題を解決する方法を見つけることが当然な対応であるというのは言うまでもない。しかし、私は、真のモラル・イマジネーションは、「私たちはみなつながり合っている」ことに気付くことから始まると思っている。つまり、あのブルー・セーターが教えてくれる教訓だ。私がかなり以前から、「先進国」と「開発途上国」、あるいは「私の国」と「あなたの国」といった対立軸で世界を考えることをやめているのは、そうした理由からだ。この世界を、つながり合った一つのものとして捉えなければならない時代であるという、歴史的な段階に達しているのではないだろうか。

私が目指すアキュメンファンドの最終目標は、まず、従来の開発モデルを打ち破ること、つまり方向を転じて、純粋な慈善活動と無制限の自由市場の間を目指すことだ。、貧しい人々を対等な人間として扱い、彼らの視点に立って状況を捉えることだ。一見、シンプルな目標に見えるが、これを達成するのは容易ではない。その前になすべき多くの仕事があるからだ。しかしこの25年間、私は、本気で取り組めば実に多くのことを成し遂げることができるのだ、ということ実感してきたのも事実だ。

日本では、多くの若者が私の考えのような楽観主義に共感してくれているようだが、大半の若者は現実にとらわれ、とりわけ経済の先行きが不透明な今の時代、リスクのある冒険にあえて挑もうとは思わないようだ。こうした若者たちに私が言いたいことはどのような行動にもリスクはつきものであり、行動を起こさないことにもリスクが伴うものだということだ。とりわけ若い時期には、自分の夢を追い求めないリスクの方が、やってみて失敗するリスクよりもはるかに大きい、と私は思う。

こうした消極的な姿勢を作ったのは、主として私の世代の責任かも知れない。私たちの年代は、人生の成功を金銭的な尺度から定義し、安定していることが幸福だと考えてきたからだ。おそらく、今、私たちはこうした前提を見直す時期に来たのではないだろうか。幸せの秘訣は、人生に目的と意義を見出すことであり、それは自分よりも大きな「何か」に全力を尽くすことではないかと思う。こうした姿勢は、とりわけ年を重ねると、違いが外に表れてくるものだ。目的意識や生きがいを持っている人は、たとえ試練に直面してもくじけずに、前向きで活力にあふれて輝いていられる。このような人々は、誰にも取り去ることのできない何かを自己の中に打ち立てているのだと思う。

立ち向かうべきものの大きさにひるんでいる人たち、何も変わらないのではないかとあきらめている人たちには、ともかく一歩ずつ踏み出すことの大切さを伝えしたい。世界を変えるには一夜にしてCEOにならなければ、と思いこむ若者もいるが、実は彼らに本当に必要なことは、自分の道具箱に新しいツールをひとつ加えることなのだ。「千里の道も一歩から」という至言を忘れないでほしい。世界中の若者に、その最初の一歩を踏み出してほしい。今ほど世界が若者の力を必要としているときはないのだから。

今こそが、あなたが、一歩を踏み出すべき時なのだ。なぜって、「あなたでなければ誰が?」、「今でなければいつ?」と私は問いかけたい。


* :編集部注

◆モデレーターを務めた渡辺靖 慶応大学SFC教授の 「日本の若者へのメッセージ」 はこちら


第32回東京財団フォーラム「構造的な貧困の循環から抜け出すために:アキュメン・ファンドの取り組み」 ※音声はオリジナル(和英混合)

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