日本の若者へのメッセージ
―ジャクリーン・ノヴォグラッツさんを迎えて―
アフリカやアジアの開発途上国で、現地住民による貧困克服の取り組みに投資する非営利組織アキュメン・ファンド。そのCEOであり、世界的ベストセラー『ブルー・セーター』の著者であるジャクリーン・ノヴォグラッツさんの招聘が実現したことを嬉しく思う。そして、東京財団の会場を埋め尽くした講演会ならびに専門セミナーのモデレーターを務めさせていただいたことを光栄に思う。
後日、会場でご挨拶させていただいた方々――とりわけ若い世代の方々――から多くの“感動メール”をいただき、改めて、ジャクリーンさんのパワー、そして今回の招聘がもたらしたインパクトを認識した次第である。
ソーシャル・ベンチャー(社会的起業)への関心は日本でも着実に高まっている。永田町や霞ヶ関からも「新しい公共」といったフレーズが聞こえてくる時代になった。ソーシャル・ベンチャーに関するシンポジウムやセミナーは軒並み盛況で、若い世代の方々が熱心に参加している姿が実に頼もしい。
しかし、彼らと話をしてみると、ソーシャル・ベンチャーへの共感と憧憬を抱く一方、自分自身で起業するとなると、つい腰が引けてしまうようだ。かつてチャップリンは「人生に必要なものは、勇気と想像力。それと、ほんの少しのお金です」と述べたが、まさにリスクと向き合ってきたジャクリーンさんの言葉には会場から大きな反響が寄せられた。
「自分の夢がもたらしてくれることを考えるほうがプラスです。そして、それを行わないことのリスクというのを――特に若いときには――考えるべきだと思います。夢を追わないリスクというのは非常に大きいのです。夢を追って失敗するリスクより、夢を追わなかったリスクのほうが大きいのです。1,000ステップの旅だということを私は言いたい。1,000マイルの旅も第一歩から始まるということを書きました。私は失敗しています。一回きりではありません。自白するにはあまりに多い回数、失敗しました。でも後悔はしていません。人生の秘訣は自分より大きなものを追うということだと思います。そこに自由があり、そこに有意義なことがあるのです」
私は10年以上、大学で「ヒューマンセキュリティ」という講座を担当し、文化人類学の見地から、貧困支援のありかたについて学生と議論しているが、毎年必ず提起されるのは、貧困支援に携わる者の心構えについてである。曰く、そうした人のなかには、高い給料をもらって、現地で贅沢な暮らしをし、しかも滞在は短期間で、すぐ快適な暮らしの待つ先進国に帰国する、と。こうした構図に欺瞞や怒りを感じる若者は少なくない。
この点についても、ジャクリーンさんのメッセージは誠実、かつ斬新なものだった。ナイロビのスラムで出会った女性との会話を引きながら、こう答えたのである。
「私は世界で最も豊かなニューヨークに住んでいて、ウェストヴィレッジという、その中でも豊かな場所に住んでいるし、世界中飛び回ってすばらしいレストランで食事をし、学校も最高級の学校に行って、世界で最も特権を持った人間なのです。私はあなた方のような問題を抱えていないのです、と正直に語りました。すると、その女性がこう言ってくれました。『あなたが私たちを勇気づけてくれるのは、まさにその点なのですよ。あなたの人生には問題がないというのに、わざわざ問題を背負って私の問題を解決しに来てくれるのですから』特権を否定するとか隠すとかいうのではなくて、自分に特権があるということを認識しながら、勇気を持ってさまざまな人と、同じレベルで、そして彼らが達成したことも認識しながら接するということです。本当の意味で心と心をぶつけるということだと思います」
ジャクリーンさんの言葉は実践に裏打ちされているだけに、学者などには太刀打ちできない重みがある。と同時に、こうした心――英語でいう“hearts & minds”――に訴える言葉を瞬時に、そして的確に紡いでしまう点に、ジャクリーンさんの隣席にいた私自身、感動を禁じ得なかった。
この事実が示唆することは、実は、大きいのではないか。
これは私がかねてより感じていることであり、そして今回のイベントの司会をしながら実感したことでもあるのだが、日本でソーシャル・ベンチャーに興味を持つ方々の多くは、技術的なノウハウについて非常に詳しい。事実、専門セミナーで挙がったアキュメン・ファンドの運営等に関する質問は、とても高度なものだった。しかし、いざジャクリーンさんが語ったような人生観や社会観の話になると、プラスチックのような言葉しか返ってこないケースに多々遭遇してきたのも事実である。少し踏み込んだ質問をすると「グラミン銀行では…」と他人の言葉で語り始めてしまう。
ジャクリーンさんはアキュメン・フェローの面接では候補者の「共感力(“moral imagination”)」を重視すると仰っていた。プラスチックのような言葉や他人の言葉でしか語れないようでは失格なのだろう。
それは当然だ。実際にソーシャル・ベンチャーを立ち上げてゆくには、数多くのステークホルダーの“hearts & minds”を勝ち取ってゆかねばならない。とりわけ、単なる経済的なリターンを求めるベンチャーではなく、“ソーシャル”なベンチャー、あるいはジャクリーンさんの言葉を借りれば「忍耐強い資本(“patient capital”)」を扱うのであれば、尚のこと、自分自身で紡ぎ出す言葉の力が重要になってくる。
と同時に、“ソーシャル”だけではなく、“ベンチャー”の部分にもやや物足りなさを感じている。日本のソーシャル・ベンチャーは、総じて、小規模で地味なものが多い。それは堅実さの裏返しなのかもしれないが、ジャクリーンさんが企図しているような「百万人へのインパクト」と比べると、あまりに“ベンチャー(=ビジネス)”としての積極性や戦略性に乏しい印象を受ける。
今回、“ソーシャル”の部分と“ベンチャー”の部分の両輪が欠かせないのがソーシャル・ベンチャーだという当たり前の事実、あるいはその本来の醍醐味に気づかせてくれたのがジャクリーンさんだった。願わくは、大きな可能性を有するソーシャル・ビジネスをめぐる議論が、狭い日本の知的枠組みの中でスケールダウンしないよう、よりグローバルなプラットフォームが構築できればと思う。
周知の通り、アキュメン・ファンド・フェローズ・プログラムはまさにそうしたプラットフォームの一つである。古今東西の古典の精読、優れた知識人や実践家との対話、現地研修といった濃密なスケジュールが九ヶ月間にも渡って展開される。毎年10人足らずの定員に対して全世界から700人以上の応募者があるという。日本では東京財団が窓口になっているので、是非、積極的にチャレンジしていただければと思う。そう、リスクを恐れずに!