村上政俊(同志社大学嘱託講師)
東京財団アメリカ大統領権限分析プロジェクトの調査の一環として本年2月初めにワシントンDCに出張した。
現地で感じたのは、米中関係の潮目が大きく変わりつつあるということだ。転機は、昨年12月の「国家安全保障戦略(National Security Strategy)」 [1] の発表だったという分析が聞かれた。日本も含めた日米中関係についてはあとで詳述したい。
今回の出張は、ペンス副大統領の日本訪問とちょうど重なったので、訪日の準備状況を日米外交筋からタイムリーに聞くことができたが、極めてスムーズだったという。副大統領府が機構上簡素なつくりで、調整の手間が大幅に省けるという点を割り引いたとしても、現在の日米蜜月を裏付ける話だった。
最有力シンクタンクの上級研究員との意見交換では、ワシントンの日本専門家の今後について考えさせられた。彼自身はジャパノロジーを修めた日本専門家ではなく、日本語が操れる訳でもない。安全保障畑の出身で、国防総省勤務がキャリアのスタートだ。東アジアの安全保障に関わっているうちに、日本との接点が増えていったというのだ。彼の問題意識にも共感するところがあった。ワシントンでのアジア政策の決定に中国専門家が及ぼす影響力が過大で、プロセスが歪められているというのだ。
今後日本としてはワシントンにおいて、日本語が流暢な旧来型の日本専門家を増やそうと躍起になるよりも、彼のような安全保障を専門とし中国への懸念を共有できる人物を、自然な流れの中で日米同盟のインナーサークルに誘い込んでいくのがよいのではなかろうか。
日米議会の体験的比較
帰国前日には、連邦議会関係者と会うためラッセル上院議員会館(Russell Senate Office Building)に初めて足を踏み入れた。私の代議士としての経験から言えば、日本では衆議院の会館が動であるのに対し参議院の会館は静だ。英国下院に擬せられる衆議院は、有権者との距離の近さから人の出入りが激しいが、大所高所からの判断が期待される参議院には穏やかな空気が流れる。米国下院の会館を訪れた経験がないので単純比較は難しいが、ボザール様式の荘厳な佇まいとは対照的に上院会館は活気に満ちていた。玄関入口の金属探知機の前にはラティーノの団体が大勢で列をなしていた。その中の1人に「ここで働いているんですか?」と気軽に声を掛けられたのは、彼女たちがラフな服装だったのに対して私がスーツを着ていたせいもあるのだろう。ホールの階段を上って到着した議員事務所も人でごった返していた。共和党有力議員のオフィスだからということもあろうが、応接室ではもちろん事務所内の待合スペースや廊下にもはみ出して打ち合わせや談笑する姿が見られた。こちらはみなフォーマルな服装だ。驚いたのは会館全体ではなく議員事務所そのものにも受付があり、2人のスタッフが重厚な机を前にして配置されていたことだ。日本の会館ではまず見られない光景。米国の議員事務所の体制の充実ぶりが感じられた。
意見交換の中で台湾関係法への言及があるなど親台湾姿勢は際立っており、学生時代に中国を訪れたこともあったというが、これまでは日本との縁は薄かったという。ところが、私と会う前の週に日本側の招聘で初めて訪日。東京に加えて京都と伊勢も訪問するという充実したプログラムで、日本に対してとてもよい印象を持ったようであり、日本外交の地道な努力の成果を実感した。年内にはインドへの訪問も予定しているとのことで、日米が共同して打ち出しているインド太平洋戦略に沿う訪問になると盛り上がって別れた。
日米同盟と日中関係の変化――第三国の視線
今回の出張では、日米以外の第三国の外交官とも積極的に意見交換の場を設けた。外交官は、国際情勢を俯瞰する視点を養っているのが常だ。国際政治において少しでも優位に立つため、各国が選りすぐりの外交官を送り込むワシントンは、国際情勢への複眼的な考察を深めるには打ってつけの場といえる。
アジアの友好国及び欧州のG7の外交官(前者は大使館ナンバーツーにあたる次席公使、後者は政治部長)と会った。双方から共通して出されたのが、直前の河野外務大臣の訪中(1月27~28日)を踏まえ、なぜいまこの時点で日本が対中関係の改善を急いでいるのかという質問だった。狙い通り彼らから、私にとっては意外な提起が得られた。
安倍総理―トランプ大統領の首脳間での個人的信頼関係を追い風として日米同盟は着実に強化されており、その基盤に立って対中関係の進展が図られているのが現状だ。郵政選挙直後の2005年11月、京都でブッシュ・ジュニア大統領を迎えた小泉総理が、「日米関係が良好であるからこそ、中国、韓国、ASEAN等をはじめ各国との良い関係が維持されてきている。」と述べたのと正に同じ観点だ。
ところが日本の外の人にとっては、小泉の言が自明ではないということを先の疑問は示している。一つには、日米同盟と対中接近が相容れなかった事例があるからだろう。典型が鳩山由紀夫政権だ。普天間基地の沖縄県外移設発言によって日米同盟がぎくしゃくしているにもかかわらず東アジア共同体構想を打ち出し、対中接近を強行したことで日米関係は混迷を極めた。この失敗は、日本にとって日米同盟強化と対中関係進展の両立が如何に難しいかを雄弁に物語っている。
現在進行形の変化を織り込んで考えれば、米中関係の流れが変わり米国の対中姿勢が厳しくなる中で、なぜ日本はあたかも突出した対中接近を試みているのかという指摘だと考えられる。対中政策のモーメントが日米でずれているのではないかと。これに対しては、日中関係は直前まで最低レベルにあり、偶発的な軍事衝突すら起こりかねない危険な状態にあった。日中関係の極端な不安定性は、両国のみならず地域や世界全体に悪影響を及ぼす。日本は責任ある大国として最低レベルから低レベルに日中関係を必要最小限度で引き戻したに過ぎず、日米同盟と何ら矛盾するものではないと説明した。
出張の成果と今後の課題
経済も議論の対象となった。アジアの友好国からは、自国のTPP加入への強い希望が繰り返し表明され、具体的なスケジュール感についての質問もあった。欧州の外交官からは、TPPが日EU・EPAの交渉妥結に良い影響を与えたという指摘があった上で、米EU・EPAであるT-TIP(Transatlantic Trade and Investment Partnership) [2] の交渉が頓挫していることへの嘆き節が飛び出した。国際政治の文脈の中で経済連携の位置付けを議論できたことは収穫であったし、日本の経済外交の存在感がワシントンにおいても充分に認められていることが感じられた。
本プロジェクトにおいて私は、アメリカ外交、特に東アジア政策を担当しているが、今回の出張においては、日米外交筋、連邦議会関係者、シンクタンク研究員、第三国の外交官と立場の異なる多くの意見を聴取できたことは大きな成果だった。どうやら、官、政、学という私の経歴の変遷に興味をもってもらえたことも意見交換に奏功したようだ。今回、臨場感を重視しながら出張の一端をお伝えしたが、今後は意見交換で得られた成果をもとに分析をさらに深めていきたい。
[1] National Security Strategy of the United States of America(DECEMBER 2017) https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2017/12/NSS-Final-12-18-2017-0905.pdf
[2] https://ustr.gov/ttip