共催:東京財団、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)
東京財団「安全保障研究プロジェクト」では、去る10月8日、これからの日本の安全保障政策、とりわけ新たな防衛のあり方に関する提言 「新しい日本の安全保障戦略―多層協調的安全保障戦略」 を発表したが、その内容を踏まえ、11月21日に、慶應義塾大学SFCとの共催で、六本木ヒルズにおいて、公開シンポジウム 「世界の中の新しいパワーバランスと日本の安全保障 」を開催した。
冷戦の終結から20年近くを経て、世界には、様々な側面においてさらなる大変動が起こりつつある。9・11テロに象徴されるような「新たな脅威」が顕在性を強める中、主要国間のパワーバランスも、変化の時代に入っている。中国やインドの存在は、20年前とは比較にならないほど大きくなりつつある。特に、台頭著しい中国が、米国を中心とする現在の自由で開かれた世界秩序を支持する国となるのか、それとも、既存秩序に代る新たな秩序を自らの手で打ちたてようとするのか。どちらの方針が選ばれるのかは、今後の世界平和の動向を大きく左右する。他方、米国は、ブッシュ政権期の単独行動主義への傾斜とイラクの戦後処理の失敗により、国際社会におけるソフトパワーの低下とリーダーシップの動揺を招いてしまった。また、そのハードパワーも、サブプライムローン問題に端を発する金融危機の影響を免れることはできない。こうしたことから、オバマ新政権の下での米国の対外関与の方向性は未知数である。そして、日本は、特に平和と安全保障に関する分野で、国際社会における存在感の低下が目立ち、「ジャパン・ミッシング(Japan missing)」と揶揄されるほどである。米国のブッシュ政権は、発足当初から日米同盟重視の政策を貫いたが、オバマ民主党政権の東アジア政策は、従来よりも中国に比重を移したものになるとの観測もある。そのような中で、日本の存在感の低下が日米同盟に負の影響を与えるのではないかとの懸念も出されている。
こうした状況の下、本シンポジウムは、谷内正太郎前外務次官、林芳正前防衛大臣、前原誠司民主党副代表(以上、発言順)という、わが国の政官界きっての安全保障政策通の論客をパネリストに迎え、東京財団安全保障研究プロジェクトからは、神保謙東京財団研究員(慶大総合政策学部准教授)と神谷(防衛大教授)が参加して、会場が数百名の聴衆で埋め尽くされて立ち見も出る盛況の中、日本が今後いかなる安全保障政策を模索すべきなのかを幅広く討議した。神保研究員の司会により、阿川尚之慶大総合政策学部長と加藤秀樹東京財団会長による主催者挨拶に引き続き、谷内前次官と神谷が基調講演を行った後、林・前原両議員がコメンテーターとして見解を述べた。
「世界の新しいパワーバランスと日本の外交・安全保障政策」と題された谷内講演では、まず、世界のパワーバランスが、冷戦後の米国単極構造から、多極ないしは無極の構造に変化しつつあるとの見解が示された。BRICsに代表される新興国が台頭し、EUも独自性を模索する中、米国のパワーは、軍事面では依然として圧倒的だが、外交力、政治力には限界も目立っている。冷戦後にみられた、米国が圧倒的なハイパーパワーであるという状況は失われつつあるが、今後の世界のパワー状況がどうなってゆくのかは、まだ未知数の部分が大きい。そうした中で、オバマ新政権は、ブッシュ政権の一国主義外交を国際協調へと修正し、米国の国際的リーダーシップの再生を図るであろう。
日本は、こうした状況認識の上に外交・安全保障政策を構想する必要があると、谷内前次官は強調した。前次官は、日本は、グローバルパワーというよりはリージョナル(地域的)パワーであると述べた。そして、そのような自己認識の下で、アジアの平和・安定・繁栄にリーダーシップをとり、域内の関係大国(米国を含む)が平和・安定・繁栄のためにそれぞれ責任と役割を果たしていくようなシステムを構築することが重要であると指摘した。アジア外交を再構築し、日米同盟とアジア外交の共鳴(シナジー)を実現していくことが日本にとっての戦略的外交であり、その中で、米国との同盟を維持しつつ台頭する中国を責任ある大国に導くことが、日本にとって死活的目標になるというのが前次官の主張であった。
前次官は、対中国をはじめ、アジアの安全保障には日米同盟が今後も不可欠であるとの見解を明確に表明した。しかし、同時に、日本は、現在の日米同盟をそのままでよしとするのではなく、
- 米国から日中を見た場合、価値や理念を共有し、より信頼できる国は日本である。だが、日本は、将来も米国に自国をそのように認識させ続けるように、平和と安全の分野を含め、それなりの行動をとっていく必要がある。
- 日米同盟には、対等性と双務性に関して問題が残っている。同盟の双務性をより普通のものにすると同時に、日米の対等性を高めるための外交が必要である。
- 新しいパワーバランスの下では、米国との関係を維持しつつ、マルチ、ミニラテラル、バイなどを組み合わせたより幅の広い外交が必要である。
といった努力の必要性をも強調した。
現在の日本には、経済不振からくる閉塞感、それを原因とした国民の内向き志向や縮み志向などがみられるが、こうした状況を乗り越え、戦略的外交を実行していくことが不可欠である、と強調して、谷内講演は結ばれた。
続いて、神谷が、安全保障研究プロジェクトを代表する形で、「これからの日本の安全保障戦略」と題する講演を行った。冒頭、神谷は、日本が安全保障戦略を構想しようとする場合に的確に認識されていなければならない5つの「大状況」を説明した。
- (日本がグローバルパワーであろうと地域的パワーであろうと)日本の国益はグローバルに展開しているので、日本の外交・安全保障戦略がグローバルな視野を持つことは必然的要請であること。日本が現在並みの豊かさを維持したいのであれば、グローバルな安全保障戦略がどうしても必要であり、「日本はひっそりと豊かに生きていけばよい」といった意見は、非現実的な自己満足にすぎないこと。
- 21世紀の日本は、「新たな脅威」に直面すると同時に、日本周辺における伝統的脅威(他国の軍事力の脅威)の残存という現実にも直面していること。ただし、そうした伝統的脅威も、実は、「新たな脅威」と同方向に性格を変化させていること。たとえば、日本が直面する北朝鮮の脅威は、国家の軍事力の脅威という意味では伝統的なものと言えるが、その内容は、核をはじめとする大量破壊兵器、弾道ミサイル、国家によるテロ行為といった、「新たな脅威」の性格を持つものに変わってきている。中国の軍事力の台頭についても、同様のことが言える。
- 世界では、近年、平和と軍事の関係に関して革命的な発想転換が進行しつつあること。伝統的には、「戦争を戦う」ための道具であった軍事力が、ポスト9・11の世界においては、「平和を作り出す」ための道具へと性格を変えつつあること。国際社会のテロとの闘いの中では、破綻国家などでの内戦型紛争の後始末をどうつけ、どのようにして平和と秩序を回復するかが、テロリストに根拠地を与えないという観点から重要性を増している。そうした平和構築や国家建設といった活動の中での軍事力には、「戦争を戦い、敵を殺す」という伝統的役割とは異質の役割が求められていること。
- 谷内講演で説明のあった、新しいパワーバランスの顕在化。
- 日本経済の弱体化と少子高齢化による日本の国力基盤の動揺。
こうした「大状況」の下での日本の安全保障戦略として、東京財団安全保障研究プロジェクトが構想したのが、「多層協調的安全保障戦略」である、と神谷は説明した。
まず、「協調的」とはいかなる意味か。いかなる国にとっても、安全保障の基礎は、自助努力でなければならない。したがって、日本にも、現に直面している脅威や課題に対応するために必要な政策と、それを遂行していくための能力を、可能な限り整備する姿勢が求められる。その際、既存の法制や枠組み等も、絶対視するのではなく、現実の脅威や課題に対応する上で問題がないかどうかを精査すべきである。とりあえず、具体的には、2004年の防衛大綱に示された、「多機能弾力的防衛力」の整備をさらに進めることが必要である。
だが、日本の国力には限界があるため、日本の安全は、自助のみでは達成不可能である。ゆえに、日本の安全保障戦略にとり、国際社会との協調は不可欠である。
ただし、国際社会は多様であるので、日本の協力相手としては、まず、基本的な価値や理念を共有し、現在の世界秩序の維持を目指す点でも基本的に共通している、欧米、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国などの、リベラルデモクラシー諸国が中心となる。そして、そうした諸国中最大の力を持つ国は米国である。したがって、日本が安全保障でも経済でもグローバルな協力を強化することは、日本の国益にも、世界秩序の安定にも望ましい。惰性で同盟を維持するとか、対米追随ということではない。
しかし、日本の安全は、米国との協力のみによって十分に守られるということにはならない。アジア太平洋、あるいは北東アジアといった地域レベルや、グローバルレベルでの協力も促進する必要がある。地域レベルでは、国際協調の実効性が中国の意向によって大きく左右されてしまうという現実があるため、当面としては、地域枠組みの機能には過度の期待はできない。日米同盟を機軸とした従来の姿勢を維持する必要がある。だが同時に、さまざまな枠組みの中で災害救援や環境問題等各種の機能的分野での対中協力を進め、中国を建設的なメンバーとして地域に統合していくことも不可欠である。それは、中国をグローバルな秩序の中で「責任あるステークホルダー」に導く上でも大きな意味を持つ。
同時に、谷内講演が示唆したように、日本は、日米同盟と、オーストラリア、韓国等その他諸国との安全保障関係をリンクさせていくことも考えるべきである。
そしてむろん、日本の国際協力は、グローバルなレベルでも推進されなければならない。その際、特に必要なのは、日本が、国際平和協力に対してより積極的に参画していくことである。現在、国際平和活動への日本の軍事面での貢献は、他の主要国に比べて圧倒的に少なく、非軍事面でも、かつては世界一だったODA供与額が世界5位に転落し、さらに減少傾向にある。こうした状況を、改善することが急がれる。
かくして、日本の安全保障戦略は、日本自身の自助努力と日米、地域、グローバルのさまざまなレベルでの国際協調からなる、「多層的」なものであることが必然となる。以上が、「多層協調的安全保障戦略」の意味に他ならない、と神谷は説明した。
今回の提言では、こうした戦略を実際に遂行していくための、さまざまな態勢整備にも踏み込んでいる、と神谷は続けた。そして、
- 少子高齢化と財政的制約を踏まえた、防衛省・自衛隊の編成・装備の改革。特に、北方からの外敵の着上陸侵攻を主に想定していた冷戦期の自衛隊の編成・装備を、現在の状況に適したものに改める必要があることなど。
- 安全保障戦略の基盤としてのインテリジェンス態勢を強化するとともに、外交と軍事(=防衛)の密接な連携を図るために、日本版NSCを何らかの形で実現すること。
- 安全保障の法的基盤の整備。すなわち、既存の法制が、日本が現実に直面している脅威や課題に対応するために必要とされる政策や、そうした政策を遂行するために必要とされる手段の整備と、整合的であるかどうかを直視し、政治家が中心となって必要な再検討を行うべきこと。
- 21世紀の世界では、先述した平和と軍事力の関係の革命的変化などにもあらわれているように、安全保障は、従来以上に、軍事・非軍事諸部門の協力なくしては実現され得なくなっている。この観点から、省庁の縦割りを排した「オール・ジャパン」的な安全保障態勢を確立すべきこと。
- 安全保障戦略の基礎としての、国際的外交基盤の確立。特に、国連安全保障理事会における、常任理事国ないしは準常任理事国の地位の獲得を目指すべきこと。
などを例として挙げた。
最後に、神谷は、日本が他国にとって「積極的に協力したい国」であり続けるためには何をすべきなのか、という問題を提起した。国際協力とは、相手があってはじめて成り立つものであり、日本が協力を望んでも、他国が日本と協力したいと思ってくれなれば、協力はできない。だが、現在、国際社会では、日本は、軍事面でも非軍事面でも国際平和に対して国力相応の貢献をしていない国であるとのイメージが広がりつつある。これは、日本の「多層協調的安全保障戦略」にとっては深刻な阻害要因たり得る。日本は、こうした現状を変える必要がある。そのためには、軍事面では、平和のために軍事力を活用するという問題に対し、従来以上に真剣に向き合う必要があり、非軍事面では、ODAの早急な増額などが求められる。果たして、日本人は、こうした変革の意思を持ち得るであろうか、と聴衆に問いかけ、神谷講演は締めくくられた。
以上二つの講演の内容に対し、林・前原両議員から、個人の立場で多岐にわたるコメントがあった。以下では、主なものに限り紹介する(必ずしも発言の順序に従わず、内容に基づいて神谷が整理した形であることをお断りしておきたい)。
まず、林前防衛大臣は、
- 安全保障の法的基盤の整備については、たとえば、今後海賊などに対するシーレーン防衛を日本も行うということになった場合に、「日本の海上自衛隊は日本のタンカーだけ守る、他国の船は守れない」ということでは、国際的に通用しない。
- 同じく法的基盤の整備について、提言にも書かれているように、今や、財政的制約の中で質の良い装備を手にしていくためには、軍事技術の国際的な共同開発への参加が必要である。三木内閣以降の武器輸出三原則を、佐藤内閣の時点に戻すといったことが考えられるのではないか。
- 法的基盤の整備として、宇宙基本法の成立は意義があった。
- 日米同盟の今後については、日本の側には「よりいっそうの自立を」という声があるが、米国側も、民主党新政権下で東アジアへのコミットメントがどうなるのかは不透明である。日本としては、自立ばかりを言うのではなく、米国を東アジアから引かせないための方策も必要である。
- この点に関して、かつてのジャパンバッシングは主に経済分野で行われたが、現在は、安全保障に関して日米双方に相手の政策や行動についてのフラストレーションがたまっており、対策が必要である。
- 日本版NSCのようなものが必要だということには同意するが、あまりきちんとした制度を作りすぎるとかえって動きにくくなるのが日本の文化的風土ではないか。現在の防衛大臣、外務大臣、官房長官の「三大臣会合」のスタッフ機能などを強化すれば、実質的にはNSC的なことをより柔軟に行える(既に行っている)ので、正式の組織を作るよりもかえってよいのではないか。
- 日本の国際平和への貢献については、インド洋での給油延長は、自民党としては、政権維持の道具ではなく、日本の国益上必要と考えて努力している。政権維持を考えるならば、やめると言ってしまった方が国民に受けるかもしれないが、それではいけないと思っているのである。
といった諸点について発言した。
続いて、前原民主党副代表が、以下のような見解を述べた。
世界の激変に、日本がいかに能動的に対応できるかが問われている。
今後、日米関係は難しさを増すであろう。世界全体で、米国のパワーやプレゼンスの低下は避けられまい。その中で、日米が、必ずしも同調、協力できるとは限らない問題も増えていくのではないか。たとえば、基軸通貨としてのドルが揺らぐ中で、日本としてはアジア共通通貨などを模索することも考えられるが、それは米国との対立を引き起こすであろう。また、環境問題をとってみても、日本と米国の立場にはかなり違いがあり、どこまで協力できるかには不透明な部分が大きい。日本が、中国やインドとの協調を模索しなければならない場合も増えていくかもしれない。
したがって、今後の日本の総合安全保障は、「日米万能」では立ち行かない。現実には、米国に頼る面が多く、独力では立ち行かない日本が直ちに日米同盟を見直すのは非現実的であるが、日米同盟をうまく働かせつつ、同時に、米国と相反することもある日本の国益を、いかにして追求していくのかが課題になる。そのためには、日本外交の幅を、従来以上に広げる必要があろう。
そのためには、日米同盟の重要性を認識しつつも、これまで米国に過度に依存してきた以下の点を改善していくことが必要である。
i)情報収集能力の強化。これは、日本版NSCの必要性と表裏一体である。省庁横断型のしくみを作らなければならない。
ii)日本の防衛装備基盤の強化。日本は、イージス艦でもFXでも、米国の技術提供を受けて装備してきたが、日本自身の防衛装備基盤も必要である。
iii)日本のパワープロジェクション能力(力の投射能力)を、真剣に考えなければならない。日本防衛のために日米が「盾と矛の分業」をするというこれまでの枠組みは、日本が他国の核やミサイルの脅威に直面するようになった現在の状況に適合しない。かつて、鳩山一郎首相(当時)も「座して自滅を待つのは憲法の主旨ではない」と発言している。
iv)国際平和への貢献については、米国の要請に応えることが重要である場合もあることは否定しないが、「なぜ国際平和に貢献をするのか」という点について、日本独自の哲学が必要であろう。「依存から自立へ」ということを考える場合、国際平和への貢献という場面で日本が「自立」を実践していくには、日本人に、相当の決意が必要である。
以上の議論の後、フロアの聴衆から、専守防衛の原則と憲法第9条について、今後の日本の安全保障政策を構想する際にどう考えていくべきか、日本の自立性を保つために、基調講演やコメントで触れられた点以外に何をすればよいか、こうした安全保障戦略を実践していくには超党派の努力が必要と思われるが、超党派で安全保障問題を考えることができる政治はどうしたら実現できるのか、といったさまざまな質問が提出された。パネリストから率直な見解が提示されるうちに、シンポジウムは熱気の中で制限時間を迎えた。