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オペレーションの視点から安保法制を考える

August 27, 2015

東京財団上席研究員 山口 昇


安保法制を巡る議論に隔靴掻痒の感をいだく向きは多いと思う。違憲・合憲の憲法論、個別のケースに適用する法文を巡る法律論が中心となっているために、内容の難解であり、これが政府の説明不足や国会での議論不足といった不満を生む原因となっている。一方、内容にかかわらず「戦争法案」とのレッテル張りで議論を止めてしまおうとする論者も多い。政府は、法文の修正に加えて新たな法案の説明を行う必要があるため、法律論に偏りがちなのはやむを得ない側面もある。しかしながら、もう少し、現場のオペレーションという目線での議論があってもよいのではないか。この点、4月末に公表された新「日米防衛協力の指針」(新ガイドライン)の整理は、米軍の作戦担当者を含めた米国との協議の結果であるので、少なくともオペレーションの視点に立ったものとなっており、法律論の背景を理解する一助としての意味は大きい。

新ガイドラインは、I~VIII項に整理されているが、自衛隊・米軍を含む両国がオペレーションに際して、具体的にどのような協力を行うのかを記述しているのは、IV項「日本の平和及び安全の切れ目のない確保」とV項「地域の及びグローバルな平和と安全のための協力」の二項であり、以下の構成である。

IV-A「平時からの協力措置」

IV-B「日本の平和及び安全に対して発生する脅威への対処」

IV-C「日本に対する武力攻撃への対処行動」

IV-D「日本以外の国に対する武力攻撃への対処行動」

IV-E「日本における大規模災害への対処における協力」

V-A「国際的な協力活動(国連PKOなど)」

V-B「三国間及び多国間の協力活動」

IV-A~Eは日本の安全に関する対応を記述したものである。例えば、IV-Bは前ガイドラインにおける「周辺事態」の地理的な範囲を拡大する内容となっており、IV-Dは限定的に集団的自衛権を行使するケースをとりあつかっている。これに対してV項(A,B)は、国際社会の平和と安全のために日米両国がどのように取り組むかという点に焦点がおかれている。

この記述の順は、IV-E項の大規模災害対処を除けば、武器の使用や武力の行使といった実力行使のレベルの違いという視点からの区分として見ることができる。下図は、IV-A項~D項、V項における行動を、どの程度実力行使を伴うのかという視点で整理したものである。実力行使のレベルは、まったく武器の使用を伴わない「青」の領域、主として警察権的な武器の使用を伴う「黄色」の領域、及び武力の行使を伴う「赤」の領域で区分した。IV-A項の平時においても、例えば弾道ミサイル対処やアセット防護において武器を使用する場合がある。

最もそのレベルが高いのは、IV-C項の我が国に対する武力攻撃への対応である。現行法制上、自衛隊法第88条は防衛出動を命ぜられた自衛隊に対して「わが国を防衛するため、必要な武力を行使する」法的な権限を与えており、その上で、自衛権発動の要件を満たせば実際に武力を行使して侵略を排除するという枠組みになっている。これは、現行法制上、わが国が「武力を行使する」唯一のケースであり、国際法の視点に立てば、個別的自衛権の行使にあたる。

一方、今回の安保法制を巡る議論で焦点となっている集団的自衛権に関する部分は、IV-D項「日本以外の国に対する武力攻撃への対処行動」である。政府が繰り返し「限定的」と説明している通り、「日本の存立が脅かされる」ような場合に限定して、「武力を行使する」権限を付与することとなっている。言い換えれば、限りなくわが国に対する武力攻撃、すなわち個別的自衛権の行使が可能になるケースに近い分野で、かつ、個別的自衛権で説明することが国際法上困難な部分である。

また筆者は、武力行使の正当性を図る尺度の一つとして国際的な合意の度合いが重要な意味を持つと考えている。図中の赤い破線はこの点に係るものであり、実力行使に際してどの程度国際的な支持を得る必要があるかを示したものである。国連憲章上、最も高いレベルで国際的な支持を得るべき武力行使は、集団安全保障を目的としたものであり、具体的には国連軍が編成され、国際社会が一体となって侵略者を排除するケースである。国連憲章51条は、国連の対応が間に合わない場合の次善策として、個別的・集団的な自衛権の行使を認めている。今回の安保法制では、国連軍のようなケースで「武力を行使する」ことは想定しておらず、図の中では黄色(武器使用・限定的実力行使)の領域にとどまっている。国連軍のようなケースは、国連安保理常任理事国すべてを含む国際社会全体の了解が必要であり、そうであるがゆえに正当性が高いと考えられる。集団的自衛権を行使するためには、援助される側の要請が必要とされており、少なくとも助ける国と助けられる国の最低限二カ国の合意に基づくことになる。一方、個別的自衛権の行使にはそのような条件はなく、武力攻撃を受けた(あるいはこれが急迫であると認識する)当事国だけの判断に基づいて武力を行使することになる。武力行使に際して求められる国際的な合意の広さという視点でいえば、最も広範な合意を必要とするのが集団安全保障であり、最も狭いのが個別的自衛権、そして集団的自衛権はその中間に位置すると整理できよう。

「武力を行使する」という視点から言えば、今回の安保法制は集団安全保障、すなわち国連軍が編成された場合に、本格的に参加するところまでは踏み込んでいない。一方、その少し下のレベルの活動に関して言えば選択肢を増やしたと言える。たとえば、国連PKOにおいて他国部隊の救援や任務遂行のために武器を使用することができるようになれば、そのような事態が起きる蓋然性の高い任務にも参加するという選択肢を持つことができる。

前出の図から読み取ることができるように、今回の法制で真新しいのは、限定的な集団的自衛権の行使に関する部分に踏み込んだことと、これまで周辺事態として扱って来た部分を重要影響事態として地理的な範囲を拡大したことである。一方、これまでの憲法解釈や法制上の考え方の範囲内で、より具体的に選択肢として挙げられたことも多い。例えばIV-A「平時からの協力」には「連携して日本の防衛に資する活動」に従事している場合に「アセット(装備品等)を相互に防護する」とある。いわゆる「アセット防護」である。自衛隊には武器等を防護するために武器を使用する権限が与えられており、この考え方の延長上にあるものである。

安保法制を巡る議論をより実のあるものにするためには、具体例を見ていくことが重要である。その一方で、それぞれの具体例が日本の安全保障を巡る全てのスペクトラムの中で、どの位置にあるのかということも理解しなければならない。この点、新ガイドラインは平時からわが国有事、そして国際協力までを包括した全体像を描いたものとなっており、個々の議論がどこに位置するのかを理解する上で比較的分かりやすい大きな絵を描いてくれている。

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