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論評「オバマの躍進と米大統領選の行方」

March 13, 2008

久保文明
東京財団「現代アメリカ研究プロジェクト」リーダー
東京大学法学部教授


今回のアメリカ大統領選挙に関して、経済が良くない、イラクはうまく行っていない、70パーセントを超えるアメリカ国民が自国は悪い方向へ向かっていると思っている、など与党が負ける条件が揃っており、本選は民主党で決まりという雰囲気が日本のマスコミ報道などに見受けられる。

しかし、そのような見方は早計であろう。大統領選挙は政党間の戦いであると同時に、個人間の戦いでもあるからだ。したがって、最高指令官として信用できる人物か、4年間国を託せる人物か、好感度が高いか、など個性の勝負という側面もある。

さて、今回の選挙では、民主、共和両党とも、予備選段階で全く予想外の展開となった。民主党オバマ候補の大躍進は、本命のヒラリー・クリントン候補にとって大きな誤算だったし、共和党で本命視されたジュリアーニ候補も戦略上の誤りを犯して早々と撤退した。

すなわち、クリントンはスーパーチューズデーの頃には勝利宣言ができると踏んでいた節があり、オバマの力を見くびっていた。他方、ジュリアーニはアイオワ、ニューハンプシャーなど緒戦をすべて捨ててフロリダのみに絞った戦略が裏目に出た。

共和党ではすでにマケイン候補が指名を確実にしたが、振り返ればこれは奇跡とも言える結果だ。というのは、昨年夏の時点でマケインは選挙資金が枯渇し、撤退か? と噂されていたからだ。彼がここまで勝ち上ってきた理由は、共和党保守派にかつてのレーガンや現在のブッシュのように、保守勢力を一本化できる候補がいなかったことが大きい。

以上が、現在の戦況であるが、民主党の指名争いでどちらが勝つにせよ、本選では接戦が予想される。オバマは経験不足、クリントンには夫の影、マケインは高齢と保守傍流である、という具合に、各候補とも弱点を抱えているからだ。

特にマケインにとっては、高齢の問題は、副大統領候補に若手を起用することで凌いでも、移民政策では保守派の支持を得られるかどうかという問題がある。移民は一切認めないとする共和党保守派に対して、マケインは一定の条件下で移民を認める穏健的政策を打ち出した経緯がある。

それでは、11月の本選に向けて、選挙戦の行方を左右する鍵は何であろうか。サブプライムローン問題で傷ついた経済問題だという見方もあろうが、民主・共和両党が決定的に対立するのはイラク問題である。周知のように、民主党ではオバマもクリントンも基本的には撤退の方向を打ち出している。これに対し、マケインは当初から一貫してイラク増派を支持している。ここでは両者が正面からぶつかり合うのだ。

第二次大戦後のアメリカを振り返ってみると、2008年のように、うまく行かない戦争を抱えた大統領選挙は、1952年、1968年、1972年、2004年という前例がある。言うまでもなく、1952年は朝鮮戦争、1968年と72年はベトナム戦争、そして2004年と2008年はイラク戦争である。

朝鮮戦争では、アイゼンハワー、ベトナム戦争ではニクソン、いずれも「撤退する」とも「負ける」ともはっきりとは言わなかった。これに対して、マクガバンは、Come Home America(アメリカは負けを認めて撤退する)のスローガンを掲げたため、選挙に負けたという一面がある。

アメリカ人は、プライドが高く、愛国心が強く、自国が負けることを極端に嫌う国民である。したがって、もしイラクで増派がうまく行っているとすれば、うまく行っているイラクからなぜ撤退するのかという議論が起こる可能性がある。

では、共和党にとって、クリントンとオバマではどちらが戦いやすいか。この問は、クリントンがなぜ苦戦しているかを考えるとわかりやすい。クリントンにとっては、オバマとの政策論争でいくら勝っても、予備選挙や党員集会では負けてしまうという、選挙の常識では計りきれない魅力をオバマは持っている。

マケインにとっても、クリントンは通常の戦略で攻略できる(少なくともそのように計算できる)タイプの候補だ。これに対して、オバマの魅力は通常の理屈を超えたところにありそうだ。マケインはベトナム戦争の英雄として党派を超える尊敬を集めているが、オバマの魅力はそれをさらに超えたところにあるかもしれない、ということだ。

では、オバマの魅力はどこから来るのか?それは、「変化(change)」と「統一(unite)」というスローガンに凝縮されている。この点で、ブッシュが2000年の選挙で「この国をまとめる」と言い、同じく統一というスローガンを掲げた事実は注目に値する。

その背景には、2000年当時と同様に、アメリカ政治が民主党・共和党のイデオロギー的対立の下に分極化してしまった。この現実を変えてほしい、再び国を一つにしてほしいという期待が、アメリカ国民の間にあることは想像に難くない。

そしてオバマについて注目すべきはレトリックである。「アメリカの歴史を振り返ってみよう。英国からの独立などできないと言われたが、できたじゃないか。奴隷制の廃止などできないと言われたが、できたじゃないか。2度の大戦に勝ち、大恐慌も克服した。南部に残った黒人差別も克服したではないか。」

つまり、アメリカという国は、皆で力を合わせることにより、さまざまな偉業を達成してきたのだ。こういうオバマのレトリックの背後には、「黒人の大統領なんてあり得ない」と考える人々に対して、「自分が大統領になってアメリカの歴史を変えるんだ、皆で変えて行こう。」というメッセージが込められている。

オバマが、黒人はもちろん、高学歴・高所得の白人、無党派層、若者に支持を広げているのは、このようなメッセージがアピールするからであろう。それは共和党の穏健派にすら共鳴するところがあるだろう。このオバマ現象がどこまで続くかは今後の展開を見るしかないが、オバマがここまで健闘している事実だけでも、黒人大統領の出現が現実的な可能性としてアメリカ国民に受け入れられてきたことの証ではないだろうか。

最後に、大統領選挙と日米関係に関して、補足したい。まず、日本人にとって、アメリカ大統領選挙の最大の関心は、新しい大統領の対日政策、日米関係がどうなるかという点であろう。しかし、我々は新政権に対する日本の政策をどうするかについても考えるべきである。つまり新政権とどのように付き合うかという発想を持たなければならない。

次に、日本では民主党政権に対する警戒感が強いが、クリントン政権の頃とは状況が変わっていることに注目すべきだ。例えば、米国では確かに保護主義的傾向は強くなっているが、その矛先は主として中国に向いている。ヒラリー・クリントンが米中を「21世紀で最も重要な二国間関係」と言ったのも、中国が問題であるという意味が込められている点を考慮すべきだ。

また、民主党は国連重視の多国間主義の立場である点は、日本の立場に近い。さらに、開発援助、女性の問題、子どもの問題、エイズ対策、気候変動などの問題に、軍事力を使うだけでなく、多面的な関与をするという点でも、日本の外交に合致する部分が多い。

最後に、民主党は、テロとの戦いにおいて共和党がイラクに戦力を投入しすぎて、アフガニスタンが手薄になったと見ているため、日本に対して海上給油以上の積極的なアフガニスタンへの関与を求める可能性はある。いずれにせよ、アフガニスタンの安定化は長期戦で構える必要があり、日本の政策をよく検討しておく必要があろう。

  • 研究分野・主な関心領域
    • アメリカ政治
    • アメリカ政治外交史
    • 現代アメリカの政党政治
    • 政策形成過程
    • 内政と外交の連関

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