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2018年中間選挙とアメリカの州裁判官公選・審査制(2)

January 7, 2019

写真提供 Getty Images

首都大学東京法学部教授

梅川 健

アメリカの38州では、州裁判官は就任もしくは再任の際に選挙に服する。それでは、裁判官の選挙戦とはいったいどのようなものだろうか。議会や大統領・州知事といった他の三権に対するのと同様の選挙戦が行われているのだろうか。本稿では、裁判選挙ならではの規定と、選挙戦に参加するアクターについて論じることにしたい。

立候補の要件とキャリアパス

州の裁判官が選挙で選ばれるといっても、誰もが立候補できるわけではない。多くの州最高裁では、それまでの同州での法律家としての実務経験を立候補の要件としている。州の下級裁判所でも同様であり、実務経験のためには各州の法曹資格が必要となる。つまり、法曹資格は最低限の要件である。

州裁判官のキャリアパスとしては、より上級の州裁判所へのステップアップが見られる。途中で連邦裁判所裁判官に抜擢されることもある。州最高裁判所の裁判官職は多くの場合、最終的なポジションだったが、後述する近年の選挙戦の変容によってキャリアパスも変わってくる可能性がある。具体的には政治職への転身が増えるかもしれない。例えば今年の選挙では、アラバマ州最高裁長官を務めたスー・ベル・コブがアラバマ州知事を目指し立候補したが、民主党予備選挙で敗北している。

州裁判官選挙と規制

州裁判官選挙にも他の公職選挙と同様に法的な規制がある。ひとつは、各州の定める選挙資金規正法である。例えばテキサス州は1995年に司法選挙特別法を定め、個人、法律事務所、PACによる政治献金の上限額を定めている。興味深いのは、法律事務所による献金について別に定めている点で、これは、法律事務所は裁判官選挙に特別の利害を持つためである。法律事務所には得意とする分野があり、顧客を抱えている。法律事務所としては、顧客に有利な判決を下す傾向のある候補者に献金するメリットは大きい。

もうひとつ、裁判選挙には通常の政治職の選挙とは異なる規制がある。はたして、裁判官に立候補する者は、特定の争点に対して自らの見解を示し、当選した暁にはその通りの判決を下すと、有権者に約束してもいいものだろうか。議員に立候補する場合には当然とされる言論は、裁判官の場合には問題を含む。例えば、裁判官は静謐の中で判断を下すのであって、有権者に特定の判断を約束してはいけない、あるいは、裁判官の判断は事件毎になされるものであって、あらかじめ結論が決まっていてはいけないという考え方がありうる。

アメリカの最大の法律家団体であるアメリカ法律家協会は、裁判官の職務上の行動準則を裁判官行動準則規程(Model Code of Judicial Conduct)として示してきた。これは1972年に私的団体であるアメリカ法律家協会が採択した勧告的文書に過ぎなかったが、その後、各州はこれに独自の改良を加えつつ州法や裁判所規則といった形式で採用した。この規定は、現職の裁判官だけでなく、裁判官候補者の行動準則も定めている。

2002年、連邦最高裁はホワイト事件判決において、ミネソタ州で採用されていた裁判官行動準則規程の一部を違憲とした[1]。裁判官行動準則規程には、裁判官候補が議論のある法的争点に対して己の見解を公表することを禁じるアナウンス条項が含まれていたが、これが合衆国憲法修正第一条の定める言論の自由に抵触するとして違憲とされたのである。

ホワイト事件判決の意味は大きかった[2]。裁判官候補者は争点に対する自らの立場を明確に主張できるようになり、裁判官選挙の政治化を推し進めることにつながったのである[3]

州裁判官選挙と政治献金

2002年のホワイト事件判決は、州裁判官選挙の様相を大きく変えたが、裁判官選挙に対する政治的注目は90年代から既に高まっていた。図1は、1990年から2016年までの州裁判官選挙への政治献金の総額の変遷をまとめたものである。ここからは、90年代を通して右肩上がりに献金額が上昇していること、2000年以降は一定の金額を保ちつつ、2年毎、すなわち、大統領選挙年には献金額が増加し、中間選挙年には減少していることがわかる。

図1 州裁判官選挙への政治献金

出典:FollowTheMoney.orgより作成

90年代の各州の裁判官選挙の過熱化には背景がある。そもそも州の裁判官選挙は、法律家コミュニティが支持する卓抜した法律家が立候補し、争点に対する自らの立場を開示することなく、粛々とした(あるいは退屈な)選挙戦によって決まっていた。

70年代後半になると、州裁判官職をめぐって利害関係者が争うようになった。この時期には、消費者保護運動の果実として企業に対する消費者の権利が認められるようになっており、製造物責任や懲罰的損害賠償制度といった法的な仕組みを駆使して企業から莫大な損害賠償を得ることを生業にするトライアル・ロイヤーと呼ばれる法律家たちが台頭した。トライアル・ロイヤーたちは、訴訟で勝つための手っ取り早い方法として、消費者の権利を重視する法律家を州の裁判官に就けようとした。対して、商工会議所と保険専門法律家(巨額の賠償は保険会社の負担にもなった)はビジネスの利益を認める傾向のある裁判官を推すようになった。こうして、70年代から80年代にかけて、州裁判官職の選挙戦に最初の火が入れられた。

80年代の中頃から、保守系の様々な団体が州裁判官選挙戦に身を投じていったのに対して、リベラル系の利益団体は2000年代初頭まで州裁判官選挙の重要性に気づかなかった[4]。保守側には各団体を結びつけ、州裁判官選挙に注力させるアクターが存在していた。共和党保守派のコーク・インダストリーである。90年代にはコーク兄弟はCitizens for Judicial Reviewというプロジェクトを立ち上げ、全米の裁判官選挙に介入していった。裁判官候補の採点票を作り、献金を募り、テレビ広告[5]を流した。保守の活動が活発化すると、リベラル側も同様の手法によって対抗するようになった。

図1に示されているように2000年以降には、2年ごと、すなわち大統領選挙の年には献金額が増え、中間選挙年には献金額が減っている。これは他の政治職の選挙献金額の変動と同じパターンであり、州裁判官選挙が政治的選挙の1つとしてアメリカ政治に根付いたことの証左といえるかもしれない。

2000年以降の裁判官選挙では、従来とは異なるタイプの人材が増えているかもしれない。すなわち、政治的に注目を浴びる選挙戦に強い意欲を示すような人々である。このようなタイプの候補者は、州裁判所をステップとして、より華やかなポジションを求める可能性がある。2018年アラバマ州知事を目指した元州最高裁長官のスー・ベル・コブのように。

【関連記事】

2018年中間選挙とアメリカの州裁判官公選・審査制(1)(2018/9/26)


[1] Republican Party of Minnesota v. White, 536 U.S. 765 (2002).

[2] ただし、裁判官候補によるあらゆる言論が許されるようになったわけではない。アメリカ法律家協会は、1990年に裁判官行動準則規程を改正し、アナウンス条項を削除し、誓約条項とコミット条項を追加している(この改正版をミネソタ州は採用しておらず、72年版の規定にあったアナウンス条項が連邦最高裁で裁かれた)。誓約条項では「誠実な職務執行以上のことを誓約、約束する」ことを禁じ、コミット条項では特定の行動をするという制約を自らに課すことを禁じている。誓約条項とコミット条項を採用している州では、例えば人工妊娠中絶に対する立場を表明してもよい(アナウンス条項が違憲のため)が、当選した場合に具体的な行動をとると有権者に約束してはいけない、ということになる。重村博美「アメリカにおける裁判官選挙の言論制約と『司法の公平性』」『近畿大学法学』55巻3号(2007年)。

[3] Matthew J. Streb ed., Running for Judge: The Rising Political, Financial, and Legal Stakes of Judicial Elections (NYU Press, 2007).

[4] Echeverria, John D. 2000. “Changing the Rules by Changing the Players: The Environmental Issue in State Judicial Elections.” New York University Environmental Law Journal 9 (2).

[5] 2018年選挙のテレビ広告の一例を挙げておきたい。アラバマ州最高裁選挙を争った共和党候補のトム・パーカーは民主党候補のロバート・ヴァンスを「リベラルな、社会正義を目指す活動家(liberal social justice activist)」だと批判している。共和党は、法文の解釈によって新しい価値を認めるという司法積極主義の立場を長年批判してきており、パーカーのメッセージでも同様の主張が繰り返されている。<https://www.youtube.com/watch?v=qUcbS9zLUGE>.

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