白鴎大学経営学部教授
高畑昭男
三度目の正直はならず。――トランプ大統領は6月30日、南北朝鮮軍事境界線上の板門店で金正恩朝鮮労働党委員長と2年間で3回目の米朝首脳会談を行った。大阪で開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議の直後というタイミングに加え、「徒歩で軍事境界線を越えた初の現職米大統領」の姿をこれ見よがしにアピールするなど、トランプ氏らしいパフォーマンスたっぷりの会談となった。
しかし、その後の報道によると、入念な準備をした上で電撃的効果を狙った会談だったことがわかった半面、問題の核心である「最終的で完全に検証された非核化」(FFVD)をめぐっては、前2回と同様に、今回も大きな進展は得られなかった。むしろトランプ政権内では、非核化の「前段的措置」として北朝鮮に対する譲歩といえる提案を検討していることも明らかになった。前任者たちと異なり、単刀直入に「完全な非核化」を掲げてきたトランプ大統領だが、本格化しつつある大統領再選キャンペーンも気がかりに違いない。これまでの対北戦略を転換するかどうかの大きな岐路にさしかかっているようだ。
浮上した譲歩案
ニューヨーク・タイムス紙などによると、トランプ政権が検討しているとされる譲歩案は、2回目の首脳会談(ハノイ、2019年2月)で金正恩氏が持ち出した寧辺の核施設の廃棄提案をもとにしたものだ。北朝鮮の核やミサイルの開発を現状で凍結することを目指す内容という[1]。
ハノイ会談では、寧辺核施設を廃棄する見返りに、経済制裁の大半を解除するよう金正恩氏が求めたのに対し、トランプ大統領は「寧辺だけでは十分でない」と拒んだため、物別れに終わった。トランプ政権は2月以降、中国やロシアにも手を回して包囲網を強化し、北朝鮮が折れてくることを期待したものの、金正恩氏の姿勢は変わらず、実務者協議にも応じようとしないために手詰まりの状態が続いている。
このため、せめて実務者協議の再開に持ち込むための誘い水として、①北朝鮮の主要なウラニウム生産施設とされる寧辺の核施設に加えて、米国が把握している秘密の核施設を含めた関連施設も廃棄対象に加える(寧辺プラスα)、②核・ミサイルの開発を現状で凍結する、③経済制裁は非核化が行われるまで解除しない、④代わりに人道支援や南北朝鮮間の限定的な経済交流の拡大を図り、米朝双方に連絡事務所を設置する――などを盛り込んだ案を提示することを検討している模様だ。
別の米メディアによると、米側で実務者協議を担当するスティーブン・ビーガン北朝鮮担当特別代表は、記者団との「オフレコ」懇談で、実務者協議の再開には「柔軟性が必要」と強調し、「非核化を断念したわけではないが、とりあえず大量破壊兵器開発の完全凍結を求める」と説明したとされる[2]。実務者協議が再開されれば、少なくとも協議が行われている間は核・ミサイルの実験再開という事態を避けることもできる。非核化に道をつなぐ前段的措置としてまずは現状凍結を実現し、その見返りに人道支援や南北経済交流、連絡事務所設置などに応じるという趣旨のようだ。
核保有の黙認?
だが、こうした譲歩案には問題も少なくない。上記のニューヨーク・タイムズ紙報道も指摘しているように、仮に現状凍結で米朝の合意ができたとしても、▽弾道ミサイルや北朝鮮が保有するとされる30~60発の核兵器は一つも廃棄されない。そればかりか、▽北朝鮮が核保有国であることを米国が暗黙に認めることになる――というジレンマが生じるという。さらに、核・ミサイルの凍結は言うは易いものの、完全な履行を検証・査察するのは極めてやっかいだ。過去にも米朝間で核開発の凍結をめざしたことがあったが、凍結対象の定義、所在、数量などをめぐって失敗に終わっている。
トランプ大統領は歴代の先任者たちが北朝鮮の核・ミサイル開発について「何もしてこなかった」と非難し、自らの政権下で「完全な非核化を達成する」と公約してきた。それだけに、非核化の進展が得られなければ、再選にあたって「公約違反」とそしられる恐れがある。トランプ氏が鳴り物入りで重ねてきた米朝トップ会談も、単なるパフォーマンス外交と批判されかねない。こうした計算からか、トランプ大統領自身もハノイ会談以降は「完全な非核化」にほとんど言及しなくなり、柔軟な対応を示唆するようになった。今回の板門店会談では、金正恩氏に対して「ハノイ会談よりも踏み込んだ案を提示すれば、米国も相応の措置をとる」と伝えたとの報道もある[3]。
政権内で対立も
譲歩案をめぐっては、政権内で鋭い対立も起きているようだ。2月のハノイ会談で金正恩氏が寧辺廃棄提案を行った際には、ポンペオ国務長官とボルトン国家安全保障担当補佐官が連携して働きかけたことで、トランプ氏は提案を拒否した。だが、板門店会談の直前になって譲歩案が浮上して以降は、大統領の意向を最大限忖度しようとするポンペオ氏に対し、強硬派のボルトン補佐官が強く反対したという[4]。
ボルトン補佐官は、いわゆる「リビア方式」にもとづいて核兵器や関連物資・施設を国外へ搬出させるよう主張するなど、最短距離の完全非核化にこだわってきた。このためか、ボルトン補佐官は板門店会談に同席せず、モンゴル共和国を訪問した。また、メディアで譲歩案が報じられた際には、自身のツイッターで「大統領の手を縛る不埒な試みだ」と激しい言葉で非難した。
3回の首脳会談を経て、トランプ氏は北朝鮮の核・長距離弾道ミサイル実験を抑え込み、とりあえずは目前の脅威を回避することに成功を収めた。だが、その後は非核化にせよ、凍結にせよ、ほとんど事態は前進していないのが実情だ。金正恩氏は4月に行った演説で「米国が新たな考え方を持って歩み寄る必要がある」と述べ、「年末までは忍耐心を持って米国の勇断を待つ」[5]と、期限を切ってトランプ政権の歩み寄りを要求した。
年末~2020年初めにかけては、トランプ氏にとって再選キャンペーンが序盤の最高潮を迎える時期でもある。非核化プロセスを公約通りにあくまで推進するのか、譲歩案を含めて段階的措置に歩み寄るのか。――米大統領選をもにらんだ金正恩氏のしたたかな要求に対して、トランプ氏は明確な対応を選択しなければならないだろう。
[1] “In New Talks, U.S. May Settle for a Nuclear Freeze by North Korea,” Edward Wong, The New York Times, July 1, 2019.
https://www.nytimes.com/2019/06/30/world/asia/trump-kim-north-korea-negotiations.html
[2] “Scoop: Trump’s negotiator signals flexibility in North Korea talks,” Jonathan Swan, Erica Pandey, Axios, July 3, 2019.
[3] 「トランプ氏、板門店で寧辺+α要求」読売新聞朝刊7月5日付など。
[4] “Trump Officials Are Split Over Approach to North Korea Talks,” Michael Crowley and David E. Sanger, The New York Times, June 30, 2019.
https://www.nytimes.com/2019/07/01/us/politics/trump-bolton-north-korea.html
[5] 4月12日に金正恩氏が最高人民会議(国会)で行った施政演説。