外交ジャーナリスト
高畑昭男
「国際協調と同盟重視への復帰」を掲げて発足したバイデン政権の外交が急ピッチで展開している。中でもめざましいのは、トランプ前政権の対中国戦略を継承・発展させて、「新冷戦」と呼ばれた米中の覇権対立を「中国対国際社会」という大きな構図に描きなおしていく戦略的対応といえるだろう。米国をリーダーとし、当面の軸となるのはトランプ氏と安倍晋三氏の両前政権下で始動した日、米、豪州、インド4カ国による戦略的連携枠組み「クアッド(Quad)」だが、そのエンジンとなる役割を託されるのが日米同盟であることは明白だ。クアッド首脳協議に続き、2021年4月に行われる日米首脳会談では、広く同盟・パートナー諸国や国際社会と連携しつつ、中国の威圧的行動をいかに抑止していくかが試されることになる。
・対中国戦略の基本を継承 ・「クアッド」の支柱は日米 ・欧州の参加と日米 |
対中国戦略の基本を継承
バイデン大統領は就任の約2週間後に行った外交演説で「アメリカは戻ってきた。同盟を修復し、再び世界に関与していく。」[1]と語り、政権初日に地球温暖化防止のための「パリ協定」に復帰宣言したのをはじめ、世界保健機関(WHO)脱退の取り下げ、国連人権理事会復帰など、トランプ氏が離脱・脱退した国際的協定や国際諸機関への復帰を矢継ぎ早に打ち出して、トランプ流の「アメリカ・ファースト」外交を完全に払拭していく姿勢をアピールした。
そうした中で対中国戦略に関しては、先進7か国(G7)首脳やミュンヘン安全保障会議の特別会合(いずれもリモート開催)で、「我々は中国との長期的な戦略的競争に向けて備えなければならない。米国、欧州、アジアが協力して平和や共通の価値観を守ることが最も重大な務めだ」[2]と強調し、基本路線を継承する判断を示した。これは、トランプ政権下の「米国の国家安全保障戦略2017年版」(NSS2017)や「2018年版国家防衛戦略」(NDS2018)において、中国をロシアと共に「国際秩序の改変をめざす現状改変勢力であり、長期にわたる戦略的競争相手」と位置づけた地政学的な認識を踏襲し、さらに2020年5月に議会に提出された政府報告「中華人民共和国に対する米国の戦略的アプローチ」[3]の内容をほぼ全面的に受け継ぐ発言といえる。
こうした認識の結果が、中国を既存の国際秩序に対抗する「唯一の(戦略的な)競争相手」(「暫定版国家安全保障戦略指針」)[4]とみなし、対中関係を「21世紀最大の地政学的な試練」と位置づけて、同盟・パートナー諸国と連携協調して対抗していくとするブリンケン国務長官の声明に結びついている[5]。
トランプ氏に先立つオバマ大統領には、こうした国際秩序をめぐる地政学的認識が欠如し、中国に対して中途半端な融和的外交に終始したとの批判が根強く存在する。その半面、中国やロシアに対する地政学的認識を根底から改めたトランプ政権には、欧州やアジアの同盟・パートナー諸国と連携・協調して対処する国際協調と同盟重視の大切さを認識する視点が決定的に欠けていた。その意味で、バイデン外交の滑り出しは、オバマ、トランプ両政権に欠けていたものを互いに補充し、平たく言えば「いいとこどり」をめざす戦略的思考が感じ取れる。
「クアッド」の支柱は日米
日米豪印のクアッド4カ国は2021年3月12日、バイデン大統領の呼びかけに応じて初の首脳会談(オンライン)を開催し、
- 「自由で開かれたインド太平洋」のための共通ビジョンの下で結束し、民主的価値に支えられ、威圧によって制約されない地域のために尽力する
- 東シナ海、南シナ海におけるルールに基づく海洋秩序に対する挑戦に対応するべく、海洋安全保障を含む協力を促進する
などを盛り込んだ共同声明[6]を発表した。「クアッドの精神(The Spirit of the Quad)」と題した共同声明には、日本の提唱に基づいて日米共通戦略となった「自由で開かれたインド・太平洋構想」(FOIP)[7]の基本理念が全て盛り込まれ、バイデン政権が日米前政権の共通戦略を継承して豪州、インドの4カ国に敷衍したことを示している。このFOIPに関して、バイデン政権当局者らは大統領選直後の時期には「トランプ政権の用語や発想は使えない」と敬遠していたが、日本側が「トランプ氏の発想ではなく、日本が本来提唱したビジョンである」と詳しく説明したことで誤解が解け、正式な日米共通戦略として継承されることになった。
クアッド4カ国の連携は、2004年12月のスマトラ沖大地震の際、国際人道救難支援を展開する中核国家グループとして生まれた。その2年後、2006年に安倍首相(当時)がインド太平洋の民主主義4カ国として戦略的対話を呼びかけたのをきっかけに、事務レベル会合(2017年)、外相級会合(2019年9月、2020年10月)と発展を遂げ、歴史的な首脳会合が実現した。FOIPにおいても、クアッドにおいても日本外交の構想力が出発点となった事実は、もっと知られてよい。
ただし、4カ国の対中認識には温度差も存在する。とりわけ「非同盟」の伝統と全方位外交を重視するインドは、軍事・安全保障面での「対中包囲網」の一環に組み込まれることを警戒し、首脳会合の開催にも消極的だったという。今回の共同声明が中国の名指しを避け、新型コロナウイルス用のワクチン供給や海洋安全保障の取り組みを主眼に据えたのも、そうした配慮が働いた結果である。中国はクアッドについて「アジア版の北大西洋条約機構(NATO)ではないか」と警戒を高めているが、バイデン政権は「クアッドは軍事同盟でもNATOでもない」(サリバン国家安全保障担当大統領補佐官)と否定する一方、国際協調を通じて中国と向き合うための広範な戦略的枠組みと位置づけている[8]。
トランプ政権の国防長官を務めたジェームス・マティス氏らは「中国に対抗する上でクアッドを正しく活用することが肝要だ」として、①海洋安全保障②サプライチェーンの安全確保③5Gなどを含む先進技術協力④4カ国の多様性をいかした協調外交――に取り組むよう提言している[9]。ここでいう多様性とは、例えばミャンマーを含む東南アジア諸国連合(ASEAN)と歴史的にも良好な関係を育んできた日本が率先して東南アジア諸国との協力を深めたり、大洋州の島嶼国と関係の深い豪州の持ち味を生かしたりする多様なネットワーク協力を意味している。
欧州の参加と日米
クアッド首脳会合に続いて、バイデン政権はブリンケン国務長官、サリバン補佐官、オースティン国防長官をアジアに派遣した。日韓両同盟国と外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を行った後、アラスカ州で中国の楊潔篪党政治局員らとの外交トップ会談を経て、2021年4月上旬には菅義偉首相が訪米し、バイデン大統領と外国首脳として初の対面による首脳会談が予定されている。
「対中国」を念頭に置いた一連のバイデン外交の展開にあたっては、ブリンケン長官、サリバン補佐官に加えて、国家安全保障会議(NSC)に新設されたインド太平洋問題調整官(Indo-Pacific coordinator)に就任したカート・キャンベル氏の存在が大きい。キャンベル氏はオバマ政権1期目のクリントン国務長官の下で国務次官補を務め、米外交の焦点を中東・欧州からアジア太平洋へ向かわせる「戦略的転回(ピボット)」や「対中軍事均衡回復(リバランス)」路線を構築した。オバマ政権の戦略的転回は不十分な結果に終わったが、キャンベル氏はその経験を生かして、中国との「戦略的競争」に超党派と国際協調で綿密に取り組む姿勢を掲げている。
中東や欧州でも課題が山積するバイデン政権だが、世界のどの地域よりもインド太平洋外交を急ピッチで展開しなければならない事情は、それだけ中国の威圧的行動が国際社会の目に余る域に入りつつあるからだろう。香港の民主化活動弾圧に加え、新疆ウイグル自治区で伝えられる人権や民族文化伝統の抑圧、豪州に対するいやがらせ外交などのほか、台湾海峡や日本の尖閣諸島周辺では、軍事的緊張も従来になく高まっている。
こうした変化を受けて、欧州の動きも目立ってきた。英国は海軍の最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を核とする空母打撃群を太平洋に派遣する計画を公表しているほか、フランス、ドイツ両国も中国を念頭にそれぞれのインド太平洋政策に基づいて海軍艦艇の派遣を決めた。2020年末にはオランダも続いてインド太平洋戦略を策定し、欧州主要国の間でインド太平洋情勢に対する関心と行動を高めている。
国際社会の関心が中国とインド太平洋情勢に集中しつつある中で、日米同盟は「中国との戦略的競争」を戦う主軸となる。同時に、日本は尖閣諸島や台湾情勢をめぐる中国の行動によって直接的影響を受ける「最前線国家」の筆頭に位置している。そのことを国民全体が認識して、主体的かつ責任ある外交・安全保障政策を展開していくことが必要だ。
[1] Remarks by President Biden on America's Place in the World, Department of State Headquarters, Washington, D.C., Feb. 4, 2021.
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/02/04/remarks-by-president-biden-on-americas-place-in-the-world/
[2] Remarks by President Biden at the 2021 Virtual Munich Security Conference, East Room, The White House, Feb. 19, 2021.
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/02/19/remarks-by-president-biden-at-the-2021-virtual-munich-security-conference/
[3] 筆者の前回論考「新冷戦か気候変動か?トランプ、バイデンの戦略と対中・対日姿勢」(Oct. 15, 2020)を参照。https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3565
[4] INTERIM NATIONAL SECURITY STRATEGIC GUIDANCE, Presient Biden, March 3, 2021.
https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2021/03/NSC-1v2.pdf
[5] ブリンケン長官による初の外交演説。A Foreign Policy for the American People, Antony Blinken, Secretary of State, Washington, D.C., March 3, 2021.
https://www.state.gov/a-foreign-policy-for-the-american-people/
[6] Quad Leaders’ Joint Statement: “The Spirit of the Quad,” The White House, March 12, 2021.
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/03/12/quad-leaders-joint-statement-the-spirit-of-the-quad/
[7] FOIPは、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に対抗する構想として2016年8月、第6回アフリカ開発会議(TICADVI)の場で安倍首相が提唱し、2018年にトランプ大統領(いずれも当時)の賛同を得て、日米共通の戦略構想となった。
[8] Press Briefing by Press Secretary Jen Psaki and National Security Advisor Jake Sullivan, The White House Briefing Room, March 12, 2021.
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/press-briefings/2021/03/12/press-briefing-by-press-secretary-jen-psaki-march-12-2021/
[9] “Getting the Quad Right Is Biden’s Most Important Job,” By James Mattis, Michael Auslin, Joseph Felter, Foreign Policy, March 10, 2021.
https://foreignpolicy.com/2021/03/10/getting-the-quad-right-is-bidens-most-important-job/